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3 クッキング

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 翌日。

 HR五分前に教室に入ると青髪のポニーテールが机に突っ伏していた。昨日はかなりのショックを受けていたようだが、ちゃんと学校に来るとは偉いな、功刀。

 ただ放出している負のオーラは相変わらずで、功刀を中心に人払いがされてた。新種のミステリーサークルみたい。鬱ゾーンと名付けよう。

 声をかけようかと迷っていると鈴丘がこっちに来た。


「武藤君、なんとかしてあげて」


「いやなんとかって……」


 それは昨日試みたばかりだし失敗した。なんとかなんてとてもじゃないが出来そうにない。


「甲斐君に功刀さんと話すように言ってみて」


「やだよ。俺、あいつなんか嫌いだし。話したくない」


 あのキラキラとした感じが気に食わない。コミュ力が高いのは素直に尊敬できるがやはり気に食わない。生理的に無理というやつだ。


「それにお前が話した方がスムーズに事が進むだろ。俺なんかよりちゃんと喋れそうだし」


「でも私が話すとちょっとまずいというか、いらない火種を追加しちゃうかもしれないというか」


「どんな火種だよ」


「甲斐君、女子に人気があるから女子が話しかけると敵として認識されるかもしれないというか」


「ドス黒いなおい。必要にかられて仕方なく話しかけた女子とかかわいそうじゃん」


 話しかけるだけで敵認定されるとかどんな帝国なんだか。


「いや、まあ睨まれるくらいで済むのが普通なんだけどね」


「ふーん。じゃあ功刀が昨日甲斐に話しかけたときも睨まれてたのか?」


「私が気がついたのは二、三人だけど睨まれてたよ」


 さすがの観察眼だ。

 というか、甲斐がそんなにモテるとは初めて知った。功刀から受けたこのミッション、思ったよりもはるかに難易度が高いようだ。

 面倒臭いなぁ……。あぁ、あと甲斐は爆発した方がいいと思う。


「分かった。仕方ないもんな。話しかけてやるように言ってやるよ。あとで」


「うん、ありがと。やっぱり優しいね」


「優しくねぇって」


 いらん火種をまいても何のメリットもあるまい。話しかけるのは嫌だが、ドス黒い修羅場みたいなのに突入するよりはマシだ。我慢しよう。

 そんなことをしていたら廊下が少し騒がしくなった。かと思うと、朝練組がゾロゾロと教室に入って来る。その中には無論、甲斐もいた。


「ほら武藤君、今だよ」


「え? 今? マジで?」


 あとでって言わなかったっけ。

 ポンと背中を押されて仕方なく甲斐の方へ向かう。

 と、甲斐が功刀の作り出す不可侵領域に気がついた。気がついたのだが気にせずズカズカと入って行く。

 あの負のオーラの中、甲斐だけが輝いて見える……。

 甲斐は自分の席につくとカバンを机に置いた。


「功刀さん、どうしたの? 具合悪いの?」


 鬱ゾーンが一瞬で取り払われ、また新しいミステリーサークルが作り出された。

 躁ゾーンと名付けよう。



 ***



「というわけで! 作戦第二弾!」


 すでにお馴染みとなった放課後の教室。

 復活した功刀が進行を勤める。


「今日は鈴丘さんから提案があるということなので、お願いしまっす!」


 復活したのはいいんだが、いささか元気すぎる気がする。


「えっと、武藤君の言ってたボディタッチと同じくらい安直なんだけど、料理を作ってみるとか。ほら、女の子の手料理に、男の子は心惹かれるものじゃない?」


「それよ!! 」


 うるせぇな……。というか俺の時とだいぶ反応が違うんだけど。あと安直で悪かったな。

 まあそれはともかく。


「料理よりもちょっとしたお菓子の方がいいぞ」


「なんでよ?」


 功刀が首を傾げる。


「鈴丘いわく甲斐に話しかけた女子は敵を量産するんだと。食べるタイミング的に昼休みだけな料理だと渡す場所は教室だろ? 誰かの目に余裕でつく。お前殺されるぞ」


「お菓子でも同じでしょ」


「いやな? お菓子なら人目につかないところ……例えば校舎裏で渡してもおかしくないだろ? でも校舎裏で肉じゃがとか渡してみろ。おかしいだろ? 俺だったら相手の感性を疑う」


「なるほど」


 功刀は頷くと鈴丘の方を見る。


「というわけで鈴丘さん。お菓子作り教えて。お願い!」


「いや、自分でレシピ見て作ろうよ……」


 功刀は両手を合わせて頼むが鈴丘は断った。だが少し申し訳なさそうではある。


「そこをなんとか! 私料理作ったのなんて学校の家庭科だけだし、お菓子は作ったことないの!」


「え…と……」


 こんどは困った様な声を出す。

 うむ、もしかして。


「鈴丘、お前自身は作れるの? お菓子」


「い、一応作ったことはあるけど……そんなに自信がないというか……」


「不味かったのか?」


「不味いってほどでもなかったけど、そんなに美味しくはなかったよ」


 ふむ。不味くなかったのなら十分だ。


「だったらちょうどいい。教えてやれよ」


「えぇ!? 私に教えてもらうより、もっと上手い人に教わった方が美味しいのできるって!」


「これ作ってきたの〜って言われて食べたものが市販レベルで美味かったら、本当に自分で作ったのか疑うだろ。不味くはないがそこまで美味しいわけでもないくらいのラインがちょうどいい」


 あとは男子高校生的にがんばって作りました感があったほうが嬉しい。大事なのは味じゃない、心だ。より正確に言うなら男子の思い込みだ。

 鈴丘はまだあまり乗り気じゃないようだが。


「……武藤君がそう言うなら、上手く教えてあげられるかは分からないけど」


「ありがとう鈴丘さんっ!」


 これでよし。

 しばらくはこの二人で勝手にお菓子作りをしてくれるだろう。となればその間は俺は解放されるというわけだ。

 まだ読んでないラノベでも読もうかな。


「よし! じゃあ鈴丘さん。どこでお菓子作りしようか」


「功刀さんの家は?」


「うちはちょっと無理ね」


「そっか。じゃあ、私の家にしよっか」


「分かった、じゃあ早速行こう!」


「今から!?」


 今から……!?

 こんな思い立ったが吉日みたいな生き方してる奴初めて見た。これが躁状態というやつか……。多分違うな。

 まあ今回俺は関係ない。鈴丘が気の毒だが、がんばってくれ。

 関係ないなら帰ろうと、俺はカバンを持って席を立つ。


「武藤、何してるの。武藤も行くのよ!」


「…………」


 初耳なんですけど。


「いやいやなんでだよ。今回俺はいらないだろ? 俺は家庭科での料理ですらサボってやってないんだからな?」


 その代わり使った皿やら何やらを全部洗ってた。


「違うわよ。教えるんじゃなくて食べるの。アンタは味見役」


 えぇー……。

 そんな失敗率の高そうな味見役やりたくないんだけど。

 助けを求めようと鈴丘を見るが、顔を伏せてて気がついてない。若干顔が赤い気がするけど照れてるのか?どこに照れる要素があったんだよ。いいから助けて。


「さあ、そうと決まったら行くわよ! ほら、鈴丘さんも!」


 ガシっと腕をロックされて、俺は引きずられるように教室を出る。

 アニメキャラなら関節外して逃げるんだろうなと思いながらも、されるがままになっていたとさ。めでたしめでたし。なんもめでたくねえ。




 ***



 学校の最寄りの駅から電車に乗って三駅、そこから大通りを西に向かって進む。五つ目の角を左に曲がって路地に入った。

 しばらく進むと右手に小さな駐車場が見える。その隣にあるのが鈴丘の家だった。

 外壁は薄いピンク色に塗られている。屋根の色は黒だ。三階建てで、あまり見ない形をしているが、何故か俺には見覚えがあった。

 だってここ俺の通学路だもん……。

 そこの角を曲がった左側の四つ目が俺の自宅だから。超近所だから。


「マジで……?」


 さすがの俺も驚いてしまった。


「たしかに三階建ては珍しいけどそんな驚くことじゃないでしょ」


 何を勘違いしたのか功刀がそんなことを言う。


「いやそうじゃなくて。ここ、うちの近所なんだよ」


「え!? そうなんだ。って、近所なのに知らなかったの? アンタ」


「知らなかった。鈴丘と出くわすこともなかったし、ご近所との繋がりも薄いし」


「なにアンタ、ひきこもりなの?」


「ああ」


「即答!?」


 功刀が大げさに驚く。

 そりゃ即答に決まってる。学校のない日は一歩も外に出ないようにしているのだから。できることなら学校のある日も外に出たくない。


「私も武藤君が休みに家から出てくるのは見たことないなー。近所なのは知ってたけど」


 鈴丘が鍵を開けながら言う。

 なんで俺が家から出てくるところを見たことないのに、近所だって分かったのだろうか。どうでもいいか。


「ねえアンタ、そんなに引きこもって何してるの?」


「あ? 休日なら昼まで寝てるな。で、起きたら撮りだめしてたアニメを観て、ゲームして、眠くなったら寝てる」


「ダメ人間だ……」


 ダ、ダメ人間……?


「ま、まあ趣味があるのはいいことだよね」


 だよね。そうだよね。フォローありがとう鈴丘さん。


「それにダラダラするだけじゃなく、予習とか復習もしてるぞ。……ごくごく稀に」


「やっぱダメ人間じゃない!」


 功刀の顔が驚愕に染まる。

 俺……そんなにダメかなぁ……。


「どうでもいいけど二人とも、早く入っちゃってよ。お菓子作る時間がなくなるよ」


 見ると鈴丘は玄関から顔だけ出していた。とっくに鍵は開けたらしい。

 お邪魔します、と遠慮がちに言いながら上がり込む。だが、奥の部屋に人の気配は感じられない。二階もまた然り。三階まではちょっと分からない。

 不思議に思ったので聞いてみることにする。


「なあ鈴丘、家の人は?」


「うちは両親共働きだから、この時間はまだ帰って来ないんだ。お兄ちゃんもいるけど大抵寄り道して帰ってくる」


「へえ」


 そんな家に勝手にクラスメイトを入れていいんだろうか。

 まあ特に何も注意してこないところを見ると、親に許可は取ってあるのだろう。鈴丘はそこらへんはしっかりしていそうなイメージだ。

 ガチャリと鈴丘が扉をリビングに入る。それに続いて入った。

 入って左にダイニングキッチン。キッチンの卓にくっつくようにテーブルが置かれている。右奥にはテレビ、その手前にはソファがあった。

 全体的にごちゃごちゃしてなくて簡素な印象を受ける。


「ものすごく片付いてるのな」


「お母さんが掃除好きなんだー」


 ほう。


「うちのリビングとは大違いだな。うちなんかテーブルには漫画が何冊か置いてあったりするし、床には某週間少年誌が積み上げられてる」


「片付けようよ……」


 いや姉さんが片付けてくれるんだが……、速攻で散らかすんだよなぁ。主に俺が。


「さて、荷物はそこらへんに置いて。あと功刀さん、エプロンつけて」


 鈴丘はそう言いながら黄色のエプロンを差し出す。自分は青の物をつけた。


挿絵(By みてみん)


「了解、鈴丘さん」


「で、お菓子って何作るんだ?」


「私はマフィンしか作ったことないから、それかな」


 俺がソファにカバンを置きながら聞くと鈴丘が答える。

 マフィン…マフィンね……。知ってる知ってる。あれでしょ? 焼くやつでしょ? あ、大抵のお菓子は焼くか。

 お菓子の知識がなさすぎた。マフィンってなんなんだ……。


「まあ俺は味見役だから、ボーッと見てるわ」


「暇だったらテレビ観ててもいいんだよ?」


「いや見てる」


 俺はきっぱりと答えた。

 漫画でもラノベでもこういう展開で料理する女子は、ガッシャンガッシャンと派手に失敗するのだ。そんな非現実みたいな光景を、俺見てみたい……!


「ま、まあいいけど……」


 若干顔を赤くしながら鈴丘は答える。

 まあ、じっと見られるのは嫌だよな。


「じゃあ功刀さん、頑張ろう!」


「おぉー!」


 というわけで。

 料理作戦がスタートした。



 ***



 鈴丘が横で実演しながら功刀に教える。

 功刀は多少動きがぎこちないものの、しっかりと鈴丘のやった動きをなぞっていた。

 まあその鈴丘とて手慣れているというほどではない。うちの姉さんの方が二倍くらい早く手際がいい。

 要するに俺が当初望んだ、二次元的ドタバタクッキングにはならなかった。せいぜい功刀が卵を割った時、殻がボウルに入ったくらいか。それには二人とも気がつかなかったし、俺も言わなかったから完成したマフィンのどれか一つは殻入りだ。

 ザ・ロシアンマフィン。

 そんなことを考えているとオーブンが音をたてた。

 どうやらマフィンが焼けたようだ。

 鈴丘が取り出すと香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。ただ、形はそこまでキレイじゃなかった。

 功刀が作ったものはカップに盛るときにムラがあったのか、若干焦げているところもある。そしてこちらもあまり形はキレイではない。だが、女子高生のお菓子作りとしては十分だろう。


「よしじゃあ武藤君、味見お願いします」


 そう言いつつ鈴丘は自分の作ったマフィンを差し出してくる。

 功刀のを味見しなきゃ意味ないんじゃないの、と思いながらも受け取ってみる。


「じゃあいただきます」


 まだ熱をもっていたので気をつけながら口に入れる。

 そこそこ美味かった。

 ほんのりと甘く、俺好みの味だ。

 ただトロっとした部分があったのでちゃんと火は通っていないっぽい。


「どう?」


「うんまあ美味いな」


 リアクションに困るレベルの微妙なラインではあるが、ここはこう言っておく。


「ホント!? ありがと」


 そう言って嬉しそうな顔をする鈴丘。

 もっと褒めてあげたくなるような表情だが面倒なのでやめておく。


「私も食べていい?」


 俺がマグマグしていると功刀が鈴丘に聞く。


「いいよー」


「お、ありがと!」


 功刀は手を伸ばすと一口で食べた。

 幸せそうですね……。女子力的にはアウトだろうけど。


「美味しっ! なにこれすごい! 鈴丘さん天才!?」


 そしてさらに味の基準がとても低かった。鈴丘もベタ褒めされて嬉しそうに困ってた。


「というか、これって功刀の味見しないと意味ないよな」


「ん、勝手に食べれば?」


「どうでもいいけど俺の扱い雑すぎない……?」


 ズイっと差し出されたマフィンを見ながら言う。が、特に取り合う様子もなく功刀は二つ目のマフィン、メイドバイ鈴丘をほおばった。


「いただきます」


 ジト目で功刀の作ったマフィンをかじる。

 うむ、鈴丘のと大差ねぇ。というか違いが分からねぇ。

 まあまったく同じ手順踏んだんだからそりゃ同じだろうが、ここまで微妙なものができるか。く、これが現実か……!

 まあそ俺は味に敏感というわけでもない。小さな違いには気がつかないのも当然か。

 とりあえず卵の殻が入っていたからこっちの方が下ということで。


「で、それを渡してもいいと思う?」


 視線をあげると功刀が問うてくる。


「別にいいんじゃね? 不味くはないし」


「よし! それじゃあ明日渡してみよう、功刀さん」


「分かったわ!」


 というわけで、今日の鈴丘家お宅訪問は幕を閉じた。

 まあ見た部屋はリビングだけだし、そもそもお宅訪問じゃなかったけど。



 ***



 翌日、功刀は甲斐にマフィンを渡すことに成功。

 渡す時功刀がガチガチに緊張していたのは言うまでもない。

ヒロインの料理の腕前が壊滅的というお約束を破ってみました。

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