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【絶頂編】第083章 播磨進攻
 播磨問題は、長慶にとって、同国に勢力を扶植する絶好の機会でもあった。
 その先陣、というよりは、三好政権の播磨方面軍司令官的な役割を任された形となった三好日向守長逸は、二万の兵を従え、逸りたっていた。
 長逸率いる三好軍は、まさしく怒涛の勢いで播磨に雪崩れ込むと、浦上方の三木城主三木次郎軍と激突した。けれど、頼みの綱であった浦上政宗は、実弟である宗景や、尼子晴久の動向が気になって備前に帰国していたので、彼の支援はあてになりそうもなかった。
「くっくくく。一挙に播磨全土を掌握して、さらには備前もとれば、我らの天下はよりいっそう固まるであろうな」
 長逸は嬉しそうにからからと笑っている。
 側には、軍監として立花信濃守範政が従っていた。長逸は彼のほうを見て、
「播磨を取れば、いずれは大和であろう。その折は、是非そなたに頑張ってもらわねばならんなぁ」
 などと言っていた。
 この正月、範政は妻を娶っていた。彼も、今年で三十二になるのである。妻の一人や二人あってもおかしくない。無論、これまでも妻はいた。決して彼も独り身ではなかった。けれど、彼がまだ下級身分に甘んじていた頃に娶った妻であり、その当時は最良の妻だと自負していた彼も、今の如く栄達した後になってみると、
「あなた様は少しばかり夢を見すぎです。地に足着いて、しっかりと歩むことも大切です」
 とか、
「贅沢の味を覚えすぎて、昔の質素を忘れるのは、いけませぬ」
 などと、いちいち小うるさいので、次第に疎むようになった。
 そこに、縁談が舞い込んだのである。相手は三好日向守長逸の娘であった。まだ十五歳と若かったが、器量よしとして知られ、何より、三好一門の重鎮として、従四位下に列している長逸の令嬢である。家柄は果てしなくよい。更なる栄達を夢見る範政にとっては、口煩い貧乏妻よりは、遥かに魅力的に映ったのも無理はなかった。
 かくして彼はあっけなく妻を離縁して、長逸の姫を正室に迎え入れた。ただ、こうした彼の態度には、父である又右衛門や妹である雅の方は良い顔をせず、
「これまでそなたのために影ながら尽くしてくれた良妻を、一方的に離縁するとは、何事か!」
 と、特に又右衛門は厳しい口調で咎めたが、肝心の範政はどこ吹く風、全く気にする風もなく、淡々と受け流していた。
 で、その離縁された妻は、これといって行く宛てもなく、最終的に雅の方の配慮で莫大な慰謝料が与えられたが、それも受け取ることなく、どこともなく姿を消した。死んだろう、というのが専らの噂であったが、そのことを雅の方から追及されても、範政は昔の妻のことなど忘れ去ったかのように、
「あ、そうですか」
 と、平然と答えていたという。

 ともあれ、三好長逸と立花範政は、姻戚関係で結ばれている。一門衆の筆頭格である長逸と、長慶の側近衆の筆頭格である範政の同盟は、三好政権内に確固たる勢力を形成していた。
 そんな二人が率いる三好軍は、とにかく播磨国内では敵なしの勢いを誇っていた。
 九月一日になって、三木次郎を盟主とする播磨軍と決戦したが、三好軍は難なく勝利している。この戦いで、立花範政は先陣を勤め、敵兵四人の首を取る戦果を挙げた。
 その後も三好軍は快進撃を続けて、九月十二日までに、三木方の属城を七つも陥落させて、播磨東部一帯は完全に制圧した。さらに一挙に攻め入ってもよかったのだが、三好軍の攻勢を受けて、警戒感を強めたらしい浦上政宗が援軍を派してきたので、
「ここは御屋形様の増援軍を仰ぐべきでしょう」
 という範政の進言に従う形で、日向守長逸は全軍を留めて、休息をとるよう命じたのだった。
 一方、長逸の派した使者は越水の長慶の下に到着し、これまでの連戦連勝と、浦上政宗が出張ってきそうな情勢とを、明確に伝えて、援軍を要請した。
「播磨を攻め取る絶好機ですな。ここは、わが三好家の全力を見せ付けてやるのは如何ですか?」
 と、三好山城守康長は言うのである。長慶とて、もとよりその気であったから、早速各地の配下たち、とりわけ、四国三好党に播磨出兵を命じる朱印状を送りつけると、自らも越水に摂津・和泉・山城の兵を糾合し始めたのだった。

 十月に入った。
 勝瑞城主三好豊前守義賢は、兄長慶の命に従う形で、阿波の兵を集結させて、さらに讃岐の十河一存軍をも加えると、淡路を通過し、播磨に入った。途中、淡路島主である安宅冬康軍も合流させたが、冬康自身は配下の淡路水軍を従えて、播磨沿岸部を固めていた。
 三好義賢率いる四国軍は、総勢二万に上る。
 内訳は、義賢率いる阿波衆一万を中核に、十河一存率いる讃岐・伊予衆六千、安宅冬康率いる淡路衆四千である。
 これに、長慶率いる二万の摂津・和泉・山城衆、さらには三好長逸率いる二万を加え、三好軍の総勢は六万に達していた。
 これら圧倒的な三好軍は摂津西部の兵庫に入ると、そこで、久方ぶりに、三好長慶、三好義賢、安宅冬康、十河一存の四兄弟が一堂に会することになったのだった。
「お主らも随分と逞しくなったものだな」
 と、長慶が感慨深げに呟くと、
「兄上は、見る見る御立派になられますね」
 茶化すように、末弟の一存が言った。
「ま、これでも天下人だからな」
 長慶は楽しそうに苦笑いすると、上座の上にゆっくりと腰を落とした。
 兄弟たちはそれぞれに座る。幼い頃に父を失い、以来、紆余曲折を経て、今に至る。四人のうち、二人は姓が変わり、それぞれの家の主として君臨している。
「これほどの大軍があれば、何を恐れることがあろう。播磨だ、備前だと、小さきことを申さず、いっそ中国地方全土を呑み込んでしまおう。これだけの兵があれば、赤松、浦上など恐れるに足らん。尼子とて滅ぼせよう。陶晴賢など論外だ。後、他に、山名とか毛利とか、まあいろいろいるが、そんなのはどれも雑魚だ」
 どんなときも大風呂敷の大言壮語が好きな一存の強気すぎる態度に、三人の兄は揃って苦笑いした。
「ま、これだけの数があれば、赤松や浦上程度は滅ぼせよう。無論、中国地方の統一が一朝一夕に叶うとは思えぬが」
 真面目な顔をして、そう答える義賢に、一存はムッとした。けれど、何も言わない。不満そうに座り込むと、
「俺に全軍の指揮を任せてくれれば、絶対にやってみせるのに」
 と、ぼやいていた。
「ただ、これだけの数があると、長期戦はやはり難しいでしょうな。兵糧だの、軍資金だの、そう容易く確保できるとは思えませぬし」
 安宅冬康はいつも冷静である。平和主義者だが、いざというときの戦は辞さないくらいの度胸は持っている。水軍衆を従え、見るからに屈強な体躯をしているが、彼の真骨頂は、冷静な思慮深さにあった。
「確かに…。軍資金にしても、堺から稼げる額には、おのずと限度があるしな」
 長慶はそうぼやき、困ったように溜息を吐いた。
 大軍を集めたら集めたで、それはそれで問題なのである。兵が多ければ、その分、消費も多い。払わねばならぬ給金の額も天文学的に増えていく。
 堺の町やら、京の町といった大都市を支配下に置いたことで、三好政権の財政力は以前に比べ、格段に向上していた。領土も増えたから、年貢収入も増加している。だが、六万単位の大軍をいつまでも展開していられるほどのゆとりはない。それでなくとも、丹波方面では今もなお断続的な戦いが続き、松永弾正、内藤長頼指揮下に二万の兵を投入している。こちらにも十分な兵糧や金銭を供給し続けねばならないのだ。
 長期決戦は難しい。
 四兄弟の意は、そこに一致を見た。事実上、三好軍の最高意思決定機関となっている兄弟会議は、続いて具体的な作戦の立案作業に入った。
「まずは三木を滅ぼすのが先決だな」
 と、長慶が言えば、他の弟たちは大きく頷き、異論は唱えなかった。

 十一月二日。
 三好義賢、安宅冬康率いる軍勢が明石に出陣し、十一日には長慶自身も同地に入って戦闘態勢を整えた。
 一方、三木軍は浦上政宗の援軍を加えて、決死の抵抗を重ねた。さすがに地の利に明るい彼らの防御力は堅く、如何に六万の三好軍といえども、容易く抜けるものではなかった。
 で、月日のみいたずらに流れて、天文二十四年(一五五五年)を迎えた。ただ、これほど長丁場になると、長期戦に耐えられるほどの国力をもたない三好方の焦りは深まってきた。
 一月十三日。
 長期戦に飽いて、越水に引いていた長慶も、再び明石に舞い戻り、明石の北東部に位置する大山寺(神戸市)に入ると、そこで、三木方と和議を結ぶことにしたのだった。
「以後、三木氏は三好家に臣従すべきこと。その証として人質を差し出すなら、我らとて、滅ぼそうとまでは思わぬ」
 長慶はそう言い放って、とりあえず三木方の出方を待った。
 既に三好軍の財政余力は限界に近かった。あくまで天下人の威厳を守るため、強気を装っている長慶だったが、その懐事情は火の車なのである。これ以上の対陣は難しい。無論、それは三好軍の最高機密で、知っている者はほんの僅かな最高幹部に限られていたが、万一、三木方に悟られているとなると、厄介だった。
 とはいえ、無理を重ねれば三木勢如き踏み潰せないわけではないのである。如何に堅固とて、六万の大軍が一気呵成に攻め寄せれば、いずれ落ちるだろう。ただ、被害は嵩み、かつ落城時期を見誤れば、財政危機にも陥りかねないが、ともかく、倒せないわけではない。それゆえに長慶は、どこまでも強気を通していた。
 結局、三木方は三好軍の苦境など知る由もなく、命と領地が安堵されるならと、快く降伏に応じた。無論、いくらかの領地を没収され、さらに人質を三好家に差し出す破目となったが、滅亡よりはマシというものである。
 三木方が和議に応じたことで、三好軍は潮が引くかのように、あっという間に兵を引いていった。
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