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【絶頂編】第074章 五里霧中
 下手人が、幕臣の一人たる進士九郎賢光であることは、一目見れば、誰の目にも明らかであった。かくして、館の主にして、進士賢光の上司である伊勢貞孝の関与も疑われたが、彼自身、この激闘で大いに負傷しており、一歩間違えば殺されていたかもしれぬという状況を考えると、その容疑は限りなく薄くなった。かつ、進士の配下たちの証言も出揃い、改めてそれを検証してみると、彼は黒幕というより、長慶と共に命を狙われた標的(ターゲット)といったほうが良かった。
 とにかく、命は助かったが、重傷には違いないのである。その日と、翌十五日は、ずっと意識不明の昏睡状態が続いたが、十六日になって、ようやく意識を取り戻した。けれど、その間、都の市民たちは長慶が殺されたのだと噂しあい、それが流布するにつれて、都全土が驚天動地の大混乱に包まれていった。混乱に乗じて六角が攻め込んでくるかもしれないと、恐怖に駆られた人々の中には、慌しく都を離れる者もいたぐらいだった。
 けれど、十六日以降は、そうした噂も一挙に下火となった。肝心の長慶が復活して、三好屋敷にて三好政権を陣頭指揮していることが伝わるようになったからであった。ただ、下手人が進士賢光であることが知れ渡ると、人々の不安は、よりいっそう高まることになった。
「進士様は、幕臣だろう。伊勢様が黒幕ではないようだが、だとすると、進士様の背後にいるのは、朽木の公方様に違いない」
 そんな風に噂しあいながら、人々は、いずれ必ず三好家と足利家の間で決戦になるに違いないと思うようになった。
 実際…、三月十六日には、長慶暗殺(未遂)事件を受け、待ってましたとばかり、旧晴元党が一斉蜂起した。香西元成、三好政勝らが総勢五千の軍勢を編成して、丹波の宇津を経由し、都に攻め入ったのである。
 ただ、死んだもの、少なくとも意識不明の昏睡状態にあると信じられていた三好長慶が、突如として復活し、彼の指揮下に三好軍が猛然と反撃を開始すると、晴元残党軍はさしたる戦いもせず、無様に敗走してしまった。三好軍の数は二万を超えていたし、復活した長慶の堂々たる姿を目の当たりにして、戦意も大いに高まっていた。これでは、たとえ戦になったところで、政勝らに勝機などあろうはずはなかった。


 二度に及ぶ暗殺未遂事件の黒幕が、足利義輝や細川晴元であったことは、調査すれば、すぐに明らかとなった。と言っても、相手が将軍家ともなると、如何な三好長慶といえども、容易く手は出せないのである。しかも、目下、将軍も管領も、長慶の勢力下にはない。
 受けた傷を癒しながら、とにかく国政にあたっている彼の下に、四月中頃、阿波より弟がやってきた。見舞いであり、かつ、今後の方針を協議するという、重大な使命も帯びている。
 三好之康と名乗っていた弟は、今では名を義賢と改めて、ますます兄に勝るとも劣らぬ大尽の風格を備えつつあった。長慶留守中の阿波を任されている彼は、三好の急成長に伴い、国主である細川持隆を差し置いて、事実上の国主となっていた。さらに、讃岐国で勢力を増し、同国の盟主的存在に収まった十河一存や、淡路の安宅冬康ら、優秀な弟たちを指揮下に置き、四国における三好家の最高権力者として君臨している。
「兄上、あれよりお変わりはありませぬか」
 と、いつもと変わらぬ笑みを浮かべながら、そうやって頭を下げる義賢に、長慶は苦笑いした。
「変わりはないよ。ま、たまに傷が疼くが、どうということもない。…それより、そなたのほうはどうだ? 大事無いか」
 長慶は長く留守にしている本国のことを思い、少しばかり悲しそうに目を背けた。
「無論、万事無事でございます。…と、言いたいところですが、このところ、持隆公と対立することも多く、何かと気苦労が多い日々にございます」
「…そうか。持隆公、か…」
 その名を聞いて、長慶の顔は、少しばかり朱色に染まった。
 長慶は、細川持隆という男が、嫌いでもなければ、好きでもない。ただ、気に入らないことだけは確かだった。
 義賢が言うまでもなく、三好家と細川持隆の間で、このところ対立が絶えないことは、長慶も知っていた。あくまで三好の主筋たることを誇り、それを以って三好のやり方に反発する持隆に、既に長慶はうんざりしていた。かつては、彼に命乞いしたこともあったが、昔と今では時代が違う。主君たる細川晴元を追放して実権を握った長慶には、もはや細川家を主君と仰ぐ気持ちは更々ない。それなのに、昔の如き絶対的な主従関係に固執し、すがり付いて、そこにのみ自らの存在価値を見出している持隆が、哀れにも、腹立たしくも思えてくるのである。
 ただ、邪魔であることは確かだった。
「それと、平島の足利義維(よしつな)様のことでございますが、あの御方も、相変わらずでございます。兄上の勢威を知って、兄上の御力を借りれば、将軍となることも夢ではない、そんな風に思っているようです」
「…義維様、のぅ」
 かつて亡父元長が擁立し、将軍とすべく奔走した存在。一時は堺公方などと称えられて、権勢を極めた足利一門の一人。晴元に見捨てられて没落した後は、阿波国平島に居を設けて、ひたすら機を待ち続けた哀れな人…。
 長慶はそんな風に、義維という人を規定していた。まあ、元長と縁の深い人であるから、案外他人のような気はしないが、さりとて、彼を持って将軍候補とするとなると、話は別であった。
 ただ、目下の状況を鑑みると、義維にも利用価値があるようには思う。義輝がいつまでも徹底抗戦を貫くなら、彼に代わる将軍として、義維を立てるのも悪くない。何しろ、前将軍故足利義晴の実弟であり、現将軍義輝の実の叔父に当たる男だから、血統的には全く問題ない。
「ただ、義維様も、最近は歳のせいかめっきり衰え、ゆえに家督を嫡子の義栄様(後の室町幕府第十四代将軍)に譲りたいそうです。いずれ将軍になるかもしれぬお方の家督相続ゆえ、盛大に執り行いたいようで、我らにしきりに金を無心してくるのです」
「…我らに、金の無心?」
「はい」
「はっはっは。それはまた、大した将軍候補になりそうだ」
 長慶は豪快に、腹を抱えて高笑いすると、義賢もまたニコニコと笑っていた。
「ま、金ぐらいは出してやればよかろう。いざとなれば、我らの盟主になってくれるかもしれぬ貴重なお方だ。それに、いつまでも貧乏公方のままでは、いざというときに神輿に担いでも、いまひとつ有り難味に欠けることになるやもしれぬ。それなりの生活費ぐらいは面倒を見てやるのも、一つの政治だ」
 と、長慶が言うと、
「はい。それゆえ、持隆公の反対を押し切って、それがしの独断で、とりあえず家督相続に相応しいだけの金子と、御所の威厳が保たれる程度の生活費は提供することにいたしました」
 すかさずそう答える義賢であった。
「さすがは豊前。いちいち余が指図するまでのこともないな。全く以って、余は優れた弟たちに恵まれたものだ。こればかりは、父上に感謝せねばならぬ」
 嬉しそうに笑いながら、長慶はおもむろに、すっくと立ち上がった。そして、庭先のほうへと歩いていって、障子をパッと開いた。思い切り差し込める眩い日差しを存分に味わいながら、
「四国のことは、全てそなたの裁量に任す。お主の好きなようにするがいい。余はそなたの決断ならば、全面的に支持しよう」
 と、言った。


 三好義賢が去った後、長慶は、しばらく一人で考え込んでいた。
 足利義維、その子義栄。
 利用価値があるのか、ないのか。足利義輝がいつまでも徹底抗戦を貫くなら、確かに彼らを将軍に擁立するより他に手はなくなる。かつて、細川晴元が将軍候補にしていたほどの人であるから、義輝に代わる将軍候補とするに、全く申し分ない。
「義栄様など、まだ十二か十三のお歳と聞きました。されば、今の公方様を追放して、義栄様を新たな将軍に立てれば、幕府はおのずと御屋形様の支配下に入りましょう」
 立花範政のそんな進言に、長慶は「そうよなぁ」と、力なく、ぼんやりと頷いていた。
「ま、何にせよ、問題は細川持隆だ。…あれがいる限り、わが三好家が阿波を完全掌握したということにはならぬ。今後のことを考えても、何らかの手を打っておかねばならんかもしれぬ。…何と言っても、阿波はわが本国」
「されど、持隆様は細川家中では、京兆家に次ぐ名門阿波守護家の当主にございます。下手なことをすれば、御屋形様への風当たりが強くなるようなことにはなりませぬか?」
 そんな風に、事態を案じる範政を見て、長慶は思わず苦笑いした。
「今更名門も糞もあるか。余は京兆家当主の晴元公をも追放した男だぞ。持隆殿をどうしようと、余の名誉は上がりもしないし下がりもしないさ」
 妙に自信だけは漲っている長慶である。ただ、強がってはいても、内心は少しばかり不安であったりもするのだった。その辺りの機微を敏感に察しつつ、範政は何も言わず、ただジッと主君の顔を見つめていた。


 それからしばらくたった五月六日。
 都の長慶の下に、思いもよらぬ、驚天動地の凶報が舞い込んできた。
 この日、彼はちょうど、越水城より一門眷族を集め、三好政権の栄華を思う存分に味わっていたところであった。久方ぶりに会う御台所(遊佐御前、河内御前とも)や雅の方(西の御方、西の丸様)らは、なかなか和気藹々として、傍目にも仲睦まじい家族のように思えた。実際、新たな御台と雅の方は、随分気が合うようで、正室、側室の垣根を越えて、無二の朋友の如く、付き合っていた。
 そんなところへ、である。
 長慶たちは狂言や能などを堪能しつつ、京都料理に舌鼓を打っている。平家一門の栄華を髣髴とさせるかのごとき、三好一門の煌びやかな出で立ちは、見る者全てに、三好政権というものを強く印象付けることに成功していた。
「御屋形様、大変にございます」
 そこに、松永弾正が慌しくやってきた。
「何事だ?」
 興を削がれた長慶は、不貞腐れたようなむすっとした表情で、弾正を睨み付けた。けれど、弾正はそれに構うことなく、素早く主君の耳元に口を寄せると、
「河内殿、御落命の由」
 とだけ、至極簡単に伝えた。
「な、なに?」
 信じられぬ、といった顔で、彼はまじまじと弾正を見た。けれど、弾正ははっきりと頷き、真面目な顔をして、
「殺されたそうです」
 と、言った。
「…だ、誰にだ?」
「珠阿弥とか申す坊主で、河内殿がここ最近、熱を入れて帰依していた時宗の僧侶だそうです」
「そ、僧侶に殺されたのか?」
「御意」
 弾正の言葉は、一言一句、なかなか信じられぬ…、もとい信じたくない凶報であったが、彼が冗談を言うわけもなく、その顔を見ていれば嘘であるとは到底思えず、長慶はがっくりと肩を落とした。
 遊佐河内守長教は、長慶にとっては有力な後援者で、かつ岳父だった。河内、紀伊を治める畠山家が、三好家と強い同盟関係を結んでいたのは、ひとえに畠山家の執政である遊佐長教の存在があったからであり、彼がいなくなった後、やたら名門意識だけが強い当主畠山高政が主導権を握るようなことになれば、三好家との同盟関係にも亀裂が生じることにもなりかねない。
「報告によれば、珠阿弥を裏で動かしていたのは、やはり、朽木の公方様だそうです」
「…そうか」
 思いのほか、陰謀好きな将軍義輝の度重なる策動に、長慶は怒りを通り越して、呆れていた。ただ、遊佐長教が死んだことは、三好政権にとってはかなりの打撃であった。これで、万が一、畠山家との同盟関係に亀裂が生じようものならば、三好家は、背後に畠山、前方に足利、細川、六角という強敵を抱え込み、一転して窮地に追い込まれかねないのである。
「五里霧中…。先のことは、全く分からぬものだ」
 などと長慶はぼやいていたが、次から次へ、信じがたきことが度重なる世の中は、一般の人々にとっても、全く“五里霧中”であった。


 天文二十年(一五五一年)五月五日。
 畠山家の最高権力者であった筆頭家老、正五位上河内守遊佐長教は、その居城たる若江城にて、あっけなく死去した。ありとあらゆる陰謀を弄して、数多くの政敵を葬り去りながら、戦国の非情非道をその身をもって体現してきた一人の英雄にしては、実に他愛のない死ではあった。
 その後、畠山高政は、後任の河内・紀伊守護代に遊佐長教の一族である安見直政を指名し、遊佐家とその領地など、長教の遺した遺産の大部分は嫡男である遊佐新次郎信教に引き継がせた。ただ、安見直政にしても、遊佐信教にしても、智勇に秀で、その実力で畠山家の頂点に立った遊佐長教ほどの指導力はなく、結局、畠山家は、主君高政、守護代安見直政、有力重臣の遊佐信教による、実質的な三頭政治体制を採らざるを得なくなった。
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