【絶頂編】第071章 終わりなき戦い
「貴様らは、誰の許可を得て、管領殿を越前に追放したのだ?」
観音寺城に、凄まじき、さながら雷が落ちたかのような大音声が響き渡った。
定頼は、まさに鬼になっていた。烈火の如く激怒している。一連の騒動は、当主である彼に無断で、かつ彼を全く蚊帳の外に放り出した上で行われたものだったから、彼の怒りも当然といえば当然だったが、息子の六角義賢は、むすっと不貞腐れたように、ジッと父の顔を睨み付けていた。
「その顔はなんだ! 文句があるならば、この場にて申せ。…いや、父が申すことに異議があるなら、即刻この城を去り、どこへなりとも立ち去るがよいわッ!」
怒り心頭、もはや誰の手にも止まらぬ勢いで怒鳴り散らしている定頼は、義賢だけでなく、その後ろにて恐縮そうに頭を下げる重臣たちをもぎろりと睨み付けた。
「その方らを息子の補佐役としてつけたは、息子に愚かな行為をさせぬための目付役としての役割を期待したからであるぞ。それが、そなたらから率先して息子を扇動し、管領殿を追放するなどと、愚かしい行為をしてくれるとは…。そなたらを信頼して息子に付けたわしが愚かだったのか…。とにかく、わしは情けない」
「さ、されど父上…。もしも管領殿を我らが支援し続け、三好殿と決戦するようなことになれば、我らの不利は否めませぬ。…悔しゅうございますが、既に三好筑前は本領阿波、讃岐、淡路に加えて、摂津、丹波、和泉、山城の計七ヶ国を支配下に置き、さらに河内、紀伊を治める畠山家とも強い同盟関係を維持しております。大和にも勢力を広げており、言ってみれば、既に畿内全土が三好方となったようなもの。それに対し、我らの勢力範囲は近江一国のみ。それとて、小谷の浅井久政は面従腹背の輩にございますれば、信頼するわけには参りませぬ。畿内全土を手にした三好筑前と、近江一つ満足に支配できていない我らでは、勝敗は火を見るよりも明らかでしょう」
まさに正論である。こんな風に理路整然と三好と戦う愚を諭されては、さすがの定頼も二の句が告げなかった。いや、そんなことよりも、日頃暗愚だとばかり思ってきた愚息義賢からこんな言葉が聞けるとは夢にも思っていなかった定頼は、ただ呆然と、困ったように戸惑っていた。
定頼とて、強勢を極める三好氏と戦う愚は十分に分かっていた。それでもなお、あえて決戦に拘ったのは、何も義理の息子たる細川晴元や足利幕府を助けたかったからではない。一言で言ってしまえば、三好筑前守長慶という男と戦ってみたかったのだ。一度でよいから、阿波の小土豪より身を起こし、ついに天下人の座まで手中に入れてしまった不世出の大英雄と真っ向勝負をしてみたい。そう思い、願っていたからこそ、彼は三好との決戦に執着していたのだった。
「殿のお気持ちも分かりますが、若殿の仰せの通りかと存じます」
すかさず、後藤但馬守賢豊が口を挟んだ。いつもの定頼ならば、ここで必ず自らの非を悟って、自分たちの意向を受け入れてくれるに違いない。そう信じ、賢豊は仰ぎ見るように定頼を見つめたが、既に怒りと悔しさに日ごろの冷静さを完全に失っていた彼は、
「たわけたことを抜かすなッ!」
と、いつになく大音声を張り上げて、義賢や賢豊らを一喝した。
「三好筑前と戦って負けるなどと、誰が決めた? このわしは、これまで百戦百勝。一度も負けたことはない。故にこそ、今の六角家がある。ふふふ。此度も三好筑前に決戦を仕掛けて、奴を押しのけて、わしが天下を握ってやる」
もはや、そこで騒いでいるのは、聡明と叡智を誰からも称えられ、あらゆる尊敬を集めてきた六角定頼という英主ではなかった。怒りに目が眩み、目先の欲望に血道を上げている、ただの年老いた凡人に過ぎなかった。
後藤但馬や進藤貞治、蒲生定秀ら重臣たちは、思わず顔を見合わせて溜息を吐いたが、けれど、如何に定頼が年老いた凡人に成り果てようと、彼が六角家の総帥であることに代わりはなく、彼が、
「決戦あるのみ」
と強く主張している以上、家臣としては、その命に従うより他に仕方がなかった。
かくして、三好と六角の和議交渉は不調に終わった。
結局、和議の締結を急いで、事前の根回しも欠いたまま、強硬路線に打って出た重臣たちの失策といえなくもなかった。少なくとも、予め定頼に事の次第を報告し、説得した上で行動に移していれば、彼もあれほどのヒステリックは起こさなかったかもしれない。全ては結果論だが、後藤や進藤らは、
「少しばかり焦りすぎたようだ」
と、あの当時の自らの判断を思い返しては、ひたすらに嘆いていた。
また、六角家内で対三好強硬論が羽振りを利かすようになった要因の一つに、足利義輝の存在があった。義輝は、定頼や晴元に輪をかけたような強硬論者であり、穏健派により晴元が追放されたと知るや、観音寺の定頼に宛てて文を送り、六角家の心変わりを痛烈に非難したりしていたほどだった。定頼も、この義輝の血気盛んな強硬論に影響された部分が少なからずあるようで、ことあるごとに、
「将軍家にはあれぐらいの覇気がなければ困る」
などと言っていた。
何はともかく、盟主である義輝と、主君である定頼が誰よりも過激な強硬論を唱えているのだから、家中も当然、対三好強硬派が主流を占めるようになっていた。穏健派は日に日に力を失い、後藤但馬、進藤貞治らは強硬派主導政権の中で、肩身の狭い思いを余儀なくされている。挙句、彼らの後ろ盾といってもよい存在であった六角義賢が、穏健派の劣勢、強硬派の優勢を見て、あっけなく強硬派に鞍替えすると、穏健派は決定的打撃を受け、その政治的衰退は誰の目にも明らかとなった。
「やはり、決戦を挑んでくるか…」
長慶は、嬉しそうにニタニタと笑っている。
「これでいよいよ、近江も我らの支配下に組み込むことができまするな」
側近の立花信濃守範政もそう言って、にっこりと微笑んだ。
「近江、か。近江をとれば、次は越前か、あるいは美濃。越前には朝倉がいるし、美濃には斎藤か…。いずれも強敵だが、それらも滅ぼしてしまえば、余の手で日ノ本六十余州を統一できる日も案外近いというものだ」
などと、長慶は楽しそうに呟いていた。
六角定頼は、居城たる観音寺に二万の大軍をかき集め、さらに最前線基地である中尾城に入った足利義輝に、増援軍として五千の兵を新たに付与したという。これらは全て、三好家との全面戦争に備えた布陣であることは明らかであり、彼らがそういう考えなら、長慶とて迎え撃つ覚悟くらいはあった。逆に、いっそこれを契機に近江すらも領国に加えてしまおうという野心をその胸に燃やしつつ、
「浅井の動きはどうだ?」
と、至極愉快そうに微笑みながら、いつものように範政に尋ねるのだった。
「既に小谷城の浅井久政は、我らと六角が全面戦争に陥れば、我らに内応して、六角領に攻め入ると確約してございます」
「そうか。我らに内応するか」
「はい。さすれば、六角など我らの敵ではありますまい。北と西から、同時に攻め立てられれば、さしもの定頼とて太刀打ちできますまい」
「ま、そうだろうな」
今の長慶ならば、鬼神とても敵うまい。範政はそう信じている。今や、畿内に七ヶ国を領し、都を支配下に置いて、事実上幕政を専断している。彼が白と言えば、この世の全てが白になるし、黒と言えば黒になった。馬を鹿にすることも、鹿を馬にすることも、彼の権力をもってすればどうということもない。
世の中は全て三好家を中心に回っているような気さえした。今となっては、名門の意地なのか、あるいは名君と称えられた男の誇りなのか…、ともかく、あくまで三好長慶に対抗し続けようと、徹底抗戦を唱えて無意味な行動を続ける六角定頼が哀れにすら思えてきた。かつてはその強勢を誰からも恐れられ、一目も二目も置かれた存在であったらしいが、今となっては、時代遅れの、年老いた競走馬に過ぎなかった。
「御屋形様、此度の六角攻めには、是非それがしも参加させてくださいませ」
深々と頭を下げて、そんな風に言う範政に、長慶は不思議そうに首をかしげた。
「小太郎は六角攻めに従軍したいのか?」
「はッ!」
「何ゆえに?」
長慶は、いつも通りの冷静な、突き刺すような瞳で、まじまじと範政の顔を見つめていた。彼の覚悟の程を推し量ろうとしているかのように、長慶は時折「ふーむ」と唸っていた。
「それがしも部将になりたいからです」
至極正直な、露骨なほどの本心を思い切りぶつけてくる範政に、長慶は呆れたように「ははは」と笑った。
「部将になりたいから、六角攻めに従軍したいと申すか?」
「御意!」
無論、これまでも立花範政は軍を率いて何らかの作戦活動に従事したことはある。だが、本格的な戦に、自ら一軍の将として臨んだ経験は一つもなかった。政敵である松永弾正久秀が、既に長慶の側近であり、かつ一軍の将として自他共に認められている地位を築いていることを考えれば、彼とて、いつまでも長慶の側近の地位に安穏としているわけにはいかない。要するに焦りであり、逸りであり、若さゆえの血気盛んの表れであった。
「余の側近だけでは、やはり物足りぬか?」
皮肉と嫌味と、からかいを込めた長慶の言葉に、
「滅相もありませぬ」
と、範政は慌しく否定した。その様に、長慶はからからと笑った。
「ま、よかろう。そなたはこれまでも余のためにいろいろ尽くしてくれた。その恩賞としての意味も込めて、その願い、聞き届けてやろう。六角との戦が始まれば、その方にも一軍を預けて戦ってもらうこととしよう。だが、言うまでもないことだが、一軍の将というのは、決して容易い仕事ではないぞ。兵を率いる以上、彼らを束ね、如何に最小限の犠牲で、最大の勝利を掴むか、いろいろ試行錯誤せねばならぬ。負ければ…、負け方にもよるが、とにかく、今まで築いてきたそなたの全てが失われるかもしれぬ。それでもよいか?」
そんな長慶の鋭くも厳しい言葉に、
「無論、承知の上でございます」
と、立花信濃守範政は、はっきりとした口調で、大きく頷いた。
十月二十日。
中尾城の足利義輝は、総勢六千の精鋭を率いて出陣し、鴨川畔まで進出した。
一方、三好方は十河一存を総大将、三好長逸、芥川孫十郎を副将、立花範政や松永久秀、今村義満、小泉秀清らを寄騎部将とした総勢一万六千で迎撃し、激戦の末に、六角軍が主体の足利軍を撃破した。この戦いにおいて、立花範政は、一軍を率いることの難しさというものを、嫌というほどに思い知らされることになった。
それは、合戦が始まる、まさにその直前のことであった。立花勢の陣所は、他の三好軍陣所に比して、何かと騒がしかった。
「御大将、またも喧嘩にございます」
部下たちは、そんな風にぼやきながら、その顔を苦々しげに歪めていた。
「喧嘩だと? またか…」
範政は呆れたように溜息を吐きつつ、困ったように床机の上に腰を下ろした。
立花範政は、今回三千の兵を率いている。だが、一言で三千といっても、三千人もの人間を束ねるのは、そう簡単なことではない。しかも、どれもこれまでの激しき戦乱を潜り抜けてきた荒くれ者揃いの精兵たちである。彼らには、大した武功もなく、ただ妹の七光りで栄達を遂げてきた立花範政に対する、潜在的な不信感、反発があった。だからこそ、兵たちは彼の命に抗い、立花隊の指揮命令系統は、気がつけば崩壊寸前の状態となっていた。
「仕方ない。喧嘩している者はもとより、その周りにいて、それを傍観していた者も片っ端から逮捕して、その全員を処刑しろ」
こうなれば、強硬策以外に手はないと、範政も覚悟を決めたようであった。
「しょ、処刑ですか?」
当然のように仰天する部下たちに対し、範政は何も言わず、ただ軽く頷いた。
かくして、範政は兎にも角にも部隊の指揮権を掌握し、十河一存の号令の下に行われた総攻撃では、それなりの手柄も挙げた。もとより足利軍など、精強無比と称えられる三好軍の敵ではなく、戦いそのものはあっけなく終わった。けれど、部隊の指揮権を掌握するという、たったそれだけのために、二十人もの味方を軍律違反の名の下に手をかけねばならなかった範政の心境は、実に複雑であった。
十一月に入ると、今度は三好軍が攻勢に出た。
十河一存率いる三好軍は、十一月十九日に中尾城に迫って、その麓にあった聖護院や北白川、鹿ケ谷などを焼き討ちした。さらにこれに連動する形で、同月二十日、内藤長頼率いる丹波軍は近江に入り、やがて大津に攻め入ったのである。
特に内藤軍の大津進攻は、よほど足利義輝の肝を冷やしたようで、彼は慌しく中尾城を引き払うと、坂本に落ち延びていった。けれど、その坂本にも内藤軍の脅威が迫ると、
「こうなった以上、坂本も駄目でござる。堅田まで落ち延びましょう」
群臣たちのそんな勧めに従う形で、義輝は十一月二十二日未明、僅か十五騎の家臣だけを引き連れて、坂本北方に位置する琵琶湖西畔の鄙びた漁村たる堅田まで逃げていったのだった。
同日朝。
坂本城に内藤軍が入った。抵抗らしい抵抗もなく、難なく入城を果たした長頼は、つまらなさそうな顔をして、眼前に広がる壮大な琵琶湖の光景をまじまじと眺めていた。
「申し上げます。立花信濃守様、御屋形様の御下知を受け、ご到着なされました」
そこに、そんな報告が入ったので、長頼は露骨に嫌そうな顔をした。
「信州殿が着たのか」
などとぼやくように呟きながらも、それが“御屋形様”の命であるなら、拒むことなどできるはずもなく、困ったように苦笑いしつつも、とりあえず通すよう命じたのだった。
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