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【雪辱編】第063章 長慶の反逆
 三好家の意向は、内々に摂津諸豪族に伝えられることとなった。
 諸豪族のうちで、有力なものは伊丹氏と池田氏である。いずれも三好長慶の勢力圏内に領地を有する有力な国人であった。
 かつてであれば、塩川氏や三宅氏などもこの中に名を連ねていたであろう。けれど、彼らは先の氏綱の乱において、氏綱方に味方し、晴元方に刃を向けたため、今や全く落ち目となっていた。特に三宅氏などは、摂津守護代たる三好長慶の怒りをもろに受け、塩川氏などより遥かに厳しい衰亡の淵に追い込まれていた。当主である三宅国村は事実上追放されているし、領地の一切も三好家により没収されていた。三宅氏そのものは存続が許されたが、領地もなく、城もないのでは、その辺にいるただの牢人と大差はなかった。
 逆に最初から最後まで晴元方を貫いた伊丹親興は、ますますその存在感を高めて、今や摂津国内では、三好長慶、細川晴元、三好宗三に次ぐ第四勢力と評されるほどの勢力を誇っていた。形の上では長慶の配下となっているが、従順な家来であるとは言い難く、彼の命令を聞かず、勝手な行動をとることも多かった。また晴元からも何かにつけて重用されており、主君たる長慶よりも晴元の命令を重視することも決して少なくないのだった。要するに、長慶にとってはこれ以上ないほどやりにくい相手であり、それだけ伊丹親興の存在感が高まっている証であるともいえた。
 一方、伊丹氏と並ぶ雄藩池田氏の場合は少し事情が異なっていた。何しろ彼らは伊丹親興の如く、これといって晴元を支持してきたわけではなく、そればかりか三宅国村らと並び立つ生粋の氏綱党として活躍してきたという過去をもっている。それでも今までと変わらぬ領地を保ち、伊丹氏に次ぐ立場を維持しえているのは、当主たる池田久宗が晴元方の重鎮三好宗三と縁戚であったからといっても過言ではない。
 けれど、晴元に楯突いたことに対する代償は彼らが想像していた以上に大きかった。如何に宗三の庇護下にあるといっても、彼らの運命を決めているのは、宗三ではなく細川晴元であった。結局、久宗は晴元の怒りをもろに受ける形で、切腹を余儀なくされていた。それが天文十七年(一五四八年)五月六日のことである。一度氏綱方に味方した男を、晴元は決して許さなかったのである。言ってみれば、当主久宗の命と引き換えに、池田氏は摂津国人衆の旗頭としての地位を保てたのだとも言える。
 こういう諸事情があったので、長慶傘下の二大雄藩の取った態度は、はっきりと分かれた。即ち、伊丹親興は、あくまでも晴元方、即ち三好宗三に与力することを明確に打ち出したのだが、逆に池田久宗に代わって池田家の新当主となった池田長正は、父の仇を討つべく、三好長慶に与力することにしたのだった。


 八月十二日。
 長慶は一挙に行動に打って出た。
 彼は、都の晴元の有力な被官五人に宛てて、一通の書状を送った。言ってみれば一種の弾劾状である。弾劾する相手は、言うまでもなく、三好越後守宗三その人であった。
 弾劾状を送付した被官五人というのは、平井丹後守、田井源介、高畠伊豆守、波々伯部(ほうかべ)左衛門尉、塀和(はが)道祐であり、どれも晴元の信任厚い側近であった。
 彼らは早速、その弾劾状を晴元に見せ、晴元は、それを三好宗三に下げ渡した。その時点で、晴元に長慶の弾劾を受け入れる気が毛頭ないことは、誰の目にも明らかとなった。
「今や長慶とか名乗っている筑前守も、随分偉くなったものですな」
 と、宗三は腹立たしそうに呟いていた。
「なるほど。一族の和を乱す越後守宗三入道を討つ、と…。だが、それがしに言わせれば、一族の和を乱しているのは、こういうわけも分からぬ書状を、御所様に送って、讒言を繰り返している筑前守だと思いますがね」
 そんな風に呟きながら、宗三はその手で、握り締めた弾劾状をぐしゃぐしゃに潰した。
「されど、筑前守がこういう書状を送ってきたということは、即ち、彼は我らと決戦する腹を固めたということではありませぬか?」
 と、高畠伊豆守長直は、不安そうな面持ちで、晴元と宗三を見上げた。
「だろうな。…言うまでもなく、これは筑前守の不敵な宣戦布告であろう」
 晴元はそう言って、苦々しげに溜息を吐いた。
「勝てますか?」
 と、田井源介が言った。
「勝てるか、だと? …余が、この余が、筑前如きに負けるとでも思うのか?」
 吐き捨てるように怒鳴り散らすと、晴元は憤然と立ち上がり、庭に飛び出した。そして、思い切り刀を抜き払い、側にあった松の木に勢いよく斬り付けた。
「ちぃ、刃毀れしたな。なんとも脆い刀よな」
 晴元は、崩れた刃先を眺めながら、腹立たしそうにぼやいている。
「そういえば入道、その方は随分と、良き刀を持っているそうだな。噂に聞いたぞ」
 と言って、彼は平伏す宗三の下に歩み寄った。
「はッ! これにございましょう」
 と言って、宗三は常日頃肌身離さず持ち歩いている愛刀を、晴元に手渡した。
「なるほど。これは見事だ」
 鞘から抜いてみると、どことなく不気味で、無機質な鈍い光が、これみよがしにどこまでも眩く、いつまでも輝いていた。
 二尺二寸一分(約六十六センチ)ほどの大きさの太刀である。後に、『宗三左文字』とか、『義元左文字』などと称され、様々な戦国の荒波に巻き込まれつつも、現代に伝えられている不思議な名刀であった。
 宗三の死後、わが子武田晴信(後の武田信玄)に甲斐国主の座を追われて、駿河今川氏の下に居候していた武田信虎が、上洛中にふとしたことから手に入れ、その後、信虎の庇護者たる駿河国主今川義元の手に移ったのだという。やがて義元が桶狭間に戦死すると、勝者である織田信長が自らの愛刀として所持し、信長死後は、彼を本能寺に滅ぼした明智光秀を経て、やがて豊臣秀吉が入手した。以後、秀吉、秀頼と豊臣二代が受け継いだ後、大坂の役で秀頼が滅びると、徳川家康の手に渡り、以後ずっと徳川将軍家の宝刀として、現代まで伝えられてきたというわけだった。
 いろいろと曰くつきの刀であるが、この当時は、宗三がその財力にものを言わせて作らせた名刀の一つに過ぎず、晴元も、その輝きや鋭さに目を奪われながらも、その刀にそれほど執着はしなかった。
「ま、ともかくだ。筑前如きに侮られてたまるか。これまでも散々奴には苦労させられたが、もう許せん。奴を滅ぼし、天下を再び余が下に取り戻してやる」
 と言って、一人腹立たしそうに怒鳴っている細川晴元であった。


 以後、両陣営は激しい睨み合いを続けつつも、本格的な決戦にいたることはなく、一触即発の冷戦状態を延々、半年近くに渡り維持し続けていた。
 ただ、その間、両陣営が何もせず、ただ眠っていたわけではなかった。その水面下では、熾烈な調略合戦が繰り広げられていたわけである。
 まず、三好長慶は、岳父である遊佐河内守長教に使者を送り、協力を取り付けた。その上で、畠山家が庇護している細川氏綱を再び表の舞台に呼び戻し、三好方の盟主、即ち晴元に代わる細川京兆家家督継承候補として擁立することにしたのであった。
 さらには和泉の有力国人である松浦興信を味方に加えて、晴元方の有力者たる和泉国守護細川元常の勢力に大きな楔を打ち込んだ。また、阿波の小守護代(守護代三好長慶の代理)である三好之康に命じて、同国守護の細川持隆を半ば強引に陣営内に引きずり込ませることにも成功した。これにより三好方の拠点ともいえる四国の安泰を図ったわけである。
 対する晴元も負けじと地盤固めに勤しんでいた。晴元の岳父である六角定頼との同盟強化策をはじめ、和泉の細川元常や岸和田兵部大輔のほか、紀伊国の根来寺宗徒にまで援軍を要請した。こうした外交政策は、おおよそ功を奏し、六角定頼などは、
「三好筑前守の謀叛は断じて許されぬ」
 と、彼の行動を『謀叛』であると断じた上で、晴元方への与力の姿勢を明確に打ち出したのであった。

 
 天文十七年(一五四八年)は、結局、戦らしい戦もなく終わり、かくして天文十八年(一五四九年)を迎えた。まあ、越年したところで、相変わらず両陣営が一触即発の危機的状況にあることに変わりはなかったわけだが、年内に戦があるに違いないと思って避難していた人々にしてみると、拍子抜けするような展開であった。
 同年二月十八日。
 長慶は堺にいた。茶など飲みつつ、のんびりと過ごしているところへ、午後になった頃、ようやく遊佐河内守長教が彼の下にやってきたのだった。
義父上(ちちうえ)殿。お久しゅうござる」
 と、恭しく頭を下げる長慶に、長教は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「筑前殿に義父上などと言われると、実に不思議な気がするものでござるな。…ま、それはともかく、いよいよ世の中はきな臭い雰囲気に包まれて参りましたな」
 そんな風に長教が言うと、長慶はニタニタと笑って、無言のまま静かに頷いた。
 差し出された甘菓子などを美味しそうに頬張りながら、
「いよいよ、積年の夢が叶うときが参りました」
 とだけ、言った。
「…元長殿のことでござるか。あのお方は、確かに優れたお人でございましたなぁ。ただ、少々血気に逸られたところが、唯一の欠点といえば欠点。…とはいえ、あれから、既に十七年。あの折のわしは、今とは比べ物にならぬ若輩。木沢長政には遠く及ばず、まだまだ畠山の家中で、出世を夢見つつ燻っている中堅に過ぎませんでしたな」
「そう申すなら、それがしなど、あの当時十歳にござる」
「おや、左様か。十歳でござったか。いやはや、左様な御歳で、あのような難儀に遭いながらも、今のような地位に上り詰めるとは、なかなかわが婿殿は凄まじい御方じゃ」
 などと、白々しく驚く岳父に、長慶は苦笑いした。
「わが父の仇のうち、木沢長政は既に滅ぼしました。残るは、細川晴元と三好宗三入道の二人」
「…なるほど。されど、仇と申せば、本願寺の証如上人なども、父君の仇の一人ではござらんか?」
 遊佐長教は、じろりと婿の顔を見つめている。彼が何と答えるか。その一挙手一投足をまじまじと眺めていた。
「上人を仇と思ったことはありませぬよ」
 あっけらかんと、淡々とした表情で、長慶は言ってのけた。
「ほぉ。されど、元長殿に直接引導を渡したのは、証如上人が(けしか)けた一向門徒どものはず」
 長教は、相変わらず人の悪い笑みを浮かべながら、婿の顔を見ていた。
「あの当時も、あの当時よりずっと以前から、一向宗と法華宗は対立を重ねてきました。わが父は法華の大檀那として、これを庇護してきました。一向宗の総帥たる証如上人が、わが父を目の仇とするは当然。父とて、折あらば証如上人を滅ぼそうと思っていたに違いありませぬ。証如上人がわが父を殺したのは、彼の立場からすれば当然のことで、それがしとしては決して嬉しくはありませぬが、恨むほどのことではありませぬ」
「…なるほど」
「されど、晴元、長政、宗三の三名は違う。特に晴元は、わが父の補佐を受けて、ついに天下をとったというに、その父が邪魔になったとからと、父を裏切って粛清した。しかも、自分の力では倒せないからといって、わざわざ一向門徒を利用するという汚いやり方でわが父を葬り去った。こればかりは断じて許せぬ」
「…」
「宗三は、同じ三好一族でありながら、父を滅ぼすことで、その跡目を襲おうと考えていた。たったそれだけのために、晴元に讒言を繰り返し、わが父を殺した。その上、人質としてやってきた私に散々な扱いをした。それだけでも殺すに値する」
「…」
「木沢も然り。いずれにしても、この三人だけは、断じて許せないのです。木沢は既に死に、次は晴元と宗三の二人のみ…」
 三好長慶という青年の体内に滾る、凄まじき復讐の焔に長教は思わずたじろいだ。おそらくは、父元長が死んで以来、今に至るまで、ずっと復讐の気持ちをその体の奥深くに隠して、必死に生きてきたのだろう。隠して、耐えて、ひたすら堪えて生きてきたに違いないのである。十七年間に渡り、蓄えられ続けた怒り、恨み、憎しみの強さは、もはや長教の想像の域を遥かに超えていた。
「ま、それでも晴元や宗三とも、仲良くやれるものなら、やっていきたいものだと考えていたのです。が、そうではなかった。晴元は民のことより、自分の天下を如何に守るかといったことにしか興味がない。宗三は如何に出世し、己が力と権益を守るかということしか考えていない俗物。そんな奴らに天下は渡せぬ。ならば、わが父や曽祖父(三好之長のこと)が目指した夢を、天下取りの夢を、この俺の手で実現してやる。奴らを滅ぼし、この手で天下をつかみとってやる。そう思うようになりました」
 言葉こそ穏やかだが、その中に見え隠れする刺々しさに、遊佐長教は呆れたように絶句した。
 とはいえ、どの道、遊佐長教には長慶に与力するより他に道はなかった。さもなくば滅びるのみである。彼を助け、彼を天下人にした後、隙を見て彼をも倒し、自分が天下を取る。そういう粗筋を胸に描いている長教にしてみると、とりあえず今のうちは、それこそ持てる力の全てを三好長慶という婿のために注がねばならなかったのだった。


「ま、ともかく、作戦についてですがな。まず我らは、和泉に兵を進めて、松浦興信殿と連携しつつ、細川元常を牽制します。また大和の筒井順昭殿も、我らへの与力を確約しておりますゆえ、筒井殿をはじめとする大和勢を北上させて、都の晴元を牽制させましょう。その上で、芥川山城の城代となっている芥川孫十郎殿(長慶の妹婿)をこちらに引き込めば、京の晴元殿と江口の宗三を分断することができまする」
 と、長教が言うと、
「ならば、その上で、我らが摂津を南下し、三好宗三の居城江口に迫る」
 長慶も、阿吽の呼吸で答えた。
「そうですな。宗三が滅びれば、晴元など無力。後はどうにでも料理できましょう。何と言っても、宗三を何とかすることが先決でござりましょうな」
 そんな長教の言葉に、長慶は大きく頷いた。
 全てはこの戦いで決まる。長かった十七年間は、今日を持って終わる。復讐は成就し、その後は、父や曽祖父すら叶えられなかった大いなる夢へ飛翔するのだ。
 長慶はそんな風に思いながら、ニタニタと一人静かに笑った。そんな彼を見つめつつ、長教も「ははは」と、楽しそうに高笑いしていた。
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