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【雪辱編】第062章 三好長慶誕生
 時に三好筑前守範長は二十七歳。一方、新たに彼に嫁ぐことになった遊佐家の姫は弱冠十九歳であった。年齢に差がないとは言えないが、子や孫ほどの年齢の女性を妻や妾に迎えることも珍しくない時代にあって八歳程度の年齢差はないも同然であり、政略のためであればたとえどんな年齢の女性であれ結婚せざるをえぬ立場にある範長としては、まず適当な後妻であった。
 新正室を迎えることになる三好家大奥の雰囲気もこのところ随分と変わっていた。御台一派と西の丸派で繰り広げられていた政争は肝心の御台が追放されたことで西の丸派の圧勝に終わり、奥の支配権は今や西の丸こと雅の方のその小さな手の中にすっぽりと収まっていたからである。即ち大奥内にそれまで巣食っていた殺伐とした空気は一掃され、良くも悪くも笑顔に満ちた勝者の時代が到来していたのだった。
 御台の失脚と雅の方の権力掌握に繋がる一連の大奥内の歴史を知った範長は「ふーん」と軽く頷いただけでそれほど感情を示そうとはしなかった。ただ、政争の道具として利用されるだけ利用された後、半ばゴミの如く捨てられる形となってしまった旧御台には一応夫であった男の責任として憐憫の情を抱かずにはいられず、
「それで、奥は……」
 と、側近に尋ねようとしたのだが、結局「いや、構わぬ」と答えを聞くのを躊躇ってしまった。今更追放した旧御台のその後を知ったところで何かできるわけでもなく、例え何かできるとしても彼女の方が拒むだろう。気にせず無視を決め込むのがお互いのためだと言い聞かせ、範長はフゥと小さく溜息を吐いた。
 いずれにしても彼は雅の方の支配権を公認する意味も込めて彼女を大奥総取締役に任じ、奥向きの一切を取り仕切らせるだけでなく、何かと不便が多いであろう新御台の補佐役という大任を与えることにしたのだった。

 大奥総取締役となった雅の方は三好範長より一つ年下の二十六歳である。天下に名だたる大大名三好氏の奥向き一切を取り仕切る影の実力者たるに相応しい豪奢な衣装に身を包んだ彼女は、どことなく悲しげな笑みを浮かべながら日がな一日空を見ていることが多かった。
 雅の方は頂点を極めた。しかし彼女は旧御台に味方した人々を決して弾圧しようとはしなかった。もちろん自主的に奥から下がり引退を望む者もいないわけではなく、そして彼女はそれを引きとめもしなかったが、引退を望まぬ者まで強引に追放したり、あるいはその地位をいたずらに引き下げたりと言った強引な報復人事は行わなかったのである。
 が、雅の方のそうした態度は、肝心の彼女に味方した者たちを落胆させた。何しろ彼女たちは御台一派を追い落とすことで一派が有していた既得権益を己がものにしようと目論んでいたからである。だが雅の方の決断の背景に範長の意向があるとわかるや否や誰も文句の一つも言えなくなってしまった。もしも勝者だからというだけの理由を持って余計な権益主張を行えば、範長の怒りを買うことは必定であり、ゆえに黙っておくほかはなかったのである。
 ただ、唯一雅の方の兄である立花小太郎範政だけは着実にその地位を固めて、いよいよその存在感を三好家中に轟かせていた。無論、公的には今回の一件で小太郎範政が何らかの恩禄に預かったわけではない。身分も地位も禄高も何一つ昔と変わってはいない。だがそうした目に見えるものではなく、今回の陰謀を成就させるべく各地を奔走したことで、期せずして有力者との人脈を築くことも出来たし、西の丸派に加わった有力一門とも密接なつながりを持つことができるようになった。そして、何よりも妹である雅の方が大奥を完全掌握したことで、兄たる彼の立場も今まで以上に強固なものとなった。
 一方……。
 あえなく敗者となった松永久秀、内藤長頼兄弟は範政とは打って変わって苦境に立たされていた。無論、三好家中において彼らの地位や身分に一切の変化はないが、立花小太郎との政争に敗れたことで家中に対する影響力はいくらか衰えてしまったのである。さらにその上、波多野家と本格的な敵対関係に陥ったことにより、波多野家との和合を前提に丹波の安定を模索してきた守護代内藤長頼はその立場と面目を失ってしまった。
 当然、波多野秀忠は怒り心頭である。まあ無理もない。三好筑前守範長は半ば一方的に娘を離縁し、遊佐長教の娘を娶ってしまったのであるから。娘がどうのというよりも、波多野家を見限って遊佐家についたという範長の態度が許せなかった。これまで散々三好のために血と汗を流してきたのは何だったのか。彼でなくとも普通は怒るだろう。
 三好と波多野の関係は一挙に悪化した。とはいえ畠山方と和睦し、乗りに乗っている三好家と本格的に対峙するほど秀忠も愚かではない。そこで彼は謀略を駆使し、内藤長頼により追い落とされたかつての養父国貞を唆し、彼とそのシンパを背後で操りつつ挙兵させたのである。
 ゆえに長頼は慌てて本国に戻り、国貞の乱を鎮めねばならなくなった。

 範長が遊佐氏の姫を娶ったのは、何も単純に波多野御前が嫌いだったからとか小太郎範政の甘言に乗っただけとかいう、他愛もない理由では決してなかった。
 まがりなりにも自らの正室のことであるし、三好家の大事となる重要問題である。彼とていろいろ考えた上で決断したつもりだった。
 既に彼は先の先の事まで考えていた。舎利寺に勝利した辺りから彼はいろいろと考えねばならぬことが多くなった。このまま晴元に仕え続けるのか、あるいは自ら天下を目指すのか。例え目指すとしても、どうしたら天下人になれるのか。そのためには何をしなければならないのか……。考えるべきことは山の如くあった。
 いろいろ考えに考えあぐねた末に見出した答えが、遊佐家との婚姻であった。即ち、氏綱党の最高実力者であり、かつ畠山家執政の遊佐長教と姻戚関係になれば範長の政治的立場は一挙に高まる。三好氏の近畿地方における地盤である摂津国の背後を固めるというだけの理由で結びついた波多野家よりは、はるかに価値の高い結婚となることは間違いなかった。
 とまあ、戦国大名三好筑前守範長としては今回の縁組は政治的に仕方のない行為であったが、一方で、ただの青年三好孫次郎範長に戻ってみると、やはり辛かった。
「英雄というものは、何かをなすとき、常に何かを切り捨てねばならぬ。非情に徹せねばならぬ」
 などと呟きながら容赦なく押し寄せてくる良心の呵責と必死に闘っている。どんな理由、理屈をつけようと、範長の個人的感情としては、散々冷遇した挙句追放同然に追い出した御台のことを考えると心が痛まずにはいられなかったのだ。
 けれど、それに負けていては天下などとれるはずもない。範長は弱くなる自分の心に散々言い聞かせながら「はぁ」といつになく深いため息を吐いた。 

 五月、六月はあっという間に過ぎ去っていつしか七月になった。
 範長は、この際だから自らの覚悟と新たな門出を満天下に示すべく長らく使用してきた『範長』の名を改めることにした。波多野氏と離縁し、遊佐氏と結婚した今、もはや自分は昔とは違うのだということを知らしめる上で名前の変更は何より手っ取り早い方法であるような気がしたのだった。
「名前を変えられるのですか?」
 大奥の覇者となった雅の方は、相も変らぬ笑顔のままにそう言った。
「まあな。散々『範長』で通してきたが、どうもしっくりこん。今一度、名を改め、俺の存在というものを満天下に示してやるのさ」
 などと言っているが、雅の方には彼の気持ちが痛いほど分かる気がした。いろいろ理由をつけてはいるが、要するに波多野御前を一方的に離縁したことを未だ心に病んでいるのだろう。それを忘れるために、あえて名前を変えて、昔の自分を一方的に捨て去ろうとしているのではあるまいか……。
 雅の方自身、波多野御前とのことは余り思い出したくない記憶であることに間違いはなかった。兄である小太郎範政の企みに乗っかる形で波多野御前追放の片棒を担いだ彼女ではあったが、それが彼女の本心、望みでないことは確かだった。彼女としてはできれば穏便に事を済ませたかった。けれど、気がつくと小太郎範政の企みは着々と進んで、いつの間にか自分が勝者として大奥に君臨することになっていた。
「で、お名前は何とするおつもりですか?」
 と、雅の方が尋ねると、範長はニタニタと笑うだけであえて答えようとはしなかった。
「それはそうと、新たな御台は生活に慣れたか?」
 その話題から逃げるように、彼は唐突にそう切り出した。問われれば答えられる限り答えようとするのが雅の方の性分でもあったから、少しばかり不満そうに頬を膨らませながらも、
「随分慣れられたようです」
 と、言った。
「そうか。それにしても、気づかぬうちわが大奥も随分大所帯となったものだ。芝生城にいた頃は、どれだけ多くとも、女子の数は百人程度だったというに、今では五百を超えて……、どれくらいいるのだ?」
「六百十六名にございます。無論、殿様に御目見え出来る女子となれば、百名程度にございますが」
「六百? そりゃまた随分と多いものだ」
 それだけ三好家が成長したのだと思えば、納得できないこともなかったが、ただ自分という存在に仕えるためだけに六百人もの女子が城内にいるという事実は、年頃の青年にとってみるとなんとも言えず不思議なものであった。

 その翌日。
 三好筑前守範長は、主だった一門重臣を越水城に集結させると、そこで自らの改名及び新たな名を堂々と披露したのであった。
「以後、余は三好筑前守範長改め、三好筑前守長慶と名乗ることにする」
 と、言いながら彼は予め用意してあった紙と筆で自らの新たな名をすらすらと書き記していった。
三好(みよし)筑前守(ちくぜんのかみ)長慶(ながよし)
 と、そこには記されている。
「な、長慶、様?」
 誰もがきょとんとした様子で、じっと範長……改め長慶と名乗った主君の顔を見つめていた。
「さ、されど御屋形様、何ゆえ『長慶』なのでございますか?」
 と、三好康長が家臣団を代表して尋ねると、長慶は待ってましたとばかりにやりと不敵な笑みを漏らして、群臣をじろりと見回した。
「『長』は、あえて言うまでもあるまい。わが三好家にとってはかけがえのない宝のようなものだ。これを外すことは出来ぬ。そして『慶』だが、これもあえて説明を加えるまでもあるまい。慶事とか申すように、(よろこ)びごとを表現する文字だ。即ち余と三好家が、よりもっと長く栄えてくれるようにとの願いを込めて、自らの名をこれまでの『範長』から『長慶』に改めるのだ」
「な、なるほど……」
 この時代に生きる人々は何事かあるたびその名前を目まぐるしく変えている。元服の際の改名が一般的であるが、結婚や仕官、官位任官など何らかのきっかけがあればそれを機会に新たな名を称する者は数多くいたのである。徳川家康にしても幼名竹千代から始まって松平元信、松平元康、松平家康、徳川家康と年を経るたびに名を変え続けている。上杉謙信にしても幼名虎千代から始まって長尾景虎、上杉政虎、上杉輝虎、上杉謙信と時代や政治状況に応じて名を変えていた。
 今回の範長の改名もそういう時代状況から鑑みれば別段不思議なことではなかった。家臣たちも新たな名が家中の士気向上に繋がればよいと、どれも前向きに受け取っていた。
「ここで、はっきりと、皆に申し聞かせておく」
 新たに三好筑前守長慶となった男は、そう言って居並ぶ家臣たちをぎろりと睨み付けた。ここぞというときの鋭い眼光は千熊丸といった幼い時分から全く変わらない。譜代の家臣たちは誰もがそんな風に思いながら、改めて、過ぎ去った時間の長さを思い返さずにはいられなかった。
「余が今回『長慶』と名乗ったのは、ひとえに、千熊丸とか利長とか範長とか名乗っていた昔とは違うということを満天下に示すためだ。即ち、三好長慶となった今、この名に相応しいのは、天下人たる地位である。ゆえに、余は誰が何と言おうとも、天下を目指す」
 誰もが、その瞬間、ごくりと息を呑んだ。
 天下。
 飛躍的急成長を遂げてきた三好家の家臣団にとっては随分昔から意識している言葉であった。ただ、それを主君長慶の口からじかに聞けたという点に家臣たちは驚き、そして何より喜んだ。
「そして天下を目指すうえで最大の障壁はいうまでもなく三好越後守宗三である。彼を滅ぼして初めて、我らが夢は実現するのだ。だから、以後の我らの敵は、宗三政長である。わが父の仇にして、わが夢の最大の障壁となっている奴は、断固として滅ぼさねばならん。……そのためにもしも晴元殿があくまでも宗三の肩を持つなら、やむを得ぬ。宗三もろともに、晴元殿も一緒に滅ぼす」
 はっきりと断言するように三好範長改め三好長慶はもはや何の躊躇いもなく堂々と細川晴元討伐に言及していた。これまでも、信の置ける幾人かの重臣たちには晴元討滅の意を伝えていた長慶であったが、そうとは知らぬ大部分の群臣たちは、唐突に主君の示した大方針に驚きを隠しきれぬといった様子で戸惑っていた。
 だが長慶は本気だった。そして、家臣たちはそれを快く受け入れ、何より皆、彼の決断を称え、狂喜した。ようやく三好元長の仇を討てるのだ。そう思うと、古参の家臣ほど大いに喜び、かつ昔の無念を思い返しながら、誰に気兼ねするでもなく涙など流していた。
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