【雪辱編】第059章 舎利寺の合戦
榎並に集結した晴元軍は、軍議を開き、明日をもって出撃することが、全会一致で決定した。
範長は、榎並城の一角に与えられた宿所に戻ると、そのことを各将に伝えた。誰もが当然といった顔をして、燃え上がる戦意をその全身に表していたが、範長本人は、余り気乗りしない風であった。
「如何なさいました?」
そんな主君の様を見て、不安そうに、三好康長がやってきた。
「いや…。なんでもないのですが、明日の決戦のことが少々気にかかるのです」
と、範長は言った。
「…御屋形様は、よもや明日の戦で、我らが負ける可能性があるとでも仰るのか?」
叔父として、何かと気苦労の多いこの甥を少しでも助けてやろうと、康長は、励ますような口調で、
「そんなことはないぞ」
と、言った。
「いや、負けるとは思っておりませんが…。おそらく大勝するでしょう」
範長は、そう言って、にっこりと微笑んだ。
「ならばよいではないか。…ならば、御屋形様は何ゆえ左様な顔をなされる? 御屋形様はわが三好だけでなく、榎並に集まった全軍の、いわば御大将。御屋形様が左様な御顔をなされると、全軍の士気にもかかわりますぞ」
「…それは分かっているのです。だが…、だが、ここで氏綱が滅びれば、世の中がどうなるのだろうと、少し思ったまでのこと」
そんな風に呟く範長に、康長はぽんと胸を張って、
「そんなことははなから知れたことにございます。御屋形様の天下です!」
と、きっぱりと断言した。
「余の天下、か…。ならばよいのですが。ただ、氏綱が滅び、晴元殿の天下が戻るようなことだけは、断じて防がねばならぬと思っております」
「…」
「天下はそれがしが取ります。断じて、断じて晴元殿には渡しませぬ」
範長が、その口で、はっきりと細川晴元への反抗を示したのは、これが初めてのことではないかと、康長は思った。だから、彼はただ呆然と常とは違う甥を見つめ、ただ絶句していた。
「晴元殿は、かつてわが父元長を殺し、さらに静の方も殺した。俺の側近だった和田新五郎も、惨いやり方で殺したのです。全て、俺が忘れていると思ったなら、大間違いだということを思い知らせてやる。晴元殿には、二度と天下はやらん。氏綱を滅ぼしたなら、天下はこの三好筑前守が握ってやる!」
いつしか口調が乱雑になっていることにも気づかず、叔父の面前にて、そんな風に怒鳴っている範長は、確かにいつもとは違うようだった。
「…静の御方、でございますか」
康長は、ここ二十数年、ずっと範長を見てきたが、彼がこれほどの怒りや憎悪を表したのは、元長が横死した直後以来のような気がしていた。それにしても、依然として静の方のことが彼の頭の根底にあって、それが晴元に対する恨みの根源となっていることに、康長は驚きを隠せなかった。
七月二十一日、朝。
三好軍を中核とする晴元軍は、榎並城を発し、南進した。
総勢四万。
天下分け目の決戦を挑む軍としては、申し分ない大軍であった。
一方、遊佐河内守長教率いる畠山軍を中核とする氏綱軍も、高屋城を発して、北上した。
総勢二万二千。
両軍は徐々にその距離を詰めながら、やがて、ぶつかった。
場所は天王寺の東に位置する舎利寺(現大阪市生野区)を中心とする地域であった。
両軍合わせて総勢六万を超える兵士たちが、敵味方に分かれつつも、同じ場に大集結したのである。これほどの数が一堂に会したのは、それこそ、応仁の乱以来ではないかと思われるほどで、人々は、どちらが勝つのか、固唾を呑んで見守っていた。
正午頃、両軍は激突した。
無数の矢が、空を舞う。青々と輝く夏の空が、矢一色に染まったとき、おぞましき絶叫と喊声が、戦場に高らかと響き渡った。
北と南に布陣する両軍の、凄まじき矢の撃ち合いは、しばらくして終わった。すると、今度は両軍の歩兵足軽が前へ出、それぞれが総攻撃に打って出た。
晴元方からは松浦興信の軍勢が、真っ先に押し出した。畠山上総介の軍も、負けじと進む。
激戦は、更なる激しさを呼び、敵も味方も分からなくなるような乱戦の中で、確実に、息のない動かぬ骸だけが確実に増えていった。
悲鳴とも絶叫とも、喊声ともつかぬ大音声が響き渡る中、三好範長は本陣より、ジッと、激しさを増す戦場を眺めていた。
「其の疾きこと風の如く、其の徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、知りがたきこと陰の如く、動かざること山の如く、動くこと雷霆の如し…」
範長は、『風林火山』の由来となった孫子の言葉を、ぼんやりと諳んじながら、まさに山の如く、床机の上で、彼は微動だにしなかった。
どんな報告にも、彼はただ首を縦に振るだけで、何一つ答えを返してやらなかった。代わって、側近の立花範政が代弁するようにいちいち指示を出しているが、範長はというと、睨みつけるような鋭い視線を、死闘渦巻く戦場のほうに向けたまま、変わることなき仏頂面を保っていた。
何はともかく、戦況は、数に勝る晴元軍が終始優勢を維持したまま推移していた。そのためか報告を受け、範長に代わってあれこれ指示を出している小太郎範政の顔も、幾分晴れ晴れとしていた。
戦況は全体的に晴元方が優位であるが、氏綱方も意地を見せて抵抗してくるため、まだまだそう簡単に決着がつきそうな状態ではなかった。
晴元方が押せば、必死になって氏綱方も押し返す。綱引きの如く、引いたり押したりを繰り返しながら、次第に時間だけが流れていく。正午頃に始まった戦いは、気がつくと夕刻を迎え、そろそろ夜にならんとしていた。
激戦は続く。次から次に人がゴミのように死んでいく。骸は山の如く積み上げられ、小川は真っ赤な朱色に染まっていた。
けれど、そんな無情かつ無意味な激戦も、夜を迎えた頃にはさすがに決していた。結局のところ、合戦開始よりこの方、ずっと優勢を維持し続けてきた晴元方の勝利で幕を閉じることになったわけである。兵力的には晴元軍が氏綱軍を圧倒していたわけだから、無難といえば無難であり、当然と言えば当然の結果が出ただけの話であった。
その日の夜から、次の日の朝にかけて、続々と、勝報が範長の下に舞い込んできた。
どれだけ討ち取ったとか、手に入れた首にはどれほどの値打ちがあるのか、などといったことを比較したりして、どれも嬉々とした表情で範長の下にやってきた。諸将にしてみると、苦労して掴み取った手柄なのだから、喜ぶのも当然であったが、小さき手柄に汲々として無邪気に喜んでいる家臣たちの姿は、範長にとって余りいい気がしなかった。
それでも、とりあえずは「ご苦労であった」とか、「そなたたちの活躍で、此度の勝利は得られたのだ」などと散々おだて、励まし、称えていたが、それらは範長の本心であって、本心ではなかった。
ただ、勝ったということに対しては、純粋に嬉しかった。もしも敗北していれば、自分も家臣たちが誇らしげに持ってきたものと同じように、ただの首だけになって、氏綱か遊佐長教の面前に晒されていただろう。そう思うと、途端に全てが怖く、恐ろしくなった。
結局、今回の戦いで両軍合わせて二千人近い死者を出したのだという。史上稀に見る激戦に相応しい、凄まじき、悲惨な結果に終わった。戦場には未だ血生臭い骸が山の如く転がっていたし、近くを流れる小川は、真っ赤な朱色に染まっていた。
「勝利、か…」
不思議なものだと思いつつ、範長は、改めてその余韻に浸っていた。合戦の悲惨さを差し引いても、勝利の味というのは、何度味わってもなかなかに良いものだった。
「申し上げますッ!」
そこに、慌しく使番が駆け込んできた。戦場ではありふれた光景ではあるが、興を殺がれた範長は少しばかり不貞腐れたような顔をして、
「何事だ?」
と、尋ねていた。
「敗走した細川氏綱、遊佐長教らは若林(現大阪府松原市)に陣取って、反転の機会を狙っているようです」
「…若林に?」
「はッ!」
使番の威勢よい返事に、範長は思わず、にやりと不敵な笑みを漏らした。
「氏綱らは、性懲りもなくまだ我らに楯突くつもりらしい。…ならば、思い知らせてやろう。今更我らに立ち向かったところで、勝ち目など一切ないということをな」
と、呟きながら、
「全軍に伝えよ。準備が整い次第、若林に立て篭もる細川氏綱、遊佐長教を討伐すべく出陣するッ!」
凄まじき、それこそ天地を切り裂かんかのような大音声を張り上げて、居並ぶ群臣にそう命じる範長であった。
七月二十三日。
三好軍を主体とする晴元軍は、舎利寺を発した。そして二十四日、若林に陣する氏綱軍と、再び決戦したのである。
といっても、勢いに乗る晴元軍と、敗北の後遺症から抜けきれない氏綱軍では、到底勝負にならなかった。
「くそッ!」
氏綱は、悔しそうに舌打ちした。
「河内、どうすればいい? このままでは我らの滅亡は必至ぞ」
彼は、ここずっと遊佐長教に対して、こみ上げる不満と不安を思い切りぶつけていた。舎利寺の一戦に敗れて以来、彼はすっかり自信を失い、自暴自棄になっていたのだった。
遊佐長教は、何も言わず、ただジッと敵陣の方角を見つめていた。時流とは実に不思議なものだと、彼は心の中で苦笑いしていた。半年前まで天下の全てを差配していた自分が、今や敗軍の将となって、自らの政治生命すら危うくなりかねない危機の中に立たされている。盛者必衰とはよく言ったものだが、かつての木沢長政もこんな気持ちだったのかと思うと、長教はハァと大きな溜息を吐いた。
「氏綱様、お言葉は慎んでくだされ。諸将の前でござる」
長教は、氏綱をぎろりと睨み付けると、
「まだ我らの負けと決まったわけではござりませぬ」
と、はっきりとした口調で言った。
遊佐長教には、僅かではあるが勝算があった。無論、賭けに近い。成功するかどうかも分からない。だが、まだ希望が完全に費えたわけではないのだ。などと心の中に言い聞かせつつ、
「我らは勝ちます!」
と、動揺する氏綱に、ぴしゃりと言い切った。
その後…。
晴元軍の圧倒的攻勢を受け、氏綱軍の敗色は誰の目にも明らかとなった。こうした戦況を受け、遊佐長教も無意味な抗戦を諦めたのか、氏綱の了解を得て、全軍に撤退命令を下した。
これにより、その日のうちに氏綱軍は晴元軍の追撃を振り切りつつ若林から敗走し、最後の本拠地たる河内国は高屋城へと落ちていった。
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