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【雪辱編】第056章 氏綱快進撃
 堺の包囲を解いた氏綱軍は、その後も矛を収めることなく北上し、飢えた狼の如く、貪欲に新たな標的を求めて動き出した。範長との間に結ばれた条約は、堺を主戦場としない、三好範長軍とは当面の間、戦を控える…、という二ヶ条を中心としたものであったから、彼の勢力圏にない大塚城(現大阪市天王寺区茶臼山)を攻めたとしても、別に約定違反ではない、というのが氏綱軍の理屈だった。
 大塚城主山中又三郎は、細川晴元の被官であり、また三好宗三の寄騎の一人でもあった。
 総勢二万の氏綱軍に取り囲まれた大塚城は、まさに絶体絶命の危機にあった。立て篭もる山中又三郎は、僅か二千の兵を従えているに過ぎず、兵力差は絶対的だった。


 三好宗三は、江口城にいた。
 氏綱蜂起を受け、早速領国全土に動員令をかけたので、宗三の手元には総勢六千の兵がいた。だが、これでは到底、氏綱軍に敵うものではなかった。
 とはいえ…。
 山中又三郎は、晴元より寄騎として与えられている従属大名の一人であるし、彼を見殺しにすれば、宗三に従うその他の豪族たちも、宗三を頼りにならぬ主君と見て、見限らないとも限らなかった。
 だから宗三としては、意地でも氏綱討伐に出向かねばならなかった。そこで、榎並に入れてある嫡子三好政勝までも呼び戻して、宗三の持てる全力、即ち総勢一万を率いて、九月三日に出陣したのである。
「負けるわけにはいかん」
 と、宗三は唸っている。今年で四十五になる彼の長き一生の中でも、今日こそが最大の正念場なのだと心に誓っていた。
 不利ではある。だが、勝算がないわけではなかった。元来が、石橋を叩いても容易くは渡らぬ慎重派の宗三なのである。勝算もなく、全軍を率いて出陣するような賭けはしない。
「池田、三宅らからの返事はどうなった?」
 宗三は、事あるごとに、側近に尋ねていた。
「まだ明確な返事はありませぬが、これまでに交わしてきた文では、好感触を得ております。必ずや我らの窮地を救うべく、はせ参じてくれましょう」
 と、側近たちが口を揃えて言うと、宗三も安心したように、「そうか」と、頷いていた。
「そうだよな。これまで、わしがどれほど奴らのために便宜してやったか、その恩義を忘れたわけでもあるまいしなぁ」
 そんな風に呟きながら、何度も、
「そうに違いない」
 とか、
「奴らは必ずわしを助けに来てくれる」
 などと、自らに言い聞かせるかのごとく、必死にぼやいていた。
 

 池田というのは、池田城城主池田久宗のことであり、三宅というのは、三宅城城主三宅国村のことであった。いずれも摂津を代表する有力国人であり、昔より摂津国内に隠然たる影響力を誇ってきた。先の木沢騒動の最中に、摂津の中部、西部、北部地域を統一した三好範長の支配下に入っていたが、依然として、大きな領地を有する有力な国人であることに違いはなかった。
 ただ…。
 彼らは不満だった。何と言っても、より強力な大名権力の確立を急ぎ、何かにつけて制約を加えてくる三好範長の支配に甘んじていることが嫌だった。
 本来、国人というのは、幕府や大名といった上級権力に対しても、比較的自由が約束された身軽な存在だった。時にはこっち、時にはあっち…、常に、強きを助け、弱きを挫くを信条に、彼らは荒れ狂う戦国乱世を生き抜いてきた。大名は国人の武力を借り、国人は大名の権威を借りて、それぞれ持ちつ持たれつの関係を保ちつつ、お互い勢力を伸ばしてきたのだ。大名も国人も、そういう視点から見れば、あくまで対等に近い存在であり、より厳密に言えば、大名なるものは、数多くの国人たちが担ぐ盟主に過ぎなかった。この場合の盟主とは、神輿と置き換えても良い。担いでくれなければ、担ぎ手がいなければ、どれだけ立派なものであろうと意味を成さない。永久に倉庫の中にしまいこまれて、一度たりとも人目に触れることなく、さびれていくだけだろう。
 範長は、そうした常識を根底から覆そうとした。国人を完全な配下に組み込んで、単なる盟主から、絶対的な権力を握った君主になろうとした。それ自体が悪い試みではないし、時流は確実にそういう方向へ向かっている。ただ、事には順序があるように、何事もやりすぎは禁物なのである。範長とて、その辺りのことは重々承知していたが、何分まだ二十代の若者なので、血気に逸って、やりすぎてしまったのがいけなかった。
 範長の専制政治に不満を募らせていた国人たちにとって、降って沸いたような氏綱の乱は、範長の暴政から独立する、まさにこれ以上ない絶好機であった。無論、氏綱に寝返るということは、範長だけでなく、細川晴元政権そのものを敵に回す行為であるから、氏綱の勢力が如何ほどのものなのか、しっかり見極めたうえで判断しなければならなかったが、氏綱軍は総勢二万に達し、各地に同志も多く、その勢力は比較的強大だった。ならば、彼らに躊躇う要素はどこにもなかった。それを見極めるまでの間、三好宗三に対しても色よい返事を出していたりしたが、見極めた後は、もう宗三など、どうでもよかった。
「我らはこれより、悪逆非道を貫く細川晴元を倒し、三好筑前守に天誅を加えるッ!」
 と、声高に叫んで、三宅国村と池田久宗は、それぞれの領国で決起した。その上で、細川氏綱に与力するのだと、天下に対し、堂々と宣言したのであった。
 それが、九月三日午後のことである。


 三宅や池田の援軍を恃みとし、彼らの力を合わせることによって氏綱軍を迎撃せんと考えていた宗三の戦略は、ここにあっけなく破綻した。要するに宗三は、三好範長の強引なまでの近代化政策の煽りを食った被害者と言えなくもなかったが、とにかく三宅と池田の離反は、宗三が描いていた必勝戦略を破綻に追い込んだわけで、
「くそッ!」
 と、彼はこみ上げる苛立ち、腹立ちを抑えきれぬといった様子で、あたり構わず叫んだり、暴れまわったりしていた。
 けれど、彼らの離反がもたらした影響は、何もそればかりではなかったのである。
 何しろ三宅、池田勢が宗三領に迫ったことで、宗三配下一万は身動きが取れなくなった。前門の虎、後門の狼とは、まさにこのことを表現するためにあるような言葉だった。残念ながら、今の宗三には、二方面作戦を戦うだけの力はない。
 だから彼は、江口城に立て篭もったまま、様子を見るしかなかった。大塚城の救援などに赴けるはずもない。唯一の頼みは、芥川山城の細川晴元か、堺の三好範長らによる援護であったが、晴元は京にいるし、彼に代わって芥川山を守る芥川(あくたがわ)孫十郎(まごじゅうろう)高畠(たかばたけ)伊豆守(いずのかみ)薬師寺(やくしじ)元一(もとかず)らは、目下、河内より芥川山に迫ってくる上野玄蕃頭元治の軍勢に対処せねばならず、援軍を出すどころの騒ぎではなかった。
 一方、範長はというと、堺にあって兵力を集めているが、大塚城に援軍を派してくれるような雰囲気はなかった。無論、援軍要請の使者は何人も送っているが、そのたびに、
「我らには氏綱の軍を破るだけの力がない。いずれ阿波より、わが弟、豊前守之康と左衛門尉一存が大軍を率いてはせ参じることになっておりますので、彼らが到着した暁には、大塚城救援の兵を差し向けましょう」
 と言って、体よく断ってくるのだった。
 

 そして九月四日夜。
 圧倒的な氏綱軍の猛攻に、ついに耐え切れなくなった山中又三郎は、やむなく大塚城を明け渡して、降伏した。
 幸先のいい勝利に、氏綱の気分も最高潮に達していた。彼は早速、この勢いのままに、細川政権の覇府たる芥川山城を攻め落とすべく、全軍に対して出陣命令を下したのだった。
 やはり彼も、細川の人間であるから、晴元がここ十五年近くに渡り本拠を置いてきた芥川山城には、少なからぬ愛着があった。ただ、そうした私的な感情を除外しても、芥川山を制圧するという行為には、大きな政治的意義があったのである。何と言っても芥川山は細川氏の本拠地なのだから、これを攻め落とすことが出来れば、晴元政権の無力を満天下に晒すことが出来るし、かつ晴元に代わる細川家の惣領としての氏綱の存在感を知らしめることができる。何より芥川山城は、京と摂津、和泉を結ぶ戦略上の要地であるから、ここを攻め取ることができれば、氏綱方の優位はより決定的なものとなりうる。
 だから、氏綱と遊佐長教は、大塚城を攻め落とした翌日、早速出陣して、一路芥川山を目指したのだった。


「くくく。全てが、わしの手の平の上で物事が動いておるわ」
 遊佐河内守長教は、笑いがとまらなかった。
 こうも上手くいくとは、彼自身思っていなかったのである。全てが全て、彼の考えた通りに進んでいるのだから、笑うなというほうが無理な相談であった。
 彼の夢は天下取りである。畠山家の実権を握ったのも、言って見ればその足がかりに過ぎなかった。基本的に、彼という人は、かつての木沢長政とよく似た男であった。木沢が細川晴元を利用して勢力を伸ばしたように、彼は細川氏綱を使って、天下を狙うつもりでいた。
 前回の氏綱蜂起は失敗に終わった。晴元の力を甘く見たのが全ての原因だったと、彼はひたすら反省した。だからこそ、今回は万全の策を講じたつもりである。あらゆる事態に備え、あらゆる策を考えた。…とはいえ、ここまでほとんど失敗といえる失敗もなく進んでみると、少しばかり不安であったりもするのだった。
 ただ、策は図にあたった。万全を期しただけあって、結果は、申し分なかった。
「ま、唯一の失敗は、筑前守を葬り去ることができなかったことだが、それ以外は全て上出来。全体的に見ても、ここまでは、まず上出来と言ってよいだろう」
 そんな風に一人呟きながら、改めて、その聡明な頭で、自ら立てた策というものを検証してみた。
 今回の戦いは、高野山に匿っていた氏綱が蜂起したときより始まったが、彼の陰謀は、既にそれ以前から始まっていた。即ち、まず氏綱が高野山に隠れていること、そして彼が再び挙兵しようと企んでいるということを、噂という形で流し、畿内中に不穏な雰囲気を作り出した。そうしておけば、必ず細川晴元は、三好範長に氏綱討伐を命じるだろうし、範長は高野山攻めに臨む上で、格好の前線基地となる堺に入ることは間違いないと踏んでいた。その上で、彼は用意周到に、堺攻撃の計画を立てたのである。
 そして、全てが予想通りに展開した。晴元は範長に氏綱征伐を命じたし、範長は僅かな兵のみ率いて堺にやってきた。ここで範長を殲滅できれば上出来だったが、それだけは叶わなかった。即ち、今回の作戦における、唯一の失敗がこれだった。
 けれど、それ以外は全てが上手くいった。例えば、範長に不満を抱いている三宅国村や池田久宗といった有力豪族に手を伸ばして、彼らを味方に取り込むことにも成功した。これにより、三好宗三を無力化し、芥川山攻撃の前線基地となる大塚城を確保することが出来たのである。
 さらに…。
 大塚攻めにおいて、芥川山の晴元軍を食い止めるべく、陽動として派遣していた上野玄蕃頭元治は、大塚城陥落と同時に京へ急行し、九月十三日には、管領細川晴元を追い落として、入京することにも成功していた。まあ、上野元治の入京は当初の作戦にはなかったことではあるが、氏綱方にとって決して悪い話ではなかった。いずれ京は手に入れなければならぬと思っていたから、労苦が一つ除けたようなものである。そして何より、京が友軍の支配下に入っていれば、芥川山城を挟み撃ちにすることもできるのだ。
 後は、芥川山城を攻め落とすだけである。
 背後で、いちいち小うるさい三好宗三軍は、三宅国村や池田久宗らが応戦し、その動きを完全に封じ込めている。元々、三好宗三は、芥川山攻めにおける最大の障壁となりうる存在と見ていただけに、池田や三宅らの活躍は上出来だった。また堺にいる三好範長は、相変わらず兵を集めているだけで、積極的な軍事活動に転ずる気配は見えなかった。
 今のところ作戦は完璧である。だが、逸ってはいけない。焦らず、慢心せず、ただ着実に歩を進める。今のところ完璧な作戦も、今後も完璧であり続けるとは限らないのだ。全てが終わるまで、油断はならない。細心の注意を払いつつ、作戦を遂行せねばならぬと、慎重深い遊佐長教は、改めて胸に誓うのだった。


 そして九月十八日。
 芥川山城を守っていた芥川孫十郎は、氏綱方の提案した和議に応じる形で、城を明け渡した。如何に堅城と名高き芥川山城といえど、孤立無援の状況下で、いつまでも篭城できるものではなかったのである。
「全く、お主には恐れ入った」
 念願の芥川山城に勝者として入城を果たした氏綱は、満面の笑顔で、豪快に高笑いすると、
「こうも上手くいくとは思わなかったぞ」
 と、どこまでも子供のように無邪気に喜んでいた。
「されど、油断はなりませぬぞ」
 長教は、常と変わらぬ淡々とした顔つきで、ぴしゃりと、彼の油断を戒めた。
「ふふふ。だが、都も、芥川山も、我らの支配下にある。もはや、晴元に何が出来よう。わははは。この余が、細川の当主となるのだ。養父上(ちちうえ)がお亡くなりになられて、既に十五年。ようやく、この余が、養父上(ちちうえ)の無念を晴らすのだ」
 氏綱は、そう言ってニタニタと笑った。かつての養父譲りの陰気な顔は、眼前の長教ともよく似ている。
 とにかく、細川政元が暗殺されて以来、延々と続く細川家の跡目を巡る内紛は、ここに一つの決定的局面を迎えた。圧倒的優位に立って、まがりなりにも十数年間細川の統一を現出し、天下を支配してきた晴元の衰退は誰の目にも明らかとなり、彼の対抗馬としての細川氏綱の存在感が急激に高まった。
 氏綱は、今や天下に大手をかけていた。だから、彼は大いに笑い、大いに喜び、そして大いに泣いた。養父高国滅亡後に味わった、あらゆる辛酸辛苦を思い返しながら、彼は誰に気兼ねすることなく、わんわんと泣いた。そして、あれほど夢見た天下が、目の前にあるのだと思うと、全てが夢のような気がして、少しばかり不安になった。
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