【雪辱編】第054章 氏綱の乱再び
丹波仕置を終えた三好範長は、ようやく京に帰還した。そして管領御所に伺候し、結果を報告すると、晴元はただ、
「そうか」
と、素っ気無く答えるだけだった。
彼とて、馬鹿ではない。だから、範長たちを丹波へ送り出した後、しばらく考えてみたのだろう。冷静になりさえすれば、本来は聡明な思考能力の持ち主なのである。宗三がなぜ内藤征伐に反対したのか。いろいろ考えた末、彼は出陣命令を出したことを、極端に後悔した。だからといって、ひとたび命令を出してしまった以上、容易く撤回できるわけもない。朝令暮改は、権力者たる者が絶対にやってはならぬ禁じ手だった。
そうこうするうち、範長は勝手に丹波仕置を終えて戻ってきた。満面に笑みを浮かべた彼の口から、全てが上手くいったと聞かされても、嬉しいはずがなかった。それに、主君にして管領でもある自分を差し置いて、内藤家の家督のことにまで口を挟んだ範長の行為は、大いなる越権行為であり、天下人細川晴元の威厳にかけても、簡単に許せるものではなかった。けれど実に用意周到なこの青年は、出陣に先だって、将軍御所に伺候し、他ならぬ将軍足利義晴より丹波方面における全権を委任されていたのである。だから、厳密に言えば、決して越権行為ではないわけで、管領…、即ち将軍の補佐役に過ぎない立場の晴元には何も言えなかった。
「公方様の御内書か…」
彼は、そんな風にぼやきながら、ひとしきり苦りきった。副将として討伐軍に参加していた宗三も、範長の晴元を無視した越権行為を散々非難したというが、御内書を示されては文句を言うわけにもいかず、
「あの小賢しい小童め!」
と、京に戻ってからの彼は、こんな風にぼやきながら、ただひたすらこうやって臍を噛んで悔しがっていた。
如何に天下の国政を司る管領職といえども、将軍は管領より上の身分、立場にあるのだった。そんな至極明快な論理を考えれば、将軍の命を帯びた範長の行動を、管領が咎めることなどできようはずもない。
将軍は管領の上にあって、決して管領の下には来ないのである。
晴元や宗三は、ここにきて、ついに自分たちの目指す管領政治には根本的な欠陥があることを悟ったのだった。遅いと言えば遅い。この政治的欠陥をまんまと範長に利用された挙句、泣き寝入りを余儀なくされてしまった晴元たちの姿というのは、無様以外の何者でもなかった。
「その方らの策は、全く図に当たったわけだ」
範長は、実に嬉しそうな顔をして、眼前に平伏す二人の兄弟をジッと見下ろしていた。
「それにしても、つくづく恐ろしい兄弟だな。…これで、内藤家は甚介のものとなった」
などと言って、範長はクスクス笑った。
「これも全て、御屋形様の御力あってのことです」
そんな風に、恐縮そうに頭を下げる内藤甚介長頼は、言葉とは随分裏腹な自信を漲らせながら、にこりと微笑んだ。
「ま、そういうことにしておこう。いずれにしても、これで丹波一国は余の完全な支配下に入ったというわけだ。上出来だ。後は甚介。丹波のことは、全てそなたに任せるぞ。波多野殿とは上手く付き合い、決していざこざを起こすなよ」
「承知しております」
長頼が恭しく頭を下げると、範長は「うむ」と頷き、そして、長頼の隣に控える松永久秀に目をやった。
「将軍家の許可をとっておいたのは、実に妙策だった。そなたにも感謝するぞ」
「はは。それほどのことでもありませぬ。ただ、管領殿の政権の、唯一の盲点が将軍家でございますからな。利用せぬ手はないと思ったまでのことです」
「…盲点か。ふふふ、確かにそうだな」
そんな風に苦笑いしつつ、範長はふと、昔のことを思い出した。随分昔のこと。まだ千熊丸と名乗って、細川家の人質だった頃のことだから、十三年ほど前の話だ。
晴元は、自らの天下の在り方として、執権北条氏の如き体制を目指すと言った。鎌倉幕府を室町幕府に、執権を管領に、北条氏を細川氏に書き換えただけで、実態はそっくりそのまま瓜二つの執権政治を復活させるのだと、楽しげに宣言していた姿を思い返しながら、範長はクスクスと笑った。
「ま、何はともかく、これからが大変だ。そなたら兄弟にもいろいろと頑張ってもらわねばならん。以後も、よろしく頼むぞ!」
と、範長が言えば、
「ははーッ!」
と、似たような声で、大仰に畏まる久秀・長頼兄弟であった。
それから、一年近い歳月が流れた。
時は天文十五年(一五四六年)八月。
高野山に姿をくらましていた細川氏綱は、人が変わったかのように、読経三昧の日々を暮らしていた。
高野山金剛峰寺。
ここは、弘法大帥空海が創業した平安仏教の雄、真言宗の総本山であった。伝教大帥最澄が創始した天台宗(総本山は比叡山延暦寺)と並び立つ存在として、古く大きな存在感を誇ってきた。
彼が高野山に入ったのは、他でもない。はなから出家するつもりなどない彼にとって、古くより聖地として、あらゆる権力者も寄せ付けぬ宗門の砦は、晴元政権より身を隠す上で、これ以上ない好都合なところであった。
手引きしたのは、高野山周辺に領地を持つ畠山家。その宰相で、実権を握る遊佐河内守長教であった。
既に時は、八月になっていた。
晴元政権による丹波征討がひと段落した頃であり、上野源五郎蜂起に始まる一連の騒乱も鎮まって、畿内全土に平穏なひと時が戻りつつあった。そんな頃、高野の一落人の下に、数人の使者が仰々しくやってきたのだった。
「時は今ですぞ!」
と、彼らは口を揃えて言った。
「時は今、か…」
上野源五郎は破れ、内藤国貞も力を失った今、何が時は今なのか、氏綱にはさっぱり分からなかった。
「河内守様は、此度氏綱様が挙兵なされた暁には、全面的に支援なさるお考えです」
と、彼らは言う。
「…上野源五郎の如く、捨石にされたらたまらんがな」
精一杯の皮肉を込めて、そう返す氏綱に、使者たちは「ははは」と、困ったように苦笑いした。
「此度は、左様なことはありませぬ。また、前回のように、我らが黒子役に徹することもありませぬ」
「…と、言うと?」
「既に、公方様の承諾も得てあります。されば、我らは、堂々たる『幕府軍』として、逆賊晴元を追討できるわけです」
「…公方様が、我らへの与力を確約されたのか?」
半分疑心暗鬼の氏綱だが、もしもそうなら、と、心密かにほくそ笑んでいた。
「無論です」
使者たちは、ここぞとばかり、大きく頷いている。
「また、当家においても、さる六月に先君稙長公突然の薨去という不幸があり、それゆえ上野殿や内藤殿への与力も叶いませんでしたが、今では、河内守様の御尽力により、政国公を新たな当主に擁立し、体制も固まっております。ご心配は、無用にございます」
「…政国殿が、新たな畠山の惣領、か」
そんな風に呟きながら、氏綱は苦笑いした。如何に、昨日の敵は今日の友と言われる戦国時代といえど、畠山政国は、かつて木沢長政が擁立し、木沢滅亡後に紀伊へ流されていた、いわば戦犯ではないか。稙長が死んだからといって、彼の宿敵だった男を平然と新たな家督に擁立する遊佐河内に、氏綱は小さな溜息を吐いた。
「ま、構わん。いつまでも高野山に朽ち果てているようなわしではないのだ」
と言って、氏綱はにこりと微笑んだ。
細川氏綱が高野山にいるらしいこと、遊佐河内守が何やら企んでいるらしいこと…。その他諸々、キナ臭い陰謀の香りは、やがて芥川山にいる細川晴元の下にまで漂っていった。
ここ最近の晴元は、常に機嫌が悪かった。何をやっても、裏目に出てばかりな気がしてならないのである。一年前の、一連の丹波騒動にしてもそうだった。上野源五郎退治に六万の大軍を編成したまではよかった。だが、その後の内藤国貞を巡る問題では、三好範長に上手く立ち回られて、結局、丹波は完全に三好家のものとなってしまった。
彼の不満は、全て三好範長にあった。何をやっても失敗するのは、全て彼のせいであるようにすら思えた。何と言っても、範長はここ数年、旭日の勢いで勢力を伸ばしているのに、晴元はというと、ひたすら衰退の道を転がり落ちているような気がしてならなかった。
「氏綱が高野山にいると?」
そんな報告を受けた晴元は、その端正な顔を、苦々しげに歪めた。
「ならば討伐せねばなるまいな。…とりあえず、越水の三好筑前守に使者を送り、奴に討伐を任せよう」
と、言って、彼はパンパンと手を叩き、おもむろに祐筆を呼び寄せた。そして『管領奉書』と銘打った命令書を策定すると、早速、越水城へ急がせたのだった。
三好範長は、ひとまず五千の精鋭を率いて、八月十七日、堺に入った。
とはいえ、これは先遣隊に過ぎない。後数日もすれば、後詰の大軍が到着する手筈になっていた。弟の安宅冬康率いる淡路水軍が瀬戸内海を縦横無尽に動き回って、増援部隊を輸送してくれることになっている。
ひとまず、それまでの間は、堺に留まっているつもりだった。どの道、この町は、高野山や畠山家を攻める上で、なくてはならぬ戦略上の要地であるから、その支配を固めておくという意味においても、範長自ら先遣隊を率いて乗り込んだのは、決して悪い策ではなかった。
「それにしても、さすがにあの木沢長政を追い落とした男だけはあるよな。遊佐河内守か。…氏綱を動かして、今度は何を企む?」
範長は、木沢長政よりも遥かに怖い鬼謀家の次の一手というものを、必死になって考えてみた。
「なんにしても、木沢にしろ、遊佐にしろ、かつての敵だったお方を、平気で主君に祭り上げてしまうのですから、尋常ならざる人たちでございますな」
そんな小太郎範政の暢気な言葉に、範長はジトッと睨み付けた。
「義堯公を滅ぼし、稙長公を擁し、稙長公を追放して、長経公を立て、長経公を殺して、稙長公を立てる。稙長公が死んだら、今度は政国公か。…たった十数年で、目まぐるしく変わったものだな。天下の名門畠山氏も、もはや名ばかりってことだな」
「…そうですなぁ。されど、畠山家がそうなら、細川家とて同様の運命を辿るやもしれませんなぁ。いっそ、御屋形様が木沢左京や遊佐河内を真似てみては如何ですか?」
「真似る?」
その瞬間、範長は静かに目を閉じて、
「たわけ…」
とだけ、静かに言った。
「とにかく、今、我らがやらねばならぬことは、細川氏綱を滅ぼして、河内の陰謀を崩すことだ」
「はッ! 出すぎたことを申し上げました。平にご容赦を」
深々と頭を下げて、笑顔で謝する小太郎範政の態度に呆れつつ、範長は既に別のことを考えていた。そして、
「いつまでも晴元様に臣従しているわけにもいかんよなぁ」
などと、一人静かに呟いていた。
八月二十日。
三好筑前守範長は、茶人として名高き、堺の豪商武野紹鴎の下に赴き、茶道の手解きを受けていた。彼に薦められるまま、随分高い茶器など購入して、準備万端整えたのだが、彼はどうにも、狭き部屋に閉じこもって、堅苦しい作法を守りながら飲む茶が好きにはなれなかった。
ただ、たった二人。何より静かで、作法のほかに面倒臭いことは一切ない茶席は、政治に疲れきった体を癒すには、それなりの効果があった。
だが…。
せっかくの静けさも、
「大変でございます!」
という、立花小太郎範政の慌しい大音声により吹き飛んだ。空気の読めない彼の態度に、範長はムッとしたが、とにかく「大変」というのだから、耳を貸さぬわけにもいかなかった。
「申せ」
と、彼が言うと、
「一大事です。せ、先日、高野山を下りた細川氏綱が、遊佐長教とともに総勢一万四千の兵を率いて、出陣し、彼らは後数刻後には、堺に到着するそうです」
小太郎範政は必死になってそう言った。
「あ、後数刻で?」
範長は、信じられぬといった顔をして、思わず持っていた茶器を取り落とした。
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