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【雪辱編】第051章 寵臣の死
 和田新五郎は、範長のお気に入りの側近の一人であった。
 顔立ちが端正で、絶世の美男子と評されているだけに、家中では範長の衆道(=男色)の相手ではないかとも噂されていたが、真偽のほどは分からなかった。ただ、彼の巧みな弁舌能力を、範長が高く評価していたことは事実であり、実際、様々な交渉事に、彼は副使、補佐役の肩書きで随行させられることが多かった。
 そして、この和田は、美男子だけに、当然のように女子からの人気が異様に高いのだった。要するに、もてるのである。
 三好家の大奥でも、彼は常に人気者だった。時には、大奥の女官と関係を持って、範長から大目玉を食らったこともあった。この時は、立花又右衛門やその子たる小太郎のとりなしもあって許されたが、彼を巡る女性問題は、もてる分、いつも厄介を極めていた。


 六月中頃。
 三好元長十三回忌法要を数日後に控えた、ある日。
 幕府役人に、幕府高官の参列を求めるべく、その根回しのために上洛した彼は、そこでもまた、相も変らぬ女漁りを繰り返していた。
 美男とはいえ、元々身分低き生まれの彼は、京の女子には大いなる憧れをもっていた。無論、ただの女子ではない。彼の標的は、朝廷や有力公家、あるいは将軍家に仕えているような高級女官であった。彼女たちと関係を持ちたい。これが、美男子と評される男の、最大の野望、夢となっていた。
 ただ、彼はもてる。彼自身、嫌になるほど女子にもてるのだった。
 だから、彼のちっぽけな野望は、案外楽に実現した。空前絶後の美貌のほかに、今をときめく三好筑前守殿の寵臣であり、かつその使者という立派な身分を持っているのだから、鬼に金棒だった。女子たちは、彼が来るたび、黄色い歓声を上げ、彼と一緒になるべく、必死のアプローチを繰り返していた。


 彼は夜になるたび、いろいろな女子の下をまわって、精力的に関係を持っていった。けれど、なかなか気に入る女子が見つからないのか、一夜ごとに、(オス)と交わっている女子(メス)は異なっていた。
 そして、六月十七日の夜のことだった。
 幕府高官の説得に、散々苦労を重ねた彼は、日も沈む頃には、それこそ精も根も使い果たしたといったように、肩を落としていた。いつもなら、夜こそが本番と、有り余る体力を持って女子たちの下へ向かうのに、今日だけはそんな気力もないほど、疲れきっていた。
「大変ですね」
 と、そんな彼に、一人の女子はクスクスと笑った。
 室町御所内の一室で、和田新五郎は、ごろりと寝転がっている。女子はそんな彼を見つめながら、
「甘菓子など如何ですか?」
 と言って、ニコニコと微笑んでいた。
 和田は、彼女の顔を見て、少しばかり溜息を漏らした。確かに可愛らしい顔をして、なかなかの美貌を誇っているが、彼の眼鏡に適うほどではなかった。体躯はこじんまりとして、決して豊かとはいえない。
 ただ…。なんともいえぬ魅力が、彼女にはあった。これまで無数の美女という美女を抱き続けてきた和田は、いつしかまじまじと、呆然と彼女を見つめていた。
「あ、そ、それがしは三好家被官にて、筑前守様の小姓をやっております和田新五郎と申します」
 こうやって、慌てて頭を下げたのも、久しぶりだった。弁舌だけは誰にも負けないつもりだったのに、今日は、なかなか言うべき言葉を見つけられず、彼らしくもなく、ドギマギとしていた。
「ふふ。存じております」
 女子は、そう言って、彼の初心さに、にっこりと微笑んだ。
「私は、菊童丸様(後の足利義輝)の乳母様の侍女をしております、梅と申しまする」
「き、菊童丸様の乳母の侍女…」
 和田は、しばし呆然と、梅と名乗る女子を見つめていた。
「ふふ、所詮侍女に過ぎませぬ。今をときめく筑前守様の御小姓の和田様ほどではありませぬ」
 と言って、梅は嬉しそうに笑っていた。


 以後、二人はことあるごとに、密会を重ねるようになった。
 相手が悪いことは、和田も梅も重々承知していた。けれど、お互い、いつしか惹かれあい、気がつくと、好き同士になっていた。こうなると、二人は逆に、このスリル溢れる禁断の恋を思う存分に楽しむようになっていた。
 無論、男と女である。会えば、当然のように関係を持った。お互い、獣に戻ったかのように、それぞれの身体を貪りあった。裸体を晒し、重ね、ひたすら快楽を求めた。
 だが…。
 お互いに、相手が悪かった。
 和田新五郎は、三好範長の寵臣とはいえ、小姓の一人に過ぎない。一方、梅は、将軍世子の乳母の侍女という、身分的には、和田より遥かに高いところにいた。その上、この場合の侍女というのは、上司である乳母の世話をしつつも、いつ何時、将軍のお手がつくか分からない立場であった。要するに、彼女は、他の誰でもない将軍足利義晴のものだった。
 そんな女子に、和田は手を出した。和田如き身分低き者が、いつ何時将軍の手がつくか分からぬ女子に手を出したというのは、如何に将軍家の権威低下が著しい現在といえども、決して許されざることだった。
 だから、彼らは必死になって、互いの関係を隠し続けたが、狭き京の都にあって、その熱愛がいつまでも発覚しないはずもなかった。で、八月六日、ついに事の詳細が、将軍足利義晴と、管領細川晴元に知れ渡ることとなった。


 足利義晴は、烈火のごとく激怒した。
 無理もない。
 手こそつけていないとはいえ、自分の女子と思っていた女を、とるに足らぬ軽輩に奪われたのである。自分の女を、他の男に寝取られたという単純な嫉妬心も、義晴の怒りを構成する一つの要因であったことは間違いない。だが、それ以上に将軍の権威を大いに傷つけられたような気がして、彼は、それこそ尋常ならざる勢いで、怒り狂っていた。
 そして、管領の晴元も、事の次第を重く見ていた。
「三好は、それほどに驕っているのか」
 と呟く彼は、ニタニタと、実に楽しそうに不敵な笑みを漏らしていた。
「懲らしめる絶好機ですな」
 すかさず、三好宗三が応じた。
 細川晴元も、三好宗三も、三好範長の勢威声望の凄まじさに、このところ恐怖、不安、不信の念を強めていた。先の三好元長十三回忌法要の折に参列した諸侯の多さも、彼らを震え上がらせるに十分な威力を持っていた。ここらで、何らかの手を打たぬ限り、自分と範長の立場が逆転してしまうのではないかと、晴元は大いに焦っていたところであった。
 そこに、和田新五郎の密通事件である。渡りに船とは、まさにこのことだった。
「将軍家の侍女に手を出すとは、三好家そのものが驕り高ぶっている証でしょう。この際、見せしめも兼ねて、厳罰に処すのが上策と心得ます」
 と、宗三が言えば、
「ふふふ」
 と、嬉しそうに笑う晴元であった。


 和田の事件は、当然範長の知るところになった。
 彼は、慌てて上洛すると、己が家臣の助命のために奔走した。不義密通は死に値する重罪といえど、彼の能力を高く評価している範長としては、こんなところで、こんなくだらぬ一件で彼を失いたくはなかった。
「筑前殿はいまいち分かっておられんようだが、和田某は、事もあろうに、公方様の侍女に手を出したのだぞ。ただの不義密通ではない。ただの死ですら、この場合、甘すぎる処罰というものだ」
 と、晴元の代官として、今回の事件の一切を取り仕切ることになった三好宗三は、冷たい口調でそう言い放った。
「だが、命を奪うほどのことではあるまい。知行没収、無期限謹慎等くらいに止め、公方様の御人徳を天下に示すのも、一策ではござらんか」
 範長も、簡単には引き下がらなかったが、宗三は一切耳を貸さなかった。ばかりか、
「和田某の主君たる筑前殿も、本来は責任を負わねばならぬ御立場なのでござるぞ」
 と、鋭い口調で言い切り、縋りつく範長を公然と突き放した。
 ただ、範長とて不義密通を犯せば、どういうことになるか、一般常識として、嫌というほどに知っていた。しかも、相手は将軍家の侍女である。普通に考えて、死以外の罰があるとは思えなかった。
 だから、範長は鬱屈とした表情のまま、京の三好屋敷に戻った。
「…新五郎の阿呆が!」
 と、彼は、腹立たしそうに、ぐびぐびと自棄酒を呷ると、持っていた酒盃をどこともなく投げ飛ばした。
「こんなことになるのなら、奴の女癖の悪さは徹底的に懲らしめておくべきだった。なまじ、あれの能力を高く買いすぎて、温情を注ぎすぎたのが、裏目に出た!」
 苛立ちは募るばかりである。やり場のない腹立ちに、範長はぶるぶると震えた。
「かくなる上は、いたし方ありませぬ。…こう申しては何ですが、和田の死は、自業自得にございます」
「…」
「されば、これ以上、この一件に御屋形様がお関わりになられませぬよう、この小太郎、伏してお願い申し上げます」
「なんだと?」
 範長は、ぎろりと、おぞましき鋭き視線を、小太郎にぶつけた。
「今回の事件のために、御当家は大いなる風評被害を受けました。それを考慮しても、和田新五郎は死罪に値します。その上、御屋形様が不義密通者の助命嘆願に奔走していた、などと知れますれば、御屋形様の御名を傷つけることになりまする」
「…」
「今回の一件ではっきりしたことは、御家中の中に、御家の隆昌を嵩に来て、身の程も弁えず、驕っている者がいるということです。勢力強きときは、何かと妬みやっかみなどを受けやすいものです。それは、御家の更なる発展を考えたとき、邪魔にこそなれ、得には決してなりませぬ。…今一度、御家中を戒める上で、此度の事件は、よいきっかけになるのではありませぬか。ゆえに、我らから厳罰を求めるのも、一つの手であります」
 立花小太郎は、既にかつての腹心を、捨石にするつもりで、きっぱりと見限っていた。その冷徹さに、内心呆れつつも、範長は、ふぅと小さな溜息を吐いた。
「お主が言葉は、至極尤もだが、我らから厳罰を求める必要性はない」
 と、範長は言う。小太郎は、主君の顔をまじまじと見つめた。
「どうせ、我らが厳罰にするなと申しても、宗三入道は厳罰に処すだろう。それこそ、我らが想像も及ばぬような、おぞましきやり方で殺すだろう。…我らは、それをもって、奴らを非難する道具とすればよい。家中の傲慢を戒めることもできるし、家中の宗三嫌いを増幅し、いざというときの士気を高めることにも繋がる」
「なるほど」
「せいぜい、宗三入道には、悪役になってもらうとしよう。それと、そのためには和田新五郎と侍女の、劇的な恋愛話などでっちあげてもよかろう。それこそ、民たちが喜び、悲しみ、哀れみそうな話を作って、流布させるのだ。さすれば、斬った宗三は、完全な悪役になる」
 そんな風に言いながら、範長はニタニタと楽しそうに笑っていた。笑って、笑ううち、どんどん壊れた人形の如く、その声色もいつしか乾ききり、その眼からは、ぽろぽろと涙が溢れていたが、彼は気にする風でもなく、しばらくずっと、そうやって笑っていた。


 そして、八月十一日。
 三好宗三が立案し、足利義晴、細川晴元連名で下された処分案は、想定通り、凄まじく厳しいものであった。
 不義密通罪に問われ、仏陀寺(上京区)に収監されていた和田新五郎は、この日、一条戻橋において『(のこぎり)挽き』という刑に処されることとなった。
 鋸挽きというのは、古代より連綿と開発されてきた様々な刑罰のうちでも、最も残忍な刑の一つに数えられる、おぞましき処刑方法だった。
 即ち…。まず、受刑者は首と頭以外の体全身を地中に埋められる。そして地上に露出している首に、鋸を備え付けるのである。これで、基本的な準備は完了だった。この際の鋸は、普通の鋸を使う場合もあれば、錆びれていたり、あるいは木製のもの…、要するに際立って切れ味の悪いものを使用するときもあった。
 そして、罪状を記した高札を掲げ、その上で、それを読んだ民衆に、鋸を引くよう命じるのである。鋸を引く立場の民も、人間であるから、思い切り引いたりはしない。民が来るたび、鋸は少しずつ引かれる。引かれるたび、それは受刑者の喉に食い込み、徐々に、徐々にその命を蝕んでいく。朝も、昼も、夜も、それこそ死ぬまでずっとその場に放置され、鋸を引かれ続けるのである。いっそ、一瞬のうちに殺してもらえれば、どれほど楽か知れないが、引く側の民衆も、自分の一撃で受刑者が死んでしまっては、ばつが悪いので、結局少しずつしか引かない。
 要するに、苦しみに苦しみぬいて死ぬ。これが鋸挽きという刑罰だった。余りに厳しい罰のため、実際に適用された事例は極端に少ないのだが、この刑により殺された代表的な人間を挙げるなら、織田信長暗殺を目論み、失敗した杉谷善住坊や、徳川家康に対して反逆を企てた大賀弥四郎の二人ぐらいであろう。
 そして、今回は、まず左右の腕を斬りおとしてから、地中に埋められた。無論、止血処理も済ませてあるから、出血多量で死ぬことも出来ない。凄まじい激痛が全身を走る中、鋸を少しずつ引かれるのである。地獄以上の地獄を数日に渡り味わった後、和田新五郎は、その命を失った。
 そして、義晴や晴元の手は、侍女の梅にも及んだ。
 彼女は、全裸にされた上で、京の市中を車で引きずりまわされた挙句、六条河原で首を斬られた。
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