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【雪辱編】第048章 細川家再分裂
 三好範長は、ここ最近見せたことのなかった仏頂面を浮かべていた。
 情勢は深刻の一途を辿っている。高国の残党勢力に擁立されている氏綱の勢力は、想定以上に強大化し、もはやただの野火では済まされなくなっていた。それこそ、細川晴元政権を大いに揺るがす癌的な存在として、早急な処置が必要不可欠であったが、肝心の晴元は、氏綱の勢力を侮り、本格的な討伐に前向きではなかった。
「氏綱如きに、余の総力を注いだことが天下にしれてみろ。天下の諸侯に、余が笑われる。全力を注がねば、氏綱如きも倒せないのかと、余が侮られる。それが分からんか!」
 と言って、「気にするな」と公言している晴元の考え方が、範長にはどうしても分からなかった。
 細川氏綱の乱を、これまでの高国党の叛乱と同一に考えると、痛い目を見ることになりかねなかった。何より、遊佐長教が水面下で積極的に支援している以上、氏綱方の地盤は磐石と見たほうがいい。如何に衰えたとはいえ、畠山家は三管領家の一角を占めていたほどの名門守護家なのである。その上、依然として根強い存在感を誇る細川高国残党勢力が氏綱方の中核を占めているとなると、一瞬の油断も命取りとなりかねないのだ。そこの辺りを、細川晴元は全く理解していないのだった。今も昔も、彼がこんな調子だから、晴元政権は強勢を誇りつつも、決して安定しないのだと、内心に毒づく範長であった。


「遊佐河内守は、案外木沢左京よりも、厄介な陰謀家かもしれませぬな」
 芥川山城下の三好屋敷に戻った範長に、安宅摂津守冬康は苦笑いしながら呟いた。
「確かに、木沢などより遥かに厄介な相手だ。…氏綱方を背後で支援しているのは、遊佐河内に間違いないのだが、証拠がないゆえ、問い詰めてものらりくらりと交わされてしまう」
 そんな兄の愚痴に、冬康はにこりと笑う。
 冬康は、兄と共に氏綱討伐を細川晴元に進言すべく、わざわざ淡路より芥川山に参上したのである。氏綱方の活動を制するには、冬康配下の淡路水軍が必要になるだろうからと、瀬戸内海を冬康の戒厳令下に置いてよいのかどうか、その許可を晴元に求めていたのだが、彼は例によってあの調子なので、手持ち無沙汰のまま、範長の屋敷に立ち寄ったというわけだった。
「ともかく、神太郎。お主はすぐ淡路に戻り、瀬戸内海を完全封鎖しろ。とりあえず、制海権は我らの手の内に入れておかねばならぬからな」
 と、範長が言えば、
「よろしいのですか、管領様の許可もなく…」
 と、冬康は顔を曇らせた。
「よい。俺が許可を出す。…これ以上、氏綱方をのさばらせておいては、やがては晴元殿が困ることになる」
 そんな範長の言葉に、ようやく冬康は納得したようであった。外見は、すっかり豪快な海の男になったようでも、内面は、昔と全く変わらぬ律儀な青年だった。その愚直な律儀さに呆れつつも、兄として、三好宗家当主として、範長ははっきりとした口調で、
「制海権は何としても死守するのだ」
 と、命じた。ならば冬康も、それに従うのみである。


 安宅摂津守冬康が淡路に去ると、範長もまた、硬直化した細川政権の覇府から、逃げるように越水城へと戻っていった。
 既に、冬は終わりを告げて、桜色犇く四月や五月を経て、ついには六月になった。
 けれど、越水をはじめ、今の畿内に、春を堪能していられるような余裕など、どこにもなかった。
 ただ、吉事もないわけではなかった。
 これは二月ごろのことだが、範長の側室として、その寵愛を一身に集めていた雅の方が、ついに、ようやく懐妊したのである。無論、彼女が男子を産んでも、既に正室との間に嫡子を設けている範長の後継者となりうる可能性は極端に低い。だが、それでも吉事は吉事である。特に範長などは、愛妾の懐妊を何より喜び、
「これより一週間、城下の税は悉く免除してやる。皆、大いに喜び、大いに騒げ!」
 などと、浮かれあがっていたものだった。
 そして、六月になり、まだ顕著というわけではないが、徐々に御腹を大きくする雅の方を見ては、範長は新たな命の誕生に、心をときめかせた。
「氏綱党は、槇尾(まきのお)寺(現大阪府和泉市)に本拠地を設け、兵を集めているとのことにございます」
 という三好康長の言葉に、
「そうか」
 とだけ頷く範長であった。
「おそらく、奴の狙いは堺でしょうな」
 と、孫四郎長逸は言った。
「堺をとられると、厄介だな」
 康長は、そう言って唸る。
 堺は、天下に名だたる経済都市であった。莫大な富が、この町を経由して天下に流れていく。この町を支配している商人たちは、その膨大な財力を背景に、事実上幕府や大名といった公儀の権力から独立し、いわば一種の都市国家であり、かつ武装中立都市となっていた。後にはその特異な政治形態から、イエズス会の宣教師ガスパル・ヴィレラやルイス・フロイスが「東洋のベニスである」と評したほどで、その知名度は、単に日本国内に留まらず、遥か欧州にまで轟いていた。
 そういう町だけに、敵に取られるのは実に痛かった。何より、諸大名はこの町を経由して、様々な財物を『金』に変えているのである。農民から徴収する年貢も、それだけならただの『米』に過ぎないが、堺衆に売却することで、『金』になる。また、その『金』で、様々なものを仕入れることもできるわけで、堺の町は、特に畿内の諸侯にとっては、生命線ともいえる大事な存在となっていた。
 細川氏綱が堺の間近に本拠を設けたのは、晴元方にしてみると、己が喉もとに刀を突きつけられたようなもので、どうにも居心地が悪かった。
「康長様が仰せの通り、堺だけは何としても死守せねばなりませぬ。無論、そのために我らとて兵を差し向けますが、それだけでは足りませぬ。堺を守るには、堺に住まう者たちに守らせるのが、一番手っ取り早い方策かと思われます」
 というのは、松永久秀で、時折範長が頷いているところを見ると、それが主君公認の考えであることは、一目瞭然だった。
「即ち、堺の会合衆に脅しをかけまする。もしも、氏綱党に堺が随身するのであれば、堺衆の海外交易は一切認めぬ、と」
「脅しだと? だが、これまでどんな大名家の脅しにも屈しなかった堺衆が、我らの脅しに応じるかな?」
 長逸が不信感を露にすると、久秀はにやりと不敵に笑った。
「我らには摂津守様という最大のお味方がおりますれば、堺衆も我らの脅しに平然とはしていられますまい」
「摂津守様だと?」
 長逸は、この松永久秀という中年男が、余り好きではない。だから、自然とその口調も刺々しいものになってしまうのだが、久秀は余り気にしなかった。
「摂津守様は淡路水軍を率いておられます。淡路水軍が瀬戸内海を完全封鎖すれば、貿易で金を稼いでいる堺衆にとっては致命傷となりましょう。…無論、そんなことをして堺衆が衰退するようなことになっては、回りまわって我らの首を絞めることにもなりかねませぬので、あくまで脅しの策に過ぎませぬが、脅しとしては、これ以上ない脅しと思われますが」
「なるほど」
 久秀に対し、余りわだかまりのない康長が、パンと手を叩いて賛同してしまうと、基本的に異論のない長逸に、反論の余地はなくなってしまった。
「ともかく、どの道、神太郎には海を封鎖するよう命じてある。完全封鎖が完成すれば、堺衆とて、こちらが脅しをかけるまでもなく、我らとの敵対を恐れよう。…後は、阿波の豊前(豊前守之康)や、讃岐の又四郎(十河左衛門尉一存)らに、いざというときのため、兵を集めるよう命じておかねばなるまいな。それと、勝瑞の持隆公にも助力を仰げるように、使者を出しておこう」
 と、範長が言えば、
「丹波の内藤殿、波多野殿にも使者を出しましょう。内藤殿は、松永殿にお任せすればよろしいかな」
 などと、精一杯の厭味を込めて、長逸は久秀のほうを見ずに、そんなことを言った。


 七月に入った。
 槇尾寺にある氏綱は、戦意に燃え上がっていた。
「いよいよですな」
 と、弟の藤賢が言えば、氏綱はニタニタと笑いつつ、
「うむ」
 と、厳かに頷いた。
 晴国が滅びたのは、天文五年(一五三六年)八月のことであったから、今より実に七年も前のことだった。即ち、氏綱たちは七年間もの間、逼塞を余儀なくされていたわけで、七年ぶりに娑婆(しゃば)に出た彼らの興奮は、尋常ならざるものがあった。
「それにしても、遊佐殿には感謝せねばなりませぬな」
 藤賢はふとそんな風に言って、にっこりと微笑んだ。
「たわけ! …河内殿が我らの後援者たることは、最高機密なのだぞ。そんな風に公言して、もし誰かに聞かれてみろ。厄介なことになるだろう」
 そんな風に咎める氏綱に、「あ!」と、藤賢は慌てて口を噤み、「ははは」と苦笑いした。
「ともかく、堺を攻め取った暁には、一挙に都に攻め上り、兄上が高国公の後を引き継ぐ形で、京兆家(細川宗家)の家督となられるわけですね」
「無論だ」
 氏綱ははっきりと頷くと、その全身に漲る大いなる自信を見せびらかすように、寺の庭先に集まる兵たちを巡閲に出た。


 七月二十五日。
 細川氏綱軍総勢七千は、大挙して堺に迫ると、早速、堺を守る細川晴元方との間で、熾烈な攻防戦が開始された。
 迫る氏綱軍に対し、晴元軍を率いるのは、晴元の有力被官の一人である松浦興信という男であった。また、松浦の指揮下に、三好範長の派した岩成主税助友通率いる援軍五百騎の姿もあった。
 晴元軍の数は、岩成勢を合わせても四千足らずに過ぎなかったが、彼らが総大将たる松浦の指揮下に、一糸乱れず頑強に抵抗したのに対し、寄せ集めの烏合の衆に過ぎない氏綱勢は、当初こそ数を恃みに優勢だったものの、次第に浮き足立ち、統率が乱れるなどの、潜在的な弱点が表面化すると、戦いは想定外の晴元方勝利の下に決着した。
「案外、あっけないものだな」
 などと、自分たちに背を向けて撤退する敵軍の後姿を眺めながら、岩成主税助は、そんな風に呟いていた。
「ま、所詮寄せ集めの雑軍。我らの敵ではありますまいて」
 副将として岩成主税助の陣に加わる三好政康は、そう言って楽しそうに笑っていた。今年十五歳を迎えた三好一門の若き将星は、今日の戦いがその記念すべき初陣であったりした。
 細川晴元軍は勝利した。とはいえ、晴元方が圧勝したというわけでも、氏綱方が完敗したというわけでもなかった。形勢不利により、ひとまず堺奪取を諦めたというだけであり、彼の戦力は依然として維持されている。いわば優勢勝ち、判定勝ちといったほうがよいのかもしれなかった。ただ、このところ氏綱方の積極的な攻勢により圧倒されっぱなしであった晴元方にとっては、こんな勝利でも、かけがえのない貴重なものには違いなかった。
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