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【雪辱編】第046章 世子誕生
 時は少しばかり戻って、天文十一年(一五四二年)は八月の頃だった。
 夏真っ盛り。ミィィン、ミィィンと、けたたましく響く蝉の声にも、随分慣れてきた頃のこと。
 三好筑前守範長が居城たる越水城は、いつになく大騒ぎだった。家臣たちも、女子たちも、皆が皆、大いに慌て、落ち着きなく騒ぎあっていた。
「まだ陣痛は始まらんかね?」
 お福もまた慌しく、奥付の侍医を呼び止めると、急かすように問い詰めていた。
「まだにございます」
 侍医たちは、そう言って忙しなく奥御殿のほうへと急いでいった。
「そうか、まだか」
 福はフゥと大きく深呼吸すると、側に控える雅の方のほうを振り向き、
「いよいよ御誕生じゃ」
 と、実に嬉しそうな顔をして、「ははは」と笑っていた。
男子(おのこ)であればよろしいですね」
 と、雅が言えば、福もまた殊のほか大きく頷いた。


 波多野御前、御台所、あるいは北の御方。
 様々な敬称を持って遇せられている筑前守範長が正室は、三好家中の誰もが待ちに待った出産を、今日に控えていた。医者の見立てでは、今日辺りが出産予定日だということだった。
 だからお福など、いつ御台所の陣痛が始まるか、朝起きてからずっと気が気でないといった様子だった。
 男子だろうと女子だろうと、生まれれば、それは範長にとって初めての子となる。正室の腹から生まれる以上、男子であれば、確実に三好家の世子となるわけである。今のところ範長に世継ぎはいないから、家中の期待は、悉く世子、即ち男子(おのこ)誕生に染まりきっていた。
「御世継ぎがお生まれになれば、もう私は思い残すことはありませぬ」
 などと、お福は朝からずっと言っている。
 之長の代より、ずっと三好家の奥向きを取り仕切っているこの老女は、元長が横死した後、残りの一生の全てを、幼き千熊丸少年のために投じてきた。少なくともそのつもりで、三好家のために尽くしてきた。その結果、千熊丸は父や祖父、曽祖父を遥かに超える英雄へと成長し、あの当時では考えられない繁栄を、今や三好家はその手に掴んでいた。
 もう思い残すことは何もない。ただ唯一心残りだったのは、依然として範長に子がないことであった。もう二十歳になったのだから、男だろうと女だろうと、とにかく子の一人や二人もなければ、おちおち引退すら出来なかった。
「早く御生まれにならぬかのう。御屋形様の御子様じゃ。若君様であろうと姫君様であろうと構わぬが、はようみたいものだ」
 ここ最近、めっきり老けてきた彼女は、そんな風にぼやきながら、伝令役の女官たちを見回していた。
「それはそうと、お福様。その御屋形様も、後一刻もすれば、御城に到着なさいましょう。お出迎えの準備は既に整っておりますが、お福様は如何いたしますか?」
 と、『西の丸様』こと雅の方は、疲れきったように脇息にもたれかかるお福を気遣うように、そう言った。
「如何も何もあるまい。御屋形様がお戻りになられるのなら、私もお出迎えせねばなるまいて」
 そんな風に強がり、弱みを見せまいと、必死になっているお福を見ると、雅の方はただ困ったように溜息を吐いた。


 家臣たちは、未だ不思議でならなかった。
 子が生まれる。そのこと自体は、大いなる喜びであり、彼らとて嬉しいには違いないのである。だが、その子を産むのが、雅の方ではなく、御台所であることに、彼らは疑問を抱かずにはいられなかった。
 御台所と範長の不仲は、今や城内で知らぬ者はないほどの通説になっていた。実際、二人が結婚して以来、最初の夜を除き、範長は滅多に奥泊まり(御台所の下で夜を過ごすこと)したことはなかった。
 これでは夫婦生活などありえるはずもないと、家臣たちは皆、御台所の懐妊を半ば諦めていたのである。ならば世継ぎは、範長の寵愛を一身に受ける雅の方に期待するより他に仕方ない。だから一時、御台所は大奥、城内を問わず、完全にその立場を失い、孤立した。
 範長にすれば、そうした御台所を哀れんだだけなのかもしれない。それは天文十一年になって間もない、一月のある日のことであった。
 当時は、ようやく摂津国内における反三好党を成敗し、三好家による摂津統治にも一区切りがつくなど、比較的順風な時ではあったが、大和信貴山に拠る木沢長政との対決を間近に控え、畿内全体が緊迫していた時期でもある。こうした殺伐とした雰囲気の中で、範長は、特に理由もなく、御台の下へ向かった。
 で、そういう仲になった。
 とはいえ、たった一夜のことである。その後、範長は一切御台の下には行かなかった。確かに、丹波の山国に育った割には、都にも滅多にいないような美貌と教養を誇っている。姫としては、まさに完璧な女子だったのかもしれないが、事あるごとに、
「父、秀忠様は…」
 と、御国自慢を始めるところが、範長の癪に障るのだった。無論、単なる国自慢ならば、さして気にはしない。彼自身、雅の方との会話の大半は阿波の話ばかりだし、雅の方も自分の生まれ育った土地のことをよく話した。国のことを聞くのは、嫌いどころか好きだった。けれど、御台の場合は、度を超えた自慢が余計だった。丹波のよさを話す余り、父秀忠の偉大さや、波多野家が如何に優れた家柄なのかということを、延々説明するのである。はじめは良くとも、次第に飽きる。そして、ついには嫌になってしまうのであった。


 何はともかく、懐妊というのは何よりの吉事であるし、範長も自分が父親になるのだと思うと、もういてもたってもいられなくなった。無論、たった一日の逢瀬で子ができたことへの漠然とした不信感もないわけではなかったが、徐々に、そして確実に、だんだん大きくなる御台の御腹を見るたび、そこから現れ出てくるだろう新たな命というものに思いを馳せずにはいられなかった。
 男子であれば、それに越したことはないが、女子でも構わなかった。父親としては、どちらにしても可愛い子供であることに変わりはないのである。
「よいか。出産が万事上手く執り行われるよう、祈祷でも何でも、できることは全てしろ」
 忙しき政務の合間を縫って、彼はそんな風に、常に生まれてくるだろうわが子のことを考えていた。
「男子であれば、当然世継ぎとなし、女子であれば、婿をとり、そ奴に家督を譲るというのも一興だなぁ」
 子もないうちから、すっかり親ばかに染まっている範長は、まだ弱冠二十歳というに、既に隠居後の自分と、後を継ぐだろう子供のことを考えていた。
「されど御屋形様。御屋形様はまだ若うございます。御生まれになるのが姫君様であっても、次には御嫡男が生まれるということも十分考えられます。例えご冗談にせよ、御世継ぎのことは、くれぐれも御慎重に御考え下さりませ」
 と、一門衆の重鎮としての三好長逸は、口を酸っぱくして、彼の軽率な発言を咎めるのだった。


 そんなこんなで、やがて八月になった。
 京での多忙な日々にひとまず終止符を打ち、慌しく越水城に舞い戻ってきた三好範長は、大奥総取締役たる老女お福、その補佐の任に徹している雅の方の出迎えなど、一切気にする風もなく、勢いよく御台の待つ奥御殿へと駆けていった。
 今日なのか、明日なのか。明後日なのか…。
 女官たちに制され、やむなく奥より下がった範長は、連日連夜、お福にそう尋ねては、高ぶる気持ちを必死になって抑えていた。
 そして…。
 八月二十二日朝。
 唐突に始まった陣痛を経、その日の正午頃には、立派な赤子の、
「おぎゃぁ」
 という、甲高くも元気な泣き声が、城内全土に響き渡った。
 範長は慌しく奥へ駆け、そこで自分の子供が、ようやくこの世に誕生したことを知った。案外小さく、猿のような顔立ちをしているが、どことなく可愛らしく、そして自分とよく似た特徴を見つけると、
「俺の子だ、俺の子!」
 と、楽しそうに騒いでいた。
 生まれた赤子は、待望の男子(おのこ)であった。即ち、行く末三好家を継承することを確約された王子様であり、誰もがその生誕を受けて、
「これで御家は万々歳じゃ!」
 と、大仰に歓びあっていた。


「おめでとうござる、兄上!」
 豊前守之康は、そう言ってくすりと笑った。範長の実弟として、誰よりも大きな信頼を寄せられている。三好家の本国たる阿波を守って、三好家の隆昌を影ながら支えている功労者。温厚篤実、博学多彩、人望厚く、聡明…、と誰からも高く評価されている青年だが、未だ弱冠十五歳なのである。十五歳にして『叔父』となった之康の心境は案外複雑だが、新たな一門、将来の御世継ぎの誕生は、叔父として、三好の重鎮として、純粋に嬉しかった。
「兄上、おめでとうございます」
 と言うのは、今年の春を持って安宅氏の家督を承継し、晴れて瀬戸内の王者となった安宅摂津守冬康であった。今年十四歳になる彼は、既にすっかり屈強な海の男となっていた。
「はは、我らは、この歳で叔父になるわけですな。不思議なものでございますが、御世継ぎ御誕生とのこと。誠に執着至極に存じまする」
 などと、随分堅苦しい台詞で、頭を下げる冬康に、範長は「ははは」と高笑いした。
「相変わらず堅い男だ。…だが、お主たちで不思議がっているなら、又四郎などはもっと不思議だろうな。まだ奴は十二歳ぐらいだろう。弱冠十二にして、叔父上と仰がれる身になったのだ」
「ははは、それは確かに」
 之康が大きく頷くと、冬康もまた日焼けした肩を上下に揺らし、クスッと微笑んだ。
「だが、又四郎は遅いな。まだ来ていないのか?」
 そう言って辺りを見回す範長に、
「もうすぐ来るはずですよ。ま、讃岐もいろいろあって、又四郎も容易くは国を空けることができないのですが、今回は特別でございますから、何が何でも越水に参上したいと申しておりました」
 と答える之康であった。
 又四郎こと、十河左衛門尉一存は、讃岐の有力土豪十河氏の養嗣子となり、一年前に家督を相続して以来、阿波の兄三好之康と連携しつつ、僅か十二歳の若さで、讃岐国の統一戦争に明け暮れていたのだった。
「いずれにしても、お主たちが背後を固めてくれているからこその、今の三好家といえよう。有り難いことだ。常に、わが四兄弟、鉄壁の絆を保っていきたいものよ」
 そんな風にしみじみと語る範長に、之康も冬康も、恥ずかしそうにニコニコ笑いつつ、
「そうですなぁ」
 などと、長兄の言葉に大きく頷いていた。


 この日生まれた男子は、千熊丸と名づけられた。これは言うまでもなく、父範長の幼名であり、範長とすれば、自らの幼名を与えることで、千熊丸が家督継承者であることを満天下に示したいという思いがあった。
 何はともかく、三好範長は、ここに堂々たる父親となったのである。彼は大いに喜び、ほぼ連日に渡り、千熊丸を求めて奥に入り浸った。そのために政務が滞っても、彼は別段気にしなかった。
「千熊よ。いずれはこの俺を継いで、この国の全てを治めるのだぞ。見渡す限りの大地が、我ら親子のものだぞ」
 などと嬉しそうに呟いている範長に、側で見守るお福もまた、嬉しそうににっこりと微笑んでいた。
「御屋形様も、ついに御父上となられたのですね」
 まだ千熊丸と言って、幼かった昔が夢のような心地がした。それだけ確実に年月が経ったのだと思うと、それはそれで寂しい気もするが、お福としては使命を果たしたような気がして、ふぅと小さな溜息を、一つ吐いた。
「御屋形様。私めの如き老人の出番は、もう終わりにございます。そろそろ御城を下がらせていただきたく存じますが…」
 と、お福は言った。
 既に九月。本格的な夏は、ようやく終わりを告げたが、じめじめとした残り香が、鬱陶しいほどに纏わりつく。範長は団扇などパタパタと扇ぎながら、例によって親ばかに徹していたが、そんな思いもよらぬお福の言葉に、彼もさすがに驚きを隠せなかった。
「辞めると申すか?」
 ぎろりと、睨み付けるようにお福を見る。天下に英雄と名高き青年の眼光は、思った以上に鋭く、厳しかった。
「ならん! そなたは、余が母も同然。ようやくわが子が生まれ、その養育にも力を入れねばならぬとき。そなたに辞められては、千熊はどうなる。誰が育てる? …待遇が悪いのか? 仕事が辛いのか? ならば、何でも余に言ってくれ。出来うる限りのことをする。これでも俺は、この城の主なのだからな」
「いえ、待遇でも、仕事が辛いわけでもありませぬ。…ただ、私はそろそろ潮時にございます。既に齢も六十を超え、風邪をこじらせることも多くなりました。出来れば、私がかつて育った都で、のんびりと余生を過ごしたく存じます」
「…都で?」
 範長は「ふうむ」と唸りながら、何やら一人静かに考え込んだ。そして、一つ名案など思いついたようで、
「今は辞めるな。だが、いずれ辞めることは認めてやる」
 と、言った。
「お主の後継者を、大奥のうちより見つけ出し、後継者として相応しいだけの技量を身に付けさせたなら、お主は辞めてもよい。それまでの功労に応じ、お主の望むものは全て与えよう。隠居料も弾んでやる。…確か、お主の実家は公家であったな。その再興にも、この三好筑前守が尽力してやろう」
「…後継者」
「そうだ。何より、お主のほかに、散々増え続けた女子どもを統括できると思うか?」
 ふと見渡せば、三好の急成長ぶりを物語るかのように、大奥に住まう女子の数も増え続けていた。特に、側室の『西の丸様』や正室たる『御台所様』が奥に君臨するようになってからは、彼女たちの世話役としての女官が大幅に急増し、既に大奥の人数は五百人近くに到達するほどになっていた。
 これだけの女官たちを、総取締役としてお福が全て仕切っていたのである。唐突に辞められては困るという範長の言い分にも、一理あった。
「分かりました。されば、私めも跡継ぎを探します」
 と、お福が言えば、
「よろしく頼む!」
 範長は嬉しそうに、にっこりと微笑み、そして大きく頷いた。
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