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【飛翔編】第043章 太平寺合戦(前編)
 信貴山の木沢長政は、追い詰められていた。
 既に摂津における木沢党は悉く筑前守範長により退治されているし、それ以外の味方も、今やどれも敵方に回っていた。彼の本領ともいえる河内の大部分は、遊佐長教の支配下に落ちているし、彼の勢力が比較的強い大和においても、筒井氏、興福寺をはじめとする有力者たちが挙って落ち目の木沢方を見限り、雪崩を打って細川方と誼を結ぼうとしている状況では、頼りになるとは言い難いものがあった。
 木沢長政の味方といえるのは、彼自身の領地を割いて擁立した飯盛山の畠山政国のみ。…要するに、孤立無援といって過言ではない危機的状況下に立たされていたのだった。
 事ここに至り、得意の謀略も通用しそうになかった。軍事的にも、政治的にも、木沢方の劣勢は顕著だった。唯一最後に残された手としては、長期戦に持ち込み、越前の朝倉や、北近江の浅井、若狭の武田、あるいは美濃の土岐など近隣の有力諸藩の支援を仰ぐことなどがあったが、最有力候補の朝倉氏は、目下加賀の一向門徒と対峙しており、大軍を中央に派兵する余裕はなかった。浅井氏や武田氏は、強大な細川政権と対峙するには明らかに力不足であり、何より、細川晴元の岳父にして、南近江に根を張っている雄藩六角定頼が彼らの行動を黙って見過ごしたりはしないだろう。朝倉が出張るならまだしも、浅井や武田が六角に勝てるとは思われない。
 ならば美濃の土岐氏だが、こちらは守護代である斎藤新九郎利政(後の斎藤道三)の勢威が強大化し、守護の土岐頼芸は斎藤氏による下克上を防ぐので精一杯だった。とてもではないが、中央に援軍を派兵できるような余裕はなかった。
 

 絶体絶命とは、まさに今の彼に最も似つかわしい言葉であった。
 今更にして深く考えてみれば、畿内とその周辺地域には、細川政権とある程度互角に戦いうる国力を持った大名家など、皆無に等しかった。唯一朝倉氏があるぐらいだが、背後に加賀の一向宗という強敵を抱えている以上、畿内情勢に本格的に手を突っ込めるだけの余裕はない。
「そういえば、伊勢の北畠殿など、如何ですか?」
 弟の左馬允の言葉に、木沢長政は「なるほど」と、ようやく生気を取り戻したかのごとく、嬉しそうにパンと手を叩いた。
「伊勢国司の北畠中将殿(北畠晴具)なれば、確かに援軍を出してくれるやもしれぬ。…かの御仁は、細川高国が娘を正室としておられ、根っからの高国方だったお方。高国方への弾圧を強めている晴元の強大化を決して好まれまい」
 もしも北畠が援軍を出してくれるなら…、と、一人皮算用を弾いてみる木沢長政であったが、目下、もはや北畠氏以外に有望な援軍候補はいなかった。北畠が兵を出してくれるなら、あるいは勝ち目が見えるかもしれなかったが、逆に北畠が動かねば、木沢方の敗北は決定的となりかねない。今の木沢長政にとり、従四位下左近衛権中将北畠晴具は、最期の最期に残った、唯一無二の希望の光であった。
 北畠氏というのは、公家の名門村上源氏の流れをくみ、伊勢国司という、随分古めかしい肩書きを持って同国を支配している名族のことであった。南北朝動乱の折、南朝方の重鎮として活躍し、『神皇正統記』などの名著を著した北畠親房や、その子で、鎮守府将軍として奥州を支配し、足利尊氏の大軍を寡兵にて撃破した名将北畠顕家らを輩出したことでも有名な一族だった。
 当代の北畠晴具もまた名将として名高く、北畠氏をして一挙に強大な戦国大名へと脱皮させただけでなく、細川高国の娘を室に貰い、かつ高国方の主要大名の一人として畿内各地を転戦するなど、戦国初期の中央政界に大きな影響力を誇った人物だった。
「早速使者を出し、援軍を要請するのだ。北畠殿の援軍さえあれば、我らは何とか息を吹き返せるのだ」
 と、木沢長政は叫ぶように怒鳴ると、嬉しそうな笑顔で、「ははは」と、豪快に高笑いしていた。


 それから一ヶ月。
 既に天文十一年(一五四二年)は三月になった。
 三月七日。
 木沢長政が首を長くして待ち続けた北畠晴具からの返答は、この日、遅ればせながら、ようやくやってきた。本来、伊勢と信貴山など、馬を飛ばせば、数日で往来できる程度の距離しかない。それが一ヶ月もかかった時点で、結果など目に見えていたが、兎にも角にも、僅かな希望に全ての望みを託し、木沢は晴具からの書状を受け取ったのだった。
「…な、なんだ、この文は…」
 木沢左京亮長政の手はわなわなと震え、その全身はぶるぶると揺れていた。怒りの余り、この場で思い切り暴れ狂いたい衝動に駆られながら、家臣たちの手前、それだけは必死になって堪えた。
「やはり、駄目ですか?」
 そんな左馬允の言葉に、木沢左京亮はぎろりと睨み付けた。
「伊勢の統一にかかりきりで、援軍など出せる余裕はないらしい」
「伊勢の?」
「あぁ。北伊勢の長野大和守藤定との抗争が激しさを増しているとか、まあいろいろ御託を並べてはいるが、要するに、我らの将来を見限ったのだろう。…北畠中将などとおだてられてはいるが、要するに臆病な御公家大名に過ぎん。晴元が怖くて、兵すら出せんのだ。我らが滅びれば、高国の娘を室にしている北畠が次の標的とされるに違いないというのに」
 などとぼやきながら、木沢長政はふぅと静かに深呼吸した。
 とにかく、北畠の援軍が得られないとなると、もはや行動に移すしかなかった。細川方による木沢包囲網は、日に日に強大化し、彼らによる総攻撃も時間の問題となっていた。どう足掻いても不利は不利だが、先手を打たれるよりは、先手を打ったほうが、まだ勝利できる可能性もあった。
 だから、彼も覚悟した。負けても勝っても、それが自分の宿命だったのだろうと、諦めるより他に仕方がなかった。稀代の陰謀家と影ながら蔑まれ、小ばかにされながらも、その力をもって、畠山家の中堅被官に過ぎなかった身の上から、天下を狙いうる立場にまで出世した自分の人生を思い返しながら、木沢長政は思わず苦笑いした。
 陰謀家、恐るべき鬼謀の持ち主と称えられ、あるいは貶されながら、下克上なるものを、その身をもって体現してきた稀代の梟雄は、どうせなら、己が悪辣非道な人生に似つかわしい、華々しき最期を遂げたいものだと、心に思い、胸に誓った。


 翌日、即ち三月八日。
 細川方と木沢方の間で延々と繰り返されてきた戦いなき奇妙な睨み合いは、この日を持ってようやく終わった。嵐の前の静けさというべきか、危うい均衡の上に辛うじて保たれていた平和は、膨れ上がった泡が破裂するかのように脆く儚く、あっという間に崩れてしまったのだった。
 これまでは、如何に衰えたりといえど、依然として河内・大和・山城に大きな影響力を誇る木沢長政との全面戦争に踏み切ることを、他ならぬ晴元が躊躇していたこともあり、細川方はせいぜい軍力を強め、あるいは味方を集めて木沢への包囲網を強めるぐらいのことしかできなかった。一方、木沢方も日増しに力を強める細川方と戦端を開くことを好まず、兵を強引に集めたり、あるいは方々に使者を飛ばして援軍を要請したりと、必死に準備こそ整えていたが、自ら進んで兵を動かすことはなかった。
 ゆえに、しばらくの間、膠着した冷戦状態が続いていたわけだが、三月八日になって、ついに山は動いたのである。と言うのも、かねて木沢長政と親しく付き合い、畠山家中において木沢一派の中核的存在を担ってきた斎藤山城守親子が、飯盛山の畠山政国に通じたとして、遊佐長教により粛清されたからであった。
 実際のところ、斎藤山城守がどう考えていたかは別として、木沢長政が彼に調略の手を伸ばしていたことは事実だった。木沢としては、彼を味方に取り込むことで、畠山稙長方を混乱させて、少しでも木沢方優位に持ち込みたいと考えていたのだった。また、味方にならずとも、彼が木沢方に通じているという疑いをもたすことができれば、それだけで十分稙長方を揺さぶることができる。いずれにしても損はないわけで、この辺りは、さすがに稀代の陰謀家木沢長政の真骨頂だった。
 だが、この暗殺事件がきっかけとなって、河内・大和の情勢は、それまでの平和から一転して、一挙に戦へと傾いていった。前日の北畠からの絶縁状のこともあり、決戦を挑むより他に仕方のなくなった木沢長政は、いよいよその覚悟を固め、自らが盟主と仰ぐ畠山政国を飯盛山から信貴山に移すと、ついに動き出したのである。


 三月十日。
 木沢左京亮長政は、総勢五千の兵を従え、信貴山城を発した。目指すは、畠山氏の本城たる高屋城である。
 高屋城には、総勢一万に及ぶ大軍が集結していた。遊佐長教率いる河内勢と、畠山家が守護を兼ねる紀伊の軍を合わせた数であり、現状、河内畠山氏が動員できる最大兵力であった。
 信貴山を発した木沢勢は、予想外の畠山方の大軍を警戒しつつ、まずは高屋城に程近い二上山城に入って、敵方の様子を(うかが)うことにした。
「敵の様子は?」
 厳かな陣羽織に身を包んだ木沢長政は、側に控える重臣の柳生家厳(やぎゅういえよし)に、強い口調で尋ねていた。
「報告によりますと、遊佐河内守は総勢八千の兵を率い、高屋城を発したそうです」
 と、柳生が答えると、
「そうか」
 とだけ淡々と頷く木沢であった。
「で、遊佐勢は何処へ向かっているのだ? こちらか?」
「いえ、高野街道を北上し、一路、信貴山方面を目指しているようにございます」
「…信貴山だと? 我らを無視してか?」
「はッ!」
 その瞬間、木沢長政は「勝った!」と、身を乗り出しながら、興奮を隠そうともせずに大声で叫んでいた。
「ふふふ。河内め、我らを出し抜こうとしても、そうはいかんぞ。密かに北上して、手薄となったわが本拠を攻め落とす気であろうが、くっくくく。こちらに抑えの兵も寄越さず、ばかりか堂々と敵に背後を見せるとは、よほどのたわけじゃ!」
「全く、左様にございますな。我らも早速出陣し、遊佐勢の背後を叩けば、一挙に攻めつぶせまする。遊佐勢が信貴山に辿り着くには、途中に大和川がありますれば、追いつくのに造作はありませぬ」
 そんな柳生家厳が言葉に、木沢長政はすっかり勝ち誇ったような顔をして、「ははは」と豪快に高笑いしていた。
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