【飛翔編】第040章 摂津戦線
一庫城を攻囲して、既に一ヶ月になる。
三好方は長期戦を覚悟していた。無論、総攻撃を加えれば、この程度の城は、一両日中に攻め落とすこともできただろう。あえてそれをしないのは、この城を攻め落とすことが今回の作戦の目的ではなかったからである。けれど、その作戦の要諦を占める木沢方の一斉蜂起は、案外なかなか起きなかった。
「先の畠山家の内紛で、木沢長政の謀才にも疑問符がつきましたからな。諸侯たちも、木沢について戦うことが本当によいのか、いろいろ考えあぐねている様子です」
そんな松永久秀の言葉に、範長は「ふーむ」と、腹立たしそうに唸った。
「ま、挙兵せぬならせぬで構わぬが…。一庫城を攻め潰し、塩川を成敗するのみ。もしも伊丹大和守らが余の下に伺候せぬなら、この大軍で奴らを一人一人確実に狩っていくだけのことだ」
「ですが、木沢長政が事ここに至り、矛を収めるとも思えませぬ。自棄になって実力行使に打って出てくる可能性も十分考えられまする」
「…自棄になって、か。だが、あれの鬼謀を侮るわけにはいかんな。如何に畠山家の政争に敗れた、とは言ってもな…」
と言いながら、範長は自らに言い聞かせるように、何度も「侮ってはならぬのだ」と、小さく呟いていた。
九月二十九日。
この日、ついに、木沢方が本格的に動いた。
将軍御所に届いた一通の書状が、何よりの証拠であった。それは管領細川右京大夫晴元の不当不正を詰り、その虐政を非難した上で、自分たちの正当性を一方的に主張するという、よくありがちな自己中心的な檄文であった。
「管領。これが木沢左京、伊丹大和、三宅出羽の連署で送られてきた訴状だ。その方も読むか?」
義晴は、眼前に平伏す細川晴元に、その書状を下げ渡すと、彼はまじまじと、ゆっくりとそれを拝読した。
「いろいろ中身のない愚痴が書き記されているようですが、一庫城攻撃は不当、でございますか。これは捨て置けませんな」
と言って、晴元は嘲るように鼻で笑った。
「…不当と申すからには、奴らにも言い分があるのだろう」
義晴はニタニタと、楽しそうに笑っていた。
「言い分ですか? 確かにいろいろ書いてあるようですが、何を寝惚けたことを申している輩でございましょう。全く話にならぬとはこのことでございます。何より塩川政年は謀叛人高国の妹を妻としているだけでなく、高国滅後も離縁することなく、ぬけぬけと妻としておりまする。即ち、いざというとき高国の残党どもと誼を結べるように、という布石に間違いありませぬ。実際、奴が密かに氏綱と連絡を取り合っていることぐらい、我らはとうの昔に存じておりました」
そんな風に言いながら、晴元は次第に腹が立ってきた。元々は計略であり、塩川が本当に高国の残党と結びついていたかどうかなど、彼には全く分からないのだが、こうやって朗々と喋っていると、本来は嘘だったことが、次第に真実であるように思えてきたのである。即ち、塩川政年が自分を裏切り、ずっと高国残党に与力していたかのような錯覚が、彼の全身を包み込んでいった。そうなると、この短気な天下人は、わなわなと震え、いつの間にか手に握っていた木沢方の檄文を握りつぶしていた。
「ならば、その訴状は受け入れるべきではないと、そなたは申すのだな?」
と、義晴が言えば、
「上様におかれましては、何卒賢明なる御判断をお願い申し上げます」
晴元も恭しく頭を下げた。
かくして訴状は却下された。
そして三十日には、将軍足利義晴自らが直々に一庫城攻撃を命じた。即ち、これは正式な、動かし難い『幕命』であり、かくて塩川政年は幕敵、即ち逆賊となり、包囲軍は幕府軍、即ち官軍となった。
こうなると、木沢長政としてもうかうかとはしていられなくなった。『幕命』という大義を得た三好方が、一気呵成に総攻撃に打って出ると、せっかく苦心して作り上げてきた摂津における対範長包囲網が完全に崩れ去ることになる。畠山家での立場を完全になくした木沢にとって、摂津をはじめとする各地の味方だけが、最期の頼みの綱なのである。失うわけにはいかなかった。
だから、彼は動いた。
九月三十日。
将軍が訴状を却下したことが分かるや否や、彼は実弟の木沢左馬允に四千の精鋭を預けて先鋒とし、一庫城救援に向かわせた。また彼自身も軍が整い次第、出陣する予定であり、木沢長政としては、これまでに築き上げてきた己の全勢力を、この戦いに傾注する構えでいた。
木沢立つ!
その急報は、瞬く間に畿内中を駆け巡った。
当然、一庫城を囲む三好方にも伝わった。総大将である筑前守範長の本陣に、副将の三好越後守政長が駆け込んでくると、
「いよいよだな」
と、言った。
「左様でございますな。…ただ、木沢方には例によって伊丹、三宅らが連動しているようで…。油断はできませぬな」
「無論のことだ」
政長はそう言って笑う。範長は、内心、少しばかり不安であった。
いよいよ、木沢長政と戦うのだ。父を殺した一味の片割れ…、というよりは、父を殺した首謀者の一人。父が挙兵するに至ったきっかけを作った男。それを、この手で滅ぼす機会が、ようやく巡ってきたのだ。父が殺され、既に九年という歳月が過ぎたが、あのときの悔しさ、怒りを忘れたことは、一日たりとてない。
しかし、踊りたくなるような興奮した気持ちの片隅で、木沢長政という一人の男に対する、拭い難き恐れは、勢いよく確実に広がっていった。あの父すらも滅ぼした男なのだ。怖くないはずがなかった。
「如何した、筑前殿?」
と、政長が不思議そうに首を傾げると、
「なんでもござらぬ」
と、慌てて答える範長であった。
十月二日。
木沢左馬允の軍四千を中核とし、伊丹親興、三宅国村ら摂津諸豪族を加えた総勢一万が一庫城に迫ると、三好軍は潮が引くかのように、颯爽と包囲を解き、それぞれの本拠地へと帰っていった。
範長は、政長勢とともに越水城に入ると、まず何よりも防備の増強に力を注いだ。一庫城救出に成功し、勢いづいた木沢方が大挙して攻め寄せてくる可能性がある以上、警戒するに越したことはなかった。
そして…。
十月四日。
案の定、木沢方は怒涛の勢いで越水城に押し寄せてきた。伊丹親興を先鋒とする、総勢八千である。
「八千如きで、この城を攻め落とせると思っているとは、まさに片腹痛いわ」
と、範長は豪快に高笑いしていた。
物見櫓の上からは、包囲軍の現状が手に取るように分かった。形の上は伊丹大和守を総大将と仰いでいても、所詮は摂津の土豪をかき集めた上で構成されている寄せ集めの烏合の衆に過ぎない。伊丹大和の統制が行き届いているとは到底思えず、そんな無様をまじまじと眺めている範長としては、とにかく大袈裟に笑うしかなかった。
「御屋形様、先ほど少々厄介な喧嘩が起きました」
そこに、立花又右衛門が慌しく駆け込んできた。
「喧嘩?」
敵陣の仲違いぶりを、今まさに他人事の如く観察していた範長は、又右衛門の唐突な報告に、思わず耳を疑った。
「はッ! 喧嘩をしたのは、越後殿配下の足軽と、我らの足軽です。城から打って出、総攻撃をかけたいと目論む越後殿の配下たちと、それを制した我らの足軽の間で口論になったのが、そもそものきっかけだそうですが、次第に規模が大きくなって、数十人の怪我人が出るほどの事態となっているようです」
そんな又右衛門の言葉に、範長の表情はいっぺんに曇った。
「…数十人だと? たわけが…。これから戦というときに、何と愚かなことをしているのだ」
先ほどまで、敵陣の無様を散々笑っていただけに、範長の不満、怒りは、いつも以上に凄まじかった。いっそ喧嘩両成敗の原理原則を持ち出して、騒動に関わりし全ての者に死を命じてやろうとも思ったが、相手が三好越後の兵では、如何な範長といえど、容易く手を出せるものではなかった。
「はッ! さ、されど、最近越後殿の配下たちの傍若無人な振る舞いは、目に余るものがあり、家中の者の不満も随分高まっているようです」
「…そうか」
範長は苦りきった。獅子身中の虫とは、彼のごとき者を言うのだろうと、彼は我侭な権力者三好越後守政長を呪った。
実際、ここ三好政長の横暴ぶりには、範長もすっかり手を焼いていた。主将は自分だというのに、副将に過ぎない彼は、細川政権の執政官たる己が身を誇り、我が物顔で城内を闊歩しているのである。範長が主催する軍議に顔を出さないこともあるし、範長の下知に素直に従わないこともあった。
範長としても、我慢は限界に近かったが、兎にも角にも連合軍を組んでいる以上、しかも細川晴元の信任厚い彼に対し、強く出ることはなかなか難しいのだった。だから、触らぬ神に祟りなしとばかり、彼の行動を無視してきたのだが、その八方美人に徹してきたツケが、今になって大いなる災いとして降りかかってきたのかもしれなかった
「…所詮、越後も父の仇の一人。少なくも友軍の大将ゆえに、下手に出ては見たが、やはり付け上がってきたか…。ま、今のところは越後の顔を立ててやることにしよう。そんなに攻撃を仕掛けたいなら、攻撃させてやるさ。…だが、木沢を滅ぼしたら、次は越後だ。ふん。それまで、せいぜい得意がっているんだな」
そんな捨て台詞のみ残して、範長は小さく苦笑いした。そんな主君の様を眺めつつ、立花又右衛門は声にならぬ笑みを、その内心に浮かべた。
十月七日。
三好範長と三好政長は、共同して軍を起こし、城を飛び出して包囲する伊丹勢に飛び掛った。
何より統制の行き届いていない伊丹勢に、もとより勝ち目などあろうはずもなかった。両三好軍は怒涛の如く攻め寄せると、瞬く間に伊丹方の諸軍を蹴散らしてしまった。そして同日正午頃、自軍の敗北を悟った伊丹大和守親興が居城たる伊丹城へと引き上げていったことで、伊丹軍の敗北は確定的となった。
「勝ったな」
勝利の感動というものは、何度味わっても案外飽きないものだった。勝つたびに、様々な興奮が体中を駆け巡っていく。
「ですが、これで我らの基本戦略は、少しばかり軌道修正を余儀なくされますが…」
常に三好範長の傍らにあって、彼を支えている参謀役の松永久秀は、およそ清々しい勝利には似つかぬ苦りきった顔をして、溜息混じりにぼやいていた。
「ま、気にするな。軌道修正は余儀なくされるが、作戦そのものが破綻したわけではあるまい」
そんな主君が言葉に、久秀は「ははは」と苦笑いしていた。
上田館を攻め落とし、一庫城を包囲し…、という一連の三好方の軍事行動は、当然予め策定しておいた大まかな基本戦略に則って行われてきた。その戦略というのは、伊丹勢をはじめとする摂津展開中の木沢方だけでなく、最終的には木沢長政の主力すらも越水城に誘き寄せた後、池田城に退いた池田信正や、丹波の内藤国貞、波多野秀忠らが機を見て一斉に挙兵し、その上で木沢軍の背後を叩き、一網打尽にするというものであったが、伊丹勢を蹴散らした今、その作戦にも若干なりとも齟齬が生じた。少なくとも、越水に木沢長政を誘き寄せるという策は、ここに言うまでもなく破綻したのである。
「まあ、今更愚痴を申しても仕方ありませぬが、準備万端整った越水で迎え撃つのが、最良策でございました。ただ、こうなってしまった以上は、伊丹城を包囲し、これを囮とした上で木沢長政の主力軍を呼び寄せる以外にありませぬ」
などと相変わらず久秀は未練がましく呟いている。無理もない、とは思いながら、結局自分が総大将として総攻撃の判断を下した以上、彼の露骨な不満は、範長にとって余り聞き心地のよいものではなかった。
ともあれ、新たな作戦も定まったのである。範長に迷っている暇は一秒とて与えられてはいなかった。
だから、彼は早速全軍に出陣を命じた。伊丹勢が余りにあっけなく敗走したことで、滾る戦意のやり場に困っていた兵士たちにしてみれば、早速の出陣命令は、何よりも有り難かった。
秋は深まり、時折強く吹き荒れる冷たき北風が、厳しき冬の到来を告げていた。
少し前まで真上にあったはずの太陽は、気がつくと西の空に消えていた。紅蓮色に輝き、世界を断末魔の如き朱色に染めた後、辺りはすっかり暗くなった。おもむろに空を見上げると、宝石のような星空がきらきらと煌き、それは己が存在を必死に誇示するための、哀れで寂しくも、力強き生命の象徴のような感じがした。
幼き頃、亡き父は、人は死ねば星になるなどと言っていたものだが、ひときわ煌々と輝く星を見つけると、それが父のような気がして、範長は思わず苦笑いした。
「父上、見ててくだされ。父上が仇は、この俺が必ず討ちます。曽祖父様も御覧あれ。あなたたちが追い求めた夢は、この三好筑前守範長が、必ずや実現して見せまする!」
一人小高き丘に登って、範長は誰に言うでもなく、大声で叫んでいた。側に控える立花又右衛門がぎょっとして駆け寄ってきたが、彼はけろりとした顔で、「気にするな」と言った。けれど、その眼に溢れ、きらきらと輝く涙を、又右衛門は決して見逃さなかった。
十月八日。
三好軍は伊丹城の支城たる西富松城を攻め落とした。けれど余りにあっけなき戦いに、猛りに猛った兵たちの欲求不満は容易く納まりそうもなかった。
「これより我らは伊丹城を包囲する! 全軍、直ちに出陣の支度をせよ!」
範長は、全軍を前にそう声高に叫んでいた。進軍、戦い、そして進軍。…全く休む間なき三好軍であったが、不満を述べる者などいなかった。
かくて八日午後。
三好軍一万余は、伊丹大和守親興の立て篭もる伊丹城を、完全包囲したのだった。
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