【飛翔編】第037章 二つの縁組
お雅との生活も、案外楽しく、範長はほぼ毎日のように彼女を自らの寝所に呼び寄せては、日々の愚痴やら、雑談、あるいは囲碁をはじめとする遊びなどして過ごした。
けれど、いわゆる男女関係というものは、あの夜以外一度もなかった。範長が自重しているのと、雅自身が余り強くそういうことを求められない性格なのが災いして、互いに後一歩が踏み出せないのである。それが、福にはもどかしい。
「よいですね。子を産むのです。あなたは、三好家の国母となりうる資格を得たのですよ」
と、散々雅には言い聞かせているのだが、こればかりは本人たち次第であるし、また例えそういう関係になったとしても、調子よく男子が授かるかどうかは分からない。全ては神のみぞ知るところであるが、しかしまずはそういう関係にならぬ限り、子など生まれるはずもないのである。
範長はまだ十七だが、今の三好家は、専ら世継ぎの話でもちきりになった。そして、世継ぎ誕生の期待が実態以上に膨れ上がる中、雅の方は『御部屋様』、あるいは西の丸に住居を与えられたので、『西の丸様』と敬称される、実質的側室扱いとなり、彼の父たる立花又右衛門も、ただの足軽組頭から、一躍孫次郎範長の御伽衆へと昇進した。
雅が事実上範長の側室になったからといって、子供、特に男子が生まれないのでは、何の意味もなかった。
二人の仲は基本的に睦まじいので、お福や、康長といった取り巻き連中に口を挟む余地はなかったが、天文九年(一五四〇年)に入って間もないある日、丹波の有力国人波多野秀忠より縁組話が持ち込まれてくると、そういうわけにもいかなくなった。
波多野秀忠は丹波八上城主で、かねて三好家とは対立を重ねてきた因縁の敵であった。その波多野家がその姫を範長に嫁がせようと画策した背景には、範長の飛躍的勢力拡大に対する恐怖感があった。既に範長は、丹波の背後に位置する摂津の国主となっており、もしも三好家と敵対し続けた場合、波多野家は八木城主内藤国貞と、摂津越水城主三好範長により挟撃されかねず、領地を維持するには、三好家との完全な和解が急務となっていたのだった。
「波多野家と縁戚関係となれば、我らにとっても後顧に憂いなく、摂津の統治に専念できるというものでございます」
と、重臣岩成主税助友通は言った。
「だが、波多野家と我らが結んだとなると、長く我らと行動をともにしてきた内藤殿の不興を買う恐れがあるぞ」
孫四郎長逸が懸念を示すと、
「左様。未だ内藤殿と波多野秀忠の間では、延々と内戦が繰り返されているらしい。我らが波多野と結べば、内藤殿からすれば許しがたき背信行為と映ろう」
すかさず康長も同調した。
「いや、この際、この縁談をきっかけに内藤家と波多野家を和解させ、丹波の安定を図るのが得策かと。いずれ我らが覇道を目指すとき、丹波は確保しておかねばならぬ要地となりまする。その丹波が波多野、内藤の両党に分かれて内戦しているのは、面白くありませぬ」
岩成主税助は自信満々の様子で、そう言うのである。
だが、事がそう単純であるとは思えなかった。内藤、波多野は累代に渡り、丹波の覇権を巡って争ってきた。共に、幼い頃より憎むべき敵、滅ぼすべき仇と教えられ、育ってきた両家の指導者たちが、そう容易く和睦を受け入れるとは思えなかった。
「それを成してこその天下人ではござりませぬか!」
主税助はぴしゃりと言い切って、反論に励む諸将を制すると、改めて主座にある孫次郎範長のほうを見つめた。
「…主税助。やれるか?」
彼は、まじまじと主税助を見つめた。
「お任せくださりませ!」
岩成主税助友通は、胸を張って、殊更大きく頷いた。
「俺は正室を迎えることになるらしい」
と、範長は溜息混じりに、雅の方にぼやいていた。
「御正室にございますか? …波多野家の姫君様だと、小耳に挟みましたが…」
「あぁ。岩成辺りが五月蝿くてな。ま、いざというとき、摂津の真北にある丹波が味方であることに越したことはないが…。ま、骨の折れることよ。波多野と我らが結べば、内藤殿は表面的にはどうあれ、内心は歓ばれんであろう」
「…左様にございますね」
雅の方とて、三好家を取り巻く政治情勢ぐらいは承知している。摂津を得、いまや名だたる雄藩と成おおせた三好家だが、更なる飛躍を目指すなら、後顧の憂いは完全に除いておかねばならない。そのために波多野家と結ぶのも、確かに面白い策であるように思えた。
ただ、そうした事情、範長の立場も全て分かってはいるが、しかし一人の女子としては、やはり彼が正室を迎えるという事実に対し、寂しさ、悲しさ、嫉妬など、ごく当たり前の平凡な感情を抱かずにはいられなかった。所詮、自分は側室扱いなのだと思うと、少し悲しくなったが、自身の出自を思えば、仕方ないのかもしれなかった。
「だけど、殿様って奴は、実に面倒な仕事だよ。…毎日休む間もなく仕事だし、今度は家の事情で結婚だからなぁ。辞められるものなら辞めてみたいものだが、そうもいくまいて」
などとぼやきながら、「ははは」と苦笑いする彼を、雅の方はまじまじと見つめている。不思議な人だと、よく思う。仕事をしているとき、あるいは仕事の話をしているときは、まさに物語に出てくるような英雄の如き顔をする。真面目で、凛とした気配を漂わせ、どちらかというと近寄り難い圧倒的な存在感があった。けれど、こういうとりとめのない雑談などしているときは、十七歳の少年らしい無邪気な顔をするのだった。
「それは贅沢と言うものですよ。御殿様のような立場になりたくても、なれない人が、天下には数多といるわけですから」
と、雅が言えば、
「左様か!」
範長は大きく頷き、「それもそうだ」と、嬉しそうに豪快に高笑いしていた。
三好家と波多野家の縁組を巡っては、波多野家というより、実質内藤家との交渉が専ら主になっていた。
なので、三好方の交渉担当になった岩成友通は、範長より補佐役として付けられた松永甚介を伴い、何度となく内藤家の八木城に足を運んだ。当初、内藤国貞は、三好と波多野の縁組話に対し、当然の如くよい顔をしなかった。
「無論、筑前守様が波多野と結びたいなら、我らに否やはない。どうぞ、御自由になされよ」
と、言葉こそ認めているようであったが、その殺気だった、棘のある口調は、明らかに不承知と言っているようなものであった。
ただ、その程度で岩成主税助としても引くわけにはいかなかった。彼にしても、今回の縁談は、彼の今後の出世にも大きく関わる大事だった。失敗するわけにはいかないのである。
「此度の縁組を持って、我が殿としましては、内藤殿と波多野家の和睦のきっかけにしたいと考えております」
そう主税助が言うと、内藤国貞はムッとしたように、
「筑前殿とて我が家と波多野が長年に渡り対立を重ねてきた因縁の間柄であることは御承知のはず。…無論、三好政長により追い詰められた折に助けていただいたこと、さらには先の戦いにより波多野秀忠にこの城を攻め落とされた際も、筑前殿のおかげで取り戻すことが出来申した。その恩義、この国貞、一日たりとて忘れてはおりませぬが、だからと言って波多野との和議などもってのほか」
と言って、もう聞く耳すら持たなかった。
なので、岩成友通はやむなく退出したが、決して諦めたわけではなかった。
だから、翌日もまた現れ、国貞の説得に全精力を注いだ。三好範長と波多野家の姫の縁組は、内藤国貞と波多野秀忠の和議成立を象徴するものでなければならないのだ。もしも三好の力で、内藤、波多野が長年の諍いを忘れ、親密な関係を築くことが出来れば、諸国に三好の調停能力の高さを見せ付ける格好の機会となろう。
「全く、その方もしつこき男よのう。和議はならんと、何度も申しておろうが。…筑前殿が波多野家と結ぼうが、御勝手になされよ。我らが文句を申すことはない。それでよかろう」
相変わらず、国貞は素っ気無い態度に終始していた。そこには、波多野と同盟を結ぼうとする三好家に対する、露骨な不信感がありありと表れていた。
岩成主税助は、内心焦っていた。波多野と同盟し、その結果内藤が離反するのでは、何の意味もなかった。今回の縁組は、丹波を一つにまとめた上で、同国を三好家の影響下に置くことが最大の目的なのである。
だからといって、主税助には打つ手がなかった。内藤国貞はどこまでも波多野との因縁の対立関係を楯に、冷たい態度を崩そうとはしなかった。もはややむを得ないのかと、主税助自身、諦めようとしたその時のことであった。
「内藤殿は、実に無責任なお方でござりますな」
と、それまでだんまりを決め込んでいた副使の松永甚介長頼が言った。
「無責任だと? 松永殿、それはいったい如何なる意味かな?」
国貞がムッとしたのは、無理もなきことであった。余りに傍若無人な物言いに、岩成主税助も慌てて彼を見た。
「内藤殿は丹波守護代でござろう。即ち、丹波を治める堂々たる国主。そして、守護代としてみれば、波多野家も配下の大名家の一つに過ぎませぬ。その配下に対し、昔からの因縁を持ち出して、いつまでもぐだぐだと対立し続けているなど、度量が狭いといわざるを得ませぬ。また、丹波の安定を図り、民草の幸せを第一に考えねばならぬ守護代様が、自ら内乱の種を撒いておられるとは…、これを無責任と言わずして、何と言いましょう」
甚介の物言いに、容赦はなかった。そして、余りの正論に国貞は言葉を失い、主税助も呆然と彼の顔を見つめていた。
「それがしが内藤殿の御立場なれば、せっかくの和解の好機が目の前に転がっているのです。喜んで飛びつき、己の度量の高さ、深さを天下に示しますな。長年の対立も、民草がためには涙を呑んで我慢し、克服する。その素晴らしき姿を満天下に見せ付けてやります。そして、その上で三好家に対し、高い恩を売りつけてやります」
「…」
「内藤殿に御伺いいたしますが、いったい内藤殿は、いつまでこの無用な争いを繰り返すおつもりか? 波多野家が滅びるまででござりますか? だが、三好家を敵に回して、それができるとお思いでござるか? 越後に鞍替えするつもりだとしても、今のところ、当家と越後は晴元殿の下で手を結んでおりますれば、越後が内藤殿をお助けすることなどありませぬ。例えあったとしても、まともに御考えになられればお分かりでござろうが、越後如き、我らにかかれば大した敵ではありませぬ」
まるで歯に衣着せぬ甚介の物言いに、誰もが圧倒されていた。その余りに喧嘩腰な口調に、岩成主税助などは、はらはらと上座の国貞を見つめていたが、国貞自身、苦々しげに顔を歪めながらも、返す言葉もないといった風に絶句していた。
「…よ、よかろう。松永殿が仰せの如く、確かにわしは丹波守護代。守護代としては、長年の対立を乗り越えても、民草のために働かねばならぬ。そのために波多野との和解が必要なら、受け入れよう。た、ただしだ。そのためには、二つの条件がある」
「条件?」
岩成主税助が、不思議そうに首を傾げると、国貞は大きく頷いた。
「一つは、波多野秀忠殿が守護代たるわしの指揮下に入ることを正式に誓うこと。その証として、この八木城に伺候すること。そして、もう一つは、三好、波多野両家が縁組するのだから、我らとも縁組してもらう」
「な、内藤殿と縁組?」
仰天する主税助を尻目に、国貞はじろりと松永甚介を睨んでいた。
「縁組と言っても、何もわしの娘をやるとか、筑前殿から貰うとかいう話ではない。実際、筑前殿には姫君はおられぬし、その筑前殿も波多野の姫君を貰うのだ。そこにごり押しするほど、わしも我侭ではない」
「…と、申されますと、縁組とはいったい…」
主税助は、ただただ呆然と、わけが分からぬといった風に国貞を見つめていた。その国貞はというと、しきりにニタニタ笑うと、
「そこにおる松永甚介長頼殿を、わが嗣子に貰う」
と、言った。
「は…? ま、松永殿を嗣子に?」
「左様。…残念ながら、わしには跡継ぎがおらぬゆえなぁ。ただ、姫はおるから、松永殿には姫の婿となってもらい、いずれはこの内藤家を継いでもらいたいのだ」
「は、はぁ」
岩成主税助友通とすれば、どう答えてよいのか分からなかった。だからしきりに、話題の主役たる松永甚介を見るが、彼もまた当惑しきった様子で、困惑気味に呆然としていた。
「ま、そのこと筑前殿にお伝えくだされ。この二つの条件が認められれば、それがしは快く筑前殿と波多野家の姫君がご結婚を認め、今後とも変わらぬ忠誠を筑前殿に捧げましょう」
言うべきことだけきっぱりと言い切ると、後は清々しげな笑みと共に、颯爽と国貞はその場から去っていった。戸惑い、困惑している二人は、ただ呆れたように苦笑いするしかなかった。
「甚介と内藤殿の姫が?」
岩成主税助の復命を受けた孫次郎範長は、驚きを隠しきれぬといった顔をしつつも、冷静を取り戻すなり嬉しそうに高笑いしていた。
「よ、よろしいのでございますか?」
主税助は、まじまじと主君の顔を見た。
「良いも悪いもなかろう。先方がそうしたいと思っておられるなら、後は甚介の気持ち次第。甚介が良しと言うなら、余に何の異存があろうや」
と言って、からからと笑う三好筑前守範長であった。
肝心の松永甚介長頼は、ひたすら困惑しきっていたが、最終的には受け入れることにした。兄の久秀が、
「国持大名となる最初で最後の機会になるやもしれぬ。断るとは許さんぞ!」
という、半ば冗談、半ば本気の脅しをかけてきたことも、彼の重い背中を押したことは否めなかった。
かくて松永甚介長頼は、内藤家に婿入りすることとなった。
天文九年(一五四〇年)一月二十二日。
波多野家の姫は、厳かな行列を作って、越水城にやってきた。三好筑前守範長の正式な妻として、以後は三好と波多野を結ぶ大切な政治的架け橋、そして何より正室として、夫たる範長と三好家を支える役目を担うことになった。
そして一月二十五日。
三好、波多野両家の縁組ほどに立派ではなかったが、それなりの格式を以って、松永甚介長頼は内藤国貞の姫を娶り、その婿嗣子となった。それに伴い、内藤備前守長頼と名乗ることにした。
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