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【滅亡編】第179章 四国の支配者
 勝瑞城に入り、阿波国の支配権を回復して既に一カ月弱。
 阿波・讃岐二ヶ国の支配者として名実ともに三好家の総大将となった十河存保の威勢は、伯父長慶、実父義賢、養父一存、従兄弟の義興、義継には及ぶべくもないとはいえ、三好に存保ありと天下に示すには十分すぎるものとなっていた。
 十河存保は自らに臣従した豪族たちの領地を安堵するなどして領国支配の完璧を期しつつ、不安定要素として依然として同国内に存在している細川の残党勢力およびその首領である細川真之を叩き潰すべく兵を国中に派していたのだった。

 見事、阿讃両国の太守となりおおせた十河存保の抱く不安とは即ち細川残党勢力の掃討に手古摺り、その間に長宗我部元親が本格的に阿波に押し寄せてくることである。勝瑞城を奪取し、阿波国の大半が自らに従った今、存保にとって義兄細川真之などはっきり言ってとるにたらぬ敵でしかなく、最も厄介な敵は土佐一国を実力で統一した四国の梟雄長宗我部元親ただ一人なのである。
 が、土佐一国の長宗我部と阿波・讃岐両国の十河では実力伯仲。如何な元親といえどそう容易く阿波国に兵を出せるはずもない。かつてのように十河存保の背後にいる織田信長と同盟関係にあるならばともかく、今、信長と同盟しているのは十河存保なのである。即ち、存保は後顧に憂いなく全軍を長宗我部対策に投入できるのであり、十河の全軍と戦って絶対に勝てると断言できるほど元親も傲慢にはなりきれなかった。
 だからこそ、
「細川も存外だらしない」
 元親は岡豊城内でそんな風にぼやいていた。まあ、旧三好系豪族たちの支配に手古摺り、窮地に追い込まれた細川真之を見限って彼にまともな援軍を派さなかった元親にも、細川滅亡の責任はあると言えるのだが、それにしてももう少し細川には粘ってほしかったと思わずにはいられぬ身勝手な長宗我部元親なのだった。
「細川家は所詮、公家みたいなものですから」
 そう言って元親に同調しているのは彼の息子たる信親。聡明な若者と評判高く、元親にとっては目に入れても痛くない自慢の跡取りであった。
「確かに。だが、十河民部が阿波を手に入れたことは我らにとって実に由々しき事態。わが嫡子殿はこの事態、どう乗り切るべきと思うか?」
 十河家の勢力拡大に伴って、元親が裏で糸を引いていた讃岐国の動乱も鎮静化しつつある。十河存保は自らの実力と織田信長の権勢を背景に領国支配を急速に固め直してきており、このままでは織田軍の本格的支援を受けた十河勢により逆に長宗我部家が衰亡のどん底に突き落とされるということにもなりかねなかった。
「今は自重するよりほかに手がありますまい。父上もそうお考えになられたからこそあえて細川をお見捨てになられたのではありませぬか?」
 と、信親は言った。
「……まあな。だが、いつまでも自重はせぬ。いずれ機を見て阿波に出兵するつもりだが……。問題は民部大輔の背後に織田右府がいることだな。織田右府がいるとなるといささかわしも怯えずにはいられぬわい。なにしろわしは土佐の姫若子と評されたほどの臆病者だからな」
「ははは。されど左様に憶病な御父上だからこそ我が家はこれほどに栄えることができたといえましょう」
 信親の親泣かせな言葉に元親はらしくもなく涙し、そしてそれを押し隠すように豪快にからからと高笑いした。

 四国。
 とは四つの国が存在するためにそう呼称されている一つの大きな島である。
 四つの国とは即ち阿波、讃岐、土佐、伊予。
 そのうち、阿波と讃岐は十河存保の支配下に落ち、土佐は長宗我部元親のものだった。ならば伊予は……。その一部は十河家の支配下にあるが、そのほかの地域は、河野氏、西園寺氏、宇都宮氏といった豪族たちが根を張り、一種の群雄割拠状態であった。無論、これら豪族の中では中国地方の覇者たる毛利氏の支援を受ける河野氏が有力だったが、それとて群を抜くものではなく、結局同国が統一される気配は微塵も感じられなかった。そのため同国は四国全体の趨勢に対しなんら影響力を与えられる存在ではなく、天下の人々からもそのように見られていた。
 そのため十河存保と長宗我部元親、この両者のうち勝った者が四国を支配すると目されている。そして当の二人もそのつもりだったが、しかし四国の支配を目論見かつそれだけの実力を有している者はなにも決してこの二人に限った話ではなかったのである。
 即ち、今や近畿地方、北陸、中国地方と日本列島の中央部を悉く支配下に置き、その身は正二位前右大臣兼右近衛権大将と呼ばれる文字通りの天下人たる織田信長。
 壮大な琵琶の湖を眺めながら、自らの覇業の象徴と定めた大宮殿の最上部に鎮座した覇王はにやりと不敵な笑みを漏らして、そばに控える近臣の森蘭丸を呼びつけた。
「十河が阿波をとった。だが、余としては十河と長宗我部が同程度の力でいがみ合ってくれたほうが好ましい。このままでは十河の勢力が余りに強くなり、長宗我部が押されよう。で、蘭丸、そちならばどうする?」
 尾張一国すら統一できていない状況から始まり今や天下を統べるに至った覇王からの下問にも全く動じることなく、
「私ならば」
 と、答えられるところが蘭丸の非凡なところであったろう。織田家臣団内でその名を轟かす名族森家の御曹司だから信長の近臣に選ばれたのではないと言うことは、彼を見ていればよくわかるというものだった。
「私ならば、長宗我部との和睦をちらつかせて十河民部の動揺を誘います」
 蘭丸の言葉に信長も大いに満足したらしく、
「その通りだ。だが、だからといって今度は長宗我部が増長するようなことになっても困る。長宗我部にはせいぜい阿波の半分くらいの領有を認めてやるのが妥当なところであろうな」
 そう言って怒っているのか笑っているのか判別しにくい微妙な表情を見せ、彼はすっくと立ち上がった。
 
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