【雌伏編】第015章 元服
またそれから幾日が過ぎて世界は全く七月色に染まっていた。
本願寺との間に和議が成立し以来一ヶ月。別段何が変わったというわけでもなく、日々は相変わらず単調に流れていたが、この一ヶ月間、都にあって天下を極める細川晴元の栄華は確かに素晴らしいものがあった。
しかしながら……。
本願寺と和議が成立したからといって一向一揆なるものが完全に収束したわけではない。法主証如の意に従おうとはしない過激な門徒たちも大勢いるわけで、彼らは今もなおあちこちに蛮拠して細川政権と対峙する道を目指していた。
けれど、法主証如率いる石山御坊を中心とする本願寺教団が組織立って一揆を行うということはなくなったから、一部過激派が主導しているに過ぎないあちこちの一揆勢など強大な細川政権の前にはさしたる脅威でもなかった。晴元にしても、彼らが蜂起するたびに各個撃破していけばよく、確かに面倒ではあるが一揆の発生を理由に各地の諸大名の内政に介入できるようになるなど、政権の地方支配力は格段に高まることになったから満更悪い話ばかりでもなかった。
八月一日。
三好千熊丸は元服した。
烏帽子親は晴元が務め、烏帽子名も晴元がつけた。即ち、千熊丸は元服と同時に、人質としてではなく、正式な細川家の被官として晴元に仕えることを認められたというわけであった。
無論、元服し、細川家の部将になったからといって彼が国許に戻れたわけではない。ただ頻発する一向一揆の鎮定を命ぜられたときなどは、国許より軍を呼び寄せ、畿内の各地を転戦する、というようなことは度々あった。
何はともかく、千熊丸は齢十一歳にして元服を済ませ、その名を『孫次郎利長』とした。利長のうち、長は三好家累代が受け継ぐ伝統ある通字であり、利については、利発な彼を表すに相応しき文字との理由で、晴元がごり押ししたものだった。
かくて三好孫次郎利長となった彼は、晴元の推挙により従五位下伊賀守に任ぜられることとなった。
「できれば筑前守がよかったよ」
孫次郎利長は度々そんな愚痴をこぼしている。
「筑前守はわが三好家の当主が代々受け継いできた伝統ある官位ですからな」
相も変らぬ主君の様に、呆れたような顔をして岩成主税助友通は言った。
今、三好孫次郎は、摂津下郡で発生した一向一揆を鎮圧すべく手勢二千を従えて出陣していたのだが、これがまた実に弱いのである。欠伸が出るような退屈な戦を終えて帰路につく途上で、そんな愚痴を心の置ける側近たちの前でぼやいていたのだった。
「元々は晴元様も筑前守を御認めになっていたようですが、越前殿の猛反対を受け、やむなく伊賀守で収まったそうです」
と、孫四郎長逸が言った。
「また越前殿か……。全く、あの御方ときては、未だ宗家の家督を狙っているのか? 無駄なことを」
岩成主税助は憤懣やるかたないといった顔をして、溜息混じりにそうぼやいた。
三好家中の者たちにとって、三好越前守政長は天敵以外の何者でもない。先君元長を滅ぼし、孫次郎利長を苦しめ、今もなお宗家の家督を狙っている途方もない仇敵だった。当主たる孫次郎が半ば人質に近い状態で晴元に近侍しているがゆえに、家中の過激派も辛うじて耐えているが、そうでなければ政長を殺し、先君の恨みを晴らしてやると公言している者は一人や二人ではなかった。
だから、家中の者たちは、今回の除目で分家の当主に過ぎない政長が孫次郎と同じ従五位下に任ぜられたことすら許せないのだった。
「ま、いちいち気にしても仕方ない。今のところは伊賀守で満足しておくべきなのだろうな」
などと言って、孫次郎利長は逸り立つ諸将を制して「ははは」と高らかに苦笑いした。
九月六日。
またしても一揆という。芥川山城の晴元の下にも急報が届き、彼は早速、三好孫次郎利長を呼び寄せると、例によって城下に駐屯している彼の手勢に討伐を一任したのだった。
「またも出陣だ」
城下の三好屋敷に戻ると、孫次郎は困ったように溜息を吐いた。
「今回の一揆勢はなかなかに強大らしく、既に越水城を奪い、そこを根城に勢力を増大しているという」
そんな孫次郎の言葉に、居並ぶ群臣はどれもいきり立つ戦意をその全身に滾らせてニタニタと笑っていた。
秋風がそよそよと舞う。未だ厳しい残暑を振り払うように孫次郎は外に出た。
彼は、余り戦というものが好きではない。響き渡る喊声。それ自体は決して嫌いではなかったが、その後に必ず付属する悲鳴や絶叫が嫌だった。殺し、殺され、ただそれを繰り返すだけの戦いに何の意味があるのだろう。戦いのたびに彼はそう思う。
だが、戦国と呼ばれる世界に、大名家の嫡子と生まれた以上、戦いを避けることは許されない。しかも、今の自分は紛れもない当主として数千の家臣を守らねばならぬ立場にある。
孫次郎はぼんやりと空を見上げた。これから自分はどうなるのだろう。どうすべきなのか。とりあえず今のところは晴元の命に従い、兵を率いて過激な一向門徒どもを退治せねばなるまい。
だが……。
いつまでもこんな境遇に甘んじているわけにはいかない。偉大な曽祖父、父の後を引き継ぎ、三好の総帥となった以上、少なくも昔の如き勢威を取り戻さなければならない。亡き父の恨みを晴らし、父が抱いた夢を実現に導かねばならぬ。戦は嫌いだ、などと甘いことを抜かしている暇はないのである。
「何はともかく、敵は倒さねばならんな」
と、一人小さく呟きながら、彼はまた部屋のほうへと戻っていった。そして、居並ぶ諸将に対し出陣命令を下したのだった。
九月二十三日。
この日、三好軍を主体とする細川軍五千余騎は、越水城を包囲し、立て篭もる一揆勢と対峙した。
孫次郎は聳え立つ越水城を見上げると、
「はぁ」
と、いつものような溜息をボソッと吐いた。
「申し上げます。城に立て篭もる一揆勢は、およそ一千から二千の間と思われます。…ただ、内部では主導権を巡って対立も発生しているらしく、案外容易く攻め落とせるものと思われます」
そんな報告に耳を傾けながら、孫次郎はにっこりと微笑み小さく頷いた。
で、早速評定を開くと、案の定、
「総攻撃あるのみ!」
と、声高に主張する主戦派が圧倒的多数を占めていた。一揆勢に細川軍の強さを思い知らせ、今後の見せしめにするのだとする考え方であったが、肝心の総大将格である三好孫次郎にそのつもりはなかった。
「こちらが優位にあるなら、あえて攻め寄せて犠牲を出す必要性はない。降伏勧告の使者を出し、平和裏に勝利を掴むべきだ」
と言って、彼はいきり立つ諸将を制した。
それでもなお、主戦派は圧倒的な勢いを保っていて、孫次郎の示した方針を素直に受け入れようとはしなかったが、何はともかく形式的に降伏を勧告するぐらいは良かろうと言う岩成主税助の意見もあって、彼らはようやく納得したのであった。
結局、一揆勢は形だけの降伏勧告に応じる形であっけなく開城した。やはり一揆方も怖かったのだろう。絶対的な死を前にして臆したに違いない。それが人間として当たり前の感情なわけで、降伏勧告を強行した孫次郎としてもいくらか気分は良かった。死にたくない、生きたいと思っている人間を殺すことほど後味の悪いものもない。
兎にも角にも一揆軍は降伏した。主戦派諸将にとっては、悔しくはあっても、降伏した相手を滅ぼせ、などとは言えない以上、この結果を素直に受け入れるより他に仕方がなかった。
ただ、細川軍を構成する豪族の一人たる伊丹親興などは、
「伊賀殿(孫次郎)は甘すぎる。これでは、一揆どもの根絶は不可能だぞ」
と言って、腹立たしそうに孫次郎の本陣を後にすると、逃げるように自らの陣へと戻ってしまった。そんな彼の後姿を眺めつつ「これでよいのだ」と、孫次郎少年は一人心の中に力強く何度も何度も頷くのであった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。