第一章・第一話 再びの大地04
「あ、由那。おっはよー!」
一夜明け、約束の集合場所。寝不足で少々頭痛気味な由那を尻目に、常に元気120%のお気楽友人(由那命名)である有紗が盛大に手を振ってやってきた。
当然、それを見た瞬間苦笑と共に盛大に呆れた事は言うまでもない。
「おはよう。集合ギリギリだよ有紗。もう皆そろってるのに」
集合時間ちょうどに現れるのは、この常に元気120%(省略)の集合時間5分前行動もとい、『集合時間ジャスト行動』というクセだ。これは本人の自称だが。
何故かそれをモットーとしている友人には、かえって指摘する方が余計と言うように思えてくる。だからこそ由那以下他の友人たちもそれに対して文句を言いつつも怒ることが出来ない。別に遅刻はしていないが、さすがに常識を知ってほしいものである。
「ま、ちゃんと時間通りだから良いじゃん。それよりも由那…その服どうしたの?」
いつも通りの一言を答えつつ、有紗はまじまじと由那を見つめる。
普段カジュアルな格好を好む由那の今日の服装。いかにも『お嬢様』といった上品な秋色のピンク系ワンピースは、少し控えめながらも絶妙に由那の美しさを引き立てる。それに合わせて作らせたとしか思えない同系色の低めのピンヒールは、華奢で色白な由那にはこれ以上ないほどとても似合っている。
ただ問題なのは、何故由那がそのような格好をしているかと言うことだ。
「………………ちょっとね。色々とあって」
答える事も不本意だと言った様子の由那は、今朝の事を思い返していた。
娘への誕生日プレゼントとして両親(主に母)から今日用意された一着。嫌な予感がしたが、開けないのも失礼だと思ってとりあえず包みを開き、あまりの有様に絶句したのがこの服だった。
どこぞのパーティへ行く格好か! と怒鳴りたくなるほどの一品。まだ本格仕様じゃなく普段着に近いだけ救いかもしれない。
是非今日のお出かけに来て欲しいと目をきらきらさせて言った恋愛体質な浮気母のあまりのせがみように無碍には出来ず、しぶしぶながらその服を着た由那。それをとんでもないものを見るように大笑いした柳田を思い出し、ムカムカしてくる。『そ、それで行くのか?』と、笑いを抑えながら震える声で問いかけた柳田は当然後で叩きのめす予定だ。
当然ながらこの服装を見た他の友人たちも『どこのお嬢様かと思った』と驚いた様子だったし、今日の主賓であるのに一番真っ先に着いた由那は、友人が来るまで幾度と無くナンパされまくった。それは一概に服装のせいだけとは言えないが。
嫌っているとは言え、こういった気持ちを無碍に出来ない律儀な自分が憎いと今日ほど悔やんだ日は無い。
「ふ〜ん? まあいいけど。由那そういう格好似合うもんね。やっぱり本当のお嬢様だし」
やっぱりお嬢様服らしい。これでも数あるこういった手の服の中では控えめな方なのだが。
有紗は暢気に友人たちとお互いの意見の一致を確認している。他の友人もそれに同意しているところが更に由那の寝不足による頭痛をより酷くさせる。
「言うの遅くなったけど誕生日おめでとう、由那。プレゼントは私の愛だよ?」
「ありがとう。じゃあ、有紗の一生分の愛情表現として今すぐあの広場の噴水に飛び込んでみよっか?」
笑って冗談を言う友人に、にっこりと微笑んで由那は噴水を指差す。行って来いと、とても面白そうに笑っている由那の表情は、傍から見てまさか嫌味など言ってる様には見えないだろう。
上品な服装の可憐な少女が絶世なる微笑みを浮かべて友人と優雅におしゃべりしている。その程度に映っているに違いない。
ましてその『服装』に対しての不満を抱え、憂さ晴らしに噴水を指差しているなど思うはずも無い。
「……ごめんなさい。プレゼントは後で渡しマス」
「そう? 残念ね」
ころころと声を出して笑う。まさに鈴を転がすようなそれは、今まで有紗が由那との長い付き合いで学んだ中の『楽しそうな微笑み』と言うやつだ。
楽しそうな微笑み。周知の通り、それは見たままの事ではない。
人で憂さを晴らしたり、皮肉ったり、からかって反応を見たり、不機嫌さを隠して見下したりする時の心底『楽しそうな微笑み』なのだ。ちなみに由那の『にっこり微笑む笑み』もそれだ。
さすが柳田仕込みの教育結果だ。見事に柳田2号である。
「そろそろ移動しようか。比較的暖かい日だけど、外にずっといたらさすがに寒いもんね」
由那の不機嫌さを直接受けていない有紗以外の二人の友人はその言葉に頷いた。異論ない有紗も引きつった笑みを浮かべながらそれに返答はした。
「わ。懐かしい…」
格好のせいで終始有紗を突きまくった由那は友達からのプレゼントを抱えながらの帰り道、少々寄り道にとある場所へ向かった。
「この公園、桜の名所になってるからお花見とかで私はよく来たりするけど、確かに由那の家からだと第一公園の方が近いよね」
友人の一人、理美が笑いかける。もう一人の友人は佳奈というが、彼女は家の都合で一足速く帰ってしまった。これからピアノのレッスンがあるそうだ。
理美は家がこの公園の近所で、由那が彼女と友達になった場所がこの公園なのだ。それが小学校低学年くらいの頃で、当時ここは由那の最もお気に入りの場所だった。
それはこの友人やたくさんの仲間と遊んだ楽しい場所と言う点もあり、それ以上にまだ家に帰ってくる機会の多かった父と夜遊び癖の少なかった母と良く出かけた思い出のピクニックコースでもあったからだ。
だがそれは両親との深い溝とともに苦い思い出の場所となり、小学校高学年になる頃にはすでに足も遠退いていた。むしろ今は最も忌み嫌う思い出のある、嫌悪する場所とでも表現するべきか。
「そうだね。お花見は確かに家の付き合いで色々と行くけど、ここに来るのは本当に久しぶり」
一番付き合いの長い友人に答え、由那は遠い過去の日を思い起こす。穏やかで煌いていた、希望があった幼き日々を。
「理美とはここで一緒に遊んだ思い出が一番多いよね。佳奈は四年の時のクラス替えで一緒になったし、有紗は中学からの付き合いだもんね」
だからこの公園の桜は理美と自分の二人しか知らない。と言うように由那は11月の紅葉を終え、冬の訪れを感じさせる落ち葉の舞う閑散とした公園を眺める。
比較的暖かい日だったせいか、公園には休日でもあってかそれなりに人の姿がある。しかしあの頃の、満開に咲き誇る桜を背に駆け回ったあの日々に比べたら、ここを訪れる子供たちも少なくなってしまった。
「……?」
物思いにふけっていたせいか、由那は第一に自らに起こった事態を把握する事ができなかった。
不意に届いた芳しい花の香り。
例え今日が例年よりも暖かい一日であったとはいえ、もうすぐ12月に入ろうという季節。ありえないその香りに、由那は暫く伏せていた瞳を開く。
「う…そ……」
いくら思い返していたとしても、それはあまりにも異常なことだ。
由那の目線の先。驚きに身動きすらまともに出来ずにいる彼女の目の先には、春の情景を思わせる桜並木が美しく咲き誇っているのだ。
「ふ…、そんな、ありえない…」
こんな異常事態にも拘らず、穏やかでいて鮮やかな弁天を綻ばせる桜の木々。呆然とした、引きつった苦笑しか出てこない。こんな異常事態は決して起こることが無いはずなのだ。
そして不意に、由那は気がついた。
今まで目の前にいたはずの友人二人の姿が見えないことに。少なからず公園で遊んでいた子供たち、それを見守る母親や散歩に訪れていたであろう人々の姿が消え失せていることに。
まるで嘘のように静まり返った、この状態には不釣合いなほどに美しい桜吹雪の舞う不気味な公園。そこに佇むは自分一人であることに。
「――っ」
声にならない違和感。それと同時に、いやに冷静な確信を抱く。
りん――。と。
鈴を鳴らすような音が響いた。
吹雪く風。舞う季節外れの桜の花びら。その様は、恐らく何事も無ければとても綺麗で幻想的な風景として映ったであろう。
しかし由那はある一点のみを凝視する。いや。睨みつけていたと言っても過言ではない。
次第に強くなる不思議な音階の鈴の音。それに呼応するように荒れる桜吹雪。それは何時しか由那の周りを、辺り全てを包んだ。
だがそんな異常事態にも拘らず、由那はある一点だけを見据えてそれを逸らさない。
『――』
何者かが名を呼ぶ。
由那はその声、その名の意味に目を見開く。弾かれたように体をビクつかせる。
正確には、その声は『声』ではなかった。
脳に直接響く念のようなものだったが、それに驚愕したのはただ単に驚いたからではない。そのことが信じられなかったからだ。
「…っ」
由那は即座に理解した。いや、すでに確信はあったのだ。ただ頭が受け付けなかっただけで。
苦い表情を伴った由那の体を桜吹雪が引き込む。彼女が見つめていた、ただ一点に。
由那は抵抗を諦めた。いや。抵抗しても無駄だと悟った。
そして彼女は覚悟する。
己が向かう世界に。彼女が向き合う過去に。そしてこれから歩む、未来に――。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。