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  時の息吹 作者:立羽
第一章・第三話 復活の儀式10
「ははははは!!  こ、これで、これで果たせる。我が一族の悲願。念願の復活の儀。復活の儀式。儀式が今…!」
 言葉遊びでもしているように、似たような言葉を何度も何度も繰り返すオークルード。既にいかれたとしか思えない狂いようで続ける詠唱によって、禁忌の術が完成しつつある。
 それを完全に傍観しきっている由那は、静かに事の次第を覗う。
 どうせ、これが完成する事は無い。その確かな確信があるからこその傍観だ。
「ついに…。ついに成る。これで、これで…!」
「…………」
 勝手に盛り上がっている。その何とも哀れな様子に、すっと目を細めて冷ややかな視線を送る。
 愚かな目の前の男は、それすらも気づいてはいないだろう。
「あははははっ! 見よ。これで私は。私は…っ!」
 完璧に己を失い、狂気に満ちた真紅の瞳。
 己が欲望のまま、崩壊の一途を辿っていたそれはしかし。次の瞬間、大きく見開かれる。
「な…っ、一体…なにが…」
 完成に近づきつつあった禁忌の術。
 いかにも怪しげな赤黒い紫の光を発していた術式は、ほんの瞬きすら出来ぬ一瞬にして霧散した。その光も微かに、完成間近だった印の周囲は、一切の力の脈動すら感じさせない。
 あまりにも突然のことに茫然自失するオークルードだったが、それでも光は完全に色を失ったわけではない。
「くっ…!」
 そのことに気が付いた彼は、必死になってその光を絶やさぬように策を講じる。なんとか再び光を取り戻さんと試行錯誤を繰り返す。
 なんとも必死なその様に、由那はどう動くべきか暫し悩む。
 だが彼女がとるべき手段は、初めから一つと決まっている。今さら、あるはずの無い情けを掛ける迷いは微塵もない。
「無駄ですよ」
 カツンと、よく響く足音を響かせて立ち上がる。
「何をしても、それは決して発動しません」
 一歩、また一歩。ゆっくりと、だが確実に、由那はオークルードへと歩み寄る。その口元には不敵なる微笑みを浮かべ、表情は勝ち誇ってさえいた。
 その自信たっぷりな様に、必死だったオークルードの形相は苦く、より歪んでいく。
「き、貴様…っ! 私の術式に一体…、一体何をした!」
 人としての正気を失ってしまった今の彼は、神をも恐れぬ何とも哀れな屑へと変わり果てたようだ。まだその辺のごみの方が価値がある。塵はそれでも再利用する事が可能だから。
 由那は、噛み付かんばかりの勢いで睨み見るオークルードを平静に一瞥しただけで小さく息を付く。屑とまともに相手をする気などない。必要性をまったく感じない。
「別に何も。今この状況で、たとえこの私が手を出しても、すでに手遅れだということは火を見るまでもなく明らか。だというのに、私に一体何が出来るというのですか?」
 一瞬視線を流したあとは、一切目を合わせる事はせず、由那は淡々とした口調を紡ぐ。
 そう。たとえこの由那でも、ここまで進行した禁忌の術を一瞬にして消し去ってしまう術は持ち合わせていない。
 巫術は自然の法則に則った術。全てにおいて万能というわけではない。当然、それ相応のリスクもある。
 由那の持つ力と術構築に長けた能力があれば、確かに現状でもねじ伏せる事は可能だった。だが、やはりそれも荒業であり、こうも簡単に消し去ってしまえるわけではないのだ。
「でも、そうですね。これは私の業だということは言っておきましょう」
「ぐっ…、貴様…!」
 指一本すら動かしていないはずの由那は、この事態を自分の業と言う。それを忌々しげに聞くオークルードは、今にも襲いかかって来そうなほどの殺気を放っている。
 当然それを軽くかわしながら、さも面白そうに笑みを深くする。これは完璧に相手をおちょくっている。
「私やシャオを欺いていた力はさることながら、この術に関わる構築力も彼から与えられていたみたいですね」
 どんなに気配察知の術を行使しても掴めなかったオークルードたちの気配。実際に相対して、これほどまでにちっぽけな術者が犯人だったのかと肩を落としたくらい、由那はオークルードの力の無さに呆気にとられた。
 貸し与えられた力が故に粗のあったステルス。何度も違和感を感じ取れたのは、扱う者の未熟さ故という事だったのだろう。
 だが、いくら強い力を与えられても、制御できなければ意味がなかったということ。
「あなたの敗因。それは、扱いきれない力にも拘らず、強大な力を手にしたことに驕り、そして事を急いだこと」
 確かに、それを掻い潜って感知した時に感じた気配はあまりにも小さく、一連の犯人だと確信を持つには由那も納得がいかなかった。そして、犯人が事件を隠したがっているという事は失踪者のことから見て取れたが、なんと言うか、あまりにも全体的に計画性に欠けているとも思っていた。
 捜索隊全員で森へ入る前夜に雨が降ったにも拘らず、人々を浚っていた魔物の正体がビグレイブだという点で、犯人は絶対に魔物ではないということは十分分かっていたこと。しかし余計な事は告げず、事件は解決したと人々を安心させるために由那はこの策を逆に利用させてもらったわけだが。
 なにせ、ビグレイブは雨を嫌う魔物だ。雨を避けて藪の中に足跡があるならまだしも、ディックたちが見つけた足跡は誰でも見つけられそうな開けた場所にくっきりと残されていた。これでは意図して残されたと説明しているようなものだ。
 それに加え、ビグレイブと交わした会話の中にも違和感があった。
 あの魔物は巫師を敵視して由那の問いになかなか答えようとしなかったが、唯一失踪者たちの居場所はすんなりと吐いた。これは、そう言うように指示されていたと容易に判断できる。
 そしてもう一つ。ビグレイブは由那を下等な巫師どもと表した。下等な巫師ではなく、下等な巫師『ども』と。
 その言葉から導き出されるものは、ビグレイブは由那以外の巫師と接触したということ。そして、その者はビレフでは決してないということだ。何故なら、彼はビグレイブを見て混乱状態に陥っていた。もし、ビレフがビグレイブと面識があるのなら、まず彼を見て逃げ出すことはしないだろう。
 士気を落とすための作戦と取れないこともないが、あの虚け者にそれほどの演技力があるとは思えない。あの時の悲鳴は、どう見ても心底恐怖していたように見えた。
 そういう点から、裏で糸を引く一連の犯人像が由那の中で出来上がっていったというわけだ。

 だが、明らかになっていく事件の真相の中でも、解せない点もいくつかあった。
 それは既に由那の中では解決済みだが、この目で確認するまではどうか嫌な予感だけであってほしいと願っていた部分だった。
 一連の犯人の計画性のなさに、しかし妙に巧妙に逸らされている感。そして察知した気配の力の無さで疑問に思った、人知を越えた力を持つ者のこと。これらは全て否定したいものだったが、しかし運の悪い事に予想が全て的中してしまった。
 この上なく苦い現実ではあるが、とりあえず今はオークルードを捕らえることが先。それ以外のことは考える必要は今のところ無い。
「恐らく紅蓮の炎もシャオによって捕らえられている頃でしょう。往生際の悪い真似はせず、大人しく投降していただければ私としても楽なのですが」
 むろん抵抗されても簡単に捕らえることは可能だ。しかし、ここまで追い詰められたのだから、潔く捕らえられて欲しいというもの。
 これ以上の面倒は、さすがの由那も寛容ではいられない。
「ぐっ…。ふ、ふざけるな! 誰がそんなことするものか!」
「………」
 予想通りの回答に、少々機嫌を悪くする由那。彼女が機嫌を損なうことの恐ろしさは、不運な事に彼は知らない。由那のこれで被害を受けた者たちは、残念ながらこの場所にいないのだから。
 見るからに黒いオーラを纏っているというのに、表情はこの上なく穏やかだ。怖い事この上ない。
 普段ならば意図して隠している力も、非情なまでに性格の悪い本性も、今この場所では隠す必要もないわけで。
 まったく、本当に。オークルードは、とことんついていない星の下に生まれたのかもしれない。
 鮮やかで酷薄な微笑み。これ以上屑には付き合っていられない、と表情だけで副音声が聞こえてくる。
「わ…私は…、私は必ず。必ず一族の悲願を遂げる! 必ず、絶対に!!」
 由那の表情で、暫し正気を取り戻したらしいオークルードだが、言っていることはさして変わっていない。
「そう。では、それで? 次はどんな応手を導き出すのです?」
 鼻で笑う。さも馬鹿にしたように。
「くっ…」
 詠唱途中で散り散りになった禁忌の術を、何とか再構築しようと試みる往生際の悪いオークルードに、由那は小さくため息を漏らす。
「無駄です。あなたの術は最初から成ることが無いと決まっていたんですよ」
 淡々とした口調。
 それでもまだ穏やかであるのは、せめてもの哀れみといったところ。でなければ、普段どおり彼女の憂さ晴らしの餌食となっているだろう。
「あなたの構築力の無さは、エントランスの結界で十分理解してましたし、恐らくその術の9割は彼が手助けしたのでは? その左腕に内包した力によって。
 生憎と私は術の解析も得意なので、その辺のクセを見れば、何が重要でどの印が要となるのかが分かってしまうんですよね」
「っ…、まさか…!」
「ご明察。この禁忌の術で最も重要となる、人々から奪った生命力を蓄積しておく印。いくら力を分け与えられていたとしても、あなた程度の器に力を蓄積しておくには限界がある。それを貯蓄する場所は、奪った生命力の元々の持ち主たちがいる町に近い場所が好ましい。より近ければ、束縛する力も最小限で済みますからね」
 にっと口元を吊り上げる。
「そこに私の印を組み込ませてもらいました。元さえ断ってしまえば、構築印はただのらくがきですから。…ね?」
「き、貴様…!」
 ふふふ、と首を傾けて含んだ笑みを見せる由那。そろそろ王手だろうか。
「それと、あの仔羊から奪った光の力も私がその印から解放し、既にあの子に返してあります。何やら小細工をして一匹だけ攫ったつもりでしょうが、羊飼いを舐めないで頂きたいですね。彼らは羊一匹一匹の顔の区別がつくようですよ。なので、とても早い段階で羊が消えたことに気づいていました。
 まあ、とにかく。最後の仕上げに必要だった光の恩恵もないのですから、当然術は発動なんてしませんよね」
 もう説明などせずとも分かるだろう、とでも言うように、視線を投げつける。
 あの仔羊とは、由那が早朝の散歩で保護した迷子の仔羊である。偶然を装っていたが、もちろんこれを見越してのことだった。
 人々から禁忌の術を発動するに十分な生命力を奪った後、犯人が必要とするものは光の力。それが分かっていたからこそ、由那は光の加護を多く受けた存在に目をつけていた。
 羊は光の恩恵を与えられた獣。光のイブリースの加護を受けた魂。
 つまり、生まれて間もない仔羊はその力の加護が色濃く残っているため、光の力を得るには十分な存在だ。当然、オークルードもその光の恩恵を調達するために仔羊を狙っていた。
 良心の呵責からか、命までは奪う事のなかった失踪者たちとは違い、仔羊の方は無遠慮に光の力を吸い取られていた。発見が遅ければ、また、由那の治療術がなければ、仔羊は確実に命を落としていただろう。それほどまでに衰弱していた。
 あまりにも非道な、これほどまでの大罪を重ねたこの男を許しては置けない。むろん許すつもりなどない。
「愚かですね。私に勝てる人間などいはしませんよ。それが分からないほどあなたも馬鹿では無いでしょう?」
 逆上するオークルードに、これ以上ない至上の微笑みを携えた由那の残忍な言葉。
 一笑する彼女の表情は、人ならざるもの。
「無駄な事は初めからするものではないですよ」
 闇に落ちた一言。
 そう微笑みながら向けられた、一切生を感じられない冷めた視線は、オークルードからすべてを奪い去った。


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