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満月の輝き
ガバッ、と勢いよくソファから跳ね起きる。
予想通り、と言うべきなのだろうか。汗だくである。
先ほどまで、氷水の中に浸かっていたはずなのに、と不思議な気分になる。

「あっちぃ…」

死覇装の襟を片手で広げて、風を送っていた。流れてくる汗を手の甲で拭い、ふぅ、と一息つく。
ぼんやりとただ前を見て、ハッと気がついた。
右手の痛みが無いのだ。どうやら、観念してくれたらしい。あれだけでいいのだろうか、とも不安になったが、傷が消えているのだからまあいいのだろう。

「……」

右手をきりりと見つめ、握ったり、緩めたりしてみるが、なんら異常は無い。
ふわりと、風が窓から流れ込んできた。汗で首に張り付いていた銀髪が、それでふわりと流れた。
しかし、暑いことには変わりない。
日番谷は我慢できなくなり、勢いよくソファから立ち上がって、死覇装の上を脱いだ。
と言っても、袖を抜いただけである。普段、恋次や一角が修行中にしているような、していないような格好だ。ここに初心な女子が居たら、まず卒倒しそうな色っぽさがある。
襟足が少し眺めの後ろ髪を片手で少し上げると、先ほどから吹いている風がするりと首に巻きついてきて、一気に体感温度が下がる。

(そういや、松本はどこに行きやがった…?)

俺が寝る前には、確かにそこの机に付いて、仕事をしていた気がするが。
そう思いながら、乱菊が仕上げたのであろう資料を何気なく一枚、パラリと見つめた。
彼女にしてはやけに真面目にやっており、全ての仕事をやり終えているようだ。雪でも降るんじゃないか、と日番谷は思う。
と言っても、尸魂街での雪は、ほとんど日番谷が降らせることが多い。大半が、乱菊のわがままに寄るものである。自然に雪が降ることもあるが、そんなもの、本当にごく僅かなものだ。
日番谷は、立てかけてある氷輪丸に手をかけた。
案の定、何の反抗も起きない。
終わったのだ。本当に。日番谷は、この瞬間に、やっと安堵のため息を、心の底から零した。

…と言ってもだ。
わざわざ総隊長に

「無事、終わりました」

なんていうのも、何だかつまらない。
まだ、子供なのだろうか。何か、サプライズのような事がしてみたかった。そう、何も言わずとも、「大丈夫」だということを知らせる方法を、彼は一気に考えていたのだ。
雪を降らす。
そんなのはベタだから、まず避けたかった。氷輪丸にしかできない、他の事がしたい。
彼は、まだ子供だ―――…。


*****


「乱菊さぁ〜ん、そろそろ帰ったほうがいいですよぅ!」

雛森が、酔いつぶれながらもまだ飲もうとしている乱菊を止めていた。
京楽も、一緒に飲んでいるが、そろそろ酔いつぶれそうな感じがする。
因みに、吉良、檜佐木、阿散井はすでにそこら辺でふんどし一丁でぶっ倒れているところだ。

「乱菊ちゃん、今日は不思議と冷えてる。そろそろ帰った方がいい」
「じゃーあ、十番隊で飲みましょーよ!」

是が非でも飲みたいらしい。久々に仕事をしたから、ストレスが溜まったのか、それとも日番谷を気遣っていた疲れを、ここで晴らそうとしているのか…。
どちらにせよ、「外で飲んでいる」というのは、日番谷にとって、好都合であった。
これなら、総隊長に伝えるだけでなく、乱菊にも、そして、心配をかけていた雛森にも、回復した事を伝えられる。
ガラリ、と引き戸が開いた。
乱菊が、雛森に支えられながら、京楽に続いて出てくる。
ザリ、と砂を踏みしめる音が鳴った、その刹那。
ひょう、と風が吹いた。キラリ、と視界に宝石のようなものが見えた。
雛森は、それを目を丸くする。乱菊も、一気に酔いが冷めたように目を擦って、上空に顔を上げた。
キラキラと、それは落ちてくる。
京楽は笠を目深にかぶった。

「おやおや、こんな時期に、ダイヤモンドダストとは…珍しいねぇ…」

口元に、笑みが見える。
実はこの男、日番谷の不調を、さり気なく勘付いていた。
ついでに言うなら、これと同時刻。
このダイヤモンドダストを見た浮竹も、それに勘付いていたのだ。
彼の霊圧は、僅かながら、日に日に触れが大きくなっていっていた。よほどの者ではないと、これには気がつけない。

「隊長…」

乱菊が、小さく呟いた。真っ暗になった空から、星にも負けない輝きで、月に照らされながら、一粒一粒、最後まで輝き続ける。
殺風景なその道が、一気に幻想的な道に早代わりだ。
流石に、冷えてくる。
吉良、檜佐木、阿散井がこれで風邪をひいた、というのは、また別の話だ。

「む…?」

総隊長は、このダイヤモンドダストから僅かに感じる日番谷の霊圧を、探り当てた。ふと窓を見る。
彼が復活した、という紛れも無い証拠だ。
たった数時間、季節外れのダイヤモンドダストを降らせただけなのに、尸魂街は、まるで別世界になっている。
季節外れ、というのがまた良かったのだろう。
桜の花びらに、ダイヤモンドダストが降り注いだ。
その瞬間に、それはピンクの氷となる。
桜は氷の洋服を着込み、これがさらに幻想的な世界を作り出す土台となっていたのだ。

「治ったようじゃの、日番谷隊長…」


*****


実は日番谷、霊圧を極力小さくしながら、尸魂街のど真ん中にある一番隊の総隊長室の屋根の上に居た。そこで氷輪丸をそらに向け、ダイヤモンドダストを降らせていたのだ。
いつの間にか、日番谷の周囲では息が白くなるほどの温度低下が著しくあらわれていた。

「よし、そろそろ、か…」

尸魂街が氷の世界となった頃、丁度それは、満月が真上に来た頃だった。きらきらと光り輝く尸魂街を、こんな上空から見たのは、恐らく今、屋根の上に居る日番谷だけであろう。
これだけでも充分「回復」したということは分かるのだが、この少年は、まだなにかするつもりである。

「霜天に坐せ、氷輪丸」

しゅる、と滑らかに出てくる氷の龍が、尸魂街の空を滑った。
ダイヤモンドダストが降り注ぐ天に、氷の龍がゆっくりと、悠々と移動している。満月を通り過ぎるその龍は、輝き、とても幻想的に見えたそうだ。

氷輪丸の能力は、戦いだけじゃなく、幻想的な世界をも作り出すこともできる。
世の中、戦いばかりでは疲れるのだ。たまには、このような娯楽も必要である。例えば、幻想的なものを見る、などの事が。
もしかしたら、氷輪丸の反乱は、そのためのものだったのかもしれない。
みんなの疲れを癒す、最も手っ取り早い方法を彼と氷輪丸は、その二人の戦いの中にそれを見出て、そして、この行為に至ったのだ。
彼は、全てが終わってから、氷輪丸の刃を見て、クスリ、と小さく笑った。
満月が、それを見ている。





fin...
長編、終わっちゃいました(^^;
そんなに長編でもなかったでしょうか?
BLACKMOONの方が長編かな?
日番谷中心・シリアス。
初めての試みでしたが、なんとか終了させる事ができました。
感想をお寄せいただけると幸いです(^^*
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