挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
神影の彷徨 作者:ゆちゃあ
58/64

第六話 少女達 / 7




 人を好きになる。
 それは私にとって初めての現象だった。いや、正確には初めてというわけでは無いのかもしれない。ただ今回のみたいな本気さは今までには無かった。何処となくこの人好いなぁって思う事はあっても、付き合いたいという気持ちまでには発展しなかった。
 だけど今回は違った。私はあの人と本気で付き合いたいと思っている。

 でも、私とあの人は同性なんだ。





 放課後、いつも通り廊下で待ってくれていた三人と合流してお喋りを始める。たわいない話題だけれど今の私にとっては大切な時間だった。こうしている間だけ私は自分の抱えている砂袋の存在を忘れられる。それは今の私にとって救いだった。
 今日は酷く暑い日だった。そのため私達はずっと涼しい教室で過ごしている。皆口にはしないが暑い中を帰りたくないのだった。教室の中は冷房が利いていて何とも過ごしやすかった。冬では夏の頃の冷房を少し馬鹿らしく思ってしまう私だけれど、いざ夏に近づくとやっぱり冷房のありがたみを再認するもんだ。まあ夏は夏で、冬の頃の暖房を信じられなくなるんだけれど。
掃除が終わってほとんどの生徒が帰宅か部活に向かってしまってから一時間程経った頃だった。私達以外に誰もいない教室に訪問者が現れた。見なれた黒髪の人だった。
 その人は教室の隅から隅に目をゆっくり移して中を確認していた。私達と目があっても彼女は目を止める事は無かった。彼女にとって私達は、私は無意味な存在なんだろう。ここにある椅子机と同等、わざわざ目を止める必要のない存在なんだろう。
 私達は四人とも彼女が首を教室の中に突っ込んでいる間中ずっとその顔を見つめていた。綺麗な顔、その顔が自分達を迎える事無く過ぎていくのを目の当たりにした。そして廊下に引っ込んで行った。
「尼土さんかな」
「だろうね~」
 舞華と(もも)が顔を見合す。しかし瑠衣は私の事を思ってか、ただ静かに私に目を配らせるだけだった。
 クラスでは二人の関係が最近の話題の大部分を占めていた。二人とは尼土さんと、今教室を覗いていた一色さんの事だ。人々の口を賑わすのは当然のことだった。だってあの一色朱水が初めて友達と思われる人を作ったのだから。そしてその相手が相手だから更にその火薬が増す事になった。尼土有、クラスでも全く目立たなかった彼女は数日でその存在を目立たせていた。今ではこのクラスで彼女の事を知らない人なんていない。少し前まで一度たりとも話題に上がらなかった彼女は、たちまちクラスの有名人となった。元々可愛い人だからアイドル性もあり、広まるのは時間の問題だった。
 今では男子の一部が尼土さんに話しかける姿がしょっちゅう見られた。女子だって普通に喋っている。全く予想できなかった光景だった。いや、尼土有という女生徒を忘れていた私達には「予想」という言葉は合わないのかもしれない。
「一色さん最近尼土さんばっかり追ってるよね」
「うん。ばっかりというか初めてだと思うけど」
「何があったんだろうね」
 二人が、皆が疑問に思っている点の答を私だけが知っていた。いや、私と当事者の計三人か。きっと私がその当事者の片割れに特別な意識を持っていなかったらここでべらべらと暴露していただろう。でも私には出来やしなかった。一色朱水に一目惚れされた人物、それは妬み以外の何物でもなかった。
「瑠衣は何か知ってる?」
「いや、知らんねー」
 何時もならお喋りの中心であるはずの瑠衣は、この話題については常に全く乗る気配が無かった。何時だって話を逸らしたり、ぼかしてくれる優しい友達だった。
「そんな事よりさ、」
 こんな友達が持ててほんと私は幸せ者だと思う。


 部活に行っていた生徒が戻って来始めた頃、突然瑠衣が立ち上がった。私含め三人は瑠衣の突然の行動に驚くが、彼女は気にせずに鞄に荷物を詰め始めた。もう帰るのだろうか。まだ完全下校時間には時間があるし、外だって暑いままだ。
「ちょっとあたしこれから用があるから」
「あ、そうなんだ。何ナニ? デートですかぁ?」
「へっへー、大正解」
「……マジでっ? そんな相手いたの?」
「瑠衣ちゃんすごー」
 得意気な瑠衣に対して舞華と百は妬みなど一切無い絡みをする。そんな三人を前に私は何も言えずに身を固めていた。妬む心を持っている私は何で友達の晴れを素直に喜べないんだろう。勿論瑠衣に対しての妬みなんかじゃないのに。
「ま、相手はここにいるんですけどね」
「なんだそんな話か」
「び、びっくりぃ」
「え、私?」
 瑠衣が私の肩を掴んだのだった。
「そ、デートしようぜぃ」
「うん、良いけど」
 私の了解を聞き入れると瑠衣はさっさと教室の外へと歩いて行ってしまった。
「置いてくよー」
 私は慌てて鞄を掴んでその背中を追う。勿論二人に手を振ってからだ。


 追いついた背中に当然の疑問を投げかける。
「何所行くの?」
「んー、決めてない。何所が良い?」
「え、決めてないの?」
「へっへー」
 瑠衣は得意気にはにかむ。きっと愁えんでいる私を元気づけようとしてくれているのだろう。ほんと良い人だ。こんな子に彼氏がいないなんて男子は見る目無いよ……。
 瑠衣は今年の始めに告白をして振られた過去を持っている。あの時は見ていられない程顔から生気が抜け落ちていて辛そうだった。それでも今は復活してこうハツラツとして日々を過ごしている。私と違って瑠衣はちゃんと好きになる心を持っている。だから勿論私達の事は大切にして欲しいけれど、恋愛の方もまた再チャレンジして欲しいと願っていたりする。
「もう面倒だからポテト食いに行くか」
「うん、付き合うよ」
「付き合うちがーう! これはデートなんだから一緒に行くのは当たり前なの」
「はいはい」
 結局向かうのはいつものファーストフード店だった。私達にはそれがお似合いって事で。
「ふふふ、ひょんなルートから軍資金を得たので今回はあたしのおごりでっせ」
「うあーい、太っ腹」
「女子高生に使う単語じゃねーな」
 瑠衣は先に座っていてくれと私を二階に向かわせる。私は彼女の鞄を受け取って席をとりに階段を上る。今日は珍しく私達以外のお客は全然いなかった。女性二人が奥のテーブル席に向かい合って座っているだけだった。
 私がちょっと距離を置いて着席すると彼女達はチラリと私を見たが、直ぐに顔の向きを戻しお喋りを再開した。
「おまたせ」
 暫らく待っているとポテトの山が載ったトレーを持って瑠衣が現れた。その山の大きさは食欲以上にカロリーの心配を引き起こした。
「その量どうしたの?」
「いやぁ、一回くらいやってみたかったからさ」
 そりゃその気持ちは分かるけどさ。それにしても実際にやるとこんな怪物メニューになるんだね。そんな黄色い山を前に女二人でどうしろと?
 四人がけ用のテーブルの真ん中にトレーを置くと瑠衣は私の横に座った。対面すると話し辛いと思ったのだろうか。
「あはは、ちょっと張り切りすぎたかな」
「うん」
 まあ残った分は持ち帰られるし、そもそも私の沈んだ気持ちを押し上げようとしてくれてこんな事をしてくれているんだ、嬉しい以外の感情なんて無い。
 熱々の一本をつまんで口に入れる。
「おいしい」
「だね、あたしもそうだけどここのポテトは大手チェーンのよりもずっと美味しいからはまってる人多いんだよ」
 このお店のは皮が残っているタイプで、ジャガイモの味がしっかりあり、さらにカリカリとした触感がかなり利いている。これを食べると他のお店のポテトでは満足できないって言われているくらいだ。
「あの人達……」
「どうしたの?」
 瑠衣は向こうの人達に聞こえない様に小声で話しかけて来た。
「変わった服装してるな。この時期に黒まみれだぜ? それになんかアンダーが合気道のアレみたいな奴だ。それもお揃で」
 確かに二人が纏う服は異質な物だった。全体的に黒っぽく春を越えた今ぐらいの時期には珍しい。そして何より瑠衣の指摘通り、アンダーウェアであろうコートの様に長い白黒のそれは確かに歪さを演出していた。上着は洋服なのに、その一枚下が和服の様なのだ。
 気になるのでもう少し彼女達を観察してみたくなった。幸い二人はこちらの凝視に気付いてなく、お喋りに没頭していた。女性と思っていたが片方はどうやら私よりも年下な気がする。あどけない笑顔が幼さを際立たせていた。姉妹なのかもしれない。
「新手の、というか彼女達だけの個性的ファッションって奴ですか。あたしには理解出来んね」
「そうだね」
 服装はやや奇抜だけどお姉さんっぽい人はこんなお店にいるのが不思議なくらい上品な雰囲気を纏っていた。右側の横髪をくるりと大きく一回だけ巻いた特徴的な髪型は彼女の異質さをさらに助長しているけれど、ポテトを齧る仕草等から滲み出る雰囲気はそれを打ち消す程の物だった。妹さんっぽい人の方はサイドだけ外側に跳ねたショートで、後ろ髪はセミロングに片側だけまとめたサイドアップだった。こちらは言っちゃ悪いけれど子供っぽくてこういう店にいてもおかしくないと思える。
 時折聞こえてくる単語はこんなに静かな店内なのによく聞き取れなかったが、辛うじて「先輩」という言葉だけはしっかりとキャッチできた。つまり二人は先輩後輩関係らしい。後の言葉は音量としては盗み聞きに十分なはずなのに、外国語の様に聞こえたのだった。多分だけれど分からない会話をしていたって事かな。
「もう食べられないのか?」
 私が過剰に人間観察に集中してしまった所為で止まった手を瑠衣はつつく。
「ううん、まだまだお腹空いてるから平気だよ」
「おう、ならいっぱいお食べ」
 そう言って瑠衣は私の方にトレーをずらした。成程、瑠衣はもう駄目なのか。気持ち悪そうに口元を押さえていた。
「そうそう、これからどうするのさ?」
「これから? 家にそのまま帰ろうと……」
「いやそういう意味じゃない。一色さんだよ」
「……うん」
 とうとう本題に入る様だ。私は塩気の強いポテトをこちらも塩まみれになってしまった指で摘まむ。
「いっそのこと告白しようかなって」
「……本気で言ってる?」
「半分は」
 私だって分かってる。一色さんは私の事を微塵も知らないだろうし、出来たばかりの恋人を見限る様な人じゃないはずだ。基本的に瑠衣だって私の事を応援してくれるだろう。だけど今はあまりにタイミングが悪い、だから避けた方がいいという意味で言ってくれたのだ。勝算なんて零だった。
「これ以上私がのめり込まない内にきっかけが欲しいのかも。だってこれっておかしい感情だから」
 女が女を好きになるなんてやっぱりおかしいよ。
「そんな事無いぞ。人を好きになる事におかしな所なんて絶対に無い、あり得ないさ」
 瑠衣は優しいからそう言ってくれると確信していた。だけど私自身この感情に戸惑いを抱いているんだからしょうがないんだよ。
好きなのに、好きになりたくない。
「私さ、昔から人を好きになる事が無くってさ」
「そうだったな」
「だからこの感情に気付いた時、最初私は女の子が好きな人種なのかなって考えたんだ。ほら、生涯女性だけを好きになる女性っているでしょ?」
 私はレズビアンというカテゴリーの為の言葉を口にするのを躊躇った。
「最初はそれだと思ってたんだ。でもやっぱり違うみたい。私、戸惑ってる」
「それって単純に初恋の戸惑いなんじゃないか? 初恋の相手が女性だから発生してしまった戸惑いで、自分の生理的な嫌悪とは別だったりしないか?」
「……わかんない」
 正直、分からない。自分が分からない。
 もしかしたらこの感情すら自分を乙女に仕立て上げようとしている本能が纏った羊の皮なんじゃないかな。本当は恋なんてしていない、実際はやっぱり一色朱水という綺麗な宝石を指につけたいだけなのかもしれない。それこそ、飾りとして。もしそうだったら何て厭らしい感情なんだろうか。皮の中の動物はきっと狐なんだろう。
 私の中に私はいるのに、その私を理解できないでいた。
「だからきっかけが欲しい。多分振られればそれでけじめがつくんだと思う」
「そんな……理由かよ」
「消極的過ぎるかな。始めから振られるの前提だなんて」
 でも出てくるのは薄らとした笑みで、自嘲の心しか浮かばなかった。
「若菜の心がそれで回復方面に向かうならあたしも後押しするよ。でも傷が深まるだけならあたしは助けない」
 瑠衣はそのボーイッシュな雰囲気を更に強めて熱く睨む。怖いけれど、それは友情の裏返しなんだろう。
「私は……これ以上あの二人を見ている方が傷つくと思う」
「…………そっか。分かった、なら応援してあげる」
 瑠衣は私の前のトレーを再びずらし、二人の間に持ってくると数本を鷲掴みして口に放り込んだ。
「涙で流す分の塩分は確保しとけよ」
「……うん。ありがとう瑠衣」





 この季節はまだ朝は涼しくて登校するのに快適だ。周りの生徒も皆汗に湿る事無くてくてくと歩を進めている。私もイヤホンを挿しながらやや曇り空の町を歩んで行く。今日は朝から体育で非常に心も軽い。最近の体育は私でも一応それなりに出来るバレーボールだから楽しみだと感じられた。これが冬ならきっと持久走になって一番嫌な曜日になってしまうのだろうけど。
 信号待ちの群衆のお尻に並ぶと横から肩をつつかれる。振り向くとそこには隣のクラスの豊島さんがいた。豊島瑞穂、彼女は非常に交友関係が広くて全てのクラスに友達がいるという凄い女生徒だ。女子サッカー部で大活躍らしく、度々後輩女子から熱い視線を送られているというモテっぷりだったりする。今日もさわやかなショートが風になびいていてかっこいい。うん、モテるのも納得だよね。
「おはよ小縫ちゃん」
「豊島さんおはよー。今日は朝に部活無いの?」
 豊島さんは私の肩に置いていた手を戻して髪をポリポリとかく。この男性的な仕草が後輩を熱くさせるんだろう。
「いやー寝坊しちゃってさ。こりゃ後で走り込みだろうね」
「大変だね」
「いやーただ夢中に走るのも気持ち良いから好いんだけどね」
 それは快活な彼女に非常に似合ったセリフで、ただそれを聞くだけで彼女への親愛感が湧き上がる不思議な言葉だった。
「お、一色さんだ」
 豊島さんは信号待ちの車の列を指差す。そこには黒塗りの大きい車が停まっていた。周りの一般車に比べてそれはあまりに異質で、皆の視線を集める存在感だった。
「うーん運転手さん付きってほんと御嬢だな」
「一色さん見えないんだね」
 スモークがばっちり入っている為後部座席の方は全く中が覗けない。朝に一目でも拝見出来たらどんなに嬉しいか。
「信号待ちが嫌で『ここからは歩いて行きます』的な展開にならんかなぁ。顔見られたらなんか今日の運勢良くなりそうな気がするんだよね」
「なにそれ~。豊島さんって面白いね」
「えー、だってあの美人さんだよ? 見るだけで御利益ありそうっしょ」
「う、うん、綺麗だよね」
 この人は大っぴらにこんな発言をして許されるキャラクターなのか。何て羨ましいのだろうか。隣の男子グループがチラリとこちらに視線を配る。
「あー、あんな子侍らせてみたいぃ!」
「は、はべ……?」
 往来のド真ん中でとんでもない事を言う人だ。まるで自分が上の様な………そこまで思って私はある事実に気付いた。
 小縫若菜はあの人を下から仰ぎ見た例しか無いのだった。上から見た例が無いのだった。付き合いたい、そんな感情を持っているはずなのに対等という立場ですら仮想した覚えの無い私だった。たった一度ですら上からの視点で彼女を捉える例の無かった、常に自分を下にして欲望しているにすぎない私。
「あは、ごめーん。おかしな事言っちゃって」
 彼女は私の赤くなった顔を見て勘違いをした。彼女のちょっと不埒な発言で私の乙女回路が起動してしまい、こうなったと思ったのだろう。本当はそんな理由じゃない、私は惨めさと悔しさで今でも泣きだしたいだけなんだ。
「あ、私急いでるから。一応朝練メンバーに顔見せとかないと放課後の部活を縮められちゃうからさ」
 信号が青に変わると豊島さんはその場で足踏みをし始めた。
「うん、ばいばい」
 お互いに手を振るとその距離は一気に広がって行った。何て足の速い人なんだろうか。
 きっと彼女は自分に大きな自信があるのだろう。だからモテるのかもしれないね。私なんて何をしても苦労して、周りの友達と支え合わないと大きな事も出来ない人間なんだ。そんな私に一色さんが振り向いてくれるはずもなかった。私に気付いてくれるはずが無かった。
「もう……嫌」
 もう嫌だ、こんな感情ばかり抱いて私は最近の日々を過ごしてしまっている。しょいこんでしまった砂袋は(ごわ)ついていて、肌に気持ち悪く密着してくる。

 もう逃げ出してしまいたい。今日……今日にしよう。





 放課後の騒がしい空気の中、体育館裏だなんて在り来りな場所で私はあの人を待っている。最初は心臓も騒がしく跳ねていたけれど次第に世界と私を分離する事ができ始めてから落ち着きを取り戻してきた。
 足音が聞こえる。人が通ると分かるからという理由で砂利が敷き詰められているここを選んだのだった。一瞬先の覚悟をしたかったから。
「来てくれたんですね」
「お手紙ありがとうございます。字からして女性だとは分かっていたのですけど……」
 彼女は自分を呼び出した相手が同性だというので、呼び出され慣れしているはずなのに何所かおどおどとした空気を噛みしめている。
「それで、どのような御用件でしょうか?」
 社交性の高いであろう憧れの人はこんな状況でも綺麗な顔で笑顔を作って魅せている。今すぐにでも手を伸ばしたかった。
「分かっちゃわないかな? 私ね、女だけど……」
 上手く言葉が出ない。
「えっと……」
 上手く舌が動かない。
「その……」
 いけない、泣きそう。

「御名前は?」

 彼女としては助けたつもりはないのだろうけど、私はその閉じられた質問のおかげで何とか自分を保つ事ができた。
「小縫若菜、です。一色さんと同じ二年だよ」
 同じ部活だよ、とは言えなかった。彼女がもう書道部をやめてしまっているというのもあったけれど、そんな物よりかつて同じ空間で時を過ごしていた私を彼女がまるで初見の様に捉えているのが辛かったから。その瞳が辛かったから。
「小縫さん、ね」
「うん」
 しかし一色さんの言葉はそれ以降続かなかった。綺麗な曲線を描いている目をこちらに向けてただ私の言葉を待っている。
 そんな状態でだけれども一分程の猶予を確保できた私は彼女から隠した拳を更にぎゅっと握りしめ、最後の決心をした。

「私、一色さんが好きです。ずっと前から、ずっと前からです」

 嘘をついた

「そう……ありがとうございます」

 一色さんは決して声色も構えも変えずにさらりと返す

「前から……」

 あの子に勝つための、そんな嘘だった

「でもごめんなさい」

 どうせ振られるんだ、分かっているんだ、だから嘘ついたっていいでしょ

「貴女と私って、同性でしょう?」

 なのに一色さんの嘘には酷く憤りを覚えた

「だから、そういうのは無理です。本当にごめんなさい」

 自分の事を棚に上げて、私は結局流してしまった涙を彼女に見せつけて怒りを投射した。だけど彼女にはきっと私の怒りなんて伝わらないだろう。

「ごめんなさい。私、もう行きますね」
 三度目のごめんなさいを残して彼女は離れて行った。彼女が道に沿って曲がり角へと消えて行った直後、私の足は力を失い膝頭を砂利に打ち付けてしまった。

 痛い

 そのまま地べたに座り込み放心のままに空を見上げる。せめて晴れ空だったら私の心も少しは癒されただろう。しかしあるのは灰色の雲だけだった。青一点すら見つけられなかった。

 いや、今は青を見たくないのかもしれない

「若菜……」
 声をかけられて初めて横に瑠衣が立っている事に気付いた。砂利道で他人の気配が分かるからという理由でここを選んだ癖に察知できなかったみたいだ。
「ほら」
 薄手のハンカチが目の前に差し出される。それはどちらかというと男性向けのデザインで、瑠衣らしい一面が窺えた。
「ありがと」
 でも上がる手が無かった。無気力感は本当に私の体を蝕み、体を動かす事を拒否した。
「……目、閉じて」
 彼女はしゃがむとそう言った。私はそれに従い熱くなった目をぎゅっと閉じた。また涙が頬を伝って行くのが分かった。
「こりゃ家の人にばれちゃうな」
 私の目尻を優しく拭いながら瑠衣は小さく呟いた。きっと目が赤くなってしまっているという意味なのだろう。
「今日はさ、あたしん家泊りなよ。そんでさ、明日一緒に学校サボろうぜ」
 目を開くと目の前に優しく微笑む瑠衣の顔があった。

 彼女の奥遠くに雲の欠けた部分を見つけた
 でもその一片の青に、私は憎しみを感じる事は無かった





 数日が経ち、私の傷も心身共に薄くなって来たある日曜日の事だった。
 いつものメンバーで遊んだ帰りに喉が渇いたので近くの公園に寄って自動販売機を探す。やっと辿り着いた販売機前で自分の財布に一万円札と合計百円以下の小銭しか入ってないという現状を痛いほど思い知らされてしまった私は、暑さ熱さを感じながらとぼとぼと歩く。このまま公園を突っ切ってコンビニでも探そう、そういう魂胆で歩を進める。

 すると、出会った。

 一色朱水、そして尼土有

 そこで私は二人がキスをする所を目撃した。

 私はその時、二人の関係を広めてしまおうと悪巧みを思いついてしまった。

 きっとそう、これは復讐なんだ。

 あの嘘の復讐。

 皆から奇異の目で見られると良いよ



 復讐という言葉は何故か気持ちが良かった。きっとそれは相手の動向に怯えたり、相手の心を傷つけたりする事に恐怖心を覚える様な、下からの感情じゃないからだと思う。相手との距離を開けた喜び、突き放せた快感、それが私を歪ませていた。

 皆からの視線に耐えられるような二人だったら

 その時は精いっぱい応援するよ

 好きだったよ、一色さん

 じゃあね


 私は乾いた喉を理由にして走って公園を抜けた。水分が足りてないからか、目からは何も流れなかった。



小縫若菜、
こぬいわかな、
かなわぬこい。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ