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神影の彷徨 作者:ゆちゃあ
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第四話 イキトシイケルモノ / (終)「好きと嫌いと」(1)

好きと嫌いと


 白髪に黒縁眼鏡が映える老師が、見ているだけではらはらさせる足取りで生徒の間を往来している。いや、はらはらしているのは少数の生徒だけかも知れない。 ほとんどの生徒は机に伏せているか他の授業の予習復習をやっているようである。老師もそれを気にしていないようで、ただ朗々とその左手に持った分厚い本を読み聞かせていた。

 あれだけ重い本を軽々と持っているという事は、それだけあの腕で繰り出す拳骨はさぞや痛いでしょうね。

 そんなどうでも良い事を(あきら)は頭に浮かばせながらふと教室を見回すと、せかせかと老師の口から漏れた言葉一字一句逃すまいと自身の教本に書き写している女生徒に目が止まった。

 いや、止まったのではなく初めから私の目はあいつを捜していたのかも知れない。

 しきりに教本を黒く染め上げている加々(かがみ)は他の者と比べると何処か異質だった。何というのだろう、オーラとでも呼ぶべきなのか? とにかく彼女が纏っている雰囲気は明らかに目立っていた。

 あいつ、急に真面目になったわね。

 そうなのである。あの日から加々美は一生懸命に勉学に励むようになった。何か目標が出来たかのように。

 鏡がじっと加々美を見ていると、不意に加々美が顔を上げ鏡の方に振り返った。その顔はどことなく自信に溢れ、見ているこっちが恥ずかしくなるような生に満ち満ちた表情であった。
 鏡は加々美と目が合うと耳まで赤く火照らせ慌てて顔を教本で隠した。

 何よ! どうしたのよ私は!

 加々美の顔を見る度にどぎまぎすると言う不審な鏡は、自分の異変に気付いていなかったのである。



「ねえ」
「な、何かしら」
 授業が終わって皆が思い思いの行動をし始めた頃に加々美が鏡の机にやってくると、やはり不審者モードな鏡は冷たい手を服の中に入れられた様な反応をした。
「ウチに何か用ある? さっきもこっちずっと見てたけど」
「べ、別にないわよ」
 完全にばれていたようである。その事を知った鏡は、今度は首まで紅潮させた。その様は何か重い病気でも患っているのではないかと思うほどに赤かった。
「そう?」
「あ、うん」
 既にまともな思考回路を保てていない鏡は、適当に返答しつつまるで乙女の様に(いや、実際乙女なのだろうが)可愛い仕草で場を流そうとしている。

 その仕草をここで語るわけにはいかない。何故ならあまりに不気味……。彼女の名誉の為にもそうせざるを得ない。

 その、普通の子がやるとぶりっこ可愛くなれる仕草で何故か不気味一番な鏡を見ても、加々美は何とも無しに鏡の姿をにこやかに見つめていた。その顔に浮かぶ笑みは今加々美が何を考えているか誰もが推し量れる仕様となっていたりする。

「あ、そうそう。今度の日曜で良いよね?」
 加々美は一度先程まで自分が座っていた席に戻ると荷物をまとめて今度は空いている鏡の隣の席に座り込み、鏡の顔を覗き込んで尋ねた。だが、その座る際の空気に混じる加々美の匂いに鼻を鳴らしている鏡には加々美の言葉が届かなかったようである。今度は実に見事な間抜け面をしている鏡の顔を軽く両手で挟みこちらに向けさせた。
「聞いてる? デートのことなんだけど」
「で、デーーート?」
 急に現実世界に戻されたショックか、はたまた加々美の手に顔を挟まれたショックか、鏡は大声を上げてしまい皆の注目を集めることになった。
「馬鹿、なんつー大声上げてるのよ」
「ご、ごめんなさい」
 周りの興味が薄れるまで苦笑いで固まっていた二人は、引きつった表情筋を揉みながら話を続けた。
「デートは日曜で良いよね?」
「い、いいわよ」

 あの日から二人の関係は大きく変わった。前は友達関係、大きく言っても親友同士だったが、今ではその二人は「言い寄っている人、言い寄られている人」の構図である。あの日から吹っ切れたのだろう、加々美はひたすら鏡に自分をアピールし続けている。「好き」と直接的には言わないが何かと鏡に近づき、そして計画的に少しだけ距離を開けて焦らすという、恋する乙女がやるような恋愛戦術をずっと続けていた。そのおかげで鏡の心はぐるぐるのぐにゃぐにゃになっていたりする。そして今度はデートに誘ったのである。

 その必要性がないことを加々美は未だ気付いていない事が可哀想でもあるが。

「ね、何所行きたい?」
 頭を軽く傾げて流し目気味に顔を覗き込む。もちろんやや上目遣いでだ。その艶っぽい視線の威力は鏡の震える唇を見れば一目瞭然である。
「そう、そうねぇ、貴方の好きにして」
「ふふ、良いの? ウチの好きなところで良いなら鏡の部屋になるのだけど」
「いや、ちょっ」
 未だ数日しか経っていないのに加々美は随分と女の武器の使い方を勉強したようである。鏡は既に鼻息など気にしていられる状態ではなく、加々美が鏡の頬を突ついて正気に戻らせなかったら他の生徒がそれに気付いてしまっていただろうか。何とも危険である。
「嫌? なら鏡が決めて」
 そう言って頬杖をついてにっこりと切り札の満面の笑みを喰らわせた。
 その攻撃に鏡は心の中で悶絶したが、何とか応えようと頑張りを見せた。
「買い物で良いんじゃない? それに私、丁度欲しい物があるのよ」
「わかった。ならそれでいこうか」
 丁度次の授業の教師が入ってきたところで話が終わった。加々美は満足そうに次の授業の教本を取り出しながら一方の手でペンをくるくると回していた。



「晴れて良かったね」
 加々美は雲一つ無い快晴の空に手を伸ばして空気をいっぱい吸い込んだ。
 ここは学園とはかなり離れたショッピングモールである。思いっきり羽を伸ばせるようにと知り合いに会いにくいここに来た次第である。
「そうね」
 加々美も鏡もうっすらとメイクをしていて、服も普段の寮での私服とは全く違っておしゃれさんであった。普段の部屋着は地味も地味、決して異性に見せられるような服装ではないが、部屋に女二人きりなので全くもって当人達は気にしていなかった。
 そして何より違うのは、加々美の首に掛かっているアクセサリーであろうか。学園では生徒は絶対に胸元に金属を触れさせ続けることは許されていない。学園の中に住み着く妖精がその金属目がけて悪戯してくるからである。低級の第一である妖精は金属が嫌いで、よくそれを身に着けている人間に攻撃して騒ぎを起こしたため学園内で力弱き学生達は金属類を身に着けるのを良しとされない。第一達にとって金属とは人間の象徴であり、敵の印だからだ。
 しかしここには妖精はいないので気にせず自由に自分を飾ることが出来るのである。それは自分を飾ることに興味を覚え始める彼女等の年齢にとって非常に嬉しいことなのだろう。加々美は三日月をかたどったネックレスをチャラチャラと弄くっていて楽しそうだ。
「で、何か買うものあるんでしょ? 何を買うつもり?」
「う〜ん、まずは時間も時間だしお昼ご飯にしましょう」
 鏡の提案に加々美もこくりと頷き、近くにあったこぢんまりとしたお店に入った。
 あくまで学生、そんなにお金をお昼ご飯に割ける程持ち合わせていないため普段の学園内にあるカフェテリアと同じくらいの出費で済む物を選んだ結果、ちょっとしたサンドイッチかホットサンドの二択となった。
「はは、やはり普段から貧乏性だとこういう時でも値段を気にしちゃうもんね」
 しかし加々美はそうは言いながらも美味しそうにホットサンドを口に運ぶ。口の隅に付いたチーズがその言葉を更に飾っていた。鏡もさほど気にした様子もなく日差しが差し込んでいる窓の外を細目で眺めながらサンドイッチを食べていた。
 鏡のその様子は加々美の恋する乙女な目には何とも優美に映っていた。それは賛美歌流れる小さな教会のステンドグラスを眺めている様である。小さき美しさの中に神々しさがあった。

 鏡のその挙動全てに熱をあげる程に加々美は変わっていた。あの日を切っ掛けに自分の本心が分かったのであろう。まだあの時は友達という関係を望まれていたが、自分の魅力で鏡を振り向かせあわよくばそれ以上の関係になろうと躍起になっていたりする。もともと憧れの対象でもあった親友だ、腕を伸ばす事が許されるなら彼女は必至で掴もうとするだろう。あの後でも鏡は加々美との間に距離を置こうとしなかったのだから。

「それ美味しい?」
 何故かこちらに目線をくれない鏡に不満を持った加々美は無理にでもこちらを向かせようとする。しかし鏡はただ頷くだけで、窓の外に向かっている目は一向に鏡を見ようとしない。
「ねえ鏡、ウチ寂しい」
「な、何おかしな事言ってんのよ!」
「おや、今の言葉におかしさなんて無いはずだよ。貴方が変なこと考えてなければね〜」
「あ、いや、ちょっと待って……嘘、恥ずかしっ」
 自分の言葉で墓穴を掘った鏡は、そのあまりの恥ずかしさにトイレへと逃げていった。
「くくっ、可愛い奴め」
 にやける加々美はその後ろ姿を見ながらランチサービスで付いてきたコーンスープの残りをゆっくりと飲み干した。



 店から出ると鏡は「付いてきて」と、加々美をとある店へと連れて行った。

「ここは?」
 尋ねたくもなるものである。何故なら目の前に建っているお店らしき建物には看板もなく、あるのはドアの横に開店中と書かれた小さなプレートのみである。窓にはカーテンが被さっており、中を覗くことは出来ない。それが更に怪しさを助長していた。
「入れば分かるわ」
 鏡はそう言って店の扉を開けてずかずかと入っていった。
「入る前に聞きたいと言うことくらいわからんかね」
 加々美も大人しくそれに従った。


 店の中は思いの外明るく、澄んだ空気で満ちていた。何か薬草の類を焚いているのだろう、その澄み様は紛い物の感じがした。
「驚いた。こんな物売ってるのか」
 加々美が手に取ったそれは魔法使いなら一度は使ったことがあろう、小さな魔杖であった。
「そ。ここは魔法具を扱ってるお店よ。こういうところ初めて?」
 鏡の問いに加々美は首の上下運動だけで答える。目の前に広がる興味を引き続ける品々に目線を巡らすのに精一杯になっていたのである。
「あまり弄くっちゃ駄目よ」
 その子供のような姿を面白く思いながら鏡は奥へと進んでいった。
「あ、ちょっと待ってよ」
 慌てて加々美もそれに続く。


 店の奥には恐らく店主であろう女性がいた。
「あら、久しぶりね」
 ……撤回、声が太い男性がいた。所謂オカマとでも言うのだろう、そう言う類の人のようだ。
「こんにちは。ウィシュルもお変わりなく」
 鏡はスカートの端を軽く持ち上げ丁寧なお辞儀をして見せた。その割には呼び捨てである。相手方も嫌な顔一つせず対応していたのは鏡が常連らしいからか。
「その後ろのカワイコちゃんはお友達?」
「あ、初めまして。ウチは……」
 だが加々美が自分の名を言おうとした瞬間に鏡の手が彼女の口を塞いだ。
「ここでは自分の名前を言う必要はないわ」
「そうよ! 誰が聞いてるか分からないのだから迂闊に名前なんて言っちゃダメ」
「良く言いますよ。女主が誘導したような物でしょうに」
 お互いに腹を探り合うように引きつった笑顔をぶつけ合う二人に挟まれて、加々美は何も言い出せなくなってしまった。
「ふぅ。相変わらず貴方は強い女ね」
「あら、貴方ほど強い『女』じゃありませんよ」
「ふふふふふふふふふふ。今変な強調したわね」
「気のせいですわ」
 見てるだけで胃の壁に穴が空きそうな光景に加々美は後ろ足を踏みそうになるが、その手を鏡ががっちりと掴んだので動けなくなった。
「それはそうと、例の物は手に入りましたか?」
 やっとこさ話題転換である。流石というべきなのだろうか、商売の話になるとウィシェル女主は当然のように露骨な営業スマイルに顔を作り替えた。
「勿論よ〜。貴方のために正規ルートで手に入れた純正品なんだからね。感謝しなさいよ」
「分かってますよ。いつも有り難うございます」
 そう言って鏡はウィシェル女主から何か小さな物品を手渡された。
「それは?」
 鏡が受け取った物が見慣れない物だったのでつい加々美は尋ねた。
「悪いけど店内で買った商品について語るのは止してね」
「分かっていますよ」
 ウィシェル女主は周りをちらちらと様子見しながら小さな声で言った。よくわからないがそう言う決まりらしい。
「他には何か欲しい物ないかしらん?」
 そう言って体をくねらせる店主。何とも気持ち悪いものである。
 しかし鏡は見慣れているのであろう、気にもせず「新作」と書かれた棚へ歩み寄った。
「ウィシェル? これ、なんですか?」
 鏡はわっか状の物が入った透明なケースを手に取った。中に入っている代物は見る限りただの装飾も何もされていない指輪である。
「その魔法具はお遊びよ。ただ単に持ち主の指のサイズに勝手に合うようになっている商品よ」
「ふ〜ん」
 玩具同然の魔法具を棚に戻すと、今度は人の頭蓋骨を象った様な物を指さす。
「これは?」
「火が無くても光る髑髏よ。お部屋のインテリアにどうぞ!」
「悪趣味すぎるわ」
 さらに横の木箱を指さす。
「これは?」
「ああ、蓋を開ければ分かるわ」
 店主の許可が下りたので鏡は興味深げに蓋を開けた。
「あら、これは珍しい」
 それは以前授業で習ったことのある珍しい茸であった。欠片を煎じて飲むと一瞬で天国へ連れて行ってくれる茸である。その威力はベニテングタケの数億倍とも言われている。よく暗殺に使われたことで有名だったりする。
「止めときなさいな。貴方達のような学生では少々無理しないと買えない値段よ」
 ウィシェル女主の言うとおり、横に張られた値札シールには鏡や加々美の生活費一年分を軽く超える数字が書かれていた。
「高い……」
「ウィシェル、こういう物は鍵の付いた棚にでもしまっといてくださいよ。じゃないと一瞬でも欲しいと思った人間に辛い現実を思い知らせるだけです」
 それが良いんじゃない、と店主は超え高々に笑った。悪趣味な人間である。
 鏡と店主のやりとりを寂しそうに見ていた加々美がふと何かの気配を感じ、辺りを見回すと不思議な光景が目に入った。
「店主さん、あの黒い扉は?」
 その方向を指さして加々美は尋ねる。
「ああ、あそこは近づかないでね〜。あそこはとんでもない貴重品ばかり入ってるから」
 つまり金持ちの人しか入れないビップルームと言うことか。しかし加々美はそんなことよりも気になることがあった。
「そこに……誰かいるんですけど」
 そうなのである。二人には見えていないだろうが、いや、実際には加々美にも見えていない「誰か」がそこにいた。
「私には誰かいるようには見えないけど?」
「私にもねん」
 二人の目には黒い扉しか映っていなかった。だがしかし、
「いえ、確実に誰かいます。ウチ、生まれつき念じれば人の心臓を透視できる目を持っているんですけど」
 加々美は普段は黒いが、今はうっすらと赤みを帯びている自分の左目を指さした。
「そこの黒い扉の前に心臓だけが浮いている光景がウチの左目だけに映っているんです」
 つまり右目には二人と同じ光景が映り、左目には心臓が浮いている光景が見えていると言うことである。実際には右目が心臓を映像としてでなく存在として感知し、左目が映像として確認するために透視しているのだが加々美本人は自分の事ながら分かっていなかった。人間は意識しなくても目の中に入ってくる情報は問答無用で脳へと通すため、偶然宙に浮かぶ心臓が右目によって感知されたのだった。左右の目をパチクリと入れ替わりに閉じてみせる加々美の様子から女主は真実味を薄らと掴み始める。
「ちょっと待っててね」
 状況が理解できた女主がそう言って箒を握りしめカウンターから出るや否や、その心臓の持ち主は店の外へと逃げていった。大きな音と共に商品がいくつか棚から転げ落ちたので、二人にも姿の見えない誰かがいたのが分かった。
「っち、こそ泥ね。守衛は何をしてるのかしら」
「あ〜、恐らくあれかと」
 そう言って鏡が指さす方向を見ると、艶やかな黒い毛をした猫が高く積み上げられた本のてっぺんで熟睡していた。
「もう、あの子またサボって」
 本の山の主となっている猫に向かって店主は何かを投げた。
『にゃあああああああああ』
 そのピーナッツのような物体は猫の横腹に当たると大きな音と共に爆発した。その音と爆風で目が覚めた猫は店主の足も手へと颯爽と走り寄ると、
『痛いじゃろ。年寄りはもっと大事にせえ』
 と、喋った。
「い、いやあああああああああああああああああああああああああああああ」
 その現象に頭がパニック状態になったのだろう、加々美は膝をついたと思えば後ろ向きに這って逃げた。猫は喋らないということが頭に常識として入り込んでいる人間にとってその現象は頭の中で大暴れする情報らしい。
 尤も、正確には猫が喋っているのではなく、猫の考えが魔力によって空気をふるわせて音として表れているだけなのだが、その事に血管を跳ねさせている加々美は気付くことは無かった。
「こらこら。お嬢さんは学校で人工魔の話は教わらなかったの?」
 壁にぶつかって涙目になりながら猫を震える指で指す加々美を見て楽しそうに女主は言った。
「この子は人工魔よ」
「あはは、加々美はその頃は未だ真面目じゃなかったからきっと惰眠貪ってたのね」

 人工魔とは低級第一の妖精をモチーフに、人間が魔法で作り上げた生き物である。妖精の中にも人の言葉を話す者がいるが、そのような妖精は大体そこらの魔法使いでは遠く及ばない程の強大な力を持つ者が多いので人間の使い魔になろうとはしない。妖精は妖精独自の呪術を使うので、人間が力ずくで従わせようとはしないというのも他の理由としてあるが。人間が使う魔法は所詮一部の呪術であり、人間の魔法を制御できる魔法具は数多く存在するが、その他の系にも有効な物はほとんど知られていない。

『で、主人よ。この老いぼれに暴力をふるったのは何故かね』
 猫が喋り、そして加々美が再びビクリと体を跳ねらせ、それを鏡が笑う。端から見ると楽しそうである。加々美はそれどころではないのだろうが。
「あんた、『真実の魔眼』持ってるから引き取ったのに、開店中に寝ていて目を開けていなかったら意味無いじゃない!」
『そうは言っても老骨な者でな、横にならんと辛いのだよ』
 そして大きな欠伸をして見せた。この状況では挑発にしか受け取れない行為である。案の定女主のこめかみに青い筋が立ち始めた。

 『真実の魔眼』とは意図して睨むことにより相手に呪いをかける『魔眼』の一つで、その者が魔法で姿を隠していても瞬く間にその正体を暴くことが出来る力である。猫は気配を察知することが得意なのでこの魔眼を持つ猫の人工魔は人気が高い。

「もしまたこそ泥が入った時にあんたが寝ていた所為でまんまと盗まれたら、あんたの今後を今一度考えてみるわ」
『まあ待て。こんな老いぼれを置いてくれるような物好きはあんたくらいじゃ。それなのにあんたにまで追い出されてしまった暁には儂はどう生きたらいいか考えつかん』
「ならせめて横になっているだけで、起きていなさい。いいわねん?」
『仕方ないのう。なら眠気覚ましの薬草でも焚いておくれ』
 どうやら人と猫とのと言う不思議な会話は終わったようだ。猫は踵を返すと再び本の山を登り頂上に居座った。欠伸はするが寝る様子は無さそうだ。
「もう、役立たずねぇ」
 店主がそう笑って振り返ると、加々美は自分が未だ床に座り込んでいることにやっと気付き、慌てて立ち上がりスカートの皺を直した。
「お嬢ちゃん良い目持っているのね〜。どうかしら? 今度から私のお店で働かない?」
「いえ、結構です」
 瞬時に断りの言葉を吐く加々美。その目はまだ目を開いている黒猫に視線を浴びせていた。
「残念ねぇ。そうだ、お礼と言っちゃ何だけど、これプレゼントしちゃうわん」
 そう言って加々美の手に先程のサイズが変わる指輪の箱を置いた。
「結構値が張る商品だけどあそこに入っている物が盗まれるよりはちっぽけな額だから気にせず持っていってね」
 店主は黒い扉を顎で指しながらウインクを決めた。
「いいんですか?」
「勿論よ。助かったわ〜」
「あ、有り難うございます」
 加々美は嬉しそうにそれを胸に抱く。
 その姿を何処か面白くなさそうに鏡が眺めていた。



「もう一つ私の買い物につきあってよ」
 店を出ると足早に先を歩いていく鏡はそう言い捨てた。
「ちょっと、どうしたの?」
「どうって?」
 一応話は聞いてくれるが振り向こうとも、足を止めようともしない。
「何怒っているのさ」
「怒ってなんか無い」
 そうは言ってもその態度を見ると誰もが同じ評価をするだろう。
「怒っているってば。あの人は男だけど女というか……とにかく恋愛感情なんて無いよ」
加々美は女主から形的に指輪をプレゼントされた事を鏡が嫌がっているのかと思ったようだ。
「当たり前でしょ。もしあったら私、あんたのこと好きでなくなるわ」
 やはり歩く足を止めない鏡。むしろその動きは速まった。

 焦る加々美は気付いていない。今の鏡の言葉に何より自分が欲しかった言葉があったことに。

「ここって……」
 鏡が立ち止まった場所にあったのはどこからどう見ても宝石店だった。
「こんな高そうな店に用なの?」
「そうよ」
 言葉短い返答であった。その頬は赤く染まっているのが気になるが。
「付いてきて」
 そう吐き捨ててまたも加々美を置いていく。加々美も訝しげにその後ろ姿を見つめていたが言われた通り追った。


 その先では鏡が店員に何かを渡していた。恐らく受け取り票であろう。
「はい、高海様ですね。しばしお待ち下さい」
 驚いたことに店員は日本語で応対していた。それだけこの店が高級品を扱うような上級店だと言うことだろう。
「ご注文のお品はこちらでございます」
 帰ってきた店員の手には紫色の小箱が収まっていた。
「あ、開けなくて良いです」
「はい?」
「そのまま下さい。入っている事が確かならそれだけで良いです」
「はあ……」
 本人は加々美に聞こえないようにしているつもりなのだろうが残念ながらばっちり聞こえていた。

(ウチに見られたら困る物なのかな……)

 加々美は広い店で一人にされて孤独感に浸ってしまったのだろうか。その顔は涙無くとも泣いているように歪んでいた。

(楽しくないな……)

 自分が知らないことを見せつけられるとは思っていなかった。

(デートってこういう物なのかな……)

 一緒に新しい物を発見する物だと思っていた。

(もっと楽しい物だと思ってた……)

 そしてその喜びを分かち合う物がデートだと信じていた。
 そしてその嬉しそうな鏡の顔を見ることが加々美の一番の楽しみだった。

 なのに現実は知らない鏡を見せつけられただけだった。


「お待たせ」
 鏡は、何かを隠すような笑みを浮かべてガラスケースを覗いていた加々美の肩を叩いた。
「あ、うん」
「どうしたのよ?」
 振り向いた加々美は暗い顔をしていた。
「ううん。何でもない」
「そう」
 鏡は分からなかった。加々美が何故こんな顔をしているのか。

 違う、分からなかったのではない。それどころではなかったのである。



「ん、良い感じね」
 店を出るといつの間にか夕暮れとなっていた。その橙に焼ける夕日を見て鏡はそう呟いた。
「何が?」
「ひ・み・つ」
 3文字の言葉に合わせて立てた人差し指を一回ずつ振る。
「もうちょっとだけ私の我が儘につきあって頂戴な」
 鏡は加々美の腕を優しく握り、引っ張って歩き出した。それが加々美の中にあった黒い何かを消し去ってくれた。
「うん」
 幼い子供の様なあどけない顔を浮かべる加々美に先程までの暗さは皆無であった。好きな人に触れられる、それはどんなことよりも心地よい物である。
 鏡が加々美を連れて行ったのは公園であった。
「ここに用があるの?」
 しかし鏡は何も言わず何やら緊張した顔をして公園の中を覗き込んでいた。
「……よしっ」
 何かを決意したのだろうか、自分の頬を軽く叩くと小走りで誰もいない公園の中心に立った。
「星井加々美さん」
「え、あ、はい」
 いきなりフルネームを、しかもさん付けで呼ばれ加々美は戸惑う。
「私の前に立ってください」
 照れ隠しのような笑みを浮かべ続ける鏡は不可解なことを言い出す。
 加々美はその言葉に従い、鏡の前に2歩分程の距離を空けて立った。
 それを確認すると鏡は恐らく先程魔法具のお店で受け取った物だろう、小さな袋を取り出した。そして目を瞑り、一拍何かを思い、その袋の中にあった金色の粉を空目掛けて振りまいた。
「どうしたのよ?」
「ふふ、ちょっとね」
 やはり照れ隠しの表情を浮かべ続ける鏡だった。何を隠しているのだろうか。

 暫くすると不思議なことが起きた。
「何これ……」
 周りが止まった、そう言うしかない現象が起きた。
「流石本物ね。大枚叩いた価値があるわ」
 そう言って鏡は袋を丁寧に折りたたみポケットにしまった。そして今度はさっきの宝石店で受け取っていた紫色の箱を取り出した。
「加々美さん、受け取ってください!」
 突き出される鏡の手。その手は大きく震えていた。
「え? え?」
 いきなりの事に加々美は戸惑う。それもそうだ、いきなりこんな事されても普通の人間は戸惑うだけである。
「…………」
 だが鏡は何も言わず俯きながら小箱が収まった両手を加々美に突き出しているだけであった。
「……はい」
 加々美は恐る恐る鏡の手にある紫の小箱を手に取った。
「開けて」
 未だ俯いたまま何かを我慢するような声色で鏡は言った。
「うん」
 ゆっくりと小箱を開く。
「これって……」
 そこにあったのは指輪であった。黒の地色に炎の様な赤色が強いオパールの石が埋め込んであった。
「私に?」
 加々美の言葉に鏡は頭を起こし、大きく頷いた。
「加々美!」
 鏡はいきなり大声で加々美の名を叫ぶ。その大きさたるや本来の通常営業の公園であったなら間違い無く誰かが聞きつけて心配そうに走り寄ってくるほどの大きさであった。しかし今は誰も見てない聞いてない気にしていない、鏡にとって一番望まれる状況だった。
「っひゃぃ」
 加々美はその声の大きさ体を跳ねらすが、その目はしっかりと鏡の目を見つめていた。


「好きです」


 鏡の口はそう放った。しっかりと音を持ち、凛として夕暮れの空気に響いた。
「え…………嘘…………だって……」
 貴方ウチの告白を避けたじゃない、そう加々美は言いたがったが口がそれ以上動かなかった。もう口を開く余裕など先程の一言で吹き飛ばされてしまっていた。

(だってそうでしょ? 一度告白して駄目だった相手にこんな事されたらウチ……)

 うれしさのあまりに涙が零れる。叶わない思いだと思ったけど、どうしても振り向かせたくて躍起になっていたのと言うのに。

「あの時は悔しかったから」
「悔しいって貴方っ」
 鏡は自分の心を声として全て吐き出そうとするかのように声を強めた。
 加々美は自分の心を何とか落ち着かせようと声を強めた。
「だって悔しかったのよ! 貴方から告白されるのが!」
「何よ……それぇ……」

 あんな思いをしたのに! あんなに辛かったのに! そう言う思いが涙となって加々美の頬を流れる。嬉しさと疲労と怒りとで全身の力が消え膝をついてしまった。
「ウチがあの後どういう思いでお前の前に顔を出したと思ったのさ!」
「ごめん」
「どういう思いでここ何日か過ごしたかと思ったのさ!」
「ごめん……」
「あんなにお前に振り向いて貰おうと頑張っていたのが馬鹿みたいじゃないのさぁ!」
 遂に自制していた「お前」という呼び方が口に出てしまった。
「ごめんなさい。私、あの時無意識に貴方の言葉を遮っていたの」
「…………」
「本当よ。あの頃は未だ貴方のことが好きだなんて思ってなかった。いや、気付いてなかったって言うのかな」
 加々美の涙浮かぶ睨み目に気圧されて言い訳がましく鏡は綴った。
「でもあの後気付いたのよ。私は加々美のこと好きだったんだって」
「何よ……それ……」
 どうしようもない怒りの感情に言葉を発するしかできなかった。

 だが既に、その口は微笑んでいた。

「約束して」
「うん」
「今後一切ウチに対して『悔しがらない』って」
「え?」
 その顔から察するに、鏡は自分の口癖が「悔しい」であることに気付いていないようだった。
「悔しいのは貴方のプライドが高いから」
「うん」
 鏡は素直に頷いた。プライドの件は自分でも分かっていたのだろう。
「でもウチのこと好きならプライドという壁の内側にウチを置いて」
「うん」
「もうウチを貴方の外にしないで。ウチを貴方の中に入れて」
「はい」
 鏡が最後にしっかりと頷くと、加々美は感情のままに鏡に抱きついた。
「今度は言わせてくれるよね?」
「……うん」
「鏡……好きだよ……」
「私も加々美を愛してるわ」


 動かない世界の中で唯一動いていた二人も動きを止めた。
 二人は抱き合い、お互いの心をつなぎ合わせようと体を触れ合わせ続けていた。





 帰り道。
「ねえ鏡、さっきの粉は何だったの?」
「ああ、あれね」
 何が楽しいのか、鏡は軽く吹きながら答える。
「あれは幻想魔法の粉の一種よ。ちょっとの間だけ周りとの因果を遮断して擬似的に時を止めたように見せてくれるの。事実、周りの人間は例え目の前を通ったとしても私達に気付かずに素通りしてくれる用になるの」
「そうだったの? 結構凄い粉なのな」
「凄いわよ〜。何せ私の全財産の半分は使ったから」
 鏡は笑いながら凄いことを言う。
「そんなにお金使って良かったの? そんな事しなくてもあそこなら誰も通り過ぎそうになかったと思うけど」
「う〜ん、何というか……邪魔されたくなかったのよねぇ」
 またプライドの問題ですか、と加々美は思った。この変に高いプライドを登り切るのは大変そうだ、とも。
「それにこれも高かったでしょ?」
 加々美は指輪が入っている小箱を振って音を立たせた。
「まあね〜。貴方っぽいなと思った時からその石が気に入っちゃってね。でもどっちも加々美の為だから」
先程の宝石店でこの赤味が炎の様に見えるオパールを見かけてから、加々美に贈るのならこれしかないと思ったという。鏡にとって加々美は赤い髪を持った炎の様な強かな女性だった。それに石その物もそれなりに価値はあったがその周りの部分が特殊な金属でできており、リングの値段を跳ねあげていた。妖精が認知できない金属と言う魔法のリングであった。二人だけの部屋で着けて欲しいと思ったらしい。
「おや、少なくとも粉の方は貴方のプライドの為さ」
「……うう」
 やっと自分の行為の意味を知ったのだろうか、鏡は唸り始めた。
「私って格好悪いわね……」
「そうね〜。でも気にすること無いんじゃない? 貴方は貴方、それが全てよ」
「ん?」
「格好悪いところも全部含めてウチは貴方が好きって事さ。察しなさいな!」
「……うん」
 楽しそうに笑い合う二人。星も二人祝福するかのように瞬いていた。
「ねえ、そろそろ指輪着けてみせてよ」
「駄目〜。お披露目は鏡の部屋までお預け」
「そんな〜」
 そんな二人のいちゃつきぶりに呆れたのか、普段は多い羽虫も今晩だけはほとんど飛んでいなかった。
「そうだ、これは貴方に渡すね」
 そう言って加々美はウィシェル女主に貰った魔法の指輪が入った小箱を鏡の手に置いた。
「サイズは確実に合うのだし、丁度いいじゃない」
「そうね。もしかするとこれも運命だったのかもね」
 二人は互いの手にある小箱をこつんとぶつけ合った。
「そう言えば何時の間に私の指のサイズ知ったの?」
「貴方が私の横で居眠りしていたときにチョチョイとね」
 ここ数日勉学に励んでいた加々美はつい鏡の部屋で寝てしまうことがあった。その時だろう。
「……私の寝顔変じゃなかった?」
 よく考えれば好きな人の目の前で寝ていたのだった。乙女になっている加々美はその事に今更気付き慌てた。
「そうねぇ」
 鏡は加々美を後ろから抱くと耳元で囁いた。
「襲いそうになるのを必死に抑えていたわ」





 しかし指輪を付けた加々美を見るのはまだまだ先になりそうであった。
「何よ……これ?」
「学園が……燃えてる。火事? そんなまさか、絶対に有り得ないわね」
「そうさ。魔法使いがうろちょろしているこの学園でこんな大火事があってたまるもんか」

 漆黒であるはずの空は、地にて盛んに火柱を上げる炎に焼かれて真昼の様に白かった。
ちょっとした解説的な物:
加々美は鏡と成績的にはそれほど差はありません。それなのに鏡に対して劣等感を抱いているのには理由があります。一つ目は鏡がトップではないにしろ優良生徒に選ばれている事、二つ目は不真面目ながら一応は勉強している加々美よりも殆ど勉強していない鏡の方が成績上位のため、三つ目は加々美の生い立ち故に抱いてしまった負の感情です。
このまま加々美が勉強に精を注いでいくと鏡よりも成績が上になることもあり得ました。
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