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神影の彷徨 作者:ゆちゃあ
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第三話 水鏡 / (終)「ふたり」(1)

ふたり


 部屋に散らばる骸の海の中に二人はいる

「訊いて良い?」

「何、姉さん?」

「私達は正義で良いんだよね?」

「もちろんよ。だって『そう』教わったんだもの」

「うん、良かった。人間は正義、魔は悪」

「当然よ。正義は人間に無ければならないのだから」



「姉さん。そんなことを疑問に思ってしまっては駄目よ」

「うん」

「私達はただ魔を殺せばいいの。それだけで良いの」

「うん」


▽▽▽▽▽

 古くさいため電球が切れかかっているのか光が点滅している外灯が所々に立っているだけの薄暗い道を高海(こうみ)(あきら)は 歩いていた。普通の女子ならばこんな夜道を一人で歩く事は嫌忌するのであろうが彼女は腕に覚えがあるためそんな事を微塵も思いつかなかった。
 明かりに群がる羽虫を煩わしく思いながらも鏡は目的のアパートへと、こちらは弾むような足取りで歩む。真に楽しそうであった。
「お、いるな」
 アパートの一室のカーテンの隙間から明かりが漏れていることを確認すると、鏡はより一層楽しそうに急ぐのであった。
 階段を上りいつものドアをノックする。ドアベルは使わず、二秒間隔で四回のノック。これが「訪問者は高海鏡」を意味する合図となる。
 ドアがゆっくり開けられると共に眠たげな矢岩(やかた)(ひかる)の顔が現れた。
「今日は予定がないはずだぞ?」
 恐らくうとうとと眠りかけていたのだろう、普段なら無言で部屋に入れるのだが珍しく不平を鳴らした。
由音(ゆね)の手伝いに行くわよ」
 鏡は自慢気に『何か』を玄の目の前に突きつけた。
「お前これ、許可が下りたのかよ……」
 玄は突きつけられた物を驚愕の眼差しで食い入るようにじっと見つめる。
「総班長から連絡があってね、これを使って由音を助けて欲しいだって」
 鏡はそれを玄の手に無理矢理押し付ける。
「助けるって何からだよ」
「さぁ?」
「さぁってお前」
 呆れる玄を尻目に鏡は勝手に部屋へと上がり込む。もういつもの事であったため、玄も抵抗なく受け入れた。
「相変わらず何もないわね」
 部屋にある物は必要最低限の家具だけで、テレビなどの娯楽用の品々は一切置かれていない。
「折角お金持っているんだからたまには使ったら?」
「不必要だ」
 鏡の言葉を適当に流して玄は自分の手にあるそれをじっと観察していた。
「生きている内に使わなきゃ意味無いでしょうに。明日には死ぬかも知れないのよ?」
 鏡は足下に落ちていた玄の上着を何気なく手に取った。
「汗くさ〜い」
「なら嗅ぐなよ」
 玄は面倒くさそうに鏡の手から上着を奪い返すと、洗濯物入れとして使っている籠にそれを投げ入れた。その籠の中を見た鏡は大きなため息をつく。
「あんたまた洗濯物溜め込んでるの?」
 呆れた声を出しながらも鏡はその溜まりに溜まった洗濯物を洗濯機に押し込む。
「明日ちゃんと洗いなさいよ。確認しに来るからね!」
 玄は鏡の言葉に適当に相槌を打ちながら受け取った物を鞄に丁寧に入れた。
「で、今あいつは何所にいるんだ?」
 洗濯済みの物としては最後となる上着をハンガーから下ろしながらのうのうと訊く。
「鬼神の家よ」
「おいおい、俺達が行く必要あるのか?」
 鏡は両手を肩の横に広げ「わからない」という仕草を見せる。
「ま、無駄足になっても構わないが」
「あら、私と由音だと随分姿勢が変わるのね」
 これまた洗濯済みとしては最後となる靴下を履きながら玄は面倒くさそうに言った。
「お前に関しては心配なんて徒労だろうに」
「ふーん」
 鏡は支度が完了した玄の耳を掴んで外へと引っ張り出した。
「さ、大事な大事な私達の後輩ちゃんを助けに行きましょう」

▽▽▽▽▽

(あずさ)!」
 暗い木々の間を(くぬぎ)が声を上げながら歩いている
「梓、どこ?」
 彼女は焦りを滲ませたような声を張り上げて暗い道を進む
「あず……さ?」
 一定間隔に設置されている外灯の下に梓の物と思われる小さな足が横たわっているのが見えた
「大丈……」
 駆け寄る椚の目に映ったのは首から上が足りない梓の力なく崩れたような死体だった
 その途切れている首から未だに鮮血が流れ出ていた
「…………殺す」
 普段は大人しい椚が牙を剥いて暗闇に向かって吠える
 紫の目は獣のような光を宿していた
「出てこい」
 椚の叫びが闇に消え入った後に金属が重なり合う音が小さく響いた
「恐い恐い」
 嘲るような女の声が暗闇から聞こえてきた
 頭に血が上っているとはいえ椚は怒りに身をゆだねて声の方に突進するような魔ではない
 冷静に外灯の下に飛び移った
 梓の惨殺死体を横目に
 その首の切断面からみて相手は飛び道具ではな大型の刃物だ
 ならば闇に隠れるでなく光に包まれる方が安全である
 見えない刃の長さを測ることは難しいのだ
「へぇ、そう言うのは徹底してるんだぁ」
 再び響く嘲りの声
「そう言う貴方こそ声を出すとは徹底していませんね」
 外灯の下で血が滲むほどに拳を固めて構えた
「余裕から、かな」
 街灯に近づいてきた女の全身が照らされた
 それはどうやら異国の者であった
 女の長い金髪が風になびく姿は暗きこの場に栄える
 照らされた顔から推し量るに恐らく年は十六辺りか
 その肌には血が伝っていた
 梓のであろう
 しかしその口から出るのは流暢な日本語であった
「それ以上近づかない方が良いわ」
 女の背後から更に女の声がする
「分かっているって」
 先の少女の後ろから現れた女は異様な姿をしていた
 顔面は見えない
 何故なら真っ白な包帯が幾重にも巻かれているからである
 辛うじて覗けるのは彼女の金色の眼と左右に突き出ている耳だけであった
 その背中には普通の人間が持てるはずのない程の大きな鉄板の様な剣が背負われていた
 不躾な殺意の塊のような凶器を背負う包帯の女は狩りをする鷹のような目で椚を睨む
「さて、どう殺そうか」
 金髪の女は背中に(くく)り付けてあった棒を抜き取った
 その棒の先には円の形をした刃が付いている
 恐らくあれは首を刈る道具なのだろう
 内側には梓の物と思われる血が大量にこびり付いていた
 椚の唇に犬歯が突き刺さる
「殺す」
 喉の奥から捻り出してきたような声が椚の口から零れた
「馬鹿ね、死ぬのは貴方に決まっているでしょう?」
 金髪の女は首刈り器にこびり付いた血を挑発するかのように指でなぞり取り、その指を嘗めた

 地響きがする
 椚が右足に力を込めると地面が抉れた
 それは一瞬
 疾風(はやて)のごとく突き出される椚の拳を金髪の女は髪をなびかせてするりと避け、慣性のまま横を通り抜ける椚の首に刃を掛ける……

 その口は雅に曲がった

 降りしきる椚の血しぶきを喜ぶようにその妖艶な顔に浴びて瞼を閉じる
 包帯の女はそれを尻目に首から上を失った椚の体に彼女の得物を振り下ろした
 無惨な姿となった三つに分かれた椚の死骸を見下しながら彼女は呟く
「弱すぎる……」
 鬼神と呼ばれているあの女を護るにしては弱過ぎではないのか?
 疑問がわき起こる
「でも実際に死んでるから良いんじゃない?」
 金髪の女は楽観的に答えた
 自分の服で顔にこびり付いた二人の血を拭う
「さ、姉さん、目標に逃げられる前に片付けるわよ」

▽▽▽▽▽

菅江(すがえ)由音(ゆね)です」
 通された部屋には二人の男女がいた。やはりあの男だった。その横の女性は前に廊下でこの男に抱きついていた人だろうか。やはり綺麗な人であった。
「私は高海鏡、一応あんたの一つ上の上司よ。今日からだけどね」
 世渡りの上手そうな笑みを作り上げて高海鏡は私に手を差し出してきた。
「……よろしくお願いします」
 その手に軽く触れて握手とした。

 久しぶりにまともな人間に触れた

「こっちは何度か顔を会わせているみたいね。矢岩玄よ」
 女性に紹介される形でこの男の名を知る。
「よろしくお願いします」
 男が何も行動を起こさないのでこっちから一応の礼儀を通す。男の口からはまだ何も言葉は発せられていない。
「そして私が彼らの上司と言うことです。一応名前もう一度言いましょうか」
春日井京鹿(かすがいきょうか)さん、で良いんですよね」
「はい、素晴らしい記憶力ですね」
 その女性のような顔をした春日井京鹿は子をあやすように拍手をした。
「ではこれから二人に付いていってくださいね」
 その言葉で高海鏡と矢岩玄の表情が一瞬で変わった。矢岩玄は横の机の上に置いてある剣のような物を掴むと、不躾に私の前に差し出してきた。
「持て」
 それだけ言うと彼は部屋を出て行く。それを見届けた高海鏡は私の肩に両手を乗せ私を前へとゆっくりと押し誘う。
「簡単な運動するわよ。あんたの場合あまり意味無いかも知れないけどね」
 その言葉は私の現状を知っていることがわかる物であった。

  普通ではない、この体

 女でなかったら今の自分はどうなっていただろうか。あいつらと同じように体を引き裂かれて塵屑のように窓の外に投げられていたのだろうか。

  でもその方が良かったのかも知れない

 こんな体になるよりは増しだったのかも知れない。まともに生きられないこんな体になるよりは、ね。
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