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神影の彷徨 作者:ゆちゃあ
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第三話 水鏡 / 6〜中話(3)




 町を一望できる丘に彼女達は立っていた。
「姉さん、あれが鬼神の住処よ。立派な物ね〜」
 少女は後ろに立っているもう一人の少女に向かって手を振る。
 彼女は普通。
「…………そう」
 呼びかけられた少女は興味が無さそうにただそう呟く。
 彼女は異常。

「私達の目当ても彼処にいるといいのだけれど」
 少女はもう一度その屋敷を見下ろす。
「まあ、いてもいなくてもやることやっとけば良いのだけどね」
 彼女は普通。

「…………そうね」
 彼女は異常。

▽▽▽▽▽

「ん……」
 ………………ああそうだった。
「朱水の家だったっけ」
 客室のベッドで寝ることになったんだっけ。目を覚ました途端見知らぬ光景に包まれて一時呼吸が止まってしまったのだった。時計を見るとまだ金曜日だ。使い魔さん達は本来食事をとる必要はないのだけれども今日の夕飯は皆で楽しくご飯を食べた。椒ちゃんは初めて作るハンバーグでうまく小判形にできなくてしょぼくれていたけれど、丸いハンバーグがあっても良いんだと思うんだ。私がそう言うと椒ちゃんは「それもそうですよね」と元気を取り戻してくれた。美味しかったんだもの、形なんてどうでもいいんだよ。それに椒ちゃんが作ったという事実こそが一番大切なんさね。だってそう、皆美味しそうに食べていたんだから。誰も形の不格好さを指摘したりしなかった。椒ちゃんが皆を思って作ったんだもの、誰もそれを否定することなんてできないんだ。

 目覚めると自分の着ている朱水から借りた寝間着がまだ夜の気温には不向きで、それだけでいるには肌寒い事に気付いた。私は普段は夜寝る時は何の色気もないジャージで寝ているので、それをこのような家で着る勇気は無く朱水に事前に借りる約束をしていたのだった。夕食後、何か変な期待に満ちた顔の朱水に最初に渡された代物はスケスケのネグリジェであった。流石にそれは無理だと突き返すと朱水と椒ちゃんと、何故かおまけに由音ちゃんが肩をがっくりと落としていた。こんなのを他人様の家で着るほど私は達観していないよ。微妙に食い下がる朱水・由音ちゃんペアに何とか勝利し、まともなシルク地のツーピースを手に入れたのだった。念のためと持ってきていたパーカーを羽織り、目が覚めてしまったために訪れる孤独の寂しさを紛らわすためにテレビのスイッチを入れる。
 あぅ、トイレ行こぉ……。
 中途半端な睡眠の所為か、フラフラしながらも客室のドアへと辿り着いた。
 ドアを開けると、どの部屋の前にもある高級そうな椅子の一つ、私の部屋の目の前にある椅子に誰かが座っていた。
「お目覚めですか?」
「椒ちゃんか。こんな所でどうしたの?」
 やっと灯りに慣れた私の目は頬を膨らませる椒ちゃんを捕らえた。
「何を言っているんですか。あんな話を聞かされた後では尼土様を一人には出来ないでしょうよ。だからここで夜番をしているんです」
「あ、朱水に頼まれたのかな? ごめんねぇ、椒ちゃんも寝たいのに」
 しかし椒ちゃんは頬を赤く染め上げるとそっぽを向いてしまった。
「あぅ。私何か変なこと言っちゃったかな?」
「尼土様は…………」
 椒ちゃんは長い廊下の先に視線を向けながら私に言う。
「尼土様は私が何時でも御主人様の命令だけで動いているとお思いですか?」
 言葉の最後で私へとゆっくり顔を向けた。その目の色で、私は椒ちゃんが怒っている事を知る。
「私が御主人様の命令でここにいるとお思いなのですね。私が貴女様のために自ら動くことは無い、そう言うことですね」
 まずい、椒ちゃんの目から察するに本当に言ってはいけない言葉を言ってしまった様だった。
「ご、ごめん。椒ちゃんが私なんかのためにそこまでしてくれるとは思って……」
 急に椒ちゃんは立ち上がると私の言葉を遮るように私の口を手で塞いだ。あまりに突然だったため私は微動だにできなかった。
「自分のことを『なんか』等と今後仰らないでくださいね。尼土様は私にとって……」
 椒ちゃんは言葉の途中で自分の手を見る。すると「あっ」と顔を更に真っ赤にして手を退けてくれた。
「ご、ごめんなさい。何も考えずにこんな失礼な行為を」
 椒ちゃんは飛び退くように窓際へと下がってしまった。起きて間もないためかその一連の動作の速さに目が追い付けていなかった。
「いや、別に良いって。それに椒ちゃんは私のために注意してくれたんだもん。嬉しいもんさね」
 それより椒ちゃんの言葉の続きの方が気になる。でもここで聞いたら無粋になるだろうから諦めよう。あぅ〜、勿体ない。
「ところでこんな深夜にどうなさいましたか?」
「うん? ただのトイレだよ」
「す、済みません。失礼なことを訊いてしまいました」
 椒ちゃんは頭を深々と下げた。何と言うか、いつもらしくない態度だった。
「いや、良いんだって。何だか今日の椒ちゃんはいつもと違うみたい」
「違う、ですか?」
「うん。何となくそんな感じかな」
 椒ちゃんは口に指を当てて考え込む。私は何気なく言ったんだけど椒ちゃんは大きく捕らえてしまったようだ。
しかし私の体はそんな椒ちゃんにしては珍しい仕草を観察することを許してくれなかった。
「あのさ、ここから一番近いトイレって何所かな?」
 私の問いに考え込んでいた椒ちゃんは一応反応してくれた。良かった、反応してくれなかったらどうなった事か。
「廊下の突き当たりを左に曲がると直ぐです」
「ん、ありがと」
 私は再び考え込んでしまった椒ちゃんを残して廊下を進んだ。ああもったいない。

 朱水の家の廊下の窓は普通の家では考えられないくらい大きなガラスで出来ている。二十メートルくらいが一枚のガラスでこさえてあるようだ。どうやってここまで運んできたのだろうか? やはり魔法とか霊力とかそういう物の類で持ってきてここに館を立てたのだろうか。朱水の家を上空から覗くときっと大きなLの文字に見えるだろう。おまけに三階建てだから本当に広く感じる。それなのに住んでいるのは朱水と執事さんと使い魔さん達だけだからすごく勿体ない気もする。そのだだっ広い窓から外の庭を眺めていると小さな家のような建物があることに気付いた。凄い所はそれが小屋という外見でなく小さいながらも家としてそこに建っている事だ。一つの敷地の中に家が複数あるその感覚が新鮮すぎて、どうにも建物が気になってしょうがなかった。その建物からは光が微かに漏れているので誰かが今現在いるのだと言うことが分かる。

 トイレから帰ると椒ちゃんはやはり椅子に座って私の部屋の番をしてくれていた。
「椒ちゃん、廊下から見えるあの建物は何かな?」
「建物、ですか?」
「うん。敷地内にあるやつ」
 手振りで家っぽい形を作ってみるも椒ちゃんにとってそれがヒントになったかは不明であるが、しっかりとあの建物を思い出してくれた。
「ああ、あれですね。あれは御客様専用の館です。広い家は落ち着かないという方がいらっしゃいますからそう言う御客様用に建てられたのです」
 ふ〜ん。客のためだけにあんな物を作っちゃうのか。流石にこんな家を作るだけはある、発想が違うね。
「なら今は由音ちゃんがいるのかな」
 客室ならいるのは当然お客、つまり私か由音ちゃんかアイシスだ。アイシスは個人の部屋を朱水が用意しているのであそこにいるはずがない。しかし椒ちゃんは頭を斜めに傾けた。
「いいえ、菅江様はこの屋敷の客室におられますよ?」
「あれ? ならあれは誰だったのかな」
 椒ちゃんは私の言葉に少し眉を曇らす。私達以外の誰かがいるってことなのかな。

 今日聞いた話を思い出した私の体は、知らない誰かがいると言う事実だけで体温を数度奪われた様に冷えた。同時にふわふわしていた気分はその輪郭を氷固めて脳が完全に覚醒した。

「まさか菅江様が仰っていた……」
 椒ちゃんはそう呟くと急に走り出す。きっとあの建物に向かう気だ。椒ちゃんは、自分は誰かと一緒だと力が使えないから一人で行くしかない、きっとまだそう思っているんだ。でもね、私は椒ちゃんの横に並べられるんだよ。こんな私でも何か助けになるならばと決心する。
「待って、私も行くよ」
 走る椒ちゃんを追いかけて私も一緒の方向に向かう。
「目的が尼土様でしたら尼土様が来るのは危険です! それに私の力を御存知でしょうに」
「でも椒ちゃんから離れる方が危険なんじゃないかな? ああそれと、二つ目の言葉は私が同じ言葉を言い返せるよね」
「それは……」
 私だけが椒ちゃんとずっと一緒にいられる資格を持つと言う事を椒ちゃんはもう分かっていた。だから誰にも応援を求めずに私達だけで向かうのだった。椒ちゃんで私を守れないのならばそれは朱水でも守れないと言う事らしい。二人の力は似ていると以前朱水が言っていた。
 観念した椒ちゃんはポケットから一本の紐を取り出し私の手に握らせた。どうやらこれは梧さん以外の使い魔さん全員が持っている魔具らしく、この館の一番安全な所に一瞬で体を運ぶ事が出来る代物らしい。梧さんはどうやら必要無いらしいがその理由はこの状況では聞き出せなかった。これは使い魔さん達だけが使える魔具らしく、私がピンチの時は椒ちゃんがこれに意識を通して私を送り出してくれるらしい。とにかく何かあった時のためにこれを持っていてくれと、何度も振り返る椒ちゃんに言われたのだった。
 そうこうしているうちに建物の前に着く。私達の荒い呼吸以外は世界の全てが静寂の夜着に隠れていた。私達だけがその夜着から這い出てしまっていた。
「尼土様は離れていてください。私に何かあれば直ぐに御主人様が対処しますので、その間だけは魔具で飛んだ先にて御自分で身を御守り下さい」
「うん……」
 椒ちゃんの尋常じゃない雰囲気に私はただそう答えるしかできなかった。月光に照らされた彼女は美しさだけではない、何かを身に纏っている。以前感じていた彼女に対する物とはまた違った恐怖心がその姿を見ていると湧き上がる。

 椒ちゃんがドアを開けると灯りが外へと零れ出した。
「……菅江様ですね」
 椒ちゃんは緊張が解けたのか、クスリと笑いながら目の前にある綺麗に並べられた靴を指さす。なるほど、由音ちゃんの靴に間違いない。
「この匂い、湯浴みをなさっていられるようですね」
 椒ちゃんは鼻をくんくんさせてそう言った。私にはわからないけどシャンプーか何かの匂いがするのかな? 流石いつもいい匂いを振りまいている彼女だ、嗅覚は私よりもすぐれているらしい。……いい匂いは関係無いか。
「ねぇ、折角だから私も入ってきて良い?」
「何が折角か分かりませんが菅江様が宜しければそれで良いのでは?」
 しかし、と椒ちゃんは続ける。
「あくまであの方は削強班であり、人間です。その事は肝に銘じておいて下さいね」
「うん……わかっているよ」
 私がそう答えると椒ちゃんは納得いったような顔をして微笑む。
 分かっている、あの子は人間で私達はそうじゃない。

  分かっているよ

「では私はここにいますので何か御用があったら仰って下さいね」
「うん、ありがと」





Sepia

「ここは?」
 その人は私の質問にそう答えた。
「入団すれば貴方が管理できる場所ですよ。貴方だから出来る、そう言っても過言ではありませんね」


 そこは沢山の本で埋まっている、しかし紙の臭いなど一切無い不思議な空間だった。
+注意+
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