第三百三十七話 将軍の上洛(前編)
---三人称視点---
夕食を食べ終えたリーファ達は、
またバリュネ大尉達が居る男部屋に集まった。
集まった面子はリーファ、ロザリー、バリュネ大尉。
アストロス、シュバルツ元帥、ジェイン、エイシル。
そしてラビンソンとロミーナ、ミランダ。
このジャパング遠征の同行者全員だ。
ミランダなどは非戦闘員であるが、
彼女もリーファの大事な従者。
だからリーファも彼女の同席を求めたが、
バリュネ大尉は「構いませんよ」と軽く承諾した。
男性陣は車座になって胡坐をかいて、
それぞれ座布団の上に座っていた。
対する女性陣は正座で座布団の上に座った。
「端的に聞くよ、バリュネ大尉は、
坂本某がこの寺田屋をよく利用する事を
知ってて、ここに泊る事にしたのかい?」
用心のためにエレムダール大陸の共通言語で、
ロザリーが小声でそう問うた。
「そうですよ、ロザリーさん」
にべもなくそう答えるバリュネ大尉。
するとロザリーが柳眉をわずかに歪めた。
「そういう事は最初に云って欲しいね」
「順序が逆になりましたね。
その件については謝ります。
騙したようで申し訳ありませんでした」
「まあそう言うなら、あーしは赦すけどね。
それでこの寺田屋に泊りながら、
坂本某と神剣組の動向を追う、という訳かい?」
「そうです、坂本に関しては、
最近、薩摩藩出身の倒幕派のリーダーとも懇意しております。
「薩摩藩? 何それ?」
興味なさげにそう言うロザリー。
近くに居るリーファも似たような印象を抱いていたが、
バリュネ大尉は根気よく説明を始めた。
「端的に云えば、倒幕派運動の中心となる
人物を輩出している勢力を持った地域です。
その薩摩藩出身の倒幕派のリーダー。
西条隆盛と坂本が最近懇意してるとの話です」
「坂本氏の立場は倒幕派に属する形でしょうか?」
「リーファ殿、基本的にはそうと云えますが、
あの男は今、手当たり次第に商売や人脈拡大に
力を入れており、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いです。
でも先程、見たようにつかみ所がない男です。
ですので今のうちからマークしておくべき。
と、私は思います」
「確かに隙の無い男でしたね」
とりあえずリーファは相槌を打つ。
本音を云えば、それ程の人物には見えなかったが、
任務なので、ここは」バリュネ大尉の方針に従う事にした。
「でも個人的にはそこまでの人物には、
見えなかったね、気難しい偏屈男という感じワン」
「まあジェインがそう言う気持ちは分かるがな。
だが人間なんて生き物は、状況次第で一瞬で化けるものさ。
俺も長い帝国での生活でそれを多く見てきた。
逆もまた然りだがな」
と、シュバルツ元帥。
「ええ、現時点で坂本龍牙という人物のポテンシャルは、
未知数ですが警戒しておいて損はないでしょうね。
だから我々は最初の方針通りに、
神剣組と坂本、その二つの組織と人物をマークしておきましょう」
バリュネ大尉の言葉にリーファ達も無言で頷く。
そして幸か不幸か、神剣組と坂本が、
この京において重要な役割を担う事になっていこうとしていた。
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文久四年(聖歴1758年)9月24日。
リーファ達はしばらく寺田屋に泊って、
神剣組と坂本龍牙の動向を追ったが、
そのどちらも特にこれといった行動は起こさなかった。
そんな中、徳澤幕府の第十四代目将軍。
徳澤家茂が軍艦「翔鶴丸」で海路から二度目の上洛を果たした。
尚、将軍が海路上洛したのは、これが初めてであった。
その結果、神剣組は、大阪城に入る将軍の警護に当たる事なった。
また老中の水木忠精から、
リーファ達もその場に同行するように命じられた。
リーファ達は普段の服装、武装のまま、
上から黒いフーデット・ローブを羽織るという格好で、
京から将軍が来る予定の大阪城へ向かった。
京では前年の八月十八日の政変で、
尊王攘夷派が朝廷から失脚しており、
家茂は朝廷より歓迎されて、
従一位右大臣に昇進した。
神剣組は副長の聖歳三と山縣敬助が将軍警護のため隊士を率いて、
大阪に出張していたが、そこで山縣が負傷する。
大阪の富豪の岩木升屋に不逞浪士が押し入り、
聖方と山縣が隊士を引き連れて、駆けつけたが、
その戦いの最中に山縣は左腕に大きな傷を負った。
その傷は想像以上に重傷で後遺症が残ってしまった。
それ以来、山縣は部屋に籠もりがちとなった。
そうした中、リーファ達は、
大阪城で最も格式の高い部屋に通された。
すると五分後。
第十四代将軍の家茂が老中の水木忠精を引き連れて、
颯爽と現れて、リーファ達に労いの言葉をかけた。
「ロザリー殿にバリュネ大尉。
今日はわざわざ足を運んでくれて、とても嬉しいぞ」.
「「滅相もございません」」
家茂に対して、ロザリーとバリュネ大尉が大きく頭を下げた。
その後にリーファ達も同様に綺麗なお辞儀をする。
このジャパングにおいては、
リーファはあくまでアスカンテレス王国の一人の特使に過ぎず、
この場における発言権は、
ロザリーとバリュネ大尉が握っていた。
尚、この場の謁見が赦されたのも、
ロザリーとバリュネ大尉とリーファの三名だけであった。
そんな三人をジッと見て将軍・家茂は――
「それで神剣組と坂本某の件はどうなっておる?
噂では神剣組は朕の護衛をつとめたが、
その最中で隊の幹部が負傷したらしいな」
するとリーファ達は無言で視線を交わして、
リーファとロザリーが横目でバリュネ大尉を見据える。
それからバリュネ大尉は、「コホン」と咳払いして、
家茂と老中・水木を見据えて、話を切り出した。
「実は――」
次回の更新は2025年6月14日(土)の予定です。
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