耳の花
「何だかすっかりと温かくなってきましたね。もう季節は春ですね。なのでホラーな話でもしましょうか?」
「ホラーな話ですか?ホラーと言えば夏なんじゃ・・・」
「じゃあ、ホラ話でもしましょう」
「はあ」
その部屋には女が二人。
一人は目隠しをしていて、一人は白衣を着ている。
「ほら、春にはエイプリルフールとかあるし大丈夫です」
「四月はだいぶ先ですが」
「まあ、気にしないでください。では、話しますね。それはある夜の話でした。いつも通り私は仕事終わりに何件か居酒屋をはしごして泥酔して帰ってきました。服を脱ぎ散らかし、とりあえずベッドにばたりと伏せります。いつもならそこで意識を失うのですが、その日は違いました。耳の中がごそごそと鳴って、眠れませんでした。原因は分かっていました。私のかわいらしい耳をお花と勘違いした虫が中に入ってしまったのです。私はいじくって奥に入られては困るので、明かりを耳元に持ってきて虫が出るのを待っていました。その数分間と言ったら、まさに地獄のようでした。何とか虫が出てきたのは良かったのですが、問題はその後でした。なんとその虫は私の耳の中に入る前にも他の人の耳の中にも入っていたのです。おかげで受粉してしまいました」
「受粉ですか?」
「はい。耳の中に小さな膨らみができたのですが、痛みも無く、私は見逃してしまったのです。そして、ふくらみの中の種が発芽した時にはもう手遅れでした。すぐに芽は育ち、木になり、太い幹に耳の花が咲き乱れます。そりゃあ、もう、そこいらの梅の花のように満開で。耳が多すぎて、うるさいのなんの。そう、今の片平さんのように」
「ははは・・・私みたいですか」
「ええ、この部屋が防音してあって、目かくしして、聴覚が鋭敏になっていると言っても、片平さんにとっては私の声はうるさ過ぎますでしょう?」
「ええ。まるで工事現場のまん真ん中にいるようです」
「それは大変ですね。なので、私は耳の花を切ることにしました」
ジョキリ。
「え?・・・何です?今のジョキリという音は?」
「はい。今、片平さんの耳の花を切っています」
「ま、待ってください!私にも耳の花が?さっきのはホラ話じゃ?」
「ええ、そうです。ホラ話ですよ。だから、片平さんには耳の花なんてありません。けれど、私がハサミを動かすたびに少しずつ聞こえてくる音は小さくなっていっているでしょう?」
「・・・本当だ・・・小さくなっていってます」
「ただ全部切ってしまうともしかして聞こえなくなるかもしれませんから、少し残しますね。では、これからずっと私が独り言を言い続けながら切るので、ちょうどいい音の大きさになったら手をあげてください。そこで止めますから」
それからしばらくして、二人はその部屋を出てきた。
「お疲れ様です」
立ち会いで部屋の外にいた白衣の男が二人に声をかける。
「はい。ありがとうございます」
笑顔を返す片平に白衣の女性が続けて話しかける。
「どうです。耳の具合は?」
「はい。すごくいいです」
「それは良かった。先程のは暗示のようなものですからこれから何度か通っていただいて、暗示をより強固なものにしていきます。暗示ですから薬のようにいつ切れると言うものはないですが、少しまた音が気になりだしてきたなと思ったら来ていただければいいと思います。本当は片平さんの生活環境や職場の環境を変えて、原因のストレスを減らしていく方が望ましいのですが、一朝一夕に変わるものではないですからお守りぐらいに思っていただければいいですよ」
「はい。分かりました」
「では、お大事に」
患者が出ていくのを二人の医者は見送る。
「耳の花・・・ですか。よくあんな話すらすら思いつきますね、神村先生。全く感心しますよ」
「そうですか?私には耳の花が見えていましたので、それを少し脚色しただけですが。熊谷先生には見えませんでしたか?耳の花?」
そう言われて熊谷医師は先程患者が去ったドアを見つめる。
「私には何も・・・」
「そうですか。私、実は少し霊感があるみたいなんで、きっとそのせいですね。聞こえすぎると言うのも大変そうですが、見えすぎると言うのもなかなか大変なものです」
「その話もホラ話・・・なんですよね?」
不安そうな熊谷に神村は不敵に笑む。
「じゃあ、そういう事でいいと思いますよ」