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異世界ファンタジーについて思うこと

作者:kappa
 自分はファンタジー小説が大好きだ。ゲームをするのも結構好きな方だと思う。ただ、ファンタジーゲームのような小説はちょっとご都合主義に感じられて少しだけ苦手だ。作者様の力なのかゲームの世界っぽくても面白く読めるものもあるにはあるけれどやはり本質的に自分は苦手のようだ。元々自分は、ファンタジー漫画を読んでこれは面白いなと思って早川書房とかで発行されている海外ファンタジー小説の方向に走っちゃった人間だからなのだろう。自分の好むファンタジーと小説家になろう受けするファンタジーとは基準が違うのだろうという自覚はしている。
 自分は作りこまれた世界観を持ったファンタジーが好きだ。設定を考えるのも大好き。だって楽しいから。こういった宗教のある国にしようとか、気候は西岸海洋性気候にしようとか、こういった特産品があるとか、温泉が沸いてるとか、勢い余って地図まで描いちゃったりする。逆に地図を描いたら、こっちの国は大陸の東側だから温暖湿潤気候になるのかな、なんて妄想をするわけだ。プロット作って設定を妄想するのが一番楽しい気がする。一番楽しい作業なのになんでどこかのゲームから借りてきたような設定が氾濫しているのだろうと疑問に思う。しかも借りてきたなにかの設定が、大本の海外ファンタジーをデフォルメしたものを、さらにデフォルメしたもののような気がする。デフォルメのデフォルメだから国家の成り立ちとかがすごくおかしく感じたりする。
 例えば、封建主義の国家と学校教育は相容れないものなのに、一般人も入れる魔法学校が出てくる小説がある。封建主義の場合、農民などの被支配階級の人間は無学の方が都合がいい。下手に学をつけて革命でも起こされたらことである。学校教育が必要とされる社会と言うのは工業化が進んで工場などで教育を受けた人間を使う必要がある社会だと思う。産業革命が起こって一般人の教育の必要性がおきたのに、産業革命も何もおきていない世界で一般人の教育が広まるのは正直おかしい。産業革命前の世界では教育は一部の金持ちや貴族などのエリートのためのものだった。封建主義の国は教育を受けた支配階層が教育されていない被支配階層を支配することで安定を得ているのに、一般人に対して高度な教育をする制度が出てくるのはかなり変な気がする。 (江戸時代の日本は寺子屋が盛んで、識字率が世界的に見て高かったんだけど、江戸時代の日本はどちらかというと特例だと思う。それに寺子屋って国が政策的に行う学校教育というのとはまた違うと思うしね。あと寺子屋じゃなくて藩士の子弟が通う藩校などはやっぱりエリート教育機関だったわけだし)
 他にもゲームでよくある便利な四次元荷物入れ、アレも相当おかしい。中にたくさん物が入るのに重くないとか、入れたものの品質が劣化しないとか、そんな物があったら流通革命が起きると思う。四次元荷物入れがあれば遠くの土地のものも時間はかかるかも知れないが劣化せずに運べてしまう。しかも中世や近世でよくあった飢饉が四次元荷物入れに食料品を備蓄することで対応出来るようになる。中に入れた物が劣化しないなら冷蔵庫代わりに使えるのだ。飢饉の対策が出来たらその社会は余裕を持って発展するはずだ。さらに良く考えるとそんな便利なものが元々普及している社会なら、他の便利な道具を開発しようとする人間が出てきたり、便利な道具の開発に携わる人間を教育しようとする動きが出てきたりして、中世や近世レベルの社会では収まらなくなっているはずなんだ。それなのに中世とか近世とかのままで王族や貴族がのさばっていたりする。他にも魔法や魔法に付随するもので社会が発展するものはたくさんある。昔の海外ファンタジー小説では大体魔法が使えたりするのは限られた人だけだった。おそらくあまりに便利なものを出したり便利なものを一般化したりすると、想定した中世風の世界観だのに収まらなくなってしまうからだろうと自分は思っている。
 後、その世界で信仰されている宗教などを練りこんで設定していないのか、道徳観などがおかしいなと感じるものがある。別に異世界トリップ主人公とか異世界転生主人公とかが現代感覚なのはかまわないんだけど、現地の人間があまりにも現代人のような思考を持っていたりするとアレレおかしいなって思う。例えば実際の中世ヨーロッパだと男女交際とかはかなり厳しかったらしい。中世とか男女が二人きりで連れ立って歩くとか婚約でもしていない限りありえないくらいの事だった。それでもってお祭りで好きなあの子とダンスが出来るとかいって張り切って練習しちゃうとかそういうレベルだったりする。死生観とか、結婚観とか、道徳観とか、主には宗教が影響してくるはずなんだけど小説家になろうでよくある小説ではなぜか宗教の設定が端折られている気がする。ファンタジーで宗教は結構重要だと思っていたのに何でなんだろう。神々の戦いに巻き込まれる主人公とか海外のヒロイックファンタジーなんかでは良く見る設定だったりするんだけどなぁ。所詮、ファンタジーは創作の世界で作り物だとは分かっている。好きに創作して良いとも思う。でも、出来れば上手な嘘が見たいんだ。

 
 ゲームじゃない普通のファンタジーだと思って読んでたのに「冒険者ギルド」が出てくるとがっかりするんだよね。「冒険者ギルド」って何さ、一体? 正直、謎の団体だと思う。口入屋とかじゃなくてギルドってどういうことなんだろう? なんで傭兵になるとかじゃいけないのかな。フランシス・ドレークみたいに海賊から成り上がるとかじゃ、なぜ駄目なのだろう。軍関係者に拾われて将軍に成り上がるとかだってあるよ。書くのが難しいからなのは分かるけど、ギルドばっかりなのは不思議かも。

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