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  輪廻 作者:代田さん
         6月19日 4
 午後七時をまわったが、病院前は出入りする関係者や警察、消防の人間でごったがえしていた。
 その喧噪を抜けて表に出た寺崎は、正面玄関前のタクシープールをゆっくり歩いていたが、ふと足を止めると上階を振り仰いだ。
 窓ガラスの抜けた八階の病室内は明かりがないので暗かったが、人がひっきりなしに出入りしているのか、懐中電灯の明かりが上下したり、人影が忙しそうに動き回っている様子が見られる。
 寺崎はしばらくその場に佇んで病室を見上げていたが、やがて目線を落とすと、深いため息をついた。
 あの時、亨也から言われた一言が、頭の中でリフレインする。

『寺崎さんは、今回はご遠慮いただけますか』

――結局、俺は役立たずかよ。

 寺崎はきつく奥歯を噛みしめる。今回、紺野をこんな目に遭わせた原因は自分だった。そして、そのフォローもしてやれなかった。更に、紺野がこれから行う力の解放……それは恐らく、かなりの危険を伴うものに違いない。それにも、自分はついていくことすらできないのだ。もしかしたらそれっきり、会うこともできなくなるかも知れないのに。

「……畜生!」

 寺崎は握り拳で思い切り自分の足を殴りつけた。じんじんと震えるほど痺れる痛覚に耐えつつ、その場にしばらく立ち尽くしていたが、やがてゆっくりと一歩踏み出し、骨が折れていないことを確認すると、俯いたまま歩き始めた。
 寺崎の隣を赤色灯を点滅させた警察の車が行き過ぎる。病院前で停車すると、数人の警官が中へ駆け込んでいく。だが、寺崎はそれにも全く気づかない様子で、俯いたまま振り返りもせず、ゆっくりと駅の方へ歩き去っていった。
 そんな慌ただしい病院のエントランスの道を挟んで反対側、少々離れた道路脇に、少女が一人佇んでいた。
 夜風に靡く緩いウエーブヘアに、ぱっちりした二重の目。ティアードスカートにレギンスを合わせ、丈の短いパーカーを羽織ったその少女は、……村上出流だった。
 出流は鋭い目でじっと窓枠だけの病室を見上げていたが、やがてくるりと向きを変えると、ゆっくり駅の方へ向かって歩き始めた。

☆☆☆  

 亨也が帰宅できたのは、午後十時を過ぎた頃だった。
 紺野はそれまで、亨也の診察室で横になっていた。あの後一回頭痛が来たが、薬の効果が薄れていたことと、亨也が前回の教訓から素早く強いシールドを張ったので、それほど外部的な影響はなく過ごすことができた。ただ、紺野自身はそれと反比例するように痛みが強くなってきたらしく、涙を流してそれに耐えてはいたのだが。
 亨也は紺野を連れて病院を出た後、物陰で自宅までテレポートした。当然電車など使える状況ではなかったからだ。紺野も、今は亨也だけが頼りだった。
 二人が出現したのは、亨也のマンションの玄関だった。

「どうぞ。お入り下さい」

 紺野は例によって躊躇していたが、再三促されてようやく上がった。かがみ込んできちんと靴を揃えている紺野の後ろ姿を見ながら、亨也はくすっと笑って部屋の明かりをつけた。
 そこはきちんと片付けられた十畳ほどのリビングだった。シンプルかつモダンな家具で統一された室内は、随所に亨也の趣味の良さが反映されている。紺野は感心したように半分口を開けたまま、入り口に佇んで部屋の中を見回していた。

「シールドをかけますね」

 亨也は荷物をソファに置くと、すぐさま意識を集中する。何はさておき、これをしなければ始まらない。銀色の輝きを纏う亨也を、紺野は眩しそうに見つめていた。
 やがて、部屋全体がぼんやりと淡い銀色の輝きに覆われる。

「かなり強いシールドをかけたので、恐らく一晩くらいは持つと思うのですが。何かあればまたかけ直しますので、大丈夫です。あなたは心配しないで横になって下さい」

 亨也は隣の部屋の明かりをつけると、ベッドをきれいに整え始めた。

「私のベッドで申し訳ないですが」

 それを聞いて、紺野は慌てて頭を振った。

「そんな……、僕がそこで寝たら、神代さんはどこで寝るんですか」

「大丈夫ですよ。居間のソファで寝られますから」

「それなら、僕がソファで寝ます。神代さんはベッドで寝て下さい」

 そう言いながらソファの方に行こうとする紺野の手首を、亨也の手がしっかりと捉えた。
 怖ず怖ずと振り返った紺野を、亨也は小さくため息をついて軽く睨む。

「あなたは病人なんですよ。病人をそんなところに寝かせて、平気でいられると思いますか」

 返す言葉もなく黙り込んだ紺野を、亨也は無理矢理ベッドの方に引っ張っていった。

「神代さん……」

「お休みなさい、紺野さん」

 亨也は先ほどまでとは打って変わって優しい笑顔を浮かべながら、部屋の明かりを消す。

「痛みが耐え難い時は起こして下さいね。側にいますから」

 紺野はそれでもしばらくは居心地悪そうに目線を泳がせていたが、やがて深々と頭を下げた。

「本当に、ありがとうございます」

「とんでもない」

 亨也は優しく微笑むと、呟くようにこう言った。

「何なんでしょうね。やけに嬉しいんですよ、あなたが来てくれて……。こんな状況だというのに」

 紺野はそれを聞いてちょっと赤くなったようだった。

「とにかく、ゆっくり休んで下さい。何かあったら遠慮なく言ってくださいね。お休みなさい」

「……お休みなさい」

 深々と頭を下げた紺野を優しく見つめながら、亨也はそっと寝室の扉を閉める。
 しばらくの間その場に佇んで俯いていたが、やがて小さく息をつくとデスクに向かってパソコンを立ち上げ、黙ってその画面を見つめた。マウスを握る手が微かに震えているのだろうか、矢印マークが微妙に揺れ動いていた。


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