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この作品は『場所小説』企画に参加しています。テーマは『授業中の教室』です。
好きな人には、いつでも自分だけを見ていて欲しいって思いませんか?


ねぇ、先生?
作:ユエ


 ねぇ、先生? いつも貴方(あなた)を見つめてるんだよ、私は――。

 午後の穏やかな空気が満ちる教室では、昼休み後の気だるい眠りに誘われている生徒がちらほら目に付く。正直、私だって少し眠たい。だけど、この数学の授業だけはどうしても寝るわけにはいかないんだ。
 黒板に向かい黙々と難しい公式と数式の羅列を板書していく先生の後姿を見やる。かっちりとオールバックで固めた黒髪と洗いざらしの白衣。白衣は少し皺がよってるけど、それすらも素敵に思える。
 でも少しくらいこっちを向いて欲しい。これだけ見つめてるんだから。
「こっち、向・け・よ」
 口の中で決して届きはしない言葉を溢す。と、不意に彼が教室のほうを向いた。自分の声が届いたのかと思い、開いただけの教科書に慌てて視線を落とす。嬉しい偶然だけど、期待してない願いが叶うのは戸惑いも大きくて。
「この公式は、今度の期末に出すからな。覚えろよ」
 先生がそう言うと、一斉にノートにペンを走らせる音や、ごそごそと起き出す生徒の音が聞こえた。私もノートをとりながら、探るような眼差しで先生をチラ見する。黒板の左上には『平面ベクトル』と書かれてある。その下の数式にはαやβの上に矢印が付いた難しげなものが並んでいた。何だかとっつきにくい難しそうな感じが先生みたい。眼鏡越しの細められた視線だとか眉間に刻まれた縦皺(たてじわ)だとかが、いかにも気難しそうなんだ、先生は。
 ねぇ、先生? そんなに難しい顔ばかりしてないで、笑った顔も見せてよ。
 こっちの心中なんか思いやれるはずもなく、骨ばった男っぽい指が細い白チョークを掴み、規則正しいリズムを伴って黒板に文字を書き連ねていく。私はチョークで文字を書くのが苦手だ。すぐ折れる。先生のチョークが折れないのは扱いに慣れてるのか優しいからなのか。
 どっちなのか定かではないけど、優しい先生は皆に対して『先生の顔』をしてくれる。それは優等生も問題児も分け隔てがない。当たり前のようで、これが他の先生はそうでもない。あからさまに好きな生徒と嫌いな生徒を区別する奴もいる。だから先生のそういうとこ、イイなとは思うけど、平等で差異のない『生徒』の中にカテゴライズされる自分がその時ばかりは少し悲しい……。
 自分で勝手に沈んだ気持ちを誤魔化すように窓際に目をやると、クリーム色のカーテンが窓からの緩やかな風で揺れていた。ちょっとしか吹いてない風なのに、カーテンは大袈裟なくらい膨らんでいる。そんなに煽らないで欲しい。これでも私は意外と繊細なんだから。
 ねぇ、先生? 想いのベクトルをただ一人に向ける仕様になってはくれないの。
 ――なんてね。少し我が儘すぎる想いに、子供っぽいなぁ、と自分でも呆れる。ただ、偽りない本音の気持ちでもあるけど。好きな人に自分を見てもらいたいと考えるのは、ひどく人間的な欲求だと思う。
 恋はままならないねぇ、とどこか達観した想いで机に伏せた。木目調の机に、いつ書かれたとも知れない字で「K先生、大好き!」と書かれてある。誰かは知らないけど、コレ書いた子とは仲良くなれそうな気がする。私が好きな人のイニシャルと違うことを確認してからそう思った。
「……き。おい、鈴木!」
 先生の大きな声が自分の名前を呼んでいたことに気づき、私は慌てて立ち上がった。眼鏡越しの不機嫌そうな彼の瞳とかち合う。
「お前は黒板でこの問題を解いてみろ」
 ぶっきらぼうに言われ、俯いて問題を解いてるクラスメイトの間を抜け前に向かう。前には難しい数式と難しい顔の先生。何か鬱になりそう。
 溜息が出そうになるのを抑えながら先生の横を通り過ぎようとしたとき、
「ちゃんと俺のほう向いとけ、理恵」
 と微かな呟きが耳に届いた。
 その途端、胸のうちに甘い疼きとくすぐったさがこみ上げてくる。口元が自然と緩んでくのが自分でも分かった。きっと、今の私は相当ヤバい顔してる。ハンパないほどに。
 先生はずるい、本当。
 仕方ないから先生を振返ることなく、彼と同じ白チョークを手に取った。もちろん優しく。狭い教壇の上で、背中越しに先生――拓也の熱が感じられるみたいだった。

 ねぇ、先生? 黒板のしかめ面しい数式が、今だけ愛しく思えるよ。



こんにちは、ユエです。
今回、初めて企画小説に参加してみました。いや、決められたルールで書くのって結構難しかったです。でも、また懲りずに参加したいです(笑)
自作の他にも『場所小説』とキーワード検索すると他の参加者様の作品も御覧になれます。同じテーマでもどれだけ違う作品になってるか、興味のある方は是非!

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