第8話『いじめ』
アルコール依存症(酒乱)の家族には、
夜尿症になる子供が多々存在するという。
それは、情緒不安定が原因と考えられているそうだ。
私も父が断酒するまで(中学1年の夏)“オネショ”をしていた。
その為、小学生の頃から
「お前、しょんべん臭え!あっち行け!!」
と男子生徒から苛められた。
後ろから追いかけられて頭を小突かれたり、
廊下で擦れ違う時に「臭え!」と言ってわざと離れて歩かれたり、
校庭では石を投げられたりもした。
唯一救われたのは、小学5年生になるまでは、
女子生徒から苛められる事が無かったこと。
だが、5年生になったある日、仲良しだった二人の友人から
「万里は臭いんだよ!今まで我慢して遊んでやってたんだ!」
と殴る蹴るの暴行を受けた。
私は這って必死に逃げたが、逃げても追いかけてきて蹴られ続けた。
そこへ偶然に人が通りかかって、私は漸く逃げる事ができた。
私は、余りの悔しさに藁人形を作って呪い殺そうとしたが、
臆病な私は、人形を作っただけで、
丑三つ刻の神社へ行く事は無かった。(笑)
そんな事があって、私は「学校へ行きたくない。」と登校を拒否したが、
母は理由も聞かず「絶対に行きなさい!」と休む事を許さなかった。
私がダラダラしていると、私を自転車の後ろに無理やり乗せ、
学校まで猛スピードで走り、嫌がる私を教室に力ずくで押し込んだ。
私は自分の机に顔を伏せて、授業が始まるまで泣き続けた。
後ろの生徒が「こいつ泣いてる。」と言ったのは覚えているが、
その後の記憶は、何も覚えていない。
どんな授業があり、どうやって自宅に帰ったか、一切記憶ない。
このように。私の子供の頃の記憶は。
「オネショ」によって辛い記憶が沢山残っている。
学校ではオネショが原因で苛められ、
自宅では父にオネショが原因でバーベルのように持ち上げられ、
玄関のコンクリートの上に叩きつけられた事もある。
あの時の恐怖は言葉に言い表せない恐怖だった。
未だにあの時の恐怖を超える経験をした事はない。
私が「自殺」を考えるようになったのは、
小学5年生のこの時期からだったように思う。
学校でも自宅でも自分の安全な居場所を得られない状況に、
私は逃げ道として「自殺」を真剣に考えるようになり、
果物ナイフを胸に当ててみたり、
練炭炬燵の中に長時間入ってみたりした。
けれど、結局私には死ぬ勇気が無かった。
「人が死んだらどうなるのか?」と考え始めると、
死ぬ事が怖くなってしまったのだ。 |