第19話『22歳の高校生』
“命の期限”を決めた私は、
積極的に活動するようになった。
エアロビクスダンス教室、
水泳教室、英会話教室など
外へ外へと向かうようになった。
だが、一つだけ挑戦したくても踏み切れないことがあった。
それは高校進学。
15歳の時に会社の先輩から聞いて心に刻まれた言葉。
それは『人生は誤魔化しがきかない』。
幾つ習い事をしても高校進学が頭から離れない。
私は、何年も悩んだ末、
先輩と同じ通信制高校へ進学する事を決意した。
卒業した先輩にアドバイスを受け、
通信制高校の仕組みを教わり、
入学願書を提出した。
余談だが、私が願書を出した通信制高校は入試がなく、
入学審査として面接と作文を実施していた。
当時は入学希望者が少なく、殆どが審査をパスしていたようだが、
私達が卒業した頃から増加傾向の不登校生徒が編入するようになり、
定員オーバーになり入学できない人もあったらしい・・・。
話を元に戻そう。
1987年4月。
私は22歳で高校生になった。
私の通う高校は、自宅から車で1時間の場所にあった。
隔週土日に通学して1時限目から6時限目まで通常の授業を受け、
規定数のレポートを提出するという学習形態だったが、基本は自学自習。
不安はあったが、夢を実現したことが嬉しかった。
ある日、私は高校へ進学した事を知人に話した。
「私ね、高校生になったんだよ!」
私は、念願かなって高校生になった嬉しさを受け取って欲しかったのだが、
知人は次のように言った。
「4年も通うんだろ?あんたに卒業できる訳が無い。
卒業できたら見直してやるよ。ガハハハハ!」
知人は、私の喜びを一瞬にして悲しみに変えた。
確かに、私は小さい頃から3日坊主で
何かを遣り遂げたことがないのは事実。
でも、出ばなをくじくようなことを言わなくても良いじゃないか!
よし!この悔しさをバネに頑張ろう!
必ず卒業して見直させてやる!みてろよぉぉぉ!!
私は、知人の言葉に傷ついたが、
卒業まで闘志を燃やせたのは、
この言葉のお陰でもある。
前章でも書いた通り、
私は子供の頃から空想癖があり、
小、中学校代は授業そっちのけで
“幸せ空想”に耽っていた為、
授業の殆どが頭に入っていない。
でも、今度は自分で決めて入った高校である。
私は卒業までの4年間に一つの目標を立てた。
【目標:全ての科目テストで80点以下は取らないこと!】
低い目標かもしれないが勉強ができない私には丁度良い目標だ。
だが、目標を決めて勉強に取り組んではみるものの、
中学を卒業して7年のブランクと
元々の頭の悪さが災いして中々勉強が捗らなかった。
私は自分のそんな状況を友人の真紀子に相談をした。
真紀子は、教習所に通っている時に知り合った友人だ。
彼女は非常に頭が良いので、
何か勉強のコツを教えてくれるのではという期待があった。
「ねぇ真紀子。私さぁ、ちっとも勉強ができないんだぁ。
頭が悪いからなぁ・・・。成績を上げる方法ないかなぁ?」
「万里は、中学時代の国語の成績はどうだったの?」
「国語?国語は大好きだったから、中の上だったよ。」
「それなら、他の教科も国語の成績まで上げられるはずだよ。
国語は全ての基礎なんだから。」
「へ?そういうもんなの?」
「そうだよ。読解能力があれば、他の教科だって理解できるはずだよ。」
私は、“へぇ〜、そういうものなのか”と単純に納得した。
その時から“私もやればできるかも・・・”
という期待を持つようになり、
出来ないと思い込むのをやめ、
楽しんで勉強に取り組む事にした。
また、寝る前には『私は頭が良い、勉強ができる。』
と必ず10回唱えて眠るようにもした。
人は自分の可能性を自ら閉ざしている事が多い。
私は友人の言葉から“私もやればできるかも・・・”という気持ちになり、
頭が悪いと決め付けて苦しむより、勉強する事を楽しもう!という転換ができた。
気持ちが変わって勉強が楽しくなり、
理解するのも早くなってきたが、
今度は、一番苦手な数学で躓いた。
勉強してもしても中々理解できないのだ。
すると、また真紀子がアドバイスをしてくれた。
「数学はパズルみたいなものだから、
ジグソーパズルを楽しめるようになると良いよ。
国語の読解力とパズルを解く楽しさが身に付けば、きっと成績が上がるよ。」
私は集中力が続かず、飽きっぽい性格の為、
パズルのように時間の掛かるものは大嫌いだったが、
その言葉を疑わず、1日2時間のパズルの時間を作った。
そして、寝る前の自己暗示も
『私は数学が好きになって得意になる。』
という言葉に変え、毎晩10回唱えて眠った。
すると不思議な事に数学の成績がグングン上がり始めた。
友人のアドバイスで「自分にもできるかもしれない。」という期待と、
自己暗示、そして、努力によって勉強が苦手で嫌いな私でも成績が上がり、
勉強の楽しさも知る事ができた。
人間とは複雑な様で単純なものだ。
『自分でも、やればできる。』という経験をすると、
それが力となり、3日坊主は返上され
「努力」を惜しまなくなる。
人間の成長に於いて『どんな経験を積むか』
という事の大切さを実感する体験であった。
私はこの体験から、何かに取り組む際は、
『できないかもしれないし、できるかもしれない。
でも、先ずは、できるかもしれないと思って取り組もう。
そして例え結果的に駄目だったとしても、取り組んだという歴史を作ろう。
取り組む事で諦めなかった、逃げなかったという歴史を作る事ができる!
そして、それが必ず生きる上での自信になる。』
と考えるようになった。
こうして勉強への取り組みはクリアできたが、
それで全てが解決する訳ではない。
私には、どうしても苦手な領域があった。
それは“人間関係”である。 |