俺は今、狭くて暗い部屋に拉致監禁されている。こうなってしまった以上、生きて帰れる見込みはないだろう。確かに俺は、日頃の素行も悪く、俺に恨みをもつ者は、それこそ星の数ほどいる。しかし今回の件は、そういうことではない。
俺の周りには、昔から人が急に姿を消す事件が後を絶たなかった。世間ではそれを、神隠しだとか悪魔の仕業だとか、色々はやし立てたが、俺は当初、全く信じていなかった。俺の仲間も何人か連れ去られたが、何せゴロツキまがいの連中ばかりなので、何かトラブルに巻き込まれたのだろうと思っていたぐらいだった。しかし、拉致の現場を直接見てからは、考えが一変した。
その事件は不可思議で、恐ろしいものだった。一緒にいた友人の一人が、急に苦しみだしたのだ。どうしたのかと思っているうちに、見えない何かに引っ張られるように、どこかに引きずられて行ってしまった。追いかけようとも思ったが、なにしろ一瞬の出来事だったので、どうすることもできなかった。何より驚いたのは、犯人の姿が全く見えなかったことだ。その友人は、結局帰って来なかった。他に連れ去られた者の中でも、その後姿を見た者はいない。噂する者の中には、「行き着く先は桃源郷」などという呑気な輩もいたが、その事件以来、俺は絶対に違うと思い続けてきた。
そしてとうとう、俺の番が来たというわけだ。あれは、俺がブラブラと散歩をしている時だった。友人の場合と同様、突然腹の奥に痛みが走り、何者かに引っ張られるような感覚が俺を襲った。俺は必死にもがいたが、自分の意思とは裏腹に、どんどん引きずられていく。まるで見えない何かに、誘導されているようだった。そして、あれよあれよと言う間に俺は拉致され、この小さな部屋に連れてこられた。
連れて来られるまで押し込まれていた場所は、まさに地獄だった。乾燥して息苦しく、何より凍えそうに寒かったからだ。その時の記憶ははっきりしない。唯一覚えていることとすれば、寒さと息苦しさのあまり、意識が朦朧としてきた頃に、この暗い部屋に放り込まれたことぐらいだ。
ここにはいろんな奴が連れて来られていた。見ると老人や女、子供までいる。暗くて狭い所に、何も分からず連れて来られているのだ。うきうきしている奴などいるはずもなく、みんな不安げな面持ちで、一様に押し黙ったままだった。しかし、移動中の部屋に比べれば、この小さい空間はまだましだった。暗くて狭いが、最低限の食料は与えられたからだ。
しかし、ここでも俺は、恐ろしいものを見てしまった。初めにふと気づいたのは、拉致されている者が、次々といなくなっていることだ。場所を移されたのだろうかとも思ったが、それはあまりに浅はかな考えだった。
俺は見てしまったのだ。部屋から連れ去られた男が、無残にも切り刻まれるところを・・・恐ろしかった。男は硬い板の上に押し付けられ、必死に抵抗していたが、相当な力で押さえつけられているのだろう、全く身動きがとれないようだった。切り刻まれた男は、そのままどこかへ連れ去られた。
一体何の目的があって、あれほど残酷な殺し方をするのだろう。快楽殺人ではないと断言できる。何故なら、奴らは事務的に、且つ規則正しく切り刻んでいくのだ。まるで、美術の作品を作るかのように・・・
俺たちは待っている。逃げように逃げられないこの狭い空間で、ひたすら待ち続けるしかないのだ。次に殺されるのは自分かもしれないと、毎日怯えながら・・・
場面は変わって、ここはある寿司屋。店先の水槽には、大きな魚がたくさん泳いでいる。何やらお祝い事らしい一組の家族が、その中のひときわ大きい鯛を指差して、活造りにしてくれるよう頼んだところだった。大将は水槽の鯛を手馴れた手つきで取り出すと、素早く包丁で捌き、皿に盛っていく。
差し出された鯛を見て、お祝いの主役らしい女の子は、ポツリと呟いた。
「この魚まだ生きてる、かわいそう・・・」
それを聞いた両親は、少し苦笑するも、娘の頭を優しく撫でながら言った。
「お魚さんはね、アキちゃんに食べてもらうために、海からはるばるやってきたんだ。アキちゃんに食べてもらえて、きっと喜んでると思うよ」
「ほんとうに?」
「ああ、本当さ」
不安げな少女に、優しく父親は答える。母親も、パクパクしている鯛の口を指差しながら、娘に話しかける。
「絶対そうよ、ほら、お口を見てごらん。『アキちゃん、ボクを食べてくれてありがとう!』って言ってるよ」
それを見て、少女は安心したように、にっこりとほほ笑んだ。
そして、両親が見守る中、その鯛の活造りを箸で一切れ掴むと、口の中に放り込んだ。
「おいしい!」
少女は幸せそうに、満面の笑みで呟くのだった――
|