命令書
1604年になると定期的にアメリカ大陸から、連絡船が来るようになり、リャマや珍しい植物と共に龍之介から手紙・命令書が届くようになっていたのだ
先の嫡男・八幡の元服と受官の願いは兄の帝に当てられた手紙にあり、命名も龍之介が考えたものであった
「正長」の正は父正圀の正であり、長は信長の長の一字を使って命名したのだ
黒上影鷹に宛てた命令は珍しくパナイタン島はアームストロング砲で牽制してでも買い取りするようにであった。
さらに、島全体を城塞かしアームストロング砲を接地し敵襲に備えよ!と、書かれていたのである
パナイタン島を南方の日本国の守りにするための布石であった
さらに、スンバ島をやはり少し強引な買収で購入し城塞化したのである
海峡封鎖の布石であった
日本国内には浪人がまだまだいたため、城塞守衛部隊として島に入植し屯田兵になったのだ
パナイタン島を伊達政宗家臣・伊達成実に守衛総督に任命
スンバ島を同じく伊達政宗家臣・鬼庭綱元に守衛総督に任命したのである
さらに、オーストラリア大陸ブルームに上陸
半島を占領したのである
守衛総督には同じく伊達家家臣、支倉常長任命されたのである
支倉常長には半島以外の進行を禁じるとともに、動物・植物を持っていくのが禁じられ支倉常長はなぜなのか戸惑いながら、海産物カンガルーなどのオーストラリアだけの生物を食糧としていたのであった
もちろん、動植物の大陸えの持ち込みを禁じたのは自然体系を壊さない目的であったのだ




