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パナマ地峡守衛総督 藤堂高虎

パナマに急いだ龍之介

 

 この頃のパナマにはもちろんパナマ運河はない

 ガトゥン湖が有り陸地で北米大陸と南米大陸をつなぐ狭い地峡であった

 

 1534年イスパニア(スペイン)カルロス一世によりパナマ地峡は発見されていたが、まだ支配はされていなかった

 龍之介はこの狭い地峡を利用して、砦を築けば防衛の要になると考えたのだ

 

 龍之介はパナマ湾に入り上陸した

 原住民はマヤ人からの早馬で連絡が届いており問題なく上陸する事が出来た

 

 パナマ湾からガトゥン湖までは既に土塁と石積みの壁の工事が始まっており所々完成していた

 

 それには理由があったのだ

 インカ帝国人がイスパニアの悪政を逃れガトゥン湖に町を作っていたため人員は確保出来たのである

 そして、巨石加工技術はまだ健在であり本国・日本の石垣より精巧な石積みがされていたのだ

 紙一枚入らない技術で

 

 ガトゥン湖から東側カリブ海のコロン港までの間も土塁・石垣・砦作り着工していたのだ

 

 龍之介はここを纏めている酋長に話す

 「ここの守りを鉄壁にして、守りの要にしたいのですがその為に我が部隊の駐留とパナマ港とコロン港の使用権を許していただけないか?」

 

 「こちらこそ、お願いいたします インカ帝国の最後の抵抗に協力して欲しい」

 

 「では、対イスパニア戦とパナマ・コロン港の使用に関する協定書を結びましょう」

 

 協定は結ばれこれによりパナマ港・コロン港は海城化するのである

 

 龍之介は藤堂高虎を呼んだ

 

 この藤堂高虎と言う人物、羽柴秀吉討伐の際に秀吉を見限り龍之介の家臣になっていたのだ

 世渡りが上手かったのである

 

 「パナマ地峡守衛総督に任命する!励めよ」

 

 「は!かしこまりました」

 

 もちろん、藤堂高虎は城を築く名人

 藤堂高虎の指示によりパナマ地峡全体の要塞化は進み万里の長城のごとく壁が短期間で完成するのであった

 

 アームストロング砲5砲

 ガトリング砲3砲

日本国で使われなくなった火縄銃1000丁

 三八式歩兵銃装備の部隊500が藤堂高虎の指揮権に入り、インカ人・マヤ人と協力して対イスパニア戦に備えるのであった

 

 

 

 

 

 

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