第十話 信長と龍之介
2019/11/10修正実施
「さて中納言殿、一度腹を割って話してみたいと思っておりました」
「同じく私もです」
「では、茶室へと場所を替えましょう。蘭丸、茶室の用意は出来ておるか?」
「はっ、出来ております」
森蘭丸は信長の行動を予見して動いていた。
有能な小姓である。
「中納言様、こちらに御座います。案内いたします」
本能寺の庭園の一角に設えられた茶室に通される。
茶室は質素な作りではあったが、庭園に溶け込み四季の草花を借景する窓が設けられており、文化人信長の才能が垣間見えた。
茶室には、信長と二人っきりで狭い躙り口から入り、外では蘭丸が待機していた。
信長が茶を点てる。
信長の所作は美しく無駄のない、そうして点られた茶は極上の味がした。
渋さの中に甘みのある日本茶葉の本来の甘味、そして、繊細な泡が喉ごしを良くしていた。
居れた人物の違いで、これほど違う茶なのか、それともただ単に抹茶が極上品なのか、それは、やはり龍之介が歴史上もっとも好きな「織田信長」の点てた茶に、それだけの事実で感無量であり味に違いが出たのだろう。
そして、茶碗も曜変天目茶碗、平成には国宝になっている茶碗であるため、すべてにおいてこの時代に転生して良かったと、そして、その一杯の茶に込められた信長の感謝の気持ちを感じることの出きる茶、
一流の茶人が淹れた茶はこれほどの物なのかと感じた。
第六天魔王と恐れられる織田信長ではあるが、一流の文化人である事がこの一杯の茶でうかがい知ることができた。
その一服の茶で、龍之介は織田信長と言う人物をさらに好きになった。
「中納言殿、この度の一件、誠にありがとうございました。光秀は切れすぎていて迷いに押しつぶされる時が来るのではないかと思っておりましたが、まさか謀叛を企てようとは、最近、少し情緒不安定に見えていたのではありますが」
「安土様は頭が良すぎて、言葉に表現するのが下手ではないですか?皆が皆、安土様の真意をわかるわけでは御座いません。その為にいらぬ敵を作ってしまっていると感じます。天下統一目前、少し慎重になられたほうが宜しいかと思います」
「今の儂に叱責出来るのは中納言殿位ですな、ハッハッハッハ、しかし、あの光秀が謀叛を起こしていたら我が命はそれまでだったはず、御礼申し上げます」
織田信長と言う人物は、必要とあれば素直に頭を下げる人物であった。
「明智光秀殿はおそらく、歳から来る鬱状態、疑心暗鬼にでもなっていたのでしょう。それと念を押しますが、朝廷は今回の事については一切の関与はしておりません。私は、帝からの裏の使者とお考え下さい」
信長も龍之介の隠れた実力を知っていた。
下手に怒らせれば斬られる事を想定しているのだ。
その為、真意はわからずとも、その言葉を受け入れるしかない。
「信長様、率直に申しあげます。太政大臣・関白・征夷大将軍の三役職の打診がありましたな、お請けなされよ。朝廷の家臣になるのが嫌とお考えなら、朝廷を利用しようと考えてはいかがかな?」
「朝廷の利用ですか?」
「官位官職があれば天下統一も早まります。また、帝も安土様による京の統治を見て満足し、日本国全体がこのように安定するなら協力したい、と、仰られております。具体的に、錦御旗の使用を許可し安土様に敵対するものは「朝敵」として、討伐の勅命を出してもよいとお考えであります」
「成る程、討伐の勅命をそこまで仰られては断る理由がなくなってしまいましたな、その案は、中納言殿の進言ですな?」
「はい、父である帝に進言いたしました。帝は、政治・国の統治は先見の明をもった者がするべきであると仰られて、安土様に任せるとのお考え、安土城への御下向は時期尚早なれど、洛中に城を建て、もしくは、二条城を改築して御下向に見合う格式があればしても良い、とのお考えであられます」
「もはや、断る理由がなくなりました。公家にも、話のわかる方がおいでであったとは中納言殿、
何故に世捨人のふりをしていたのですか?」
「私は陰陽道も極めておるがゆえ、この日、今日を待っていたのです」
「・・・・・・成る程と答えておきましょう」
「安土様、私を客分として雇ってくださらぬか?」
「客分ですか?中納言殿には失礼過ぎる身分では?」
「家臣にはなれませんので、私は帝の臣下です」
「・・・・・・では、娘婿と言うのはいかがか?16になる歩美と申す娘がおります」
「返事をする前に厠に行かせてくだされ」
「おーこれはこれは長話になってしまいましたからな、さぁーお気になさらず行ってまいられよ」
龍之介は確かめなければならないことがあった。
「司録殿、司録殿?」
厠に入り、小型通信端末に話しかける龍之介。
「はい、聞こえておりますが、いかがされましたか?」
「信長様から嫁とりの話が来たのですが?」
「あ~それが、希望書に記入されていた美少女の嫁です」
「では、家に既に居るわけではないのですね?」
「はい、閻魔ちゃんがロールプレイングゲーム的に、その方がやりやすかろうと、設定した嫁です。
安心してください。美少女で信長の娘ですが、下働きが好きな設定になってます。断る事も出来ますが、そうなると嫁は龍之介殿が御自分でお探しにならなければなりませんが」
「わかりました。閻魔ちゃんも割かし細かい設定が好きなのですね」
「閻魔ちゃんは、暇があればシミュレーションゲームに熱中してますよ。ギャルゲーも大好きです」
龍之介は司録との通信を終えると茶室に戻り先程の返答をした。
「先ほどの話しお請けいたします。義父上様」
「お~それは、当家にとってもありがたい話し、帝との縁も深まり申す」
こうして、龍之介は織田信長の娘と婚姻が決まり、織田信長とは義理の父子になるのであった。
信長は信長で、龍之介は龍之介で思惑のある政略結婚であった。