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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

悪役令嬢もの

ある悪役令嬢からの手紙

作者:端野ハトコ
 


 クロフト様へ

 先日いただいた突然のお手紙に、まだ少し戸惑っています。婚約している時でさえラブレターひとつ下さらなかったのに、まさか今になってクロフト様が私にお手紙なんてと、とても驚きましたので。

 私からあなた様に対して、色々と申し上げたいことがあります。だけどとりあえず、ひとつだけに限りましょう。お尋ねしたいのですが、私の今のこの住所など、いったいどなたがあなた様にお伝えしたのでしょうか? どうかそれだけはお教え願いたいものです。

                                       マリアンヌより

***

 クロフト王子殿下へ

 拝啓

 初秋の候……中略……挨拶文はこれぐらいにさせていただきまして、そろそろ本題に移りましょう。

 妹に問い合わせたところ、あなた様より執拗に責められて仕方なくお教えしたと申しておりました。もちろんあの年代の少女ですので、小さな物事をことさら大きく誇張しがちなのかもしれません。

 ですが、妹のカノンは姉である私――あなた様から「美しい容姿の下に邪悪な心を隠し持っている悪魔」と罵られた――よりも、遥かに繊細な娘なのです。クロフト様に何か失礼があっては申し訳ありませんので、どうかカノンには二度と近づかれませんよう、よろしくお願いいたします。

 敬具 
                                     公爵令嬢マリアンヌ拝

***

クロフト様へ

 申し訳ございませんでした。再三に渡るクロフト様からのお手紙で幾度も示唆された件について、私はわざと無視したつもりはありません。ですが、あなた様の期待に添えなかった点についてはお詫びいたします。

 クロフト様がお手紙に書いてこられた「婚約の破棄の破棄」とは、なかなか混乱した言葉ですね。結局何がしたいのかよくわかりません。間違っていたら申し訳ないのですが、あなた様と私の婚約破棄をなかったことにされたいのでしょうか? もし勘違いでしたら大変な失礼に当たると思われますので、その点だけは確認させて下さい。

                                         マリアンヌ


***

クロフト様へ

 前にもお伝えしたように、私からもクロフト様へと申し上げたいことが沢山あります。あなた様ご自身が、お手紙で私に対して色々書いてこられたように。

 ですが、ここはやはりシンプルにお返事いたしましょう。あなた様がお考えの案について、その可能性は「偶然のぞいた望遠鏡でいきなり新しい小惑星を発見する」ぐらい低いとだけ申し上げます。

 王子として多忙な生活を送っていらっしゃるだろうあなた様に、これ以上筆を取る労を払ってもらいたくありません。これを最後に、このやりとりを終わらせましょう。

                                         マリアンヌ

***

クロフト様へ

 今度こそ本当に驚きました。どうやって今度の住所を知ったんですか? また引っ越したこと、実家にもまだ伝えていないのですが。(今は伝えましたのでご心配なく)

                                         マリアンヌ


***

クロフト様へ

 こちらからこの話を出したくはなかったのですが、どうやら避けては通れないようです。

 覚えておられるでしょうか、最後に顔を合わせた時のことを? あの時、あなた様の隣にはリーゼ嬢がいましたね。私の勘違いでなければ、クロフト様はあのリーゼ嬢と結婚されたいがためにああいう行動に出られたと思われます。

 お二人の間のことについて口出しできる立場にありませんし、また、したくもないのですが。あなた様に「醜い嫉妬のせいで人間としてどうしようもないところにまで堕ちた」と評された私などよりも、「天使のように清らかだったため、悪魔に虐げられた気の毒な女性」と賛美されていたリーゼ嬢が、よりあなた様に相応しいと全面的に賛成いたしますよ、今は。お二人はお似合いですとも。ええ、本当に。

                                          マリアンヌ

***

クロフト様へ

 申し訳ございません。なにぶんこちらは王都から遠く離れていますので、クロフト様とリーゼ嬢の破局の件、うかがう機会がありませんでした。大変遺憾に思っております。

 リーゼ嬢への苛めに関する件ですが、あなた様がお持ちだった私への疑惑が晴れたことは、こちらにとっても大変喜ばしいことです。ただ残念なのは、今度はリーゼ嬢に対するあなた様の見方に変化が現れたことです。

 世に『あばたもえくぼ』という言葉ありますね。リーゼ嬢が示しているという「次から次へと嘘をつく」という性質も、見方を変えれば「イマジネーションが豊か」とも言えるでしょう。ことさらに相手の欠点をあげつらうのはやめて、もっと好意的に受け止めてあげたらどうですか。


 私との婚約破棄を宣言された時、あなた様はおっしゃいました。「自分とリーゼとの間には、他の誰とも感じえない真実の愛が生まれているのだから」と。本当に「真実の愛」があるならば、今の破局状態も試練のひとつと考えられますよ。「愛」とは「心」を「受」けると書きます。リーゼ嬢がお持ちの性質も、大きな愛で受け止めてあげて下さい。

                                          マリアンヌ

***

クロフト様へ

 リーゼ嬢とはもう修復不可能とのこと、とても残念です。思い込みの激しいクロフト様とリーゼ嬢ならばお似合いだと、本心から思っているのですが。

 ですが、こうなったら一度も二度も三度も同じことではないですか、婚約破棄は。
 また新たな天使があなた様の前に現れることを、遠く離れたこの学究都市より祈っております。心から。

                                         マリアンヌ

***

クロフト様へ 

 今まで一度もお伝えしていなかった、また、クロフト様からも一度もお尋ねにならなかった私自身の近況についてと、もうひとつ、お礼を申し上げたくて筆を取っています。

 ご存じのように、現在の私は生まれ育った王都を離れ、この学究都市で暮らしています。王宮舞踏会でのあの婚約破棄劇が広まった王都では住みづらくなったからですが、それについてはもう何も申しません。こうして環境が変わったお陰で、以前の自分がいかに狭い世間で生きていたかがわかりましたから。

 私はこの地で学問と出会いました。そのきっかけを下さったのもクロフト様です。実は王都を離れてこの地に参ったばかりの私は、少しばかり精神を害しておりました。申し上げにくいのですが、やはりあの婚約破棄とその後のスキャンダル騒動は私にとっても大きな痛手だったのです。心身ともに弱ってしまい、外出することもできなくなっていました。

 するとある日、こちらで身を寄せていた親類――クロフト様から初めてお手紙をいただいた時に住んでいたエルロイ伯爵家のことです――がカウンセラーを紹介してくれたのです。最初は私も抵抗がありました。しかし、紹介された彼はとても信頼できる人で、お陰で、すっかり日常生活を取り戻せるまでに回復したのです。

 今の私は、クロフト様とリーゼ嬢に対して抱いていた激しい恨みや憎しみだけでなく、自己嫌悪からくる罪悪感からも解放され、心穏やかに過ごしています。そして、こう思うようになったのです。自分と同じように、心に傷を負って苦しむ人の役に立てたら、と。そのために、私は学校に入り直しました。心理学を専攻する学生として。
 と、ここまでが私の近況です。

 次に、あなた様にお伝えしたいお礼の件について説明いたしますね。

 クロフト様、ありがとうございました。今まであなた様が何通も何十通も下さったお手紙ですが、これは私たちが今取り組んでいる、心理学におけるある重大なテーマの格好の材料となっています。

 クロフト様は『モラルハラスメント』という言葉をご存じでしょうか? 大ざっぱに説明しますと、「言動や身振り手ぶり、態度や書面などによって相手を精神的に攻撃して追い詰め、支配しようとすること」、つまり精神的な暴力のことです。これを行う人物の特徴として、責任を相手に押しつける、罪悪感を持たない、などが挙げられます。相手を追い詰める言動だけは立派なのですが、その実、その人自身の内面や生活は言動ほど立派ではないそうです。

 このモラルハラスメントの被害者は巧妙に心を操られてしまいますので、理不尽な命令にも言いなりになったり、「自分が悪かったんじゃないか」などと間違った罪悪感を持つにいたったりします。

 ではどういうものなのか、実際のモラルハラスメントの事例を挙げてみましょう。

*『僕は君との婚約を破棄するという過ちを犯したが、それはあのリーゼに惑わされたからだ。あの嘘つき女にあることないこと吹き込まれた。僕も騙された被害者なんだからな』

 これなどは、自分の行いに対する責任を他人に押し付けた良い例です。騙されていたかどうかの正否はともかく、王宮舞踏会という公衆の面前で私との婚約破棄を宣言すると決め、また実行されたのは、クロフト様ご自身ではないのでしょうか。

*『公爵令嬢という高い地位には義務が伴うぞ。君はいずれ国王となる僕を支える義務を負っている。この復縁を断る権利などないと忠告しておこう』

 義務という言葉で飾っておられますが、あなたこそ王子の責任についてどうお考えなのでしょうか。高位貴族の娘との結婚という、王位継承者としての最大の義務をお捨てになった時、あなた様は何を思っていらっしゃったのでしょうか。

 余談ですが、おっしゃる通り、公爵の娘であるからには責任があります。ですがその責任は、私にこの地位を与えて下さっている父に対するものです。または領民への。父に相談しましたが、ああいう事件があった以上、私が復縁を認めても自分(父)が認めないと申しておりました。

*『婚約破棄した時のことについては僕にも言い分がある。苛めの話がリーゼの嘘だとわかっていたなら、何故言い返さなかった? 反論しない君にも非があるだろう。僕だけが悪いんじゃないと、そろそろ理解してくれないか』

 今度は私に責任転嫁されているようですね。記憶違いでなければ、私はあの場でできる限り反論いたしました。それをお耳に入れなかったのはクロフト様ですよ。ご自分が言いたいことだけをおっしゃって、さっさと去ってしまわれたではありませんか。

*『次はもう承諾の返事しか待っていないからな。リーゼと別れてせいせいしたところなんだ、今なら君のことも寛大に許せる気がする。父上には僕からとりなしてやるから、安心して帰って来い』

 この文章では、一連の出来事に対しあなた様が一切の罪悪感をお持ちでないことを、見事に表していると私の指導役の講師が指摘していました。『寛大に許せる』などという言葉は、完全に『自分は悪くない』と考えていなければ出て来ないでしょうからね。

 例を挙げての考察はここまでとしましょうか。
 先にも書きましたが、クロフト様のお手紙の数々に、学校の他の先生方も格好の研究材料ができたと喜んで下さいました。改めまして、お礼を申し上げますね。

                                          マリアンヌ

追伸

 忘れるところでした。上記の手紙の抜粋ですが、すべて私が自分の研究発表で使わせていただいた箇所です。モラルハラスメントの好事例として、いずれは研究論文という形にしたいと予定しております。もちろん個人名などは伏せていますので、どうぞご安心下さい。


***

クロフト様

 先日は大変驚きました。本当です。まさかわざわざこの学究都市にお越しになる時間があなたにあろうとは、想像もしませんでしたので。

 お会いするのも久しぶりですのに、旧交を温める暇もなくああいう結果になってしまい、私も残念です。

 実は、私なりにクロフト様の力になれないかと、拙いながらもこの往復書簡にてあなたのカウンセリングを行っていたつもりでした。ですが、力が及ばなかったようです。素人の生兵法ですね、反省しています。しかし現在あなたがおいでの場所には、きちんと資格を持ったカウンセラーが常駐していると聞きました。あなたをプロの手にゆだねることができて、私も安心しています。

 それと忠告ですが、先日のように暴力を揮っては、拘束服を着せられてしまいますよ。薬物やアルコール依存――まさかリーゼ嬢がそれほどまでに恐ろしい習慣を持っていて、あなたにまで手を染めさせたとは想像もできません――だけならまだしも、誰かを手にかける結果になっては廃嫡だけでは済まないのではと憂慮しています。どうか治療に専念して下さい。

 では、クロフト様が外に出て来られる日を、婚約者――最初に私を診てくれたカウンセラーであり、学校でも講師として指導してくれた彼です――ともどもお待ちしています。

                                          マリアンヌ 

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