その2
2.四谷怪談
あれは寒い夜だった
長引いた撮影が終わったのは 日付もかわろうかという時刻だった
現場で解散の号令がかけられ 俳優たちは宿舎へと引き上げた
用意された車に乗り込もうとした時
見上げた夜空に無数の星が煌めいている事に気がついた
普段 東京にいたら目にする事のできない星空だった
さして遠くもない宿まで 美しい星空を眺めて歩きたいと思った
だから 他のスタッフたちに断って 歩いて宿へ戻る事にした
昼間 通い慣れた道だった
だから いくら街灯の少ない郊外とはいえ
大の大人が迷子になるような場所ではない
そう 思っていた
しかし
歩き始めて10分程が過ぎた頃から
あたりの景色が記憶にあるものとどうにも重ならないような
どこか居心地の悪い心持ちになってきた
星空ばかり見上げて歩いていたから
どこかで曲がり角を間違えてしまったのだろうか
立ち止まり 辺りを見回した時 その違和感は一層強いものになった
戻った方がいいのかもしれない
元来た方向へと戻りかけた時 背後で人の気配を感じ
よかったこれで正しい道のりを確認できる
そんな想いで振り向いた
それは 一人の青年だった
「どうか されましたか?」 かけられた声は耳に甘く
冷え冷えとした冷たい空気を凛と震わせるものだった
「はい 宿へもどる途中 道を誤ってしまったようです」
「それはお困りでしょう よろしければご案内致しましょう」
柔らかく微笑んだ青年は 促すように手のひらを見せた
誘われるように青年の後について歩き始めた
不思議と何の疑いも迷いも浮かばなかった
千の星降る夜空の下 二人の吐く息が白く凍った
漂う白い吐息を追うように 青年の背中を追った
どの位歩いただろうか
周囲に見覚えのある建物が現れた
宿が近い事が判る
「ああ・・・助かりました ここまでくればもう大丈夫です
本当にありがとうございました」
深々と頭を下げた自分に青年は優しく微笑んで言った
「いいえ お役にたててよかった お気をつけて」
去ってゆく青年の後ろ姿を見送りながら
彼が180センチある自分よりもまだ長身であったこと
艶やかな黒髪が烏の羽根のように美しかったこと
長い手足が優雅に動かされていたこと
そして その柔和な微笑みを浮かべた青年が
俳優仲間にもなかなかいない程の端正な顔立ちであったこと
耳に残る青年の声がたまらなく官能的だったこと
そう
追い縋りたくなった それ程に
魅力的な青年で在ったことに思い至った
「あっ・・あの 貴方は・・・・」
青年の背中に声をかけた
振り向いた青年はにっこりと微笑むとその官能的な声で囁くように言った
「・・・・また お逢いできます」
「・・・え・・・・・」
そのまま青年は星明かりの中 闇に溶けるように去っていった
|