牧村ワカナ捕獲レポート
牧村ワカナを私のコレクションに加えることができれば、どれだけ素晴らしいだろう。
私は全身全霊を傾けて、毎夜、ワカナを愛でるに違いない。そうなれば、今あるコレクションをすべて焼却したって構わない。今までに手に入れた女たちなど、ワカナに比べれば下劣な豚も同然だ。
ワカナはそれほどに価値のある女だ。何としてでも手に入れなければならない。
ワカナとの淫靡な夜を想像すると、自然に口元がゆるんでしまう。私は妄想を一時中断し、昂る神経を落ち着かせることに努めた。計画を成就するためには、断じて冷静さを失ってはならないのだ。
そう、私のような異端者が鳴りを潜めて暮らしていくには、処世術を身に付けなければならない。内に秘める肉食獣めいた凶暴性をいかに抑制できるかが生命線となる。そのコントロールを誤った時、私のような男が社会から駆逐されるのは自明の理だ。
私がそんなへまをすることはない。そこら辺にいる間抜けとはわけが違うのだ。
校門の斜向かいにある雑居ビルの入り口に身を潜め、ワカナが学舎から出てくるのを待つ。
五校時のチャイムが鳴り終わってから四十七分が経過。飼育係であるワカナがその仕事を終えるのにおよそ二十六分。加えてロスタイムを考慮する。そろそろワカナが下校する時間だ。
ワカナに関しての調査は事前に済ませてある。曜日毎の下校時間、所属するクラブや係、親交の深い人物、担任教師、住居、家族構成、すべて把握してある。計画を遂行するにあたっては至極当然のことだ。
一分十八秒後、ワカナが校門に姿を現した。
私はつくづく思う。ワカナほどランドセルの似合う女がほかにいるだろうか?
今日はいつにも増して露出度の高い格好をしている。ノースリーブの白いシャツに、デニムのショートパンツ。うっすらと日に焼けたその瑞々しい肌に、私は狂おしいまでの劣情を催した。……ああ、もうすぐアレが私のモノになるのだ。
その時、予期せぬ異物が視界に飛び込んできた。
同級生の男子のようだった。そいつはワカナの背後から小走りで駆け寄り、あろうことか臀部に軽い蹴りを見舞った。
――なんだあの餓鬼は。私のワカナに気安く触れるんじゃない。
ワカナは目を吊り上げ、声を荒らげながら、蹴り返す素振りを見せた。といっても、真に怒っている様子ではない。傍目からは子供同士がじゃれ合っているようにしか見えない。
私は苛立ちを覚えた。
――何者だあの小僧は。調査しなければならない。
二人は校門の前で足を止めて何やら談笑している。快活に振る舞うワカナを目にして、私の内でどす黒い感情が鎌首をもたげた。そんな青臭い小僧と馴れ合うのはよせ、ワカナ。
私はバッグからシステム手帳を取り出し、小僧の外見的な特徴を書き連ねた。
――おめでとう。お前はたったいま私の殺害リストに加えられた。
リストには既に四人の名前が挙がっているが、小僧の始末は最優先とするべきだろう。ワカナの臀部に触れるという大罪を犯した以上は、当然の報いだ。しかるべき制裁を受けなければならない。
二人は談笑しながら肩を並べて歩き始めた。折に触れて互いの頭を小突いたり、おどけたりしている様は、さながら早熟な子供同士のカップルに見える。
私は煮えたぎる殺意を必死に抑えながら、二人を追跡した。
――まさか、ワカナの家まで付き纏うつもりじゃないだろうな?
もしそうだとしたら、ワカナに接触することができなくなってしまう。私は尋常ならざる焦燥感に襲われた。ああ……あの忌々しい小僧を今すぐにでも殺してやりたい。
そう思ったのもつかの間、商店街の入り口で二人は別々の方向へと歩き出した。互いに手を振り合っている様子を眺めながら、私は胸を撫で下ろす。命拾いしたな小僧。無論、『今は』という意味においてだが。
これで目障りなゴミは消え失せた。いよいよ、ワカナに接触する時が来たようだ。私の心臓は早鐘を打ち始めた。
焦りは禁物だ。ワカナがこの先の横断歩道を渡り、脇道に入ってから仕掛ける。目撃者を出すわけにはいかない。
――落ち着け。冷静になれ。
断じて失敗は許されない。周囲への警戒を怠ることなく機を伺い、その瞬間を見極めなければならない。
信号が青に変わった。
――ああ、ワカナ……。もうすぐ私のモノになるワカナ。
ワカナが横断歩道を渡りきる。
――今日からずっと一緒にいられるんだよ、ワカナ。
ワカナが脇道に入った。
――今だ。
「タツヒコ?」
「――――――!」
私はその場で二十センチほど飛び上がった。
背後から聞こえた女の声――その聞き慣れた声に全身が凍りつく。
「なにしてんのアンタこんなところで」
よりにもよって、もっとも遭遇してはならない人物が私の背後に立っているのだ。
万事休す。私はゆっくりと振り返った。
「……ちょっと、まーくんの家に用があったから」
「アンタまだ家に帰ってないね?」
「そんなことないよ……」
「じゃあなんでランドセル背負ってんのよ」
「えっと……まーくんに……」
「遊びに行くなら宿題やってからにしろって言ったよね?」
「遊びっていうか……」
「まあいいや。買い物終わって今ちょうど帰るところだから。アンタちょっとこれ持って」
そう言って、母さんは食料品がぎっしりと詰まったビニール袋を私に手渡した。
最悪という名の巨大隕石が私の頭を直撃した気分だった。
「アンタ昨日も帰ってくるの遅かったよね? ぶらぶらほっつき歩いてんじゃないの?」
「してないよそんなこと」
無念を噛み締めながら、母さんと共に家路を辿る。
――まあいい、明日だ。明日こそはワカナに頼んでみよう。
是が非でも、牧村ワカナとのプリクラを私のコレクションに加えなければならない。
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