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カエルの刺身
 ふと気が付いたときに、ユーリの目に最初に目に入ったのは、豪華なシャンデリアだった。それは、カストックの広間にあるものと形がよく似ていて、ユーリは安心した。

 ――ああ、あれは全部嫌な夢だったんだ。

 大きく息をつき、そうしてふと隣を見ると、……カエルが一匹、きれいに捌かれていた。

 ――ぎゃああああ!!

 ユーリは再び意識を失いかけたけれど、ここで気を失っては命に関わると、ぎりぎりのところで踏みとどまった。

 ――夢じゃなかった!! こ、このカエルはっ!

 それは、たらいで優雅に泳いでいたあのメスのカエルだった。
 ユーリは飾りのように、その側に添えられている。

「お口に合いましたかな? 東洋では有名な食べ方だそうです。刺身というらしいですが、なかなかいけるでしょう?」

 料理人が、誇らしげに説明している。

「うむ。少々臭みがあるかと思ったが、酒で洗ってあるからか、あまり気にならないな」

 立派な口ひげを生やした中年の男が、それに答える。

「そうでしょう。お姫様方はどうでしょうか?」

 料理人が笑顔を向けたそこには、美女が一人と美少女が3人、一様に満足そうに頷いている。
 そのとき目の端に金色の髪の毛が映り、ユーリははっとした。あのアメジスト色の瞳は。

 ――あぁ、あの子!!

 ユーリが驚いて声を上げようとした次の瞬間、悪魔の声が耳に届く。

「それでは、もう一匹捌きましょうか」

 料理人は、ユーリを手で掴み、包丁を手に取った。
 刃先がシャンデリアの光に照らされて鈍く光る。

「や、め、ろ―――――!!」

 思わずユーリは目を閉じ、叫んでいた。

「………………?」

 覚悟していた衝撃は落ちて来なかった。ユーリは恐る恐る目を開け、そして見た。
 部屋の中の反応は見事に二分されていた。
 中年の紳士とアメジスト色の瞳の少女が、驚いた顔をして立ち上がっているかと思うと、その隣に座っていた美少女二人と美女一人は平然とおしゃべりを続けている。
 そして、見上げれば、料理人もあいかわらず目をらんらんと輝かせ、包丁をユーリに向けている。

「……口をきいたぞ。そのカエル」

 中年紳士が呆然とそう言って、料理人の気を逸らす。

「は?」
「そこの女の子!!」

 ユーリは、一瞬緩んだ料理人の手を脱け出すと、目に入った少女に向かって跳躍した。そして少女の目の前に着地すると、叫ぶ。
 ユーリは必死だった。なにしろ命がかかっている。

「約束だろう!!!! 俺をペットにしてくれるって!!」
「あ! ……あのときの!」

 少女は明らかに動揺して、ちらりと中年紳士の様子をのぞき見る。

「アンジェリカ。このカエルは……『約束』と言っているけれど?」

 アンジェリカと呼ばれた少女は、みるみるうちに蒼くなり震えだした。

「お、お父様、だって、これ、カエルですのよ? カエルとの約束なんて……」
「約束は約束だろう? ……この間、お前は、私との約束を破った時に、なんと言ったかな? 『二度と約束は破りません』と言わなかったか?」
「た、確かに言いましたけれど、それは、人間との約束のお話で……」

 アンジェリカを鋭く見つめたまま、中年紳士は、言った。

「……お前は、私が怒った理由が全く分かっていないようだ。『約束』というものはそういうものではないだろう? 約束をするということは、相手だけでなく、自分にもそれを課するということだ。相手が違っても、それは変わらないんだよ。私は、お前が自分の心をきちんと律することが出来るようになって欲しいんだ。……分かるかい?」

 アンジェリカは、しゅんとした様子で、うなずく。
 それを見て、中年紳士は、ユーリに向き直ると、言った。

「娘が失礼をしたようで申し訳ない。十六になるというのに、まだまだ子供で困っているのだよ。申し遅れたが、私はこのリュンベルクの王だ。娘はアンジェリカ。……それで、あなたは、どんな約束を?」

 ――あなた? 

 ユーリは驚いて目を見開く。
 リュンベルク王は、出来た人間だった。ユーリの姿を見ても、まったく馬鹿にした様子が無く、丁寧な態度を崩さない。

 ――こんな人間が居るとは……

 その器の大きさに、彼は王とどう接してよいか分からなくなった。

 ――あれ? 俺、いつもどんな風に話をしてたっけ? ルーツィエは年長者と話す時はどうしろって言ってた?

「あ、あの。お嬢さんの鞠を拾ったお礼に、お、俺、いや僕を養ってもらう約束を――」

 しどろもどろでユーリはようやくそう言うと、変な汗(のようなもの)を体中から出した。
 汗(?)は妙に酒臭かった。まだ、洗われた時のものが残っているのかもしれない。
 王は頷くと、アンジェリカを見つめ、念を押す。

「……アンジェリカ。分かったね。約束を一言もたがえず守ること」

 アンジェリカは一瞬ユーリに反抗的な目を向けたけれど、結局はおとなしく首を縦に振ったのだった。


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