カエルの目にも涙
そうしてユーリは次の日、また彼女に出会った。それが、彼らが初めて会話をしたあの日である。
「とりあえず……これだけじゃ足りないし。あの子、もうここに来ないかもしれないしなあ」
ユーリは一人ぼやくと、ぴょこぴょこと跳ね、彼女が去っていった方向へと移動を始めた。
少しお腹に物を入れたため、前よりは足に力が入る気もする。
そうしてしばらく一生懸命跳ねていると、ようやく人の姿らしきものが見えてきた。目を凝らすと、そばにあるのはカストック式の馬車に見える。
「うそだろ!!」
馬車に馬がつながれて、荷物が運び込まれている。さらに向こうでは既に父や母が馬車に乗り込み、リュンベルク王らしき人物と挨拶を交わしていた。――どうやら、ユーリは間違われたまま、置いてけぼりを食らいかけているようだった。
いくら彼が全速力で跳ねたとしても、その場所まではかなりの距離があった。
遠く、豆粒のような黒髪の中肉中背の男が見え、ユーリはあらん限りの声で叫ぶ。
「ハインリヒ!!」
しかし、ユーリの声は、ウシのようにモウモウと低く響くだけで、ハインリヒの耳には届かなかった。
ハインリヒはにこやかに、しかし必死に、手に持った何かに話しかけている。おそらくそれは手違いで連れ去られたカエルなのだろう。
「それ、俺じゃないってー!!」
ユーリは泣きそうだった。いや、ほとんど泣いていた。しかし蛙の目から涙は出ない。
――俺は泣くことも出来ないのか!!
彼は絶望して、その場に倒れ込んだ。
強い日差しに背中がじりじりと焼ける。体の水分がどんどん奪われる。
――ああ、俺、ここで干涸びて死んでしまうのか。カエルの干物って美味いのかな……
そんな事をふと考えたとき、背中を焼く陽光が何かに遮られた。視界が暗くなる。
「お、こりゃあ、立派なカエルだ。いい拾い物した!」
突然体をひょいと持ち上げられ、ユーリはびっくりして目を開ける。
目の前には赤い鼻をした、丸々太った中年男。白い服を着て、肩からエプロンをかけている。
――まさかだけど………
彼の嫌な予感は的中した。
数刻後、彼はたらいの中で洗われていた。
「うーん、揚げ物にするか、焼き物にするか……」
中年男は、ぶつぶつと独り言を言いながら、包丁を研いでいた。
同じたらいの中には、一匹メスの蛙が優雅に泳いでいる。
「なあ、泳いでる場合じゃないだろ」
話しかけても返事は無い。通じないのか、気にしないのかも分からない。とりあえず、彼女はなんともこれから起こることを予想できずにいるようだ。のほほんとした表情がユーリには逆に怖くてたまらなかった。
ユーリは、この姿になって初めて、自分が食用であることを意識していた。
――そ、そうだよな、生きてるものを食うってことはそういうことだよなっ
つまり、他のものの命を取って、自分のものにする。
いつも何気なく自分がしている行為が、とてつもなく恐ろしいものに感じ、ユーリは戦慄した。
「やっぱり、活き造りにしよう」
料理人はにわかにそう言うと、たらいの中のユーリとメス蛙に酒を嗅がせた。
強い刺激に意識がふわりと宙に浮く。
――ああ、俺の人生って………
ユーリの世界は一気に暗転した。
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