誤解さえ解ければ
その日、結局ユーリとアンジェリカが口をきくことは無かった。
そしてユーリは一日中ベアトリクスと付き合うこととなった。
ハインリヒがユーリの断りの言葉を必死で伝えてもベアトリクスは全く受け入れず、ユーリの冷たい視線をたじたじになりながら必死で堪える。彼は……あの手の女性にはどうしても弱いのだ。
結局ユーリの通訳をしているはずなのに、彼女が言葉を受け入れないものだから、しまいにはハインリヒも疲れて、ただ普通にベアトリクスと会話するようになってしまっていた。
――あ〜あ。本当に前途多難だ
ハインリヒはベッドで白いお腹を見せて眠るユーリを見ながらため息をつく。
ユーリも今日一日のことが結構堪えたらしく、その小さな寝顔には悲壮感が漂っている。
それにしても――ハインリヒは昨日の夜のことを思い出す。正直に言って本当に驚いた。
急に人の気配を感じて目を開けると、隣にユーリが人間の姿で眠っていたのだ。
ハインリヒはひどく動揺してベッドから転げ落ちた。
そして飛び起きるとベッドの上のユーリを穴が開くくらいに見つめた。
――もしかして、時間差でベアトリクス様のキスの効果が現れた!?
感激のあまり揺すり起こそうと、その肩に手をかけたとたん、ユーリは蛙の姿に戻ってしまっていた。
ハインリヒの手は空を切り、彼はバランスを崩してベッドに顔を突っ込んだ。
――一時的なものなのか……
がっかりしながら再び布団に潜り込もうとして、はたと気がつく。
――もし、また人間の姿に戻られたら
ハインリヒはそう考えてぞっとする。
さすがに人間の姿をしたユーリと一緒の寝台で眠るのは、問題がありすぎた。
ユーリはこの少しの期間にかなり背が伸びていて、ハインリヒと並ぶくらいに成長していた。それに、顔つきも少し幼さが抜けた気がした。
たった一月弱でこれほど? と驚くくらいの成長だった。
そのため二人で並んで眠るにはいくら広い寝台といえども少々狭かった。そして問題はそこではない。
ベッドの上のユーリは裸だった。
狭いという以上に、さすがに裸の男と同じ寝台で眠るというのは、避けたかった。
幼い頃には一緒に眠ったような覚えもあった。でももう二人とも子供ではないのだ。かなり気まずい。万が一誰かに見られたらと思うと、気が気でなかった。
そんなことになれば、妙な噂が立つのは間違いなかった。
ユーリの名誉もだけれど、自分の名誉もしっかりと守りたい、そう思って、とりあえず、ハインリヒはソファに避難して昨夜は過ごしたのだけれど――
ユーリは朝になると、何事もなかったかのように、また蛙の姿ですやすやと眠っていた。
――アンジェリカ様が見たというのは、あれかぁ
ハインリヒは柔らかいソファに沈み込むと、ため息をつく。
王女の部屋に突如現れた黒髪の少年は――ほぼ確実にユーリだろうと思った。
確かにハインリヒとユーリはその顔立ちこそ違うけれど、髪の色、癖の付き方などはとても良く似ている。
自分で目を閉じている顔は見ることは出来ないから分からない。でもあの特徴的な青い瞳が見えなければ、ひょっとしたら間違ってしまうのかもしれない。夜であればなおさらだ。
――誤解さえ解ければ、相思相愛なのかあ。ハインリヒはかなり期待してしまう。
しかし、いったいどうやってその誤解を解けば良いというのだろう。
今朝ユーリにさえそのことを伝えられなかったのだ。アンジェリカに黒髪の少年の正体を伝えられるとは思えなかった。
彼女が自分で気づく必要がある……となると、いつまでもこうしてハインリヒの部屋でユーリが過ごしていることはあまり良い傾向ではない気がする。
昨日考えた作戦も一緒に過ごさなければ実行不可能だ。
ともかく、一日中ベアトリクスとユーリがべったりなのは計画の実行に大きな支障がある。
――ベアトリクス様をなんとかこちらに引き付けておく必要があるのかもしれないな。
ハインリヒはあることを思いつき、そっと部屋を抜け出した。
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