酒は百薬の長〜どういうつもりだ?
――うう、頭がくらくらする
視線が定まらず、気分が悪かった。吐く息が酒臭いのは一体なぜなのだろう。
――ええと、なんで俺はこんなことになっているんだっけ?
ユーリは思い出そうと努力する。
確か……ハインリヒが迎えにきて、ルーツィエの話を聞いて。呪いの解除について聞いた。
そして、絶望したのだ。
――俺はカエルだ。カエルにキスだと? いくら出来た人間でも、気持ち悪いに決まっている。ハインリヒでも出来ないだろう。(それは俺も嫌だけど)ましてや……女の子が、今の俺にキスなんて。しかも俺が好きになった女の子限定。そんな奇跡のような話、そんなに簡単に落ちてるわけがない。……ああ、俺、一生この姿のままなのか――
ユーリの頭の中にそんな想いが怒濤のように沸き上がる。
彼は自分の置かれた状況を思い出し、またもや気が遠くなりそうになった。
そんなユーリにハインリヒがそっと手を差し伸べた。
「ユーリ様、ひとまずお休みになりますか?」
ハインリヒはそう言って、ユーリを手の上に乗せる。
「どこにいかれるのです?」
アンジェリカが焦ったような様子で問い、ハインリヒとユーリは同時に彼女を振り返った。
その瞳がハインリヒを熱く見つめるのを見て、ユーリはどきりとした。
――なんだ、あの顔
ユーリは昨日見たアンジェリカの熱っぽい顔を思い出す。
――まさか。……アンジェリカって、ハインリヒのことが……
そう思いつくと、ユーリはそれ以外に答えがないような気がした。
そうだ、この間の晩餐会。ユーリはカエルで欠席したけれど、ハインリヒは参加しているはずだった。その時に見かけたのかもしれない。
――アンジェリカとハインリヒ……か。ハインリヒはいい男だ。こいつなら、アンジェリカのワガママもにこにこ笑って流せるだろう。……お似合いだ、お似合いだよな?
そうユーリは思い込もうとするけれど、なんだかその思いをどうしても飲み込めなかった。
ハインリヒはそんなユーリをそっと包みこむと、怪訝そうにアンジェリカに向き合った。
「わたくしの部屋でお休みしていただこうかと……」
「ええ?」
アンジェリカは少し困ったように、ハインリヒとユーリを交互に見つめ、躊躇うような声で言った。
「あの、……『ユーリ殿』に少しお話が」
――『ユーリ殿』?
ユーリはまたもやぽかんと口を開けた。
先ほど医師を呼んでくれた件でも驚いたけれど、これにはユーリはもっと驚いた。そして訳の分からない熱い感情が沸き上がる。
――まさか名を呼んでくれるなんて
「ああ、そうですか! ……それは、お邪魔してはいけませんね!!」
ハインリヒは一瞬ひどく驚いた顔をしたけれど、次の瞬間、妙に嬉しそうに顔をほころばせる。
ユーリはその姿を見てさらに唖然とする。
――ハインリヒも変だ。一体俺が居ない間に何があった?
ハインリヒは踊るような軽い足取りで、アンジェリカの部屋を出て行く。侍女がそれに付き添い、彼の部屋まで案内していった。
そして、部屋にはユーリとアンジェリカだけが残された。
アンジェリカは扉をじっと見つめている。話をすると言った割に、なかなか口を開かないアンジェリカに、ユーリは戸惑う。――どういうつもりだ?
「なんだよ、話って」
ユーリは妙に緊張して、切り出した。
「……あ、あのね。この間の話の続きなんだけど」
「この間?」
――あぁ、例の夢の中のオトコの話かよ
ユーリは顔をゆがめる。
アンジェリカの変貌ぶりに、変な期待をしてしまった彼は、一気にハインリヒを追って逃げ出したくなった。こっそり後ろを向くと、アンジェリカが回り込んでそれを妨害する。
「ひょっとしたら、ハインリヒ殿が、そうなのかもって……」
――……やっぱり
嫌な予感が的中して、ユーリは顔の皮膚がぴりりと引きつるのが分かった。乾いた肌がひび割れそうだ。
「なんで? どこで会ったんだ?」
無性に気になって、ユーリは責めるような口調で尋ねる。
珍しく彼が話を聞く姿勢を見せたので、アンジェリカが驚いた表情を浮かべた。
「……お会いしたことはないと思うのよね……ただ、その夢の中の男の子、同じような黒髪だったの。だからもしかしたらって思って。……気になって仕方がないのよ」
アンジェリカの頬が赤い。よく見ると金色の髪から覗く耳も真っ赤だった。そんな顔をした彼女は、そのワガママさなどどうでも良くなるくらい、どうしようもなく可愛らしかった。
ユーリはひどく悔しくなる。
――なんだ、ハインリヒのやつ。こんな可愛い女の子に好かれるなんて、羨まし――
一瞬そう考えたユーリは、慌ててそれを否定する。
――俺は何を考えてるんだ!! こいつが可愛いわけないだろ! どうしよう、俺、酒のせいで頭がおかしい
ユーリは一人焦った。
「ねえ、どうしたらいいと思う? 私、確かめたいの」
アンジェリカは瞳を潤ませて、ユーリを見る。
――なんでこいつの恋愛相談を聞いてやってるんだろう
ふとそんな想いが落ちて来て、ユーリはなんだか急に馬鹿らしくなってきた。
「直接聞けば?」
一気に冷めたユーリはぶっきらぼうに言う。一転して急に聞く気をなくしたユーリにアンジェリカはむっとした様子だった。
「聞けないから言ってるの!」
アンジェリカは頬を膨らませる。
「だいたい、なんて聞けばいいのよ。『あなたの夢を見ます』って?」
アンジェリカがそうハインリヒに言っているところを想像して、ユーリは頭に血が上る。
――ああ、もう駄目だ。考えたくない。なんでこんなに嫌なんだ。馬鹿らしい。
――そうだ! 俺は、ハインリヒをこいつに取られるのが嫌なんだ。
――こんな女に、ハインリヒはもったいなすぎる。ハインリヒにはもっとしっかりした大人の女性が似合う。
――……そうそう、こいつの姉さんみたいな。だから、こんなちんちくりんじゃ駄目だ。きっとそうだ、そうに決まってる――
ユーリは必死で自分に言い聞かせる。――まっすぐに自分の心を見つめるのはなんだか怖かったのだ。
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