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酒は百薬の長〜大事な方なんです!
 その日の午後、アンジェリカは裏庭を歩いていた。
 木の陰は日の光の強さに比例するように濃くなっている。なるべく影から影を伝いながら足を進めるけれど、まだまだ残暑は厳しく、アンジェリカの額にはもうびっしりと玉の汗が浮いていた。

「ここにも居ないわ……一体どこに行ったのかしら」

 アンジェリカは泉を覗き込む。彼女はカエルを探していた。

 昼食時にはさすがにお腹が空いて戻ってくるのではないかと待っていたのだけれど、カエルは帰って来なかった。

 ――困ったわ

 実はアンジェリカの好き嫌いはカエルのせいでエスカレートしていた。今日はカエルが居ないため、嫌いな人参の行き場が無く、こっそり捨てようとしていたら、とうとう父親に見とがめられてしまった。
 この頃残さずに褒められていただけに、結構堪えてしまった。それで、困り果て、結局は自分で探しに出る事にしたのだ。
 可愛くないペットだけれど、居なくなるとと不都合だし、万が一飢え死にされでもしたら寝覚めも悪い事に気が付いたのだ。

 ――カエルの行きそうなところねえ……

 アンジェリカは少し考えると、例の泉に向かうことにした。
 しかし、泉に向かう途中でばったりと出くわしたのは、ハインリヒだった。

「ああ、王女様……」

 その手の上にはべろんと伸びたカエル。
 彼は両手の手のひらを開いて、その上に大事そうにカエルを抱えている。顔を見上げると彼は泣きそうな顔をしていて、アンジェリカは驚いた。

「あ、カエル……じゃなくって、『ユーリ殿』。……見つかったのですね」
「はい。……ただ、あの、暑さのせいか、空腹のせいか……伸びてしまわれて……」

 ――なぜ敬語なの……?

 アンジェリカは不審に思ったけれど、とりあえず、カエルの様子が気になり、彼の手の中を覗き込んだ。
 茶色がかった緑の体が、いつもより青に近い……ように見えないことも無い。

「とにかく、部屋に運んで、様子を見ましょう」

 心底心配そうなハインリヒの顔の顔を見てアンジェリカは付け加えた。

「……一応、医師も呼ぼうかしら?」
「お願いします」

 部屋の中に、ハインリヒとユーリを招き入れると、アンジェリカは侍女に言いつけて医師を呼んだ。
 侍女が出て行ったため、部屋の中にはアンジェリカとハインリヒとカエルの二人と一匹だけ。
 急にそのことを意識して、アンジェリカの頬がカッと熱くなる。
 そんなアンジェリカに気づくことも無く、ハインリヒは心配そうにカエルに付き添っている。まるで家族が重い病気にかかってしまったような、そんな表情だった。
 アンジェリカは――何かお話ししたい! そう思うものの、全くと言っていいほど話題を思いつかない。
 なにしろ、ハインリヒはカエルに夢中だ。

 ――こういう時は、男性が気を使うべきなのに……。

 アンジェリカは空気も読まずにハインリヒに不満の視線を送り続ける。

「お待たせしました」

 医師が額に浮いた汗を拭きながら入室してきて、アンジェリカはようやくハインリヒを見つめるのを止めた。

「病人はどこでしょう」

 ――病『人』……?
 アンジェリカは黙ってカエルを指差す。

「……王女様、まさか、病人は、コレでしょうか……」

 医師は困ったように頭を掻く。
 ハインリヒが必死に医師に言いよる。

「お願いします。大事な方なんです!」
「………大事な、方?」

 医師は目を白黒させている。
 そのちぐはぐな光景があまりに滑稽で、アンジェリカは笑いを堪えるのに必死だ。

 ――先生も大変だわ

 それでも印象を悪くしないため、アンジェリカは一緒になってお願いする。

「おねがい。診てあげてちょうだい」
「と言われましてもねえ……一応、呼吸も規則的ですし、寝ているだけな気もしますけど」

 医師はカエルのそのぬめぬめした肌におそるおそる触れると、気味悪そうに上のまぶたをそっと持ち上げ、目の動きを見たり、口を開けて喉の奥を見たりと、一応の診察を行った。
 そして一言、きっぱりと言った。

「わかりません」
「……」

 部屋に生温い沈黙が流れる。

 ――それは、そうよね……。人間とは造りが違うのだもの。

 アンジェリカはため息をつく。
 ふと隣を見ると、ハインリヒは真っ青で、今にも倒れそうな顔をしている。
 そんなハインリヒを哀れに思ったのか、医師は手を拭いながら、その古ぼけた鞄をごそごそ探ったかと思うと、小さな壜を取り出した。

「これを」

 アンジェリカはその小壜を受け取った。

「なあに?」
「ブランデーです。酒は百薬の長と言いますし……一滴二滴、飲ませてみて下さい。気付けになるかもしれません」

 ――……かもしれない、ね。この先生、いつもこうやって適当なんだから。

 この医師は結構な頻度で出す薬を間違っているらしい。この間、姉が熱冷ましの代わりに腹痛の薬を出されたと怒っていたのを思い出す。それでも不思議と熱は下がったのでお咎めは無かったのだけれど……今回もそううまくいくかと言われると分からない。
 アンジェリカは医師に不信の目を向けつつ、礼を言って部屋から送り出した。


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