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再会、そして衝撃の告白
 ユーリは、泉のふちでかがみ込み、水面に浮かぶ自分の顔をじっと見つめていた。水の中からぎょろりとした丸い黄金の目が二つ、こちらを睨んでいる。
 何度ため息をついても憂鬱が晴れる事は無い。彼は昨日の一件から、激しく精神のバランスを崩していた。
 ――あ〜あ
 何度その姿を眺めてみても、今まで見ていた姿とのあまりの違いに、ガックリ落ち込んでしまう。
 あの艶やかな黒い髪は――、あの青い瞳はいったいどこにいったのだろう。
 もし元の姿なら、こんな風に悩むこともなかったのかもしれない。昨日のことだって、こんなひどい罪悪感を感じることもなかったのかもしれなかった。そもそも、あんな状況になることもきっとなかったのだ。

 ――こんな生活、もう耐えられない。頭がおかしくなりそうだ。でも、俺、……一生このままなのかもしれない
 ユーリはそう考えて身震いした。怖くてたまらなくなる。父や母、姉、ハインリヒの顔が瞼の裏に浮かび上がり、ユーリは涙を堪えて大きく深呼吸をした。

 どんなことをしても、国に帰りたかった。
 だから必死で周りの人間に話しかけた。しかし、どんなに必死で訴えようとも、ユーリが自分の身の上に関することをいくら話しても、誰にも伝わらない。
 彼の声はどうやらカエルの鳴き声にしか聞こえていないようだった。
 実は、アンジェリカにも何度かカストックに戻して欲しいと言ってみたのだ。
 しかし、全く伝わらなかった。
 普通の会話なら出来るというのに、ユーリの身元を表す情報になるとなにか不思議な力に遮られてしまうのだ。唯一伝えられたのは『ユーリ』という名前だけ。その名前が、この国で知られているとは思えなかった。
 呪いのあまりのたちの悪さに、ユーリは忘れていたルーツィエへの恨みを思い出す。
 とたん、
 ――ぐうぅぅぅ
 ユーリのお腹が気味の悪い音を立てる。
 ――腹減った。やっぱり、空腹にはどんな悩みも敵わないよな
 ユーリはため息をつきながら、泉の淵から離れ、城へと移動を始めた。

 跳ねて跳ねて、扉まで辿り着こうとしたそのとき、扉が大きく開き、男の足が現れる。
 扉にぶつかりそうになったユーリは思わず悪態をつく。
「うわ、なんだよ! 突然出て来るなよな!」
 文句言ったって、どうせ聞こえないんだよな……そう思ったユーリの頭上から意外な声が降り掛かった。
「ユーリ様……?」
 聞き慣れたその懐かしい声。
 ――う、嘘だろ!?
「は、ハインリヒ!!」
 見上げると、幼さを少しだけ残したその可愛らしい顔がユーリの目に映る。
 ユーリは、その姿をあらためると、大きく飛び上がった。
「な、なんでここに!」
「ああ、よかったぁ。もし城から出てたらどうしようかと思いました」
 ハインリヒはその顔に懐かしい笑顔と、涙を浮かべていた。
「ハインリヒ!!」
 ユーリは、ハインリヒに飛びつく。
 彼は手慣れた動作でユーリを受け止めると、その手の上に乗せ、ユーリを覗き込んだ。
「間違えてしまって………本当に申し訳ありませんでした」
 ユーリは、嬉しくて、ルーツィエの呪いも父のお仕置きもハインリヒの失態も、それからアンジェリカのひどいひどい仕打ちも何もかももうどうでも良くなっていた。
 助かった――そう思った。
 これで、国に帰って、悔しいけどルーツィエに謝って……。
 そうすれば元の生活に戻れるのだ。あの何の悩みも無い、平和な生活に。
「ハインリヒ、すぐに国に帰ろう! そして、ルーツィエに呪いを解いてもらうんだ」
 ユーリは意気込んで言う。
 しかしハインリヒは、それを聞くと一気に顔を曇らせた。
「ユーリ様……ルーツィエが……」
 ハインリヒの語った言葉は、途中からユーリの耳には入らなくなった。

「ルーツィエが……死んだ?」
 ――まさか、そんな。
 あんなに元気だったのに。殺しても死なないくらい憎らしかったのに。
「うそだ……」
 ハインリヒは残念そうに首を横に振る。
「俺のせいか」
 ――俺が、あんな風にいたずらをしなければ……
 ルーツィエに最後にかけた言葉を思い出し、ユーリは愕然とした。

『うるせえ! この不細工!!』

 ――あんなひどいこと……
 あとで謝れるから、言えた言葉だった。
 まさか、それが最後の言葉になるなんて……
「俺……」
 胸が焼けるように痛いのに、涙も出ない。
 この姿では、泣けないのだ。自分がとんでもなく薄情な人間に思えて、ユーリは自分を死ぬほど嫌いになった。
 ――俺は、……俺は!!
 ユーリはハインリヒの手から飛び降りると、泉の中に飛び来んだ。
『まあ、これを機に、せいぜい内面を磨かれるのですね』
 ルーツィエの最後の言葉を思い出す。
 あんな言葉が最後の言葉なんて。瞼の裏に最後に見たルーツィエの顔が浮かぶ。思い浮かべたその顔には、冷たい笑みが浮いていた。彼が一番嫌いな顔だった。彼女は、もっと、もっと優しい顔もたくさんしていたはずなのに。

 ――なんて、なんて、俺は……幼い……
 大好きな師の最期をそんな風に終わらせてしまうなんて――

 なんだかんだ言っても、ユーリは……ルーツィエが好きだったのだ。
 ルーツィエは厳しいけど、それだけじゃなかった。
 いいことをすれば手放しで褒めてくれた。それこそ両親よりも。大げさなくらいに。
 ユーリが国を継ぐことを心配して……いつか彼が苦労しなくてもすむように、心を鬼にして叱ってくれていた。

 ――こんな風に別れるなんて
 自分の馬鹿さ加減に腹が立って仕方がない。自分の幼さが憎くてたまらない。

 あの時の言葉を撤回したかった。優しい言葉に置き換えたかった。
 しかしもう、――取り返しがつかなかった。
 
 ようやく泉から上がって来たユーリを待ち受けていたのは、彼をさらにどん底に突き落とすような、ハインリヒの厳しい言葉だった。
 ハインリヒは、神妙な顔をして、ユーリの前に跪いていた。

「ユーリ様。心中を察しますと、とても言いにくいのですが、あなたは国を継がねばならない身。元の姿に戻って頂かなければなりません。……ルーツィエがいない今、呪いを解く方法は一つ」
 ユーリは、ごくりと喉を鳴らした。
「愛する女性からの、心からのキスです」
 ユーリはその言葉の意味が一瞬分からなかった。
 ――キスって……何だったっけ? キス? キスって……ええと、キスだって!?
 ようやく言葉とその行動が繋がる。様々な想いが沸き上がり、一瞬にしてユーリの頭は沸騰した。
 空腹も手伝ったのか、視界がどんどん狭まってくるのが分かる。世界が縮む。ユーリと同じ大きさに。
 ――ああ、ハインリヒ、お前いつから小人になったんだ……

「あ! ユーリ様!?」
 ハインリヒの声を遠くに聞きながら、ユーリはとうとうその場に伸びてしまった。
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