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きっかけは、あの夜
 少女との奇妙な同居生活が始まって、半月が過ぎていた。
 ユーリは、このわがまま王女との生活に慣れて来ていた。
 相変わらず、一緒の皿から食事をとり、一緒に風呂に入り、一緒の寝台で眠る。
 アンジェリカの方は、もうユーリのことをペットとして認識しているようで、当然と言えば当然だけれど、他に何も意識していない感じだった。
 しかし、ユーリの方は、そうはいかなかった。
 次第に彼女のことが異性として気になって来たのだった。
 ユーリは異性に興味を示し出すお年頃。しかも、相手はもともと、ユーリの好みの外見をした少女である。そんな生活をしていて、意識するなと言う方が無理だった。
 
 もちろんユーリだってアンジェリカがただのワガママ娘だったら、いくら外見が可愛かろうと気にかけない。
 実際、外見と内面のあまりの違いに、一度はユーリの淡い憧れのような気持ちが完全に冷めていた。
 しかし、ずっと一緒に居るうちに、ユーリは、彼女がわがままな顔以外に、他に魅力的な顔を沢山持っているという事に気付き始めたのだった。

 きっかけは、そう、あの夜のことだった。


 *


「ねえ、あなた、気になる子とかいないの」

 突然アンジェリカはユーリに向かってそう尋ねた。
 就寝の時間になり、侍女も下がって、部屋の中には、もうユーリとアンジェリカの二人きりだった。窓の外には濃紺の闇が広がり、部屋の照明が窓ガラスに反射して煌煌と輝いていた。
 いつものように、広い寝台の隅でうずくまって眠ろうとしていたユーリは突然の質問に顔を上げる。

「は?」

 ユーリはどういう意味か分からなかった。

 ――気になる子? それは――人か、カエルか? 

 起き上がってアンジェリカの方を向くと、アメジストのような瞳と瞳がぶつかる。
 そして、その瞳の持つ微妙な熱に絡めとられる。ユーリは一瞬で彼女に釘付けになっていた。

 ――一体なんなんだ。

 ユーリを見ているのではない。ユーリの後ろの誰かを見るような瞳。明らかに別の誰かを思い浮かべている。

「……あのね、このごろ……いつも不思議な夢を見るのよ」

 アンジェリカは少しだけ困ったようにため息をつくと、少しだけ顔を赤らめ、勝手に会話を始める。

「誰にも言えなくって」
「だから、どんな」

 アンジェリカのその恥ずかしそうな様子に、ユーリはなぜだか無性に苛ついた。

「笑わないでね。――男の子がね、隣に寝ている夢なの」
「……………欲求不満なんじゃ」

 苛ついていたせいか、思わず口から意地悪な言葉がこぼれ、アンジェリカに平手で背中を殴られる。

「ぐげ」

 彼女は軽く叩いたつもりかもしれないけれど、ユーリは内臓がつぶれるかと思った。ユーリが涙目でアンジェリカを見上げると、彼女は「あ、ごめん」と軽い調子で謝った。

「――殺す気か」

 ――相変わらず、カエルと人間の違いが分かっていない。力加減が全くなっていない。本当に……何度目だろう、この台詞は。

 そうムカムカしつつユーリはアンジェリカを睨む。
 彼女は全く気にした様子を見せず、サイドテーブルに置いてあったハンカチで念入りに手を拭いつつ、ユーリの向こう側をじっと見つめる。
 もう慣れたけれど、本気で失礼極まりない。
 ユーリはため息をつくと、気を取り直して尋ねる。

「――それで?」
「なんだか、気になって。だって、毎日なんだもの。最初は夢だと思ったんだけど、あまりに続くし。……でもこんなこと誰に相談しても、さっきのあなたみたいに言うでしょう? お姉様たちにバレたりしたら、なんて言われるか。……で、でもね」

 アンジェリカはさらに赤くなりながら蚊の鳴くような声で囁いた。

「……すごく綺麗なの。びっくりするくらい」

 吐くため息が桃色に色づいて見えた。
 頬がバラ色に染まり、その紫色の目は少しだけ潤んできらきらと輝いている。
 ユーリはそれを見ていると、異常に胸がざわざわした。

 ――なんだ、こいつ。……メチャクチャ可愛いんだけど!

 しかし、すぐにユーリははっとする。そして、彼女が異常に可愛く見える原因が、どうやら夢の中の男にあると考えると、なんだかおかしくなりそうなくらいムカムカし出した。

 ――こういうやつって、好きな男の前だと、ぶりっ子するんだろうな。俺の前では、こんなわがまま娘のくせに。ああ、なんだが腹立つ。メチャクチャ腹立つ!!

 ユーリはお腹の中でぐるぐると嫌な感情が渦巻くのを感じ、しまいには吐き気までしてきた。悪いものを食べた時のように、胃袋が口から出てきそうだ。

 ――これ以上聞いてられない!

「あっそ。一人で勝手に惚けてろよ」

 ユーリはそう捨て台詞を吐くと、一目散に部屋から出て行った。

「あ、もう、ちょっと! 話くらいちゃんと聞いてよ!!」

 アンジェリカが後ろから叫ぶけれど、無視。無視。無視。
 ひたすら跳ねに跳ねて、新たに備え付けられたユーリ用の出入り口――ユーリが王に頼み込んで、泉に行けるようにしてもらったのだ――から外に出て、泉の中に飛び込んだ。
 泉の中でぷかぷか浮きながら、深く蒼い夜空を眺める。
 水面を浅く潜り、上を眺めると、そこには星空が映っている。ユーリはまるで星の中に浮いているようだった。
 冷たい水の中に身を浸し、心を星空に浮かべていると、火のような怒りが静まり、ようやくムカムカも治まって来た。

 そして、ようやく冷えたユーリの心に、その考えは、流れ星のように急に落ちて来た。
 
 ――俺は、何にこんなにムカついてるんだ?


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