ハインリヒ旅立つ
夏の嵐が吹きすさぶ中、ルーツィエの葬儀が重たい雰囲気の中行われた。
彼女の死を悼むことはもちろんだが、同時に王太子であるユーリの行方が分からないという大問題が発生していたからだ。
ルーツィエの責任を問うような意見さえ飛び交う中、ハインリヒはひっそりと王に呼び出された。
「この度のこと、私にも責任がある。……ルーツィエだけを責めようとは思わぬ。……しかしユーリの行方を探し出すことは急務だ。事が事だけに、私が出て行くわけにもいくまい。ハインリヒ、おぬしやってくれるな?」
ハインリヒは強く頷く。
彼は今回のことにひどく責任を感じていた。
カエルを間違えて連れて帰ってしまったのはハインリヒなのだ。
あのとき、ユーリが泉に飛び込んだ後、数泊後、すぐに同じような模様のカエルが泉から浮かんで来た。ハインリヒはそれがユーリと思い込み、確認すること無く連れ帰ってしまったのだ。
なんという失態。
彼はその命で償っても足りないのではないかと考えていた。しかし、王はハインリヒにチャンスをくれると言う。
王の寛大さに感動しつつ、ハインリヒは部屋に戻ると旅支度を始めた。
まずは一刻でも早く探し出さないと。
王子として生まれ、恵まれた容姿を持ち、何不自由無く生きて来たはずのユーリ。それが今はどうだろう。その手に持っていたはずのものを全て奪われて、異国の地で一人、飢え、凍えているのかもしれないのだ。
そしてもし無事に見つけたとしても――
哀れな主人の境遇を思い、ハインリヒは胸を詰まらせる。
――あのユーリ様が、そう簡単に恋をするとは思えないし、したとしても相手がカエル相手に恋をするとは到底思えない……
ハインリヒはユーリが元の姿に戻ることは無いのではと、絶望しかけていた。それでも、彼は、彼だけはユーリの最後の希望でありたいと願った。
――たとえ、たとえユーリ様がずっとカエルのお姿だとしても、私の忠誠心は変わりませんよ!
目に浮かんで来た涙を拭うと、その黒い瞳を輝かせ、きっと顔を上げた。
*
ハインリヒは翌日早朝にリュンベルクへ向かって旅立った。
王に親書を用意してもらい、胸元に大事に仕舞い込む。いざという時の切り札だ。
リュンベルクは馬の足で5日ほど西に行った緑の美しい国だ。夏の強い日差しの中、その森は青々と生い茂り、地平線にこんもりと様々な形を象っている。小麦はその穂を風に揺らし、まるで緑色の海のようだった。
――こんなに早く再び訪ねることになるとは思わなかったな。
国境を越え、その美しい城が目に見えると彼はそう思い、ため息をついた。
そして、ハインリヒは歓迎の晩餐会でちらりと見かけた姫君たちを思い出し、もう一つ深いため息をつく。
――あのような可憐で優しそうな姫君ならば、もしかしたら。
ハインリヒは16歳。女性の外見がそのまま内面と結びつくと固く信じているのだった。
*
ハインリヒはまず、城下町で聞き込みを始めた。
カエルの足だ、置いていったのがあの泉であれば、そんなに遠くへ移動は出来ないだろう。それにルーツィエの残した言葉を思い出すと、カエルの姿をしたユーリと話が出来る人間は、子供か、彼を愛している者ということになる。城に子供は居ないはず。となると、もし目撃情報が得られるのならば、――城下町。ハインリヒはそう目論んでいた。
ハインリヒは子供に声をかけようとしたが、どの子供も、ハインリヒのただならぬ様子に近づいて来ない。
ただでさえハインリヒは異国の人間だ。黒髪に黒い瞳が変な風に目立ってしまい、周りの大人も警戒をしているようだった。
その上、彼は例のカエルを共として連れて来ていた。カエルの方もしっかりハインリヒに慣れて、逃げ出そうともせず、しっかりとその肩に乗ってくつろいでいた。
こんな姿で、うかつに話しかけていては変質者だと勘違いされて捕まえられてしまう。
しかたなくハインリヒは、町中の泉を渡り歩き、似たカエルを見つけては、話しかける。
「ユーリ様?」
肩に大きなカエルを乗せ、街中の泉でカエルに話しかける異国の奇妙な少年。その姿は瞬く間に噂になった。
――ああ、背中が痛い
背中に刺さる野次馬の視線が増えるのが分かるけれど、やめるわけにいかない。
「おかあさん、あのおにいちゃん、カエルさんとお話ししてるよ〜。あたしもカエルさんとお話ししてみたい」
「しっ、見ちゃだめ! こっちにいらっしゃい!」
そんな会話が背中に降り掛かる。
――子供は正直だよなあ
ハインリヒは顔を赤くしながらも、やはり構わずに捜索を続けた。
――万が一、捕まって食べられていたりしたら――
嫌な想像がハインリヒを追い立てる。首を振り不安を追い払いながら、ハインリヒは必死でカエルに話しかけ続けた。
夕刻になり、カエルたちも住処に帰ってしまったのか、見当たらなくなって来た。見つけても見分けが付けにくく、ハインリヒがあきらめて宿を取ろうとしたところ、突然兵士に囲まれる。
「お前か、カエルを探していると言う不審な者は!」
ハインリヒは驚いて言い訳をしようとする。
「――ち、違うんです!」
そう言ったものの、何が違うのか自分でも説明できない。
――カエルじゃなくって、王子なんです!
そう言おうとしてもなぜか口が固まって言葉が出て来なかった。
そして、別の言い訳を考えつく前に、ハインリヒは兵士によって城まで連行されることとなったのだった。
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