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お隣は貴公子 作者:みくも
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07 小池くん

 淵野は社長令嬢のおもちゃになるべく、創立パーティーのために本社へと向かった。
 私もお父さんからのお礼目当てで、熱を入れて説得した責任がある。見送りだけは、しっかりしてきた。
 奴は出発の間際になっても、「ふみさん、僕……まだ諦めてないからね……」などと言っていたが。往生際の悪い男である。
 私は行かねーっつってんだろ。
 しかし悪い事はできないもので、淵野の不在はじわじわと私を苦しめる事になった。
「淵野さんが……淵野さんが足りない……」
 社内のあちこちから、貧血の吸血鬼みたいな呻き声が聞かれた。淵野不在を嘆く、女性社員達である。
 貴公子のいない社内の空気は、驚く程に澱んでいた。そしてしかばねと化した覇気のない女子達が、イケメンのはらわたを求めて会社中をふらふらとさ迷っているのだ。
 女子社員・オブ・ザ・デッドの能率は悪い。何しろ、しかばねだ。
 電話を取るのが異様に遅く、代わった者がお叱りを受ける。コピーを取ればA4の書類がB1用紙に化けて出て、取引先に届ける予定の封筒からは経理のおっさんのヅラが出てきた。悲しみの連鎖が止まらない。
 高度にデリケートな部分をノーガードにされたおっさんもかわいそうだし、発見した私もかわいそうだ。何げなく確認したら封筒から人毛出てきて、心臓止まるかと思った。
 これで淵野不在、初日である。じわじわじゃなかった。もうすでにめっちゃ困ってた。
 生き残った人間達に疲労が色濃く見え始めた頃、我々の前に軽薄に救世主が現れた。
「どうもー、小池こいけです。淵野さんの穴埋めてこいって、本社から出向してきましたー」
 本社は、空気を読んだ。
 小池はなかなかのイケメンだった。
 大きな目が人懐っこく、無造作そうな髪や服にも気を使っている様だ。あの空気感は、完全にモテ慣れている奴のあれに違いない様な気がしなくもない。よく解らないが。
 愛想のいいモテ小池の出現により、ゾンビ達は人間に戻った。本当によかった。ゾンビとの戦いに倒れて行った普通の人間達の分も、きりきりと仕事して欲しい。
「どうも、平間さんですか?」
 にこにこしながらオフィスを挨拶して回る小池が、私の所にきて愛想よく言った。
「小池です。よろしく! まだ不慣れなので、色々教えて下さいね!」
 人懐っこい大きな目で笑い掛け、モテ慣れた空気をガンガンに浴びせてくる。私は一瞬にして干からびた。イケメンとは、灼熱の砂丘を渡る風だったのだ。
 これが、私と小池の戦いの始まりだった。
 小池はマメだった。何かマメに、私の前に現れた。
「平間さん、これ運びますか? 任せて下さい! 体力には自信あるんで!」
 小池は爽やかに言って、私の手からぱんぱんになったゴミ袋を持って行った。
「平間さん、脚立なんて危ないですよ。オレが代わりに取りますね! これですか?」
 小池は颯爽と脚立に乗って、棚の上の段ボール箱をほこりまみれになりながら取った。
 小池はちょくちょく私の前に現れては、必ず私から何かを奪って行った。ゴミとか。用事とか。まぁ、便利なんだよ。便利なんだけどさぁ……。
 小池のモテ慣れた空気は、私を疲弊させる何かを持っている。正直もう、あんまり私に構わないで欲しい。でもゴミは持ってって欲しい。あれは助かる。
「平間さん、お昼ですか? 一緒に食べましょう!」
「やだよ」
 小池からの熱風を受けつつ、ご飯食べるのはきついなー。
 って思ったら、口が勝手に断っていた。
 思えば、小池を拒絶するのはこの時が初めてだった。いや、それまでは何だかんだで助かってたので。
 まさか、断られるとは思っていなかったらしい。小池は、固まった。人懐っこくにこにこした顔のまま、固まっていた。
「あ……そう、ですか? じゃあ……また……今度……? 機会が……あれば?」
 完全に動揺しながら言って、すささささ、と後ろ歩きに去って行った。
 撤退の早さと、決して敵に背を見せぬその姿勢は評価できると思った。

 私のスマホがぶんぶん震え、メールが届いたのは昼下がりの事だった。ちょうど、集中力が切れてくる時間帯だ。
 差出人は淵野。『ふみさんへ』などと、入力する意味がない程そのままの件名が付いていた。油断した時間に油断したままメールを開くと、画像が一枚表示された。
 開いた瞬間、グラビアかな……って。
 そこにはやわらかな間接照明の光の中で、完全なる貴公子がカメラに向かって甘いほほ笑みを浮かべていた。身を包むスーツの、仕立てのよさだろうか。服の上からも、淵野のしなやかさがよく解る。
 スマホに表示された画像の下には、『僕も会いたい』と短く本文が添えられていた。
 それを目にした瞬間に、スマホをデスクにスパーンと捨てた。
 何で、私が、会いたい前提。
 小池に悪い事をしてしまった。私を疲弊させるのは、何も小池に限った事ではなかった。
 淵野とかもうほんと、容赦ねぇわ。
 たった一通のメールで体力的な何かを奪われ、私はがっくりとデスクの上に項垂れた。
 そのまま少しだけ休息し、衝動的に投げ捨てたスマホの無事を確認する。私のスマホを守るのは、食品サンプルのエビチリカバーだ。お気に入りのエビチリは、強靭だった。
 特に異常の見られないエビチリスマホを机の端に置き、仕事に戻る。
 あとから思うと、これが私の受け取った、淵野からの最後のメールになった。

「平間さんって、都会からきたイケメンに好かれるフェロモンでも出てるのかしら」
 私の作業が一段落したのを見計らい、デスクに呼んで課長が言った。彼女は机の上に頬杖を突き、ちょっと笑ってこちらを見上げる。
 小池か。小池の話か。
「フェロモンって最近聞かないっすね。真面目に言うのやめてもらっていいっすか」
 用事ってそれか。と、思い切り顔に出ていたらしい。課長が、私の作った表を指さす。
「この数字ね、違ってる。やり直して」
「あ、すいません」
「あんなに懐いてるのに冷たいわね。小池君、淵野さんが帰ってきたら本社に戻るみたい」
「あぁ、ほんとに穴埋めなんですね」
 短期間って解ってるのに、あんなに張り切る意味が解らない。私だったら適当にやっちゃう。イケメンとは、やはり相容れぬものがあるのかも知れない。
 課長の席から自分のデスクに戻ろうと、振り返る。そして自分の机が目に入った瞬間に、私の足は勝手に止まった。
 課長の席からも解るほど、小池の顔は引きつっていた。引きつった顔の小池がいるのは、私のデスクの前だった。
 そして私のデスクの前で、小池が手に持っているのは画面がバッキバキに割れた私のスマホだ。あのエビチリケースは間違いない。
「小池、とりあえず歯ぁ食い縛れ」
「事故事故事故! 事故です! 事故!」
 私が一歩一歩近付くごとに、小池は怯える様に震えながら言った。いや、違う。そうじゃない。もっと他に言うべき事があるだろう。
「お前の財布は何のためにあるんだ小池」
「修理代払います! 払わせて下さい!」
 よし、そうだ。それでいい。私は割と何事も、負担額の割合で誠意を計るタイプだ。

 ショップに行くと、バキバキになった本体は修理ではなく交換になった。番号とメアドが変わってしまい、新しいアドレスを周囲に知らせるのが少しだけ手間だった。
 淵野にもメールを送ったが、返信は珍しく遅く、翌朝『了解』と一言だけ届いた。
 小池は反省したらしい。一夜明けると打って変わって、昨日は何だったのかと言うくらいに静かだった。
 何か今日は小池見ねぇな、と思ってはいた。しかし探す程は気にならないので、そのまま忘れていた。気が付いたのは、偶然だ。
 パソコンのファイルを上書きしながら、椅子の上で背中を伸ばす。そうしながら、ふと何げなくオフィスの入口に目を向けるとそこにいた。小池である。
 小池は、入口に半分隠れてこちらを見ていた。だが私が気付いた瞬間に、「ヤベッ」みたいな顔でしゅっと隠れた。何だあれは。
「小池君。見えてるから。大人しく出てきなさい」
「昨日は……すいませんでした……」
 出てきた小池は、完全に怯えていた。まだ怒っているとでも思ったのだろうか。
 だから私は、小池のために取って置きの言葉を贈った。
「全額負担に勝る謝罪はない。気にするな」
 あとから解ったのだが、小池はこの時、命じられた役目と自分の気持ちの間で板挟みになっていた。名言に感動する余裕はなかったに違いない。
 小池は微妙に引いた顔で、私の話を大人しく聞いていた。
 この時はまだ、呑気なものだった。
 でも、仕方がない。知らなかったのだ。
 私と淵野が引き裂かれようとしていると。
 すでに静かに、引き裂かれているのだとは。
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