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お隣は貴公子 作者:みくも
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06 お父さん

 隣人と言う事もあり、私と淵野は何だかんだで一緒によく飲む。
 この日もそうだ。
 チーズやナッツの詰まった袋をぶら下げて、コンビニから戻ると部屋の前に人がいた。私の部屋の隣室。これから私が訪ねる予定の、淵野の部屋の前である。
 よくよく見ると何やら身分ありげなおじ様が、これでもかと玄関の呼び鈴を連打しているところだった。
「銀次郎! 開けなさい! 父ちゃんわざわざ会いにきたんだから!」
「だったら一人でくればいいじゃん! 何で知らない人連れてくるの?」
「秘書と警備だからだよ!」
 ……あ、うん。何か。
 事情は聞かせてもらった。お父さんかよ。
 淵野と扉越しに会話しているお父さんには、確かに連れが二人いる。いかにも警備の武骨な黒いスーツの男性と、秘書っぽい女性だ。
 私は袋の中から発泡酒を取り出すと、缶を開けてぐびりと飲んだ。いや何か、長くなりそうだったんで。
 女性は秘書と言う立場のためか、服装はシンプルなものだった。その背中に流された腰に届きそうな黒髪が、絹糸の様に美しい。首や手首をさりげなく飾るアクセサリーは控えめだったが、宝石がぴかぴかと輝いていた。
 私に気付いたのは彼女だった。ふと顔をこちらに向けて、会釈してからお父さんに声を掛ける。
「あなたが、平間さん?」
 少し乱れた黒い髪を直し、こちらを向いた。お父さんの印象は鋭く硬く、ゆるふわな息子とは似ていない。
「銀次郎がいつもお世話になっているそうで」
「いえ、こちらこそ」
 お世話に――は、なってないけど。
 お母さんからのご当地グルメ詰め合わせはいつもに楽しみにしています。本当にありがとうございます。
 互いに頭を下げて挨拶したあと、お父さんからは名刺を頂戴してしまった。こちらはコンビニの袋と、口の開いた発泡酒を手にしたままで。
「……ふみさん……」
 常務の肩書がまばゆいお父さんの名刺を拝見していると、頭の上から声がした。銀次のほうの淵野である。
 私とお父さんが挨拶していたのは、奴の部屋の前だった。固く閉じられていた玄関の扉が、今は薄く開いている。ほんとに薄く。
 その細い隙間から、低くか細い銀次の声が這い出てきていた。
「何やってんだ銀次」
「楽しそうだね……父ちゃんと」
 何やら恨みがましく、じっとりと言われた。
 ただの挨拶だ。私の人生にほぼほぼ縁のない役員の名刺に、テンション上げたりしていない。
「お父さん、わざわざいらしたみたいだし。今日は飲むのやめとこっか」
「やだよ。父ちゃんが帰ればいいんだよ。もう夕食も作ってあるもん」
「もんてお前。何で? 会わないの? 会いたくないの? お父さんでしょ? 仲悪いの? 骨肉なの? 財産争いとかしちゃう?」
「ふみさん、ふみさん。父ちゃんまだいるんだよね?」
 うん。いるわ。正直一瞬、何も考えてなかった。
 骨肉の何か扱いされながらも、お父さんは怒ってはいない様だった。本当によかった。ただ、とても驚いた様子ではあった。
「銀次郎と、仲がいいんだね」
「あー、そうですね。割と、親しくさせて頂いてます」
「そう……あれは、こちらにきてから随分変わった。あなたのお陰かな」
 お父さんが呟くのとほとんど同時に、目の前の扉が開いて銀次がやっと姿を見せた。
「遅い。何なのその人見知り」
「ふみさんが言ったんだよ。玄関はむやみに開けるなって」
「うわー、何それ。いや、思い出した。言ったわ」
 永井さん来襲の時、適当に。
 銀次は結局、警備といえども秘書といえども知らない人の前では扉を開けなかった。彼等は今、外の車で待っている。
 本人的には言い付けを守ったとでも言いたげに、ふふんと勝ち誇った様子だった。

「あれは、厄介でしょう」
 銀次の用意した夕食を摘み、お父さんが言った。あれ、と言うのは美貌の息子の事らしい。
 本人は冷蔵庫みたいなワインセラーの前に屈んで、真剣な顔で次のワインを選んでいるところだ。
「長男はこちらに似たので、余り心配要らなかったが……。銀次郎は、母親に似過ぎているから」
「やっぱり、お母さんも大変ですか」
「大変だよ。今でも心配で、一人にできない。あの人に言い寄ってくるのは、妙な自信家ばかりだからね。きっと、自分に自信がないと声が掛けられないんだろう」
 お父さんが苦々しく言うのを聞いて、謎が一つ解けてしまった。
 私には不思議な事が二つある。
 一つは、淵野に対する女性達のアプローチが割と猟奇的である事。
 もう一つは、そんな異常性を見せる彼女達がなかなかの美人ばかりであると言う事だ。
 お父さんが長年の、血の滲む様な経験から導き出した答えを聞けば、簡単な話だ。
 銀次は、きらめく様に美しい。ある種、近寄り難さを感じさせる程に。だから、接触してくる女性達はみんなきれいで自信家なのだ。そうでなくては、行動を起こすに至らない。
 そうか。それで、あいつらプライド賭けてエキセントリックに攻めてくるのか。
「ほんと、厄介ですね」
「そうでしょう? だから、銀次郎も心配だった。手元に置けば多少は守れるだろうけど、私の身近には厄介な人種も多いから。拗れる事も多い様に思えてね」
 あぁ、あなたも前は本社にいたから。多少は知っているのかな。そう言いながら、お父さんは料理の上に目を落とした。
「それなら地方にやって、大して権力のない人間の中に置いた方が御し易いかと思ったんだ。でも、甘かった。あなたがいなかったら、きっと、銀次郎を傷付けてしまった」
 何やら心情を語るお父さんが、めそめそと弱気になって行く。
「あ、はい。ですよね。私、ほんと。自分でもすごく頑張ってると思います」
 何だかよく解らないが、雑に恩を着せておいた。
「何の話?」
 めそめそし始めた父親の様子を、ワイン片手に戻った銀次が無気味そうに見ていた。

「今度、うちの創立記念パーティーがあるのは知ってるだろう?」
 ワインを開けて、食事が始まると同時にお父さんが切り出した。それが今日、わざわざ銀次を訪ねた理由だったらしい。
「行かないよ」
 先回りして断る息子に、お父さんは苦々しげに顔を歪める。元々の顔つきが鋭いために、そうすると、ちょっと恐い。
 この父と息子は、本当に似ていない。銀次はお母さんにそっくりだから、当然と言えば当然だ。銀次とお母さんは甘く優しい印象で、お父さんは鋭く硬い感じを受ける。
 お父さんは、苦い顔で息を吐いた。
 そして自分の、後ろになで付けた少し硬い髪を乱暴にがしがしと掻き上げる。
「そうも言ってられないんだよ。社長の所のお嬢さんが、銀次郎を連れてこいって強硬に言ってな。あれは人の話を聞いてない」
「うわ、サキコ? 絶対嫌だよ!」
「今週にはあちらに戻って、準備にも顔を出せと言っている」
「パーティーまだ先だよね。絶対遊びたいだけだよね。いっつもそうでしょ。いっつもそう。僕もうおもちゃになるの嫌だからね」
 父親が「嫌か」と問い、「嫌だよ」と息子が答える。
 程なくして、親子の会話が不毛なループ展開に入ってしまった。二人が言い合うすぐ横で、私はもくもくと食事と酒を楽しんだ。他人事過ぎて、ずっと聞いてるには話が長い。
 そしてのんきにお肉をもぐもぐ楽しんでいると、お父さんが言った。
「パーティー、平間さん連れてきていいから」
「え、じゃー行こうかな」
「いや行く訳ないっすね」
 ちょっとだけ色めき立った銀次の横で、私は即座に可能性を潰した。
 じゃー、じゃない。じゃー、じゃ。
 お父さんは、信じられないものを見る目で私を見た。本社の、常務である。もしかすると、人から断られる事に慣れていないのかも知れない。
「行く訳ないっすね」
 念のため、もう一度言っておいた。
 銀次郎を説得するには、平間さんに頼むとよい。妻からそう聞いていたと、お父さんはのちに語った。
 お父さん。頼む事と、押し付ける事は違う。
 そんな当たり前の事を、大事にできる人間でありたい。あと確実に、パーティーとかめんどい。絶対行かねー。
「じゃー僕も行かなくていいよね」
 完全に便乗し、銀次が期待した顔で言った。
 このあと、お父さんと一緒になって銀次を説得する事になった。お礼は後日頂いた。
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