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お隣は貴公子 作者:みくも
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03 星野さん

 叫ばれた。
「淵野さんがかわいそうです! 自由にしてあげてください!」
 私は仕事をしていただけだ。だから、私が若い子をいじめたみたいな空気で遠巻きにするのはやめて欲しい。
 業務用プリンターの前で、体ごと横を向いて確かめる。と、そこには若い女の子がいた。
 やわらかそうな髪はゆったり長く、毛先に向けてくるんくるんとカールしている。斜めに分けた前髪の下で、くりくりとした大きな目が非難するように私を見ていた。
 あー、これ。大学生インターンの子だ。
 誰だよ、この子に淵野見せたやつ。若い子があんなん見せられたら、うっかり王子様だと思っちゃうだろ。
「それで? あなたはどこで誰に何をどう聞いたの?」
 仕方がないので、情報は全部吐いてもらう事にした。

 大学生インターンの女の子を、星野ほしのさんと言う。星野さんはかわいらしい。社会に疲れたおっさんがちやほやしてしまうのも、まぁ解らなくはない。
 星野さんは、二十歳を過ぎている。その事を知ったおっさんが、部署のみんなで飲みに行こう。と、うきうきしながら誘ってしまうのも、まぁ仕方がない。
「でもでも、わたしなんかがお邪魔して、ご迷惑じゃないですかー?」
 星野さんはかわいらしく、おっさんに尋ねた。おっさんは当然、そんな事はないと言う。
「星野さんみたいな子がいてくれたら、みんな絶対楽しいに決まってるよ!」
 あいつ学生相手に何やってんだ。
 転勤で遠距離になった彼女にメールで詳細にちくってやろうか。同僚であるいい年のおっさんをどうやって詰めるか、思わず考える。
 そんな私には構わずに、星野さんの話はまだ続いた。
 星野さんはかわいらしい。だが、お人形ではない。みんなが自分のおかげで楽しいなら、自分も楽しみたくなったのだろう。
 彼女は見た目だけは文句なしの、我が社の貴公子に声を掛ける事にした。
「淵野さん! 今日、みなさんが飲みに連れて行ってくれるって言うんです。淵野さんもきてくださいね!」
「いや、やめとくよ。今日予定あるんで」
「どうしてですか? 絶対楽しいですよ!」
「今日はふみさんと一緒に帰る。だからダメ」
 そこで私の名前を出すんじゃねぇよ。
 プリンターから吐き出された紙をトントンとまとめ、クリアファイルに収める。それを手にして歩き出した私のあとを、星野さんが顔を真っ赤にしながら付いてくる。
「飲み会にも行っちゃだめなんてひどいです! 淵野さんはものじゃないんですよ! そくばくしないであげてください!」
 束縛なぁ。した覚えねぇなぁ。
 星野さんの主張を聞き流しながら同僚達の間をすり抜け、課長の机の前へ出る。
 私達が、と言うか星野さんが騒いでいるのは課長の席からも解ったらしい。彼女の顔は、明らかに笑いを堪えたものだった。
「失礼します。こちら、頼まれていた資料になります。過去二年分のデータと比較してまとめてありますので」
「そう、ありがとう。ね、今日の飲み会、平間さんも行くの?」
「行く訳ないっすね。じゃ、お先です」
「だよねー。お疲れ様」
 課長は、課長になる前私の教育係もしてくれた先輩だ。淵野に関しては「素敵だけど、所詮は観賞用よね」と、中身のポンコツさをいち早く見抜いた女性でもある。
 早く全世界の人類が課長になればいいのに。
 自分のデスクに戻り、そそくさと帰り支度を始める。いや何か、今日は早めに帰らないといけないらしいんだ。
「待ってください!」
 その声と同時に、手の中の荷物が奪われた。私の荷物を力一杯ぎゅうぎゅうに抱えているのは、星野さんだ。いつもつやつや光る唇を、今は悔しそうに噛んでいる。
「まだ話は終わってません!」
「あぁ……それ、話だったんだ」
 自分の気に入らない事を喚いてるだけかと思った。だって、淵野は自由だ。私の言う事なんか、ほぼほぼ聞いてねぇんだ。
「それより、荷物返して。その上着、シワになるの嫌なんだよね」
 返却を求めて手を差し出すが、星野さんは長い髪をくるんくるんと揺らしながら首を振ってそれを拒否した。
「返したら、淵野さんと帰るんですよね。だったら、絶対返しません」
「じゃ、星野さん。例えば、淵野が飲み会に行けば気が済むの?」
 そう聞いた途端、星野さんの大きな目がきらきらと光る。
「いいんですか?」
「例えばって言ったでしょ。で、それで星野さんが楽しいのはいいよ。だけど、淵野は? 行きたくないって言ってるのに、無理矢理参加させても楽しくないんじゃない?」
「楽しいに決まってます! みんな、私といると楽しいって言うもん」
「……ふーん。そっか、みんなか。じゃ、そのみんなを連れてきてくれる?」
「え……」
「だって、みんなが言うんでしょ? あなたといると楽しいって。だったらきっときてくれるし、あなたの味方してくれるよね」
 いきなり切れたと思った? ごめんな。でも一つ、言い訳がしたい。私は平気で仕事の邪魔をしてくる人間と同じくらい、平気で「みんな」を持ち出してくる人間が嫌いだ。
 どこにいんだよ。みんなって。
「どうぞ? 呼んで?」
 自分のデスクにもたれ掛かりながら、腕組みをして促す。正直、とてもムカついていた。
 星野さんはおずおずと周囲を見回すが、彼女のために一歩前に出る人物はいなかった。
 あいつらはな、自分には関係ないと思って見てるだけなんだよ。実際関係ないしな。だから、わざわざ面倒に関わったりしない。
 面倒だと解ってて首を突っ込んでくるのは余程の馬鹿か、本当に親しい人間だけだ。
「ふみさん? 帰れる?」
 ふわふわの髪をビジネス用に整えた、甘ったるい美貌の貴公子が空気を読まず現れた。
 時計は午後六時を少し過ぎたところだ。それで、待ち合わせに遅れたのだと気が付いた。
「ごめん」
「待っててもこないから迎えにきちゃった。もう行ける?」
「淵野さん!」
 呼んだのは、星野さんだった。大きな目から大粒の涙をぽろぽろと零して、スーツ姿の淵野の胸に縋り付く。――いや、縋り付こうとした。
 淵野は素早く、当然の危機を回避するかの様に飛びずさってよける。
「え、何? 何で泣いてるの? て言うかそれ、ふみさんの荷物でしょ? 今朝あの上着着てたよね。何であの子が持ってるの?」
「おぉ、淵野にしてはいい質問だ」
 ちなみにあの荷物が回収できたら帰れるからな。頑張ってくれよな。私は疲れた。
 よけられたのがショックだったのか、星野さんは心細げな表情で淵野を見上げる。
「ふ……淵野さん、わたし、わたし淵野さんも一緒にくれば楽しいと思って。なのにわかってくれなくて。淵野さんも、わたしたちと行きたいですよね」
 淵野はヘーゼルの瞳に不思議そうな色を浮かべ、こちらを見た。私に意見を求めるな。と、少し肩を竦めて示す。すると貴公子は少し困った様子で首を傾げ、星野さんに言った。
「うーん、ごめんね。君、誰だっけ」
 そっからかー。銀次、そっからかー。

「寒くない?」
「いや寒い」
「やっぱり。僕のコートが火を噴く時がやってきたね!」
 自分の脱いだコートを私の肩に掛け、淵野はどうだどうだと表情をきらきら輝かせた。張り切った口調のせいか、行動のせいか。いつもより貴公子っぽさが増している。
 コート貸したらお前が寒いだろって思ったけど、私は自分があったかければそれでいい。サンキュー貴公子。
 私の上着は、鞄の中に押し込んである。人の涙を遠慮なく零された服を、そのまま着る気がしなかった。
 私と淵野は無事に会社から脱出し、帰途に着いている。あのあとすぐに、笑いを堪えながら課長が介入してくれたおかげだ。多分、明日になったら私も改めて注意されるだろう。大人の対応を身に付けろ、とか。
 大人ってどうやってなるんだろう。思わず遠い所を見詰めそうになる隣では、淵野がこれからの予定を話しながら歩く。
「ケーキはちゃんと予約したんだ。ワインも楽しみにしててね。ちょっといいやつ買ってあるから。プレゼントは何がいいかほんと解んなくってさ。一緒にネットで探そうよ」
「……ごめん。今日何だっけ」
 隣の張り切りに付いて行けず、素直に聞く。
 すると、聞くのと同時に一瞬で淵野の瞳がうるうると歪んだ。
「誕生日だよ! ふみさんの!」
 あー、それで。今日は早めに上がれと。
 怒った様につないだ手をぶんぶん振り回しながら帰宅した淵野が、今日のための高級ワインをすでに私が飲み干している事実を知るまで、もう少し。さすがにごめん。
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