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お隣は貴公子 作者:みくも
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01 永井さん

 助けを求めるメールを受けて、渋々隣へ救出に向かった。
 私の部屋と同じ作りのマンションの一室。その寝室で、貴公子めいたイケメンが社内でも美人と評判の受付嬢に押し倒されているところだった。
「あっ、ふみさん! 助けて!」
 へにゃへにゃと情けなく眉を下げ、必死の様子で貴公子が叫んだ。

 うちの隣に住む貴公子を、淵野銀次郎ふちの ぎんじろうと言う。
 元々色素が薄いのか、内側から輝く繊細そうな肌に、ふわふわとした茶色い髪。夢見る様に甘ったるい目は、ヘーゼル色に輝いている。
 まあ、美しい男である。
 おまけにこいつ、仕事もいい感じにこなす。
 そらもう。入れ食いよ。これでもてない訳がない。社内ではこの淵野をめぐり、女子社員による群雄割拠の戦国時代に突入している。
 私の名は平間ひらまふみ。淵野銀次郎の同僚であり、隣人であり、不本意ながら貴公子の安全を守る者だ。

 そもそもの始まりは、何だったのだろう。
 そう考える事がある。本社勤務だった頃、尻を触ってきた営業部長の裏腿に渾身のタイキックをかまして左遷になった事だろうか。
 それとも左遷に伴い引っ越したマンションに、二年後、淵野銀次郎が隣人として挨拶にきた事だろうか。
 いやもしかすると、息子を心配して様子を見にきた淵野の母親と遭遇し、話をする内に気が付いたら隣の合鍵を渡されていた事かも知れない。
 淵野によく似てふわふわとした母親は、言っていた。
「銀ちゃん、頼りないから。ふみちゃんみたいにしっかりした子に見てて欲しいの。あの子、よく知らない女の子にもすぐ結婚させられそうになっちゃうから」
 マジかよ銀次。
 すごいガツガツくる嫁とかやぁだぁ。と言う淵野の母親の意向により、合鍵を与えられし私は日々隣人の安全を守っている。
 仕方がない。だって、本人が望んでいないのに交際や結婚を迫るのはよくない。自由意志は守らねばならない。
 旅行好きの淵野の母親が、月イチでご当地グルメの詰め合わせを送ってくれる事とは関係なく、正義は守らねばならぬ。

 美人と評判の受付嬢を追い出したあと、淵野の部屋では住人を対象とした反省会と言う名の説教が行われた。行ったのは私だが。
 淵野をフローリングの上に正座させ、腕組みしながらそれを見下ろす。
「だって、回覧板だって言うんだもん」
 相手を確かめずに玄関を開けるな。そう言った私に対して、返答がこれである。
「こねぇよ、回覧板。マンションのお知らせとか、いっつも郵便受けに紙入ってるだろ」
「だってハンコくれないと困るって」
「困らねぇよ。大体玄関先に置いてくんだよ、回覧板は。で、ハンコ押して自分で次の家に持ってくの」
「え……じゃあ全部、嘘なの?」
「そっからかー。銀次マジ、そっからかー」
 ここへきて、私でも覚えてた女子社員の顔を認識していなかった事実が判明した。
 それじゃあれか。たまたま回覧板持ってきた、同じマンションの住人に押し倒されたって思ってたのか。……うん、まぁ。それもなくはねぇな。
「玄関は?」
「むやみに開けない!」
 途中から面倒になって、そんな合言葉を復唱させて反省会は終わった。折角の休みをな、こんな事で消費したくないんだよ。別に予定とかなくて、もう夕方だけど。

 そして本当の闘いは、週開けに出勤したらすでに職場で始まっていた。
「ちょっと! 平間さん本当なの?」
「は? なんすか?」
 デスクで上着を脱いでいたら、同僚が待ち構えた様子で寄ってきた。返事が雑なのは仕方がない。あちらの声が、すでに敵意まんまんで刺々しかった。
「受付けの子が言ってたんだけど、淵野さんと同じマンションで、部屋も隣なんですって? 淵野さんにつきまとってるって本当?」
「付きまとってないし、マンションに入居したのは私が二年先っすね。あと、それ誰が言ってたか教えてもらっていいですか?」
 私な、会社の人にプライベートで住所教えた事ないんだよ。友達? そんなもん知らねえな。
 多分、話の出どころは昨日の美人受付だろう。けど、淵野の部屋から彼女を追い出してしばらくは、自分の部屋に戻っていない。反省会で忙しかったので。
 なら、どうして私の部屋が淵野の隣だと解ったのか。
 うちのマンションの作りはシンプルで、隠れられそうな場所はない。帰ったふりしてどこかで見ていた可能性は低い。
 いや、それ以前に。彼女はどこで、淵野の住所を手に入れたんだろう。
永井ながいさん」
 呼ぶと、受付の制服を着た美人が振り返った。昨日、淵野を押し倒していた彼女である。
 永井さんは呼んだのが私だと気付くと、一瞬顔を引きつらせた。それでもさすがと言うべきか、すぐに笑顔を貼り付ける。
「何ですか?」
「私が淵野に付きまとってるって、言いふらしてるんだってね。やめてくれない? 迷惑だから」
「そんなこと……わたし、してません」
 首を左右に振った拍子に、ストレートの長い髪がさらさらと制服の上を滑る。不安げに長いまつ毛を伏せる様子は、きっと庇護欲を掻き立てるのだろう。
 普通にしてれば、もてるだろうなぁ。
 でも、どうやっても隠し切れないものがある。
「いや、あなたですよ。だって、私と淵野がプライベートでも付き合いがあるなんて、実際見てなきゃ誰も信じないからね」
 そして昨日、永井さんは見ている。
「知りません。ほかの人じゃないですか? でも、気持ち解るわ。あなたみたいな人につきまとわれて、淵野さんかわいそう。もう近づかないであげてください」
「あぁ、うん。それはまぁね」
 できれば私もそうしたいけど、ご当地グルメが……なぁ……。
「だけど、ちょっと見逃せない事もあるんで。ちゃんと説明してくれる?」
「何なの? 彼女気取り? どうしてあなたなんかと話さなきゃいけないの」
「ううん。私じゃなくて、そこにいる総務の人と」
 言いながら指さすと、永井さんが驚いたようにぱっと振り向く。
 私達が話している間に、永井さんの背後には男女一人ずつ、総務部の社員が立っていた。
 受付の彼女がどうやって、淵野の住所を手に入れたのか。それを考えた時、ものすごくめんどくさい想像がよぎった。
 さすがにイケメン歴が長いだけあって、淵野も住所や電話番号をばらまきはしない。特に住所は、会社関係で知ってる人間はほとんどいないと思っていい。
 だから、淵野の周囲には受付で培った愛され笑顔をどんなに振り撒いても意味がない。
 ただし、データは別だ。さすがに、会社には現住所を提出しない訳には行かない。私なら、そのデータを自由に閲覧できる相手に愛想を振り撒く。
「ふみさん、大活躍」
 おいしそうに盛り付けられたパスタの皿を私の前に置きながら、淵野が言う。同じ間取りでありながら、自宅とは雰囲気の違うリビングで私はワイングラスを傾けた。
「あれは私の役目じゃなくて、あんたが処理すべき案件だったと思うよ」
「ええ……? むりだよ。勝手に住所調べて家まできた上、人の事押し倒しといて自分が被害者みたいな顔してくるんだよ? 恐過ぎじゃない?」
 永井さんが総務の社員に連れて行かれる途中、運悪く淵野が通り掛かった。
「淵野さん! ねえ聞いて。みんな酷いの。わたしが悪いって言うのよ。そんなことないでしょう? だって、部屋に入れて、ベッドルームまで案内してくれたもの」
「え、いや。普通に迷惑だよね。それに案内したんじゃなくて、勝手に入って行くから仕方なく付いて行ったんだよ。人の家、勝手に見て回るのってどうかと思うよ」
「そんな……酷い!」
 酷いかなぁ。
 その場にいた誰もが、同じ疑問に首をひねった。
 永井さんは社内で評判の美人受付だけあって、やっぱりその後も色々と言う人はいた。主に、事情をよく知らない人間の寝言だが。
 しかし淵野の個人情報を手に入れるため、永井さんが既婚者である総務の男性係長とデートした事実が明らかになってからは、少なくとも表立って彼女の味方をする人はいない。
 あとに残ったのは躊躇なく敵に止めを刺す的な、傷だらけの私の評判だけだ。
「僕さあ、思うんだよね。ふみさんと結婚したら、毎日安心だろうなって」
 ワイン片手に変なフラグを立てる淵野に、思い切り腹パンしてからパスタをすすった。
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